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第18回 辺境からの変革への期待
第18回 辺境からの変革への期待

▲ティンレイ総理大臣と面談する筆者
日本ではほとんど報道されなかったが、今年7月、ヒマラヤ山脈の南側斜面にあるブータン王国の国家目標であるGNH(グロス・ナショナル・ハピネス:国民総幸福量)が、国際連合によって世界の長期戦略として検討されることになった。
ブータン王国は面積が九州の1.3倍、人口が70万人、1人あたりの国民所得が日本の5%という小国で、日本からはバンコク経由で国内唯一のパロ空港に到達するという不便な場所にある。そのような秘境にある小国の国家目標を国際連合が検討するということは快挙である。
このGNHは、35年前の1976年、当時20歳であったジグミ・シンゲ・ワンチュク国王(現在は退位)が「GNHはGNPよりも重要である」と宣言したことが発端である。国家の役割は経済の発展ではなく、国民の幸福の実現であるという意図の発言であった。
当時、世界は石油危機からの回復に必死で、国民総幸福量という思想は理解できなかった。とろこが最近、フランスがGNP以外の国家目標を検討し、日本の市区町村がGRH(グロス・リージョナル・ハピネス)を目標とするなど、時代はブータン王国に接近してきた。
今夏20日程、ブータン王国を訪問し、総理大臣をはじめ何人かの閣僚と面談させていただいたが、国家目標を実現するために全力を傾注している姿勢は、明治時代に日本を西欧の列強と対等の国家にすることに情熱を発露していた日本の政治家像に重複するものであった。
このような小国の理念が世界を先導する現実は、一見奇異な印象であるが、歴史には何度も登場してきた事実である。巨大な変化は世界の権力の中枢から発生するのではなく、権力から遠離けられてきた辺境を起点とするという事実である。
古代のローマ帝国を崩壊させたのは蛮族とされていた辺境の民族であり、停滞した近世のヨーロッパを覚醒させたのは辺境のアメリカ大陸の活力であった。日本でも明治維新は江戸や京都の既存勢力ではなく、辺境に隔離されていた薩長土肥の新興勢力により実現した。
現在の日本は江戸から東京へと継続してきた中心を基盤とする制度が疲労して崩壊しつつある。それを変革できるのは、その中心からもっとも遠隔の位置にある北方の大地であることは確実である。この辺境がGNHに匹敵する次代の日本の目標を提起することを切望する。
(2011年9月)
月尾 嘉男(つきお よしお)
1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
・月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)