第8回 北海道独立論序説

おまえのかあちゃんデ~ベ~ソ!

第8回 北海道独立論序説

 沖縄の人びとの精神的基層には、日本からの独立ということがあるように思う。琉球以来の歴史をみれば、その精神にはイチにもニにも理由があると納得がいく。道理としてそうなるだろうと理解がいくのである。
 ひるがえって、北海道独立論というようなことはほとんど聞いたことがない。道内の雑誌にそういう連載があることは知っているが、人びとが本気で独立を論じているのを私は知らない。独立が世論になる気配もないように思う。
 しかし、北海道の独立、日本からの独立ということは、まじめに考えるにあたいしないことではないだろう。アメリカがイギリスから独立したよりはずっと楽だろうに、と私は考える。

'10年11月5日の東京スカイツリー

 いま細かなことは除いておこう。内田樹さんが、どこかで「アメリカのような国はアメリカ以前には存在しなかった」とも、「アメリカは最初からアメリカだった」のだとも書いていたはずである。まさに、北海道もそうなのだ。先住民族のことを横に置いて考えなければならないけれど、そういうことなのである。そう言えば内田さんは、アメリカには隣国がないとも書いていたはずで、この点でも北海道は同じだと私は考える。
 なにゆえに北海道人は日本国民でなければならぬのか、そこから考えをはじめよう。独立をはたせば、その新しい社会は世界に開かれた豊かで自由な社会になるのではあるまいか。日本国との頚枷(くびかせ)を断つことがこの大地に生きる人びとの、せめて夢になる日を私は夢見るのである。日本という「国民国家」からの離脱さえ考えない脳味噌からは、生ずるものは皆無のような気がする。日本と一緒に共倒れしてよいのか、とも考えるのだ。

プロフィール

和多田 進(わただ すすむ)

ジャーナリスト、編集者。1945年北海道生まれ。1976年晩聲社創立。『週刊金曜日』初代編集長兼社長。月刊誌「CHAI」編集長。荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト代表。日本聞き書き学会理事。著書に『生きてるうちが花なのよ 編集現場で考える』(晩聲社)、『横撮り』(バジリコ)、『ドキュメント帝銀事件』『Story A 天才アラーキーの撮影現場』(いずれも新風舎文庫)など多数。

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