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第17回 未来の農業遺産を創出するパイロット
第17回 未来の農業遺産を創出するパイロット

日本の自然や文化が世界自然遺産、世界文化遺産、世界記憶遺産などに登録されると、マスメディアは大騒ぎで報道するが、今年6月に佐渡と能登半島が世界農業遺産に登録されたことの意義は理解できず、地元の新聞や放送を例外として、全国にそれほど報道されることはなかった。
これは国際連合食糧農業機関(FAO)が、環境を維持しながら継続している伝統ある食糧生産の手法を顕彰する目的で2002年に制定した制度で、これまでフィリピンの棚田、アフリカのオアシスの農業、アンデス山脈の高地の農業など8件が登録されてきた。
佐渡は一旦絶滅させたトキが棲息できるように、農薬を極力制限した農業を全島で推進していることが評価され、能登半島は里山を維持しながら継続している伝統農業が評価された結果であるが、先進工業国家としては最初の登録となる快挙である。
能登半島で有名になった里山という概念は、最近では英字の「SATOYAMA」として通用するほど世界に浸透し、筆者がアンデス山脈の農地を訪問したときにも、里山という言葉が登場したほどである。これは奥山という概念と一対にすると、さらに重要な言葉になる。
古来、日本の農村では、集落の背後にある深山は神々の生活する奥山として、一年の特定の期間にのみ入山して山頂の奥社に参拝し、普段は奥山の境界に造営された神社に参拝していた。一方、山麓に展開する森林は里山として、柴刈や山菜採集など日常生活に利用してきた。
さらに最近では里川、里海という概念も誕生し、集落の人々が炊事や魚釣りに利用する里川、同様に海藻採集や漁獲に利用する里海を一体として理解し、奥山から里山、里川、里海を経由して再度、奥山へと淡水や生物や酸素が循環する仕組を維持してきたのである。
日本は国土面積の68%が森林で、これは世界2位である。世界有数の高密な生活をしている地域としては異例の状態であるが、それは山岳が急峻で開発が困難であったというだけではなく、奥山と里山という概念によって森林を維持してきた成果である。
道内の森林面積比率は71%であるが、明治以後、奥山と里山という伝統のないままに、西欧の農業様式で開拓してきた結果、森林の荒廃が進行している。ぜひ道内の自然を維持しながらの利用方法を考案し、未来の農業遺産のパイロットとなる契機としていただきたい。
(2011年8月)
月尾 嘉男(つきお よしお)
1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
・月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)