第46回

私のお父さん

第46回

話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■222『無口だけど多才だった父』

やすこさん(70)=無職、江別市出身、札幌市在住

 ─お父さんは戦前からつづく酒屋さんを経営されていたそうですね?
 はい、親から店を継いだんです。お酒や食料品、雑貨などいろいろ扱っていて、戦争中も不自由のない生活でした。地方巡業のお相撲さんを泊めるほど大きな家でしたが、昭和28年の江別大火で焼けてしまいました。うちは同じ場所に建て直したんですけど、移転してしまう人も多くて、あのころからまちがなんとなく寂れ出したように思います。80代で店を閉め土地を手放したんですが、大火に耐えた蔵は今でも残っているんですよ。
 ─お父さんの思い出は?
 お祭りとか特別な日には、父が料理をつくってくれました。八つ目ウナギの蒲焼きなんかも食べましたね。特にお稲荷さんの皮がおいしくて、お嫁に行っても時々「こっち来る時につくって持ってきて」と頼んだりしました。
 ─お父さんと似てるなぁと思うところはありますか?
 無口でおとなしいところ、でしょうか。商売として表彰状や看板を書くほど達筆で、水引で飾りをつくった結納品をお店で売っていたほど手先が器用。娘の私たちも手工芸が好きで器用なほうです。でも、私は父ほどではないですね。

(鶴見裕子)

■221『男たるもの働くものだ』

田中正能(たなか・まさたか)さん(31)=カイロプラクター(中村カイロプラクティックオフィス「アトラス」T・Cマネージャー)、釧路市出身、札幌市在住

 ―カイロプラクティックから美容までをサポートする「アトラス」の田中さんは釧路出身。学生時代は結構やんちゃだったとか。
 中学、高校と、夜中にバイクや自動車に乗って大きな音で走るサークルに入ってました(笑)。父は地元で木材関連の会社を経営していますが、いろいろ迷惑もかけました。中3の時にある問題を起こして、父が「自分は幼い時に父を亡くしたので、子どもとの接し方がわからないのかも知れない。申し訳ない」と謝罪した姿が忘れられません。父が常日頃言っている「男たるもの働くものだ」という教えは、社会人となった自分の支えになっています。
 ―先日、ご結婚されたそうですね。
 挙式は札幌、披露宴は釧路で開きました。出席した両親も、本当に喜んでくれました。結婚して新たな責任が生まれましたが、今でも年に1、2回は釧路へ帰って、父と酒を酌み交わすのが一番の楽しみです。

(及川直也)

■220『店の手伝いで学んだ「工夫」の大切さ』

森脇俊文さん(34)=「健康運動指導士(メディフィットトレーニングスタジオ)、札幌市出身、札幌市在住

 ―スポーツトレーナーとして活躍中の森脇さん(不調改善トレーナ森脇俊文の「QOL向上委員会」)。ご実家はスーパーマーケットを経営されているとか。
 40年前、父が青果店からスタートしましたが、今では市内に5店舗。両親はずっと共働きで、僕も小学6年ぐらいからお店を手伝っていました。
 ―印象に残っているエピソードは。
 ある日、なぜかキュウリが全然売れないことがあった。店員たちが首をひねっているところに父がやってきて、ひと山の本数と値段をいじった途端、急に売れ出したことがある。「商才」とはこういうことなのか、と驚きましたね。ほんのわずかの工夫が、流れを大きく変えることがある。運動指導の場面でも「工夫の大切さ」を考えるきっかけになりました。
 日頃はおだやかな父ですが、ある時、お店で烈火の如く怒ったことがある。バイトの青年が一斗缶の蓋を開けようとして、手を切りそうになっていたんですね。社員の安全が第一、という姿勢は、自分が部下を使う立場になった現在も心に留めています。

(及川直也)

■219『お父さんの店を手伝って、料理を覚えました』

ジェム・バヤツさん(38)=「トルコキッチン ザ・ケバブ」店主、トルコ・イスタンブール出身、札幌市在住

 ─若いころのお父さんは羽振りのいいビジネスマンだったとか?
 そう、ベンツを4台持つような。最初は銀行マンで、その後に独立して金融関係の会社をつくりました。だけど、3年で倒産して逃げちゃった(笑)。しばらくして戻ってきて、勤め人やって、でもやっぱり自分で経営したくて、たくさん借金して今度は大きなレストランを開店させた。当時高校生だった私も手伝っていたんで、その時に料理を覚えたんです。でも、その店も結局つぶれました。
 ─お父さんのどんなところがそうさせたんでしょう?
 頭は良いけど、責任感がない。人につきあわされてギャンブルにお金を使ったり、面倒なことから逃げて遊びに行ったりするから。仕立屋をしてたお母さんは苦労したね。でも、今は二人とも年金生活で平和に暮らしてます。お父さん、ハンサムなんですよ。
 ─そういうお父さんを見てきたから、ジェムさんは堅実経営ですね。
 開店は2003年の「日本におけるトルコ年」。テレビでトルコがたくさん取り上げられ話題になっていたので、今がチャンスと決心しました。でも、テレビでお店が紹介されると、しばらくは混むけど常連さんが逃げてしまう。そういうことも勉強しましたね。

(鶴見裕子)

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