北海道でスキーしよう!

北海道でスキーしよう! 新世代の伝道者たちがその魅力を伝えます skier file No.001 森脇俊文さん もっとスキーをしよう! 「北海道スノースポーツミーティング実行委員会」委員長skier file No.002 児玉毅さん 世界のビッグマウンテンを滑降。北海道の魅力を発信するプロスキーヤーskier file No.003 工藤了さん ダイナミックな滑りをカメラで追う。写真でスキーのかっこよさを伝えるカメラマン

文/及川直也、写真/及川直也、工藤了、ルパン、『北海道人』編集部


「みんなで

都心から車で20分のところにあるさっぽろばんけいスキー場には、多くの人が訪れる

森脇俊文
(もりわき・としふみ)さん。

「北海道スノースポーツミーティング実行委員会」委員長、パーソナルトレーナー、コアサポート北海道CTO

Profile

1975年、札幌市生まれ、札幌市在住。6歳からスキーをはじめ、個人指導を中心に、体の不調を整える仕事をする傍ら、北海道の冬の魅力を感じてもらうため、北海道の冬の業界を活性化するために「北海道スノースポーツミーティング」を立ち上げ、精力的に活動を行っている。
憧れのスキーヤー:三浦敬三、行ってみたいスキー場:アラスカ周辺

北海道スノースポーツミーティング

 ―森脇さんが代表を務める「北海道スノースポーツミーティング」とは、どういう組織ですか。

 簡単に説明するなら、スキー、スノーボードを通して北海道の冬の魅力を再発見してもらう活動を行う実行組織です。実行委員会が8名で、あとはその都度のイベントで仲間が手伝ってくれて、そこにお客さんが来てくださるという形になってます。イベントは夏冬問わず、オールシーズンでやってます。

 ―夏もやるんですか。

 真夏に札幌・中央区のアミューズメントビル「ノルベサ」の3階を借り切って、「スベルベサ」というイベントをやりました(笑)。プロスキーヤーとプロスノーボーダーが集まって、ウインタースポーツの話をして盛り上がりました。さらに札幌・円山にあるギャラリーカフェで「スキー・カフェ」と銘打った展示を行ったり、各種のシンポジウムなどにも参加しています。

スキーとの出会い、「スーパースキー学習」

 ―森脇さんが本格的にスキーをはじめたのは?

 小学校1年生からスキー授業はありましたが、高校時代(札幌西陵高校)に合唱部と掛け持ちで入部したのがスキー部だったんです。最初は新入生向けの部活紹介を見て、一番(スキー部が)おもしろそうだったのでたまたま選んだのですが、その後、今をときめくプロスキーヤーになる人たちが何人もいたんです。僕の同期にプロスキーヤーの山木匡浩さん、一つ下には先日南極にも行ったプロスキーヤー兼山岳ガイドの佐々木大輔くんがいて、すごくいい環境のなかでスキーをしているうちに、どっぷりとスキーの魅力にはまって、現在こういう活動をしている状態ですね。

 ―そんな中で考案されたのが、子どもたちをプロが指導する「スーパースキー学習」。大変話題になりました。

 通算3シーズン目になりますが、前々回やったシステムで言うと、12人のプロスキーヤーのうち、8人のプロが8班に分かれて子どもたちにレッスンをする。残りの4人のスキーヤーが各所に隠れていて、偶然現れるような設定で、子どもたちに圧倒的なスキーテクニックを見せる。
 これはスノースポーツミーティングという公開ミーティングの場で、札幌の公立小中校でスキー授業が減ってきているが、どうやったらスキー授業を復活できるかという問題提起があったんですね。そのときに全日本のデモンストレーターである井山敬介くんが、「スキー授業を復活したところで、おもしろくないスキー授業をしてしまうと、逆にスキーをやる人は減るんじゃないのか」と発言した。それじゃ自分たちができる限り最高におもしろいスキー授業を実際にやって見せよう、ということになったのがはじまりです。

スキーの魅力について熱く語る森脇さん。真剣な眼差し

 ―イメージとしては、少年野球のチームにイチローがやってきて、華麗なバッティングを見せるような。

 目の前で一流選手の動きを見せることにより、子どもたちに強烈な印象を与えることができます。北海道はスキーヤー、スノーボーダーをふくめ、オリンピッククラスの人が身近に山ほどいて、彼らも自分たちが身につけたものを伝えたいと思っている。交流する機会を作りたいんだけど協力してくれないかい、という話をしたら、みなさん手弁当で快くスケジュールを空けて来てくださったんです。

 ―子どもたちの実際の反応は。

 最もスキーが苦手で、これまではスキーを履かずに授業していた子どもたちの班も、スキーを履いて「スーパースキー学習」に参加しました。レッスンの非常に上手なプロに頼んだら、午後、ロッジに帰ってきた子どもたちの目が輝いていた。表情が明るくなって、鼻息が聞こえるんじゃないかというぐらいに興奮している。うまくいっているんだろうなと思っていました。
 これは後日談ですが、その班にいた女の子のお母さんから連絡が来たそうです。これまでスキーが嫌いだった娘が、「スーパースキー学習」から家に帰ってきた途端に「来週スキーに行きたい、スキーにつれていってくれ」と言って、びっくりしたという。それから家族で3、4回スキーに行ったそうですが、まさしく北海道の冬の魅力を、その子に伝えることができた。
 嫌いなものを好きにするのはすごいことで。それはなかなかできることじゃない。授業をやって、最も嬉しかったエピソードですね。

スキーパラダイス北海道

 ―いわゆるスキーの魅力、スキー環境としての北海道の魅力とは。

 例えば、札幌という土地に限定して言えば、190万人都市で雪が年間約6メートル積もり、都心から約20分でスキー場がある街は、地球上に札幌しかない。まさに「奇跡の島」といっても過言ではない。
 北海道よりも北に行くと、寒すぎて外での活動が困難になる。北海道より南に行くと、雪がべたべたになる。極上のパウダースノーの環境にもかかわらず、そのポイントに大都市がある。
 その雪質を求めて、世界中のスキーヤーが北海道に集まって来ている。今や北海道は地球上で最も注目されているリゾートタウンで、資産価値があるポイントなのにもかかわらず、地元の人がその魅力に気付きにくくなっている。ずっと暮らしているからこそ、価値の再確認ができればいいと思いますね。住んでない人の方が、良さを知っていることもありますから。

教員をサポートする「スーパースキー研修」

さっぽろばんけいスキー場でのレッスン風景。この日は大人にスキーの楽しさを伝える

 ―最近はスキー人口が減っているといわれていますが、これからスキーを再び、あるいははじめて挑戦したいと思っている人々に向けて。

 まずはですね、これから子どものスキーヤーは増える傾向に進むと思います。札幌市教育委員会は新たに「読書、環境、雪」という3つの重点項目を掲げ、札幌らしい特色ある教育のシステムを構築しています。平成24年度には体育の授業時間が6時間増えるので、スキー授業が復活する学校も増えるでしょう。これまで札幌市の中学校は、冬季オリンピックの開催都市なのにもかかわらず、昨年まではスキー授業を行っている学校が35%ほどだったんですから。今年は実施予定校が増え、約50%の中学校がスキー授業を計画しているそうです。そのためのサポートとして、スキー授業を担当する教員のためにスキー授業の組み立て方を指導する「スーパースキー研修」が力になればと考えています。
 大人に対しては、一気にスキーヤーが増えるのは難しいのかなと思うんですね。ただ言えるのは、10年以上前からスキーをしなくなった人、この10年スキーを買ってない人は、一気にスキーにはまる可能性がありますよ、と伝えたいです。形状が変わって、カービングスキーというものが生まれまして、これほど力を使わずに、簡単にターンすることができるようになったことを知らないままにスキーを休んでいる人たちが多いんです。短くて、昔よりも扱いやすい、とても曲がりやすい、力を必要としないスキーに乗ったときに、再びスキーの楽しさを思い出される方というのは、とても多いんじゃないかなと思ってます。

スキーをすると頭がよくなる

 ―「子どもがスキーをすると頭がよくなる」というのがあるそうですが。

 基本的には、スキーは状況判断が非常に必要とされるんですね。雪質が変化しますし、斜度が変化しますし、雪の状況、斜面のバーンの状況が変化します。その中で自分がスピードを上げたり落としたり、いろんな状況判断の能力というのが、必要とされるので、それを身体全身を使って行いますから、もちろん頭がよくなるとかそういったところでは、十分に考えられると思います。

 ―スキーはコストがかかるものという印象があるようですが。

 スキーを上から下に滑る道具とだけ捉えてしまうと、なんで年間に数回しか乗らないものに、これだけのお金をかけなければならないのと思ってしまうんですけども、地球上で奇跡的に恵まれている場所にいる私たちが、雪質を調べることで「理科」、オリンピックの聖火台を見ることで歴史」、そして身体を使うことで「体育」で、それを感想文に書けば「国語」。で、リフトの人たちとの挨拶だったり、マナーを学ぶことで「道徳」を身につける課外授業だと考えていただくと、いま「横断的学習」というのが学校の中で注目されているんですけれども、その横断的な学習を、まさに北海道というフィールドを使って最大限に使うことができるのが、スキー授業なんですね。
 それを単なる上から滑り降りるだけのスポーツという風に考えてしまうので、他の魅力、トータルとしてのスキーの魅力を感じない。どうしても道具にお金がかかるイメージがあるので、そういう負担の方ばかり見えてしまうんですけど、メリットは実は、頭がよくなる。そういったところで、いろいろな、理科だったり社会だったり、国語だったり体育だったり、道徳だったりという、色んな部分を、社会を学ぶことができる。
 僕自身はスキーで人生を学んでいるので、人生の縮図だと思っています。いろんな発見がスキーを通して得られるということを考えると、単なる体育として捉えられているのは、我々がまだ魅力を伝え切れていないところだと思うので、これからの課題だと思っています。

不調改善トレーナー森脇俊文の「QOL向上委員会」(ブログ)


「スキーを自由に楽しもう! 新雪を風のように駆け抜けて」

春香山のパウダースノーで雪しぶきをあげる児玉さん
(写真撮影:工藤了)

児玉毅
(こだま・たけし)さん。

プロスキーヤー

Profile

1974年生まれ、札幌市出身、札幌市在住。1995年、19歳で『三浦雄一郎スノードルフィンスクール』に入門。1998~99年アメリカにスキー武者修行、2000年冒険野郎集団「なまら癖ーX」を結成、冒険スキーヤーとして世界中の斜面に挑戦。
これまでの冒険の主なもの:北米大陸最高峰マッキンリー(6,194m)山頂からスキー滑降、2001年北千島探険スキー、2003年グリーンランド遠征(山への移動にシーカヤックを用いる)、2004年ネパールのメラピーク(6,457m)からスキー滑降、2005年世界最高峰エベレスト(8,848m)登頂。
また、北海道スノースポーツミーティング実行委員会メンバーとして、スノースポーツの普及や振興に取り組んでいる。
憧れのスキーヤー:三浦雄一郎

人生を変えた三浦雄一郎さんとの出会い

 ―スキーとの出会いは。

 三浦代表が世界的に有名な冒険スキーヤーということもあり、全国各地から一流のスキー選手が集まっていた。レースはもちろん、モーグルのナショナルチームやエアリアル、あるいは山スキーだとか、いろんなジャンルの、名だたる人びとが集まっていました。
 僕もやっぱり体育会系出身ですから、やるからにはだれにも負けたくない、という気持ちがあって、認められるためにうまくなろう、と努力していくうちに、スキー本来の魅力にどっぷりとハマっていった。それで20歳のとき、シベリアにヘリスキーに誘われたんですね。

 ―いきなり。

 ある時、尊敬する先輩に、「だれも滑ったことのない山を滑ってみないか」と。シベリアに、今まで人類がだれも滑ったことのない山があるという。行ってみたいな、と思って、自分のお小遣い全部はたいて行きました。
 ヘリコプターでずっと飛んでいって、「どこを滑ろうか」とみんなで話し合うんです。今までゲレンデスキーしか知らなかった中で、こんなスキーがあったんだと驚いたのと同時に、これこそスキーなんだというような、スキーの自由さを知って、衝撃を受けました。
 日本に帰ってきたら、もうゲレンデに目がいかないんですね。山並みとか、周りの景色に目が行くようになっちゃった。地図を広げて調べるようになって、独学で山の勉強をして、自分で登って、滑るということをはじめました。
 今でこそバックカントリースキーやパウダーみたいなものが一般的になってきていますが、当時はあまりなかった。どうはじめていいか全くわからなかったので、手探りで、道具だけ揃えてとにかく山へ行って、ロッジなどで詳しい人に聞いたり、実際に痛い目に遭いながら学びました。

「何歳からはじめてもいい」「あと70年はスキーできるよ」

児玉さんの口からは驚くような冒険のエピソードが次々と語られる

 ―シベリアで、冒険スキーに魅せられた。

 それまではどっちかと言うと、結構平凡な感じで育ってきてたんですね。自分の中で、何かオリジナルなことに挑戦してみたいなという気持ちはありましたが、何をしていいかわからなかった。自分を変えたかったというのもあるんですね。
 一般的に、僕のように大学生からスキーをはじめるというのは、アスリートとしては遅いんです。しかし、三浦雄一郎さんは36歳ぐらいの時にエベレストや富士山滑降に挑戦して、ようやく檜舞台に立った方ですから、「何歳からはじめてもいいんだよ」と言われた。現在もなおチャレンジしつづけているという人ですから。僕もどんどん夢を追って行けたんです。
 大学生として、就職活動の時期を迎えたころに怪我をして、スキーができなくなったんです。毎日本当に辛くて、窓の外で雪が降っているのを見るのも嫌で、山も目に入れたくないぐらいだった。
 その時、もう亡くなられましたけど、三浦雄一郎さんのお父さんの、100歳までスキーをつづけてらした三浦敬三さんに、「あと70年はスキーできるよ」と言われて。その時23歳でしたけど、びっくりしちゃって。
 これはやる価値があるんだ、と思い込んで、大学を卒業してからアルバイトしてお金をつくり、当時エクストリームスキーのメッカだった、アメリカへ修行に行きました。

 ―凄いですね。

 英語力ゼロだったんですけど、辞書とガイドブックを持たずに行きました。案の定むっちゃくちゃ苦労しましたけど、そのお陰で向こうのいろんな人に助けてもらって、たくさん友だちができて。2年連続して行ったんですね。
 アメリカでは毎日、「滑る」というか「落ちる」というか、一歩間違ったら死んじゃうんじゃないかと思うような、ガケみたいな急斜面を滑っていましたから、日本に帰ってきたらあらゆる斜面が平らに見えるんですよ。
 最大斜度は、60度ぐらいのところを滑ってたでしょうね。国内だと、せいぜいあっても35度ぐらいですよ。国内の急斜面を直滑降で行けちゃうぐらい、自分がレベルアップしていたのか、感覚が麻痺していたのかわかりませんが、そんな状況になっていた。そこで確信して、プロスキーヤー宣言しました。ちょうど2000年のことです。
 それから仲間たちと一緒に、世界中の山を回りました。グリーンランドや北千島も行きましたし、南米でスキー放浪をしたりとか、マッキンリー山頂から滑ったり。他にもウズベキスタンや中央アジアの方へ滑りに行ったりだとか。
 とにかく世界中、雪さえあればどこでも滑れるというのが僕のモットー。リフトがかかっているところは限られてるけど、雪が積もってる山は無限にある。もう、じっとしてはいられない、という気持ちで、ひたすら楽しそうなところを見つけては、そこに遠征に行くというスタイルでやってました。

北海道は世界一

 ―世界中の山を滑った経験を踏まえて、北海道はどんな環境ですか。

 2005年にエベレストへ登って、無事に帰ってきました。ちょうどその時期に結婚をして、子どももできた。そこで子どもをどこで育てようか、と考えたんですよ。
 海外もふくめて、ここに住んでみたい、あそこに住みたいというのはありました。でも色々考えて、やっぱり札幌で育てたいと思ったんですね。
 なぜかと言うと、札幌は非常に恵まれた場所だということに気付いたんです。まずは自然の豊かさ、雪の豊富さですね。
 たしかに海外でも、雪が降るところは降るんです。ただ、大きなストーム(嵐)がドーンと来て、ドカ雪をもたらして、あとは2、3週間全く降らないとか、そんな気候が多かった。安定したパウダースノーで滑れるという感じではないんです。
 ヨーロッパの方に行けば、高いところに雪が降ったりしますが、氷河で堅かったり。北海道を外から見た時に、この雪質は凄いことじゃないかと気付いたんです。
 こんなに恵まれた環境で、海外からスキーヤーがたくさん来ているのに、北海道の人々がよく理解していない。それってもったいないと思ったんですね。安定して良質の雪が降ることをプラスに捉えて、自分たちの生活が豊かになる方向に持っていけないかな、なんとかしたいな、と思ったんです。
 そこで賛同する仲間と一緒に北海道スノースポーツミーティングというものを作って、スキー振興につながるような試みを、手探りではじめました。

「スキーは楽しい!」

キロロリゾートのゲレンデにて。スキーをはいて様々なポーズをとってくれる

 ―スキーの魅力とは。

 僕は子どもの時から、鳥のように自由自在に空を飛んでみたいという夢があったんです。スキーはそれに近いと思います。
 山の上から、重力と自分のスキーさばきのみで、自由自在に滑り回る。時に飛んだりとか、新雪を風のように駆け抜けることができる。こんな爽快なスポーツはないと思っています。
 最近は小学校などから頼まれ、スキー学習をやる前に、興味が湧くような話をする事前授業もやっていますが、「楽しむ」ということがキーワードですね。
 大人たちの中には、「スキーはうまくならなきゃいけない」「うまく滑れなくて恥ずかしい」みたいな発想に縛られている人が結構いる。
 スキーって、等身大で楽しめるスポーツだと思うんですよ。競技なら別かもしれないですが、他人と比較するものでもない。もし一等賞をつけるんだったら、その日一番楽しんだ人だと思うんです。楽しんだ人が最も価値が高い。自分のペースで、あんまり周りの情報に左右されずに、雪原の上を駆け抜ける爽快感を楽しんで欲しいですね。

冬を楽しみな季節に

 僕らの場合、冬が来るのが楽しみで仕方ないですから。雪降ってきたら、顔がニヤケちゃう。そう思うのと、「うわぁ雪降ってきたわ、雪かきあるし、寒いしなあ」みたいなことになってくるのと、差は凄く大きいと思います。

 ―冬、長いですもんね。5カ月は雪がありますから。

 その5カ月をいかに楽しく、充実して過ごせるかという。それは大人にも言えるし、子どもたちにもぜひ伝えていきたいし、それがまた、郷土愛みたいなものにもつながっていくと思うんですよ。北海道を好きでいる、北海道に住みたい、北海道に残ろう。そういう中にいい人材が残る、集まる。それがまた北海道の活性化にもつながる部分もあると思うし。大事なことなんじゃないかと思いますよね、地元が好きだ、ということは。

 ―今後滑ってみたい山は。

 たくさんありますね。「えっそんなところでスキーできるの」という場所でスキーするのが面白くて。例えばハワイとか。あとはトルコとかイランとかも滑れるし、レバノンとか中東も天然雪が降って滑れるし。アイスランドとか、あとは、いくらでもありますね。本当に、滑りつづけても滑りきれないんで、楽しいところから順番に片づけていこうかなと。まあそういうのを自分のライフワークとして、何かこんな極端な、変わった奴もいたんだなと、”スキー馬鹿の人生”をやっていきたいですね。

児玉毅公式HP
児玉毅流
(ブログ)


「北海道の雪の素晴らしさを伝えたい」

赤井川で深雪を滑り降りる工藤さん
(撮影:ルパン)

工藤了
(くどう・りょう)さん。

カメラマン

Profile

1975年生まれ、千葉県出身、小樽市在住。ニュージーランド、カナダ、アジア各国を旅行し、2001年『工藤写真事務所』を設立。雑誌や広告の撮影を中心に活動。2002年に写真展「アドベンチャーレース」を札幌クリエイトにて開催。2008年に写真展SKICAFE@ESQUISSEを開催。Jリーグフォトオフィシャルカメラマン。
憧れのスキーヤー:安田朋樹、滑ってみたい山:いつか自分の山を買って滑る斜面

自然の素晴らしさに感動

 ―スキーを撮影するだけではなく、自らもスキーを楽しんでいる工藤さんですが、ご出身は関東ですね。

 僕は千葉県で生まれて、10代のころからヤマハSR400にキャンプ道具を積んで、日本全国を働きながら旅していました。沖縄から北海道へ来て、働いていた先で紹介されたのが長野県の車山高原スキー場。そこで住み込みのアルバイトをしながら本格的にスキーをはじめました。
 次の年には、八方尾根のスキー場でワンシーズンリフト係をして働き、その後、ニュージーランドやカナダへワーキングホリデーに行きました。NZで知り合った友人から北海道の素晴らしさを聞いていたこともあり、カナダから直接北海道へ帰ってきて、彼の紹介で北海道のスキー場でアルバイトをしました。
 最初はスキー写真を撮る気は全然なかったんですが、ニセコに住んでると、自由な感じがあって、仲間もいっぱいいたんで、撮ってみようかという雰囲気になった。最初はなかなかうまく撮れなくて。難しかったのが良かったんでしょうかね、はまったんですね。
 スキー業界って、アスリートがスポンサードを受けて、食べていけるのはピラミッドのごく一部。ほとんどの人は物品提供だけとか、そういう形なんですよね。だけどそういうスポンサーとのつながりが結構あったので、仲のいい人たちにプロモーションやマーケティングの方を紹介してもらって、撮ったポジ(フィルム)を持って東京へ営業に行くようになったんです。そこから徐々に発展していって、アウトドア系の雑誌だとかに企画を持ち込んで。
 僕はそのころ、北海道に来て間もなかったということもありますから、北海道の自然の素晴らしさに感動していたんです。雪の軽さだとか、美しさとか、人とか、温泉だとか。それを人と会って伝えていた。それが、「面白そうだから形にしようか」ということになって、雑誌や広告になっていったんです。全部スキーが繋げてくれた人間関係のおかげなんです。

スキー写真はスキーヤーが命

工藤さんの庭とも言える春香山での撮影風景

 ―スキー写真の特徴は、どういう点ですか。

 僕が気をつけていることは、撮影を熟知しているスキーヤーと仕事をすることです。スキー写真は、スキーヤーが命なんですよ。スキーヤーが良くないと、写真も良くないです。僕たちは基本的にはシャッターを押すだけですから。主役はスキーヤー。
 スキーヤーは技量以外に、撮影に特化した能力もいるんです。光の捉え方や構図などはカメラマンの感性ですけど、スキーヤーがどう「見せて」くるか。骨格、筋力、技術、そして斜面をどう攻めて滑るかのイメージが、スキーヤーごとに違うのが撮っていてかなり面白い。そこでそうくるの~みたいな。
 写真は瞬間で表現するものですから、教科書的なフォームできれいに滑ったとしても、いくらスピードが出てても、ただ棒立ちにしか見えない。低速でも身体を倒して、しぶきが上がっていなければ、スピード感も見えないじゃないですか。あえて体勢を崩す事で生まれる緊張感みたいなのが写るんですね。もちろん、それは作り込み的な写真で、すごい急斜面をすごいラインですごいスピードで滑っているのを写せば、命をかけた「本物」の一枚になるんですけどね。

 ―スキーヤー側の演技力も必要になってくる。

 だから、いいスキーヤーといい光があれば、スキー写真はだれでも撮れる。ただ、撮影のための滑り方やレンズとの距離感がわかるスキーヤーは、たくさんコミュニケーションを取って、良い作品を作ろうと気持を一つにして、いっぱい滑って、いっぱい失敗してはじめて生まれるんじゃないですかね。それはカメラマンも一緒だと思います。
 昔はポジですから、山の中で写真の上がりを確認できませんでした。撮ってる我々はファインダーで確認していてわかりますから、スキーヤーに「もっとこうしないと絵にならないよ」とアドバイスをする。そうじゃないとプロスキーヤーとしてスキー雑誌のグラビアを飾れないし、表紙にもならない。お互いの未熟さや、一瞬の晴れ間が出た時のチャンスを逃したりして、日の出前から苦労して雪山に登っても無駄足になる事がほとんどでした。そんな事を怪我と弁当は自分持ちで延々ワンシーズンやるんですからすごい情熱ですよね。もちろんスキーカメラマンの先輩たちが育ててくれたスキーヤーがいるおかげで、私もスキー写真が撮れたんですけどね。

冬山の苦労

雪崩に遭遇する危険があるときに携行する「ビーコン」

 こういう道具があるんですけど……(と機械を取り出す)。

 ―これは何ですか。

 これは「ビーコン」といって、雪崩などで雪の中に埋まった時に、電波を出して位置を知らせるものです。これをみんな身に着けて登ります。
 自然が相手ですから、撮影の条件って限られるんですよ。日数も限られてるじゃないですか。光も、ライティングしているわけじゃなくて、一瞬の光を捉えるしかないんですね。だから凄く緊張感のいることだし、大変なんです。寒い中を何時間も光待ちをしたり、かなりストイックな世界なんです。好きじゃないとやれませんよ。できたらただ良い雪を求めて滑ってたいのが本音です。

 ―まさに命がけの撮影なんですね。最近はデジタルカメラが主流ですが、特に冬の撮影となると、寒さでバッテリーが落ちたりする場合があります。何か対策をされてますか。

 そうですね、トライアンドエラーから学ぶしかないんですけど、最近のプロ機は電池の性能も高くて、以前のようにバッテリーが落ちることは減りましたね。
 一応、バッテリーの予備は何本か持っています。ジップロック(ビニール袋)の中に乾燥剤を入れて、インナーのお腹のところに入れておくとか。冬山だと、平気でマイナス10度~20度になっていますから、そういうところでバッテリーが落ちないようにすることは、やってましたけどね。フィルム時代のように、(寒さで)フィルムが切れるとか、完全にバッテリーが落ちてシャッターが下りなくなるとか、巻き上げなくなるというのは今はないので。

キング・オブ・スポーツ

スキーの話をするにつれ、表情と語り口がどんどん真剣になっていく工藤さん

 ―工藤さんにとってのスキーの魅力、北海道の魅力といいますと。

 北海道の魅力といえば、まず札幌という街があります。190万都市の近郊に、もの凄い大自然と仕事がある。海も山も、スキー環境も。クロスカントリースキーの練習場も、いっぱいあるんですよね。ゲレンデもスノーボードも、こぶもパウダーも、山スキーも、ジャンル問わず恵まれた環境なんです。
 もし「スキーはお金がかかる」というイメージしかない方がいるとしたら、それは間違いなんですね。僕がやっているスキーは山スキーやクロカンですが、はじめに道具をそろえたら10年ぐらいは使えますので、ランニングコストはほとんどかかっていませんね。
 僕は子どものころにスキーも雪もない環境で育った人間です。スキーの素晴らしさはキング・オブ・スポーツといわれるほどです。世界には様々なスポーツがありますけど、斜面を前にしての高揚感、あんなシンプルな道具で、山があれば、雪が降れば一面スキー場になる。あの爽快感は、凄いことだと思いますよ。ほんと。

 ―今後の目標は。

 最近はデジタル化の影響もあり、プロの目でしかわからない写真家の技術が軽視されている事があります。写真も文化ですから、正当な評価を与えなければ育たないし、それに見合った評価をしなければ文化も育たないと思うのですが、日本はそういう評価が薄い。スキー写真にもそれが言えるんではないでしょうか。
 私も生きていくために、いろんな写真を撮ってきましたが、これからはマーケットのニーズに合わせる表現とはちがう写真とも真っ正面から向き合い、自分の方向性をちゃんと持って生きる、という意味での「自立」をしていかないと、ちゃんとしたものも言えないし、ちゃんとした写真も撮れないんじゃないかなと日々反省しながら思っています。写真以外の事も楽しみながら、力を出し切ってチャレンジしつづける事が大事なのではないのかなと。まずは自らスキーを楽しむ事から。100歳を過ぎた、故三浦敬三さんにお会いできた時のご本人の言葉がいまでも頭にこびりついています。記者の「なぜまだスキーをするのですか?」の問いに「まだスキーがうまくなりたいからです」と、即答でした。

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