第10回 (マリリン)モンロー(主義)への転換をはかれ!

おまえのかあちゃんデ~ベ~ソ!

第10回 (マリリン)モンロー(主義)への転換をはかれ!

 小林秀雄が宮本武蔵のことを書いている。
 「彼は、青年期の六十余回の決闘を顧み、三十歳を過ぎて、次の様に悟ったと言つてゐる。『兵法至極にして勝つにはあらず、おのづから道の器用ありて、天理を離れざる故か』と。ここに現れてゐる二つの考へ、勝つといふ事と、器用といふ事、これが武蔵の思想の真髄をなしてゐるので、彼は、この二つの考えを極めて、遂に尋常の意味からは遥かに遠いものを摑んだ様に思はれます。……」と。
 小林はさらに考えを深めて、武蔵こそ日本で最初に「実用主義といふものを徹底的に思索した」人だという結論を得る。すべては目的から考えねばならぬ。「兵法は、観念のうちにはな」く、「有効な行為の中にある」と。

2011年1月7日の東京スカイツリー

 兵法を広く「生きること」ととらえれば、自ずと問題は明白になるだろう。なにごとによらず目的が明白でなければならない、ということが。
「マタイによる福音書」第9章17節に、新しいぶどう酒は新しい皮袋によらねばならぬことが記されている。キリスト教の戦略が背後にあるのだろうが、それはそれとして、字義の目的はぶどう酒を作ることにある。
 武蔵とマタイを私が読むと、北海道の変革は北海道人のみによってなされることはあり得まい、となる。異質な人びとの異見を借りることによってしか変化は起こらない、と私は武蔵とマタイを読むのである。(ジェームズ)モンローの主義を捨て、やや品格に欠けるとは言え(マリリン)モンロー(主義)への転換をはかれ! ということになるのだが。異物を取り込め、ということに……

プロフィール

和多田 進(わただ すすむ)

ジャーナリスト、編集者。1945年北海道生まれ。1976年晩聲社創立。『週刊金曜日』初代編集長兼社長。月刊誌「CHAI」編集長。荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト代表。日本聞き書き学会理事。著書に『生きてるうちが花なのよ 編集現場で考える』(晩聲社)、『横撮り』(バジリコ)、『ドキュメント帝銀事件』『Story A 天才アラーキーの撮影現場』(いずれも新風舎文庫)など多数。

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