第16回 自然と人工の未来の関係のパイロット

未来パイロット・北海道

第16回 自然と人工の未来の関係のパイロット

▲岩手県宮古市の海岸にある蝋燭岩

 東北地方の太平洋岸は日本最大のリアス海岸で、陸中海岸国立公園に指定される風光明媚な景観が連続している。この景観は観光には最適の環境であるし、漁業にとっても奥深い入江は絶好の漁港になり、まさに自然の恩恵であるが、一方で問題ももたらす。
 津波の威力が増幅されることである。湾口から侵入してくる津波は、海岸に接近するほど狭隘になる地形で両側から圧迫され、一気に波高が巨大になる。今回の津波でも、各地で10m程度の堤防を楽々と越流して、津波が湾奥にある集落を破壊した事例が数多く存在する。
 岩手県釜石市でも、釜石湾奥にある市街を防衛するために、水深60mはある湾口の海底から巨大な堤防を2本建設していたが、今回の津波で2000億円の人工の巨壁は無残にも破壊され、鉄鋼都市釜石を防御することはできなかった。
 ところが、この津波に対抗した自然がいくつか存在する。前回紹介した巨大な堤防で海面と集落を遮断した岩手県宮古市の田老の漁港の外側に「三王岩」という県指定天然記念物がある。その高さ50mほどの石柱の正面に波高10m以上の津波が襲来したが無事であった。
 宮古の港湾の外側に「蝋燭岩」という国指定天然記念物がある。高さ40mで足元の横幅は3mという細長い石柱であるが、この付近で8m程度と推定される津波にも無事であった。また三陸海岸最高の景勝地「北山崎」の海中に屹立する多数の巨石も無傷であった。
 蝋燭岩は1億年前に形成されたと推定されるが、今回の規模の津波が千年に1回は発生してきたとすると、10万回以上の自然の猛威に対抗してきたことになる。建設から数年の釜石湾口の巨大堤防が崩壊していることと対比すると、自然の偉大さが実感できる。
 西欧を発祥の土地とする近代の科学と技術は、自然を人間が利用する目的で理解し制御していく精神で発展してきたが、堤防、河川改修、原子力発電所などの科学と技術の成果は自然の威力には対抗できないことを露呈した。自然と人工の関係の見直しが必要である。
 西欧の発想で道内の自然に対処しはじめてから140年であり、わずかな時間しか経過していない。今回の災害を参考に、まだ十分に残存している環境に、今後、どのように対処していくかを検討し、自然と人工の関係のパイロットを目指すことが北方の大地の役割である。

(2011年7月)

プロフィール

月尾 嘉男(つきお よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)

月尾 嘉男(つきお よしお)

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