第23回 偽りのない看板を!

おまえのかあちゃんデ~ベ~ソ!

第23回 偽りのない看板を!

 写真家の荒木経惟さんと一緒に、十年近くの間「日本人ノ顔」という“遊び”をやってきた。 “遊び”と書くのは、一種のレトリックである。一日に百組近く、人数にすると一日二百人あまりの人たちを荒木さんが撮影する傍らにいて、さまざまな日本人の顔というか、相貌を見せてもらった。延べ数千人の人たちの顔と姿をその“遊び”で私は見た、という計算になる。
 ずーっと印象に残る顔もあれば、すぐさま思い出せなくなるような顔もあることをこの“遊び”で知った。ざっくり言えば、人相というもののさまざまを知ったのだ。冗談半分だが、いまや私は「人相見」になれるのじゃないかとさえ思える。
 人間の顔、その顔のシワは着衣や身のこなしなんかも含めて、人相にはその人の人格・教養はもちろん嘘やまこと、その他もろもろの情報が詰まっていることも知った。嘘つきは嘘つきの人相だし、清廉な人は清廉な人相になっている。

札幌駅界隈 写真:和多田進

札幌駅界隈

 これは、美術品の贋作鑑定に通じているかもしれない。じっと悪相を見ていると、どこかに緊張の緩んだ部分がある。スキがあるのである。そのスキが、その人の本質を伝えてしまうのだ。「私、ニセモノです」と。
 ハッタリと知ったかぶりで世の中を渡りつづけているような人がいる。一種の詐欺とも思うが、彼の背後にある看板が光っていれば、人びとは簡単に騙される。なぜなら、人は彼の人相でなく、彼の背後にぶら下がっている看板を見ているからだ。
 実は、「北海道」というのも立派な看板である。北海道の芋が他の地域で生産される芋に比して特別に旨いわけじゃないけれど、「北海道の」という看板を貼り付けたとたんに、人びとは「旨い」と思ってしまうのだ。「北海道」がそれほどの看板であることを北海道人は案外知らない。それだから、看板に偽りのない北海道をどう現実にするかが問題となる。看板を作っているのは北海道の人たちなのであるからして。

プロフィール

和多田 進(わただ すすむ)

ジャーナリスト、編集者。1945年北海道生まれ。1976年晩聲社創立。『週刊金曜日』初代編集長兼社長。月刊誌「CHAI」編集長。荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト代表。日本聞き書き学会理事。著書に『生きてるうちが花なのよ 編集現場で考える』(晩聲社)、『横撮り』(バジリコ)、『ドキュメント帝銀事件』『Story A 天才アラーキーの撮影現場』(いずれも新風舎文庫)など多数。

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