第18回 北海道共和国を!

おまえのかあちゃんデ~ベ~ソ!

第18回 北海道共和国を!

 松浦武四郎の名は北海道の名付け親として知られる。維新直後の明治政府に蝦夷地の名前を考えるよう命じられた彼は、「北加伊道」などいくつかの案を提出した。結果(1869年)、「加伊」を「海」の字に改めて「北海道」が生まれた。
 アイヌ語で「カイ」は「この国に生まれし者」という意味だという(山本命氏)。だから、「北加伊道」は「アイヌ民族が暮らす北の大地」の意となる。武四郎がアイヌを尊重・尊敬していた証拠のひとつかもしれない。
 「加伊」が「海」に変えられぬまま歴史を刻んでいたら、あるいは北海道と日本の歴史は変わっていたかもしれないなーと思ったりもする。
 さらに、『尾張国熱田太神宮縁記』に、「加伊」はヤマト政権に従わない東方の人びとが自らを「加伊」と呼んでいたという記述がある(前出山本氏)ともいう。ヤマト政権以来、エゾ(えみし)にまつわる歴史上の謎は、いまだ決着がついていない。あるいは、アイヌ=エゾ(えみし)だったのか?

2011年9月9日の東京スカイツリー 写真:和多田進

2011年9月9日の東京スカイツリー

 ともかく、「和人」が侵攻する以前の北海道はアイヌの大地だった。武四郎はそのアイヌの協力のもとに精密な北海道地図を制作した。アイヌの協力なしにそれは不可能であった。しかし、出来上がった地図は、いったいだれがどのような目的で使ったのかという問題が残る。答えは明白だ。地図にはいつでも軍事目的が隠されているのだから。武四郎の苦渋はいかばかりであったろう。察するに余りある。
 この8月、旅の途中でひさかたぶりに二風谷に立ち寄って思ったことのひとつは、北海道が日本から独立する以外、まがりなりにも民族問題を解決する道はないだろうということであった。民族が共生する道、人びとが名実ともに豊かな暮らしを立てる道、それは共和国として北海道が自立する他ないだろうと。

プロフィール

和多田 進(わただ すすむ)

ジャーナリスト、編集者。1945年北海道生まれ。1976年晩聲社創立。『週刊金曜日』初代編集長兼社長。月刊誌「CHAI」編集長。荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト代表。日本聞き書き学会理事。著書に『生きてるうちが花なのよ 編集現場で考える』(晩聲社)、『横撮り』(バジリコ)、『ドキュメント帝銀事件』『Story A 天才アラーキーの撮影現場』(いずれも新風舎文庫)など多数。

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