第24回 日本のタイムカプセル

未来パイロット・北海道

第24回 日本のタイムカプセル

 南極の氷床の下部4000mに存在する密閉された湖沼ボストークに、本年2月、ロシアの調査部隊のドリルが到達したことが話題になっている。1000万年以前に封印された湖水を精査すれば、地上では未知の生物の痕跡が発見できるかもしれないという期待である。
 これは一種のタイムカプセルであるが、地球には様々なタイムカプセルが存在する。昨年の東日本大震災に関係して、何百年前には、どのような巨大な津波が襲来していたかが議論されているが、地下から採掘した地層を調査すると、それが判明するからである。
 南極やグリーンランドの氷床の深部までドリルを到達させ、円形の氷柱を採取すると、何十万年も以前の地球の大気の組成が判明する。氷柱に封入されている微細な気泡をガスクロマトグラフィで分析した成果である。数十万年が数百mの氷柱に圧縮されているのである。
 この視点からすると、この北方の大地は日本のタイムカプセルである。本州以南では人類が到来してから何万年間で多数の生物が絶滅してきたが、その経緯は化石で推定するしかない。しかし、エゾオオカミの絶滅であれば詳細な記録があり、それは歴史の再現である。
 弥生時代以後、大陸から伝来した稲作のために各地で湿地が開拓されてきたが、数千年前のことで詳細は不明である。しかし明治以来、道内主要河川の流域に存在した広大な湿地の消滅については地図も記録も残っており、自然改造のタイムカプセルが存在する。
 これらの自然環境についてだけではなく、社会環境のタイムカプセルも存在する。坂上田村麻呂の蝦夷征伐については文書や史跡は残存しているものの明確ではないが、800年後のシャクシャインの戦闘であれば、先住民族と侵入民族との関係が正確に記録されている。
 さらに農業、林業、鉱業など一次産業についても、道内には道民の数世代前の祖先が参加してきた歴史が実体として各地に残存している。日本の千数百年の歴史を百数十年と一桁圧縮した状態でタイムカプセルとなっているのが北方の大地なのである。
 これを博物館内の記録としてではなく、現実の大地に記録して保存していくことは、幸運にも近代への出発が出遅れた地域の役割である。
 2年にわたり、魅力あふれる土地に道外の人間が期待する拙文を掲載させていただいたことに感謝し、連載を終了させていただきます。

(2012年3月)

プロフィール

月尾 嘉男(つきお よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)

月尾 嘉男(つきお よしお)

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