第23回 未来から現在を予測する

未来パイロット・北海道

第23回 未来から現在を予測する

 以前にも紹介したが、道内の湿原面積は1920年から2000年までの80年間で60%が消滅し、森林面積は同一の期間に10%が消滅している。原因は勇払原野が苫小牧東部大規模工業基地になったように、農業用地、工業用地、住宅用地などに開拓されてきたことである。
 それぞれの時代の要請に対応した結果であるから、現在から開拓を批判はできないが、その背後にある思想については検討する価値がある。それらは、それぞれの時点での需要、一歩譲歩しても10年先程度の需要を満足させるための政策であったということである。
 このように未来を想定する作業を予測というが、英語ではフォアキャストという単語が相当する。魚釣りのとき釣糸を前方に投げることに由来する言葉である。しかし前方に遠投するためには、直前に後方に投げる必要があり、これをバックキャストという。
 この元来は魚釣りの用語である二種のキャストが、最近、計画技術の視点から注目されている。フォアキャストは未来の需要に対応して、手許の資産である湿原とか森林を利用すると、結果として、どのような影響が派生するかという環境評価をする手法である。
 しかし、主要な目標は需要の満足であるから、環境評価は付随する結果でしかない。そこでバックキャストが登場する。一定の期間の未来に、環境がどのような状態になっているべきかを想定し、そこに到達するために現在なすべきことを決定するのである。
 要約すれば、現在の行動の延長に未来を想定することがフォアキャスト、想定した未来を起点として現在を計画することがバックキャストになる。スウェーデンのカール・ヘンリク・ロベールが1980年代に提唱した手法であるが、最近になり注目されてきた。
 一例は、100年後の気温上昇を一定範囲に抑制するために、その時点での大気の炭酸ガス濃度を想定し、その状態にするためには、今後10年間で人間が排出する炭酸ガスの総量を規制する政策である。100年後の世界から現在の世界を計画するのである。
 これまで140年間の北海道はフォアキャストの時代であり、それが数多くの環境問題を発生させてきた。今後も日本でもっとも開発行為が実施されるのも北海道であるが、これからの140年間はバックキャストで地域を構想するパイロットになることを期待したい。

(2012年2月)

プロフィール

月尾 嘉男(つきお よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)

月尾 嘉男(つきお よしお)

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