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        <title>月尾嘉男の「未来パイロット・北海道」 | 北海道人</title>
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            <title>第24回 日本のタイムカプセル</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol24/ph24.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　南極の氷床の下部4000mに存在する密閉された湖沼ボストークに、本年2月、ロシアの調査部隊のドリルが到達したことが話題になっている。1000万年以前に封印された湖水を精査すれば、地上では未知の生物の痕跡が発見できるかもしれないという期待である。<br />
	　これは一種のタイムカプセルであるが、地球には様々なタイムカプセルが存在する。昨年の東日本大震災に関係して、何百年前には、どのような巨大な津波が襲来していたかが議論されているが、地下から採掘した地層を調査すると、それが判明するからである。<br />
	　南極やグリーンランドの氷床の深部までドリルを到達させ、円形の氷柱を採取すると、何十万年も以前の地球の大気の組成が判明する。氷柱に封入されている微細な気泡をガスクロマトグラフィで分析した成果である。数十万年が数百mの氷柱に圧縮されているのである。<br />
	　この視点からすると、この北方の大地は日本のタイムカプセルである。本州以南では人類が到来してから何万年間で多数の生物が絶滅してきたが、その経緯は化石で推定するしかない。しかし、エゾオオカミの絶滅であれば詳細な記録があり、それは歴史の再現である。<br />
	　弥生時代以後、大陸から伝来した稲作のために各地で湿地が開拓されてきたが、数千年前のことで詳細は不明である。しかし明治以来、道内主要河川の流域に存在した広大な湿地の消滅については地図も記録も残っており、自然改造のタイムカプセルが存在する。<br />
	　これらの自然環境についてだけではなく、社会環境のタイムカプセルも存在する。坂上田村麻呂の蝦夷征伐については文書や史跡は残存しているものの明確ではないが、800年後のシャクシャインの戦闘であれば、先住民族と侵入民族との関係が正確に記録されている。<br />
	　さらに農業、林業、鉱業など一次産業についても、道内には道民の数世代前の祖先が参加してきた歴史が実体として各地に残存している。日本の千数百年の歴史を百数十年と一桁圧縮した状態でタイムカプセルとなっているのが北方の大地なのである。<br />
	　これを博物館内の記録としてではなく、現実の大地に記録して保存していくことは、幸運にも近代への出発が出遅れた地域の役割である。<br />
	　2年にわたり、魅力あふれる土地に道外の人間が期待する拙文を掲載させていただいたことに感謝し、連載を終了させていただきます。</p>
<p class="date">
	(2012年3月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201203/24.php</link>
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            <pubDate>Thu, 08 Mar 2012 14:22:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第23回 未来から現在を予測する</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="200" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol23/ph23.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　以前にも紹介したが、道内の湿原面積は1920年から2000年までの80年間で60％が消滅し、森林面積は同一の期間に10％が消滅している。原因は勇払原野が苫小牧東部大規模工業基地になったように、農業用地、工業用地、住宅用地などに開拓されてきたことである。<br />
	　それぞれの時代の要請に対応した結果であるから、現在から開拓を批判はできないが、その背後にある思想については検討する価値がある。それらは、それぞれの時点での需要、一歩譲歩しても10年先程度の需要を満足させるための政策であったということである。<br />
	　このように未来を想定する作業を予測というが、英語ではフォアキャストという単語が相当する。魚釣りのとき釣糸を前方に投げることに由来する言葉である。しかし前方に遠投するためには、直前に後方に投げる必要があり、これをバックキャストという。<br />
	　この元来は魚釣りの用語である二種のキャストが、最近、計画技術の視点から注目されている。フォアキャストは未来の需要に対応して、手許の資産である湿原とか森林を利用すると、結果として、どのような影響が派生するかという環境評価をする手法である。<br />
	　しかし、主要な目標は需要の満足であるから、環境評価は付随する結果でしかない。そこでバックキャストが登場する。一定の期間の未来に、環境がどのような状態になっているべきかを想定し、そこに到達するために現在なすべきことを決定するのである。<br />
	　要約すれば、現在の行動の延長に未来を想定することがフォアキャスト、想定した未来を起点として現在を計画することがバックキャストになる。スウェーデンのカール・ヘンリク・ロベールが1980年代に提唱した手法であるが、最近になり注目されてきた。<br />
	　一例は、100年後の気温上昇を一定範囲に抑制するために、その時点での大気の炭酸ガス濃度を想定し、その状態にするためには、今後10年間で人間が排出する炭酸ガスの総量を規制する政策である。100年後の世界から現在の世界を計画するのである。<br />
	　これまで140年間の北海道はフォアキャストの時代であり、それが数多くの環境問題を発生させてきた。今後も日本でもっとも開発行為が実施されるのも北海道であるが、これからの140年間はバックキャストで地域を構想するパイロットになることを期待したい。</p>
<p class="date">
	(2012年2月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201202/23.php</link>
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            <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 13:53:41 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第22回 北海道新幹線の魅力</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="223" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol22/ph22-02.jpg" width="300" />

</div>
<p>
	　2009年秋の政権交代以降、政府の公共事業予算は減少一方であり、多数の公共事業が凍結されてきたが、昨年12月、東京外殻環状道路などとともに北海道新幹線も復活する方向で民主党内の検討が開始され、平成24年度予算に費用が計上される見込である。<br />
	　財政赤字の国内総生産比がギリシャと同等、長期債務残高の国内総生産比は世界最大という国家財政状況のなか、採算が危惧される北海道新幹線の建設には賛否両論があるが、地域にとっては数十年来の悲願の実現へ一歩前進であり、新年早々、未来を期待させる朗報である。<br />
	　その期待は北海道新幹線の路線が建設される渡島半島だけへの効果ではなく、札幌以遠の道内全域への効果であることは当然であるが、これまで建設された高速鉄道は地域にとって功罪が相半ばする側面があり、これがマイナスにならない準備が必要である。<br />
	　反面教師は東海道新幹線の開通以降の関西の地盤低下である。工業生産の金額で比較すると、新幹線開通前の1950年には関東と関西の比率は1.0対1.05と関西優位であったが、開通から10年経過した1975年には1.0対0.67と一気の逆転である。<br />
	　万有引力の法則では両者の質量の掛算を距離の二乗で割算した数値が引力となる。高速鉄道は分母である時間距離を大幅に縮小するから引力は大幅に増大するが、どちらが綱引きで有利になるかが勝負であり、それは両者の質量の大小で決着する。<br />
	　人口、経済などを質量とすれば、全道は首都圏域に対抗できないが、勝目がある質量が登場してきた。「魅力」である。ハーバード大学教授ジョセフ・ナイは、国力は「武力」から「財力」へと移行してきたが、情報時代には「魅力」が国力になると提言している。<br />
	　「魅力」は英語で「アトラクティブネス」、すなわちヒトやカネを誘引する「魅力」こそが、情報時代の国力になるという理屈である。この魅力理論を地域に応用すれば、沿線地域には札幌に、全道には首都地域に十分に対抗できる魅力が潜在する。<br />
	　課題は全道各地に潜在する魅力の原石を加工して宝石に変貌させ、その存在を国内そして世界に周知する戦略である。北海道新幹線の実現までには時間がある。この時間に魅力創造・発信戦略を推進し、巨額の投資をヒトやカネを誘引する資産とする準備が必要である。</p>
<p class="date">
	(2012年1月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201201/22.php</link>
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            <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 14:12:51 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第21回 淡水王国・北海道の戦略</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol21/ph21.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　人間をはじめとする地球の生物の大半にとって、必須の物質は酸素、淡水、食料の順番である。人間の意図した呼吸停止時間の記録は20分弱であり、淡水を摂取せずに生存できる時間は数日であり、絶食記録は50日間という数字が必須の順番を証明している。<br />
	　地球は表面の70％が水面という宇宙では希有な存在であるが、残念なことに97.5％は海水で淡水は2.5％でしかない。しかも淡水の69.5％は南極の氷床や高山の氷河に固定され、30.1％は地下に存在し、湖沼や河川に存在する淡水は、わずか0.3％という微量である。<br />
	　この微量の淡水に依存して地球の膨大な生物が生息しているが、人類も同様である。いまや70億人を突破した人間は、当然のように貴重な資源を争奪するようになり、20世紀を石油争奪の世紀とすれば、21世紀は淡水争奪の世紀になるという意見は多数存在する。<br />
	　かつて、日本は安全と淡水を無料と理解している希有な民族といわれたことがあるが、現在では、玄関にガードマンが常駐する建物が増加し、安全は有料になりつつあるし、ミネラルウォーターも年間50億本が販売される淡水有料社会になりつつある。<br />
	　そして意外にも、日本は淡水の豊富な国家ではないのである。国土への総降水量のうち、蒸発する部分を引算した水量を水資源量と定義し、年間1人当たりに換算すると、世界平均は7000立方メートル程度であるが、日本は半分以下の3340立方メートルでしかない。<br />
	　ところが北海道は平年で年間1人当たり10140立方メートルもあり、全国平均の3倍に相当する水資源量を保有している。しかも「羊蹄のふきだし湧水」、利尻の「甘露泉水」、千歳の「ナイベツ湧水」が日本の名水百選に選定されているように、水質も優良である。<br />
	　この良質の淡水が豊富に賦存するということは、水源地域の自然環境が適切に保全されていることを意味している。この環境を維持しながら日本最大の自然資源を有効に利用していくことは北海道にとって重要な戦略であるが、現状では明確な計画は提示されていない。<br />
	　フランスの「エヴィアン」や「ヴィッテル」のように広大な地域を保全して、世界有数のミネラルウォーター王国を創設することや、自然環境を改変しない小型水力発電王国を目指すことも可能である。21世紀の最大の資源を保有する地域としての構想を期待したい。</p>
<p class="date">
	(2011年12月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201112/21.php</link>
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            <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 14:11:33 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第20回 人知を凌駕する生物の叡智</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="234" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol20/ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　世界各地の先住民族の生活を探訪する旅行を開始してから5年になる。それらの人々も現在では自家用車を保有し、家庭電化製品も使用する生活をしているが、先進諸国といわれる国々の人々が忘却してしまった知識を駆使した活動も数多く維持している。<br />
	　一例は薬草であり、ニュージーランドのマオリ民族もベトナム北部の山岳民族も、付近の森林から採集してきた薬草を日常生活で普通に使用している。それらは先祖伝来の文化であるが、その知識の源泉の多数は野生の動物の行動を参考にしたものである。<br />
	　アフリカのチンパンジーは寄生虫病になるとヴェルノニアという菊科の薬草を利用し、アジアのゾウは便秘になると豆科のタマリンドの果実を摂取する。それらを参考に、人間が薬品や薬効のある清涼飲料などを開発している事例は数多くある。<br />
	　ところが最近、技術開発の分野で生物を参考にする事例が登場してきた。赤色、緑色、黄色などに光輝く金属のスプーンがあるが、これは特定の波長の光線が干渉するように表面を微細に加工した製品である。そのアイデアは南米のモルフォチョウを参考にしたものである。<br />
	　ヤモリは垂直の壁面でも易々と走行するが、指先に粘液が付着しているのではない。1本の指先に50万本もの細毛が密生し、その細毛と壁面の分子間結合力による効果である。そこでプラスチックテープの表面を同様に加工し、接着材料を使用しない接着テープが開発された。<br />
	　カタツムリの外殻は油性インクで落書きしても、雨後には跡形もなく消滅している。表面にミクロン単位の縞目があり、それが油分を浸透させない効果である。そこで便器の表面を同様に加工したところ、わずかな水量でいつも清潔に維持できる便器が完成した。<br />
	　このような研究分野はバイオ（生物）ミミクリ（模倣）と命名されている。アメリカのネズパーズ部族には「あらゆる生物は人間より賢明である」という言葉がある。数百万年の歴史しかない人類に比較して、何億年間も地球に生存してきた生物は賢明ということである。<br />
	　道内には62種類の哺乳動物、405種類の鳥類、1万種類以上の昆虫、2250種類の植物が棲息し、日本最大の生物の宝庫であるうえ、津軽海峡に生物の分布境界ブラキストンラインがある結果、固有の生物も豊富である。この大地はバイオミミクリのパイロットとなる責務がある。</p>
<p class="date">
	(2011年11月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201111/20.php</link>
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            <pubDate>Wed, 02 Nov 2011 13:45:33 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第19回 海洋大国へのパイロットの期待</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol19/ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　日本の国土面積は38万平方キロメートルで世界最大のロシアの50分の1、世界61位である。しかし、海岸から200海里（370キロメートル）までの排他的経済水域の面積は448万平方キロメートルで世界6位であり、国土面積と合計すると一気に9位に浮上する。<br />
	　日本周辺には深度8000メートル以上の日本海溝をはじめとする深海が存在する結果、排他的経済水域の海水の容積は世界4位、多数の島々と複雑な海岸線のため、海岸線の延長は世界5位になり、1人あたりの延長でも世界10位に位置する。<br />
	　昨年8月、世界各国が協力して調査した海洋生物の種類が発表されたが、日本近海には15万種の生物が生息し、世界有数の海洋生物が存在するホットスポットと認定された。これらの数字が象徴するように、日本は海洋については世界有数の大国なのである。<br />
	　これまで、この広大な海洋は漁業資源を確保するための空間であり、最近は低迷しているものの、1990年代まで日本は世界最大の漁業王国であった。ところが今後の世界の資源の状況を見渡すと、海洋は鉱物資源の有望な宝庫になってきたのである。<br />
	　海水には様々な鉱物資源が溶融しており、その総量は金であれば地上の130倍以上、ニッケルは60倍程度という大量である。また海底にはマンガンノジュールとかマンガンクラストといわれる金属資源があり、海底からは熱水鉱床が噴出している。<br />
	　これらから有用な資源を採集できるのは将来のことであるが、メタンが水深1000メートル程度の海底で圧縮されてシャーベット状態になっているメタンハイドレートは有望で、掘削して水面まで浮上させれば気化してメタンガスになり、日本近海の海底に大量に存在している。<br />
	　日本は鉱物資源や化石燃料がわずかしか存在しない国土に多数の人々が生活し、資源の視点からは不運な国家であった。しかし、漁業でしか利用してこなかった海洋が日本に大量の鉱物資源や化石燃料をもたらす時代が到来しつつある。<br />
	　北方の大地の陸地面積は都道府県単位で断然一位であるが、海岸線長も日本最長である。これまで海岸は漁業資源の宝庫であったが、鉱物資源の宝庫となる時代が接近してきた。北方の大地から北方の海洋へと視野を拡大し、海洋大国のパイロットとなることを期待したい。</p>
<p class="date">
	(2011年10月)</p>
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            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201110/19.php</link>
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            <pubDate>Thu, 13 Oct 2011 11:33:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第18回  辺境からの変革への期待</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol18/ph01.jpg" width="300" />
	<p class="caps" style="font-size: 0.9em; margin-top: 5px;">
		▲ティンレイ総理大臣と面談する筆者</p>
</div>
<p>
	　日本ではほとんど報道されなかったが、今年7月、ヒマラヤ山脈の南側斜面にあるブータン王国の国家目標であるGNH（グロス・ナショナル・ハピネス：国民総幸福量）が、国際連合によって世界の長期戦略として検討されることになった。<br />
	　ブータン王国は面積が九州の1.3倍、人口が70万人、1人あたりの国民所得が日本の5％という小国で、日本からはバンコク経由で国内唯一のパロ空港に到達するという不便な場所にある。そのような秘境にある小国の国家目標を国際連合が検討するということは快挙である。<br />
	　このGNHは、35年前の1976年、当時20歳であったジグミ・シンゲ・ワンチュク国王（現在は退位）が「GNHはGNPよりも重要である」と宣言したことが発端である。国家の役割は経済の発展ではなく、国民の幸福の実現であるという意図の発言であった。<br />
	　当時、世界は石油危機からの回復に必死で、国民総幸福量という思想は理解できなかった。とろこが最近、フランスがGNP以外の国家目標を検討し、日本の市区町村がGRH（グロス・リージョナル・ハピネス）を目標とするなど、時代はブータン王国に接近してきた。<br />
	　今夏20日程、ブータン王国を訪問し、総理大臣をはじめ何人かの閣僚と面談させていただいたが、国家目標を実現するために全力を傾注している姿勢は、明治時代に日本を西欧の列強と対等の国家にすることに情熱を発露していた日本の政治家像に重複するものであった。<br />
	　このような小国の理念が世界を先導する現実は、一見奇異な印象であるが、歴史には何度も登場してきた事実である。巨大な変化は世界の権力の中枢から発生するのではなく、権力から遠離けられてきた辺境を起点とするという事実である。<br />
	　古代のローマ帝国を崩壊させたのは蛮族とされていた辺境の民族であり、停滞した近世のヨーロッパを覚醒させたのは辺境のアメリカ大陸の活力であった。日本でも明治維新は江戸や京都の既存勢力ではなく、辺境に隔離されていた薩長土肥の新興勢力により実現した。<br />
	　現在の日本は江戸から東京へと継続してきた中心を基盤とする制度が疲労して崩壊しつつある。それを変革できるのは、その中心からもっとも遠隔の位置にある北方の大地であることは確実である。この辺境がGNHに匹敵する次代の日本の目標を提起することを切望する。</p>
<p class="date">
	(2011年9月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201109/18.php</link>
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            <pubDate>Thu, 08 Sep 2011 14:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第17回  未来の農業遺産を創出するパイロット</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="200" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol17/ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　日本の自然や文化が世界自然遺産、世界文化遺産、世界記憶遺産などに登録されると、マスメディアは大騒ぎで報道するが、今年6月に佐渡と能登半島が世界農業遺産に登録されたことの意義は理解できず、地元の新聞や放送を例外として、全国にそれほど報道されることはなかった。<br />
	　これは国際連合食糧農業機関（FAO）が、環境を維持しながら継続している伝統ある食糧生産の手法を顕彰する目的で2002年に制定した制度で、これまでフィリピンの棚田、アフリカのオアシスの農業、アンデス山脈の高地の農業など8件が登録されてきた。<br />
	　佐渡は一旦絶滅させたトキが棲息できるように、農薬を極力制限した農業を全島で推進していることが評価され、能登半島は里山を維持しながら継続している伝統農業が評価された結果であるが、先進工業国家としては最初の登録となる快挙である。<br />
	　能登半島で有名になった里山という概念は、最近では英字の「SATOYAMA」として通用するほど世界に浸透し、筆者がアンデス山脈の農地を訪問したときにも、里山という言葉が登場したほどである。これは奥山という概念と一対にすると、さらに重要な言葉になる。<br />
	　古来、日本の農村では、集落の背後にある深山は神々の生活する奥山として、一年の特定の期間にのみ入山して山頂の奥社に参拝し、普段は奥山の境界に造営された神社に参拝していた。一方、山麓に展開する森林は里山として、柴刈や山菜採集など日常生活に利用してきた。<br />
	　さらに最近では里川、里海という概念も誕生し、集落の人々が炊事や魚釣りに利用する里川、同様に海藻採集や漁獲に利用する里海を一体として理解し、奥山から里山、里川、里海を経由して再度、奥山へと淡水や生物や酸素が循環する仕組を維持してきたのである。<br />
	　日本は国土面積の68％が森林で、これは世界2位である。世界有数の高密な生活をしている地域としては異例の状態であるが、それは山岳が急峻で開発が困難であったというだけではなく、奥山と里山という概念によって森林を維持してきた成果である。<br />
	　道内の森林面積比率は71％であるが、明治以後、奥山と里山という伝統のないままに、西欧の農業様式で開拓してきた結果、森林の荒廃が進行している。ぜひ道内の自然を維持しながらの利用方法を考案し、未来の農業遺産のパイロットとなる契機としていただきたい。</p>
<p class="date">
	(2011年8月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201108/16-1.php</link>
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            <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 17:33:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第16回 自然と人工の未来の関係のパイロット</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol16/ph01.jpg" width="300" />
	<p class="caps" style="font-size: 0.9em; margin-top: 5px;">
		▲岩手県宮古市の海岸にある蝋燭岩</p>
</div>
<p>
	　東北地方の太平洋岸は日本最大のリアス海岸で、陸中海岸国立公園に指定される風光明媚な景観が連続している。この景観は観光には最適の環境であるし、漁業にとっても奥深い入江は絶好の漁港になり、まさに自然の恩恵であるが、一方で問題ももたらす。<br />
	　津波の威力が増幅されることである。湾口から侵入してくる津波は、海岸に接近するほど狭隘になる地形で両側から圧迫され、一気に波高が巨大になる。今回の津波でも、各地で10m程度の堤防を楽々と越流して、津波が湾奥にある集落を破壊した事例が数多く存在する。<br />
	　岩手県釜石市でも、釜石湾奥にある市街を防衛するために、水深60mはある湾口の海底から巨大な堤防を2本建設していたが、今回の津波で2000億円の人工の巨壁は無残にも破壊され、鉄鋼都市釜石を防御することはできなかった。<br />
	　ところが、この津波に対抗した自然がいくつか存在する。前回紹介した巨大な堤防で海面と集落を遮断した岩手県宮古市の田老の漁港の外側に「三王岩」という県指定天然記念物がある。その高さ50mほどの石柱の正面に波高10m以上の津波が襲来したが無事であった。<br />
	　宮古の港湾の外側に「蝋燭岩」という国指定天然記念物がある。高さ40mで足元の横幅は3mという細長い石柱であるが、この付近で8m程度と推定される津波にも無事であった。また三陸海岸最高の景勝地「北山崎」の海中に屹立する多数の巨石も無傷であった。<br />
	　蝋燭岩は1億年前に形成されたと推定されるが、今回の規模の津波が千年に1回は発生してきたとすると、10万回以上の自然の猛威に対抗してきたことになる。建設から数年の釜石湾口の巨大堤防が崩壊していることと対比すると、自然の偉大さが実感できる。<br />
	　西欧を発祥の土地とする近代の科学と技術は、自然を人間が利用する目的で理解し制御していく精神で発展してきたが、堤防、河川改修、原子力発電所などの科学と技術の成果は自然の威力には対抗できないことを露呈した。自然と人工の関係の見直しが必要である。<br />
	　西欧の発想で道内の自然に対処しはじめてから140年であり、わずかな時間しか経過していない。今回の災害を参考に、まだ十分に残存している環境に、今後、どのように対処していくかを検討し、自然と人工の関係のパイロットを目指すことが北方の大地の役割である。</p>
<p class="date">
	(2011年7月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201107/16.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201107/16.php</guid>
            <pubDate>Thu, 07 Jul 2011 14:01:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第15回 大地に記録された防災情報</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area-leng2" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="267" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol15/ph01.jpg" width="200" /></div>
<p>
	　三陸海岸と仙台平野で被災した友人の見舞いのついでに各地の被災現場を訪問したとき、興味のあることに気付いた。岩手県宮古市の田老地区は、万里の長城と揶揄されたほどの壮大な堤防を長年の努力によって建設してきたが、残念ながら、今回の津波に対抗できなかった。<br />
	　その破壊された堤防の上部から市街を眺望すると、足元から遠方まで、鉄筋コンクリートの数戸の建物を例外として、完全に壊滅状態であるが、その彼方に無傷の壮大な建物があった。寺院である。そして寺院よりも背後の住宅などはすべて無事であった。<br />
	　そこで、以後に訪問した被災現場で神社や仏閣の状況を確認すると、鳥居などが破損した神社はあったが、社殿は大半が無事であった。驚嘆したのは、宮古港外の岩礁の上部にある神社と鳥居で、はるか上部を津波が通過していったにもかかわらず無事であった。<br />
	　仙台平野でも同様の現場を目撃した。日本有数の稲作地帯である仙台平野は完全に冠水し、本来は田植の時期にもかかわらず、瓦礫の堆積場所となっていた。その田畑のなかに、高さ1mもない小山があり、上部に神社と鳥居が設置されていたが、これも無事であった。<br />
	　その仙台平野の端部に浪分神社という、ささやかな神社がある。その名前は400年前の慶長年間の巨大な津波が、この地点まで到達して2方向に分岐していったことに由来する。今回の津波も同様に、この神社の手前まで襲来したが、神社は無事であった。<br />
	　これらの事例は奇跡ではなく、集落の人々にとって重要な存在である神社や寺院の場所を長年の経験を参考に入念に選定してきた結果である。しかし、土木技術に依存する現代には、その歴史の教訓は無視され、神社仏閣の位置が防災に役立つことはなかった。<br />
	　道内にも多数の神社仏閣があるが、渡島半島の一部を例外とし、ほとんどが明治以後の開拓時代に創設されたものであり、その位置は慎重に選択されたにしても、反映している経験の時間は十分ではない。しかし、道内には、それ以上の時間を蓄積した情報がある。<br />
	　アイヌの人々の名付けた地名である。土木技術をほとんど保有しなかった人々は土地の特性を地名に記録してきた。この北方の大地も地震や津波に安全な場所ではない。そのためにも地名に記録された土地の特性を考慮した社会を構築していく必要がある。</p>
<p class="date">
	(2011年6月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201106/post-1.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201106/post-1.php</guid>
            <pubDate>Mon, 13 Jun 2011 18:56:29 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第14回 国土安全保障のパイロット</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area" style="margin-top: 0pt; padding-top: 0">
	<img alt="" height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol14/image_ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　昨年11月に北海道庁は外国の個人や企業が保有している道内の森林面積の調査結果を発表した。国家安全保障にも影響する問題について、日本の森林面積の23％という、都道府県としては最大の森林を保有する地域が率先して調査したことは見事なパイロット活動である。<br />
	　調査結果は外国資本が保有している森林は33カ所で面積は820haということであるから、それは一部にしかすぎないことは容易に想像できるが、これまで噂話程度で懸念されてきた状況を、一部であるにしても明確にしたことには重要な意義がある。<br />
	　この問題は相当以前から警告をする識者も存在していたが、中央政府の対応は遅々としたものであり、ようやく今年になって外国の個人や企業の森林所有を規制する法制を検討しはじめた段階である。その検討の開始に今回の道庁の調査が影響したことは確実である。<br />
	　日本にも外国の人間が国内で土地を取得することには許可が必要であるという政令が存在したが、1979年に廃止されて以後は制限がなく、原則自由となっているから、不法に取得しているわけではないが、最近になり購入が増加していることから、その目的が憶測されているわけである。<br />
	　木材を入手するとか、淡水を入手するという目的であるとすれば、一般の市場で十分に調達できるし、採算の観点から疑問とする意見もあり、今後、移民してきて定住する場所を事前に確保しておくという推測も飛躍しすぎて疑問である。<br />
	　東南アジア諸国の一部は外国の人間や企業による土地の登記を制限しているが、欧米諸国の大半は規制がないので、日本が特別に例外ということではない。問題は尖閣諸島周辺での騒動が明示したように、現在の日本国民が国土安全保障に鈍感になっていることである。<br />
	　その視点から、江戸時代には北方の脅威に対処し、戦後は北方四島の問題に直面してきた日本最北の大地は国土安全保障についてもっとも敏感な地域である。森林の取得許可も農地と同様に実務は都道府県が対処することになるとすれば、先頭で検討することが期待される。<br />
	　この問題を明確にする前提として、地籍調査が必要である。地籍が確定している道内の土地面積は62％であり、全国平均の46％は上回っているものの、全国で10位前後である。国土安全保障のパイロットとなるべき土地が地籍調査のパイロットとなる期待もある。</p>
<p class="date">
	(2011年5月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201105/14.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201105/14.php</guid>
            <pubDate>Thu, 12 May 2011 17:19:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第13回 撤退作戦のパイロット</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area">
	<img alt="十勝沖地震（1952年）。毎日新聞社「毎日ムック シリーズ20世紀の記憶 冷戦・第三次世界大戦」より" height="205" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol13/ph01.jpg" width="300" />
	<p class="caps" style="font-size: 0.9em; margin-top: 5px;">
		▲十勝沖地震（1952年）。毎日新聞社「毎日ムック シリーズ20世紀の記憶 冷戦・第三次世界大戦」より</p>
</div>
<p>
	　これまで三陸海岸から仙台平野の沖合で毎年のようにカヤックをしてきた関係で、今回の東日本大震災の被災地域には何人も友人が存在し、安否を心配していた。幸運なことに、数日が経過して、すべての友人の無事が判明した一方、すべての友人の家屋は消滅した。<br />
	　なかでも宮古市田老町に生活する友人の自宅には何度も宿泊させてもらったことがあるが、強烈な印象は、その住宅の間近に、巨大な津波対策の防潮堤防が構築されていたことである。延長2.5kmで、田老の万里の長城とも名付けられてきた鉄筋コンクリートの堤防である。<br />
	　1933年に襲来した昭和三陸津波により田老が壊滅したとき、当時の地震学会の今村明恒会長が全村を高台に移動させる復興計画を提言したが、先祖伝来の土地に執着した村民の意向で、数千億円の費用と45年間の歳月をかけて実現した堅固な構造である。<br />
	　1960年のチリ津波のときには万里の長城が威力を発揮し、周辺の集落が被災したにもかかわらず、田老は無傷で、世界に有名になったが、今回は堤防の2倍にもなる波高の津波が襲来し、堤防は破壊され、馴染みの友人の自宅も消滅した。<br />
	　政府が検討を開始した復興計画では、この田老だけではなく、全体に安全な土地に集落を再建する方針が検討されているが、これは重要な論点である。今回の災害により、人間の技術では自然の猛威に対抗できないことが明確になったからである。<br />
	　明治以後、人口が3.5倍に増加した日本では生活する住宅用地や生産する農業用地・工業用地の需要が一気に増大し、崖崩れの危険のある場所も、津波の危険のある土地も技術を信奉して開発してきたが、それによって安全は十分には確保できなかったのである。<br />
	　明治以来、人口が35倍、日本全体の10倍の速度で増加してきた道内でも、人々が安全ではない場所で仕事や生活をしてきた地域も例外ではない。しかし、道内の人口密度は全国最小であるうえ、今後25年間で人口は120万人以上減少する。土地は十分に余裕がある。<br />
	　数次の北海道十勝沖地震を代表とし、ここも安全な土地ではない。戦争では進攻より撤退が数段困難な作戦とされる。東北地方では非常事態における撤退作戦であるが、今回の災害を奇貨とし、最北の土地が平常事態の撤退作戦のパイロットを目指すことを期待したい。</p>
<p class="date">
	(2011年4月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201104/13.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201104/13.php</guid>
            <pubDate>Thu, 07 Apr 2011 18:51:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第12回 視点の変化で価値が増大する流氷</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area">
	<img alt="" height="230" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol12/ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　流氷の季節が終盤に近付いている。この流氷が離岸する時期になると流氷カヤックが可能になる。危険な蛮行と想像されるかもしれないが、沖合に滞留している流氷が波浪を防止し、その内側はきわめて静穏な海面になるから、夏場よりも安全かもしれない。 <br />
	　とりわけ晴天であれば、海上から眺望する白銀の知床連山は得難い光景であり、上川盆地から眺望する冬期の大雪連峰の勇姿とともに、アイヌの人々がカムイミンタラ（神々の庭園）と崇拝してきた道内各地の自然環境のうちでも抜群の絶景を享受できる。<br />
	　もちろん、知床半島の付根のウトロから出発する流氷観光用小型船からでも、見渡すかぎり白色になった海面と銀色の知床連山という国内唯一の風景は十分堪能できるが、水面と同一の目線から海面を眺望すると、その神秘を一層実感することができる。<br />
	　ところが数年以前から、さらに身近に流氷を体験できる機会が登場している。流氷ウォークである。全身を完全に密閉するドライスーツという衣服を着用し、地元の案内の人々とともに氷原を散歩するだけではなく、海中に飛込むという体験も可能である。<br />
	　流氷が陸地に接近するのはオホーツク海域だけではなく、カナダ東部の海岸やスカンジナビア半島の付根のボスニア湾奥など各地に存在するが、もっとも緯度が低位で、しかも網走のような人口数万の都市の面前まで到来するのが知床半島である。<br />
	　道内の人々には周知のことであるが、冬場に漁業ができない、気候が寒冷になるなど、かつて流氷はオホーツク地域にとっては迷惑な存在であったが、研究が進展して、流氷が大量のプランクトンを育成して豊富な魚介をもたらすなどの恩恵が認識されるようになっている。<br />
	　さらに最近では、世界遺産登録の効果も相乗して、流氷は冬期（1月〜3月）の観光の目玉になり、20年前と比較すると、オホーツク地域の冬季の入込客数は2倍となって100万人を突破し、外国人宿泊者が3倍の2万2000人になっている。<br />
	　現在、各地で足元の埋蔵資源の発掘競争が進行しているが、道内の自然資源は他所を圧倒する質量である。その資源に新規の価値を付加するのが、流氷カヤック、流氷ウォーク、観光用小型船である。これに見習い、既知の資源にも視点の追加をすることが今後の戦略である。</p>
<p class="date">
	(2011年3月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201103/12.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201103/12.php</guid>
            <pubDate>Thu, 03 Mar 2011 18:22:36 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第11回 縮小社会のパイロットとなる資格</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area-leng2">
	<img height="300" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol11/ph01.jpg" width="200" /></div>
<p>
	　日本は15歳未満の人口比率が13.4％であるが、これは世界最小である。一方、65歳以上の人口比率は22.7％であり、これは世界最大である。平均寿命が男女とも世界最高であることも影響しているが、人口を基準に国家の盛衰を判断すると憂慮すべき事態である。<br />
	　今後について、国立社会保障・人口問題研究所が発表している2035年までの人口推計結果があるが、日本全体では2005年の1億2777万人から30年間で1億1068万人に減少し、減少比率は14.4％、15歳未満の人口比率は9.5％、65歳以上の比率は33.7％になる。<br />
	　同様に道内人口は563万人から441万人に減少し、減少比率は21.6％、15歳未満の人口比率が8.2％、65歳以上の比率は37.4％になる。これらは全国平均以下であり、減少比率では最大の秋田から数えて13番目、15歳未満の人口比率は最小の東京に次いで2番目、65歳以上の比率は最大の秋田から数えて5番目である。<br />
	　この縮小ともいうべき方向に転換していく時代に、どのように社会を構築していくかは、日本全体にとって国家の命運を左右する重大問題であるが、限界集落という名前が象徴するような消滅していく場所が多数存在する地域にとっては一層深刻な課題である。<br />
	　さらなる問題は、太平洋戦争後の短期の期間を例外として、明治時代以来、人口も経済も増大一途で発展してきた日本の社会には、縮小する社会を経験した人間が皆無ということである。そこで皮肉なことであるが、北海道人の出番になる。<br />
	　それは夕張を筆頭に石炭産業の衰退の影響で人口や経済が急速に減少し、経営が破綻している都市が道内に多数存在しているということだけではない。極端に人口が少数であった時代の伝統や記憶が現在まで明確に伝承されている国内唯一の地域だからである。<br />
	　明治初期に発行された『日本帝国統計年鑑』に、1880年の府県単位の人口が記録されている。日本全体で3590万人、道内人口は16万人である。この130年間に、日本全体では3.6倍の増加であるが、道内では34倍も増加したことになる。<br />
	　極端に人口が少数であった時代は、本州以南でははるかな過去のことで十分な記録も記憶もないが、道内には蓄積されており、それらを参照し、北方の大地が縮小社会の先駆となれば、日本をはじめ、縮小に直面している世界各国のパイロットとなることが可能である。</p>
<p class="date">
	(2011年2月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201102/11.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201102/11.php</guid>
            <pubDate>Thu, 03 Feb 2011 15:08:49 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>第10回 開国の荒波を突破するパイロット</title>
            <description><![CDATA[<div id="img-area">
	<img height="225" src="/hokkaido-jin.jp/upload/images/special_contents/tsukio/vol10/ph01.jpg" width="300" /></div>
<p>
	　ここ数年、日本ではガラパゴス現象という言葉が流行している。赤道直下の南海の孤島ガラパゴスで特殊な進化をした固有の生物から名付けられた現象であるが、そこから派生して、ある環境に過度に適合した社会を表現するのに使用されている。<br />
	　その社会で長年にわたり生存してきた生物にとっては極楽のような環境であるが、問題は環境が急激に変化したときに適応する能力を喪失して対応できず、衰退どころか、場合によっては絶滅にまで到達する危険があることを指摘した言葉である。<br />
	　その好例がニュージーランドの鳥類である。この島国には、キウイ、カカポ、タカヘなど飛翔能力を喪失した何種かの鳥類が生息している。ニュージーランドがオーストラリア大陸から分離した時点では捕食動物が存在せず、飛翔して逃避する必要がなかったからである。<br />
	　ところが1億年後、西欧からの移民がキツネやイタチなどの捕食動物とともに渡来し、それらの動物にとって地上を歩行している鳥類は絶好の獲物となり、数十種類もの固有の鳥類が絶滅し、わずかに生存した前述の鳥類も絶滅寸前になってしまったのである。<br />
	　携帯電話が日本のガラパゴス現象の典型である。国内で販売されている製品の大半は国産であるが、世界の占有比率では日本製品は数％でしかない。複雑な機能をもつ高価な製品は日本国民には適合しているが、世界では相手にされなかったのである。<br />
	　この問題には二種の解決方法がある。孤立した環境を維持する鎖国か、開国して激変した環境に早急に適応する努力をするかである。もちろん貿易立国の日本にとって鎖国の選択はできないから、唯一の方法は開国による環境の変化に対応する努力である。<br />
	　その最新の激変がTPP（環太平洋戦略経済連携協定）の登場である。これへの参加が決定すれば、国内、とりわけ道内の農林漁業は壊滅するという議論が活発になっている。もちろん鎖国と開国を統合した戦略が考案できれば素晴らしいが、簡単なことではない。<br />
	　これは一次産業だけではなく、すべての産業が直面する荒波である。そうであれば、日本ではもっとも海外の生産環境に類似している道内の一次産業が、危機こそ好機の精神で挑戦し、荒波を最初に突破するパイロットになることが期待されるのである。</p>
<p class="date">
	(2011年1月)</p>
]]></description>
            <link>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201101/10.php</link>
            <guid>http://www.hokkaido-jin.jp/special_contents/tsukio/201101/10.php</guid>
            <pubDate>Thu, 06 Jan 2011 15:06:41 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>
