第13回 メメント・モリ(死を想え!)

おまえのかあちゃんデ~ベ~ソ!

第13回 メメント・モリ(死を想え!)

 かつて北海道人のメルマガに連載していた『濡れにぞ濡れし』(アーカイブ参照)を降板するに際し、私は二つのことを書いた。ひとつは自分の死をさえ忘れるものだということに関連して、「(それは)地震のことと同じだ。地震は必ずやってくる。それなのに、人は知らないふりをして、たとえばめくるめく都市の建設に熱中する。/そんな小賢しいことをしてごまかしたって、地震も死も、必ず確実にやってくるのに」(「メルマガ北海道人」第161回、2010年3月11日号)と、まず書いた。それが、まるで預言にでもなったような事態が起こってしまったのである。ちょうど1年後の今年3月11日、知っての通りのことが起こった。
 その2週間後(3月25日、第163回)の同欄に、「『死を想え(メメント・モリ)』という言葉もあえてこの欄に刻みつけておくことにしよう。この語の意味を解してこその人生だということも心に刻んでおきたい」と記した。

2011年4月11日の東京スカイツリー 写真:和多田進

2011年4月11日の東京スカイツリー

 今回の震災関連の死者・行方不明者の数は三万人を超えると報道されているが、死者を数にまとめてしまう前に、死者はまず生者であったのであり、生者としての暮らしがあったということが想われねばなるまい。喜びも悲しみも、怒りもあきらめも、嘘もまことも、生者にあるべきすべての事柄、人間としての暮らしが、まずあったのである。
 「メメント・モリ」ということは、そういうことをひっくるめて、言葉で語れぬ生を想うことなのだ。言葉の無力をしたたか知らしめさせられるこのとき、ひとは「想う」ほかはない。予期も予想もせずに吐いた私の言葉が奇しくも的中してしまったことへの怖れもふくめて、いま私はただ黙(もだ)して、「想う」しか術がない。ひとりびとりの生存がかき消されてゆく日日を、ただ「想う」他は術がない。北海道に生きる人びとと東京に暮らす人びとと、東北で生きのびた人びととの間にある、生死への大きな感度差を感じつつ。

プロフィール

和多田 進(わただ すすむ)

ジャーナリスト、編集者。1945年北海道生まれ。1976年晩聲社創立。『週刊金曜日』初代編集長兼社長。月刊誌「CHAI」編集長。荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト代表。日本聞き書き学会理事。著書に『生きてるうちが花なのよ 編集現場で考える』(晩聲社)、『横撮り』(バジリコ)、『ドキュメント帝銀事件』『Story A 天才アラーキーの撮影現場』(いずれも新風舎文庫)など多数。

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