第4回 自然回復のパイロット

未来パイロット・北海道

第4回 自然回復のパイロット

 大正時代の地図を基礎に測定すると、道内には1772平方キロメートルの湿地が存在していた。ところが現在の地図で調査すると、709平方キロメートルしか残存してない。せいぜい80年間という、自然にとっては一瞬ともいうべき短期の時間で60%の湿原が消滅したのである。
 石狩川沿いから勇払原野にかけての湿原はほとんど消滅しているし、十勝平野から根釧原野にかけての湿原も大幅に減少している。サロベツ原野やオホーツク海沿いの湿原も同様である。説明するまでもないが、原因は明治時代初期以来の開拓である。
 現在では想像できないが、1970年代には釧路湿原を全面干拓して農業用地や工業用地に転換しようという構想まで真剣に検討されたことがある。ところが現在、その釧路湿原北部の茅沼付近で、ささやかであるが湿原を回復するという公共事業が進行している。
 湿原の水位を低下させて牧場に転換するため、直線の運河が掘削されていたのであるが、それを本来の河道に転換して、運河の部分が湿原に回復することを目的とした事業である。これには賛否両論が存在しているが、世界では桁違いの自然回復事業が進行している。
 アメリカのフロリダ半島南部は、かつて全体が湿地であったが、この1世紀の人口急増で広大な面積が宅地や農地に転換された。ところが現在、干拓のために掘削された運河を廃止して湿原に復元する工事が進行し、すでに釧路湿原に匹敵する面積が回復している。
 一見無駄のような工事には様々な根拠があるが、数字で説明する方法がある。自然は人間が気付かない恩恵を環境にもたらしている。一例として、湿原は大雨のときの遊水機能、気候の緩和機能、生物が棲息する機能などがある。これをエコシステム・サービスという。
 それをヘクタールあたり何円かという金銭に換算した数値がある。湿原は各種の自然環境のうち最大で、年間150万円であるが、農地は1万円と計算されている。したがって農地を湿原に復元すれば環境価値は飛躍することになる。これが自然回復の注目される理由である。
 明治時代以来の干拓は食料増産のために必要な事業であり、現在の視点から、その当否を議論することは意味がない。しかし環境時代になった現在、自然回復は世界の潮流であり、この北方の大地が、その先頭となることは、パイロットとしての重要な役割である。

(2010年7月)

プロフィール

月尾 嘉男(つきお よしお)

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より東京大学名誉教授。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/)

月尾 嘉男(つきお よしお)

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