第20回 人知を凌駕する生物の叡智

未来パイロット・北海道

第20回 人知を凌駕する生物の叡智

 世界各地の先住民族の生活を探訪する旅行を開始してから5年になる。それらの人々も現在では自家用車を保有し、家庭電化製品も使用する生活をしているが、先進諸国といわれる国々の人々が忘却してしまった知識を駆使した活動も数多く維持している。
 一例は薬草であり、ニュージーランドのマオリ民族もベトナム北部の山岳民族も、付近の森林から採集してきた薬草を日常生活で普通に使用している。それらは先祖伝来の文化であるが、その知識の源泉の多数は野生の動物の行動を参考にしたものである。
 アフリカのチンパンジーは寄生虫病になるとヴェルノニアという菊科の薬草を利用し、アジアのゾウは便秘になると豆科のタマリンドの果実を摂取する。それらを参考に、人間が薬品や薬効のある清涼飲料などを開発している事例は数多くある。
 ところが最近、技術開発の分野で生物を参考にする事例が登場してきた。赤色、緑色、黄色などに光輝く金属のスプーンがあるが、これは特定の波長の光線が干渉するように表面を微細に加工した製品である。そのアイデアは南米のモルフォチョウを参考にしたものである。
 ヤモリは垂直の壁面でも易々と走行するが、指先に粘液が付着しているのではない。1本の指先に50万本もの細毛が密生し、その細毛と壁面の分子間結合力による効果である。そこでプラスチックテープの表面を同様に加工し、接着材料を使用しない接着テープが開発された。
 カタツムリの外殻は油性インクで落書きしても、雨後には跡形もなく消滅している。表面にミクロン単位の縞目があり、それが油分を浸透させない効果である。そこで便器の表面を同様に加工したところ、わずかな水量でいつも清潔に維持できる便器が完成した。
 このような研究分野はバイオ(生物)ミミクリ(模倣)と命名されている。アメリカのネズパーズ部族には「あらゆる生物は人間より賢明である」という言葉がある。数百万年の歴史しかない人類に比較して、何億年間も地球に生存してきた生物は賢明ということである。
 道内には62種類の哺乳動物、405種類の鳥類、1万種類以上の昆虫、2250種類の植物が棲息し、日本最大の生物の宝庫であるうえ、津軽海峡に生物の分布境界ブラキストンラインがある結果、固有の生物も豊富である。この大地はバイオミミクリのパイロットとなる責務がある。

(2011年11月)

プロフィール

月尾 嘉男(つきお よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)

月尾 嘉男(つきお よしお)

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