花にハチが集まって、ハチに人が集まった! 第1回

 広大な自然がある北海道は蜜源となる花も多く、全国の養蜂家がミツバチを移動させてきて活動をしている土地だ。札幌の都心部を考えても、道庁の森や北大植物園、大通公園、中島公園などがあり、蜜源となる樹木や花も豊富だ。
 2010年春、札幌の都心部で3つの養蜂プロジェクトがスタートした。「赤レンガはちプロ」「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト」「サッポロハニーエンジェルズ」の看板を背負ったミツバチたちが、札幌の街中を飛びまわっている。花の蜜を集めたミツバチたちが帰る先は、なんとビルの屋上!
 都心部での養蜂、その1年目のチャレンジはどのように行われたのか。ミツバチとのふれあいを通じて見えてくるものは……。屋上のミツバチに人々の視線が集まった。

文・写真/杉本真沙彌

第1回「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト」

市民が参加する都市部の養蜂。ミツバチが人にもたらしたもの


「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト」について
・運営 サッポロミツバチプロジェクト実行委員会、事務局 株式会社ノーザンクロス
・巣箱の設置場所 太陽ビル屋上(札幌市中央区南1条西4丁目)
・ミツバチの種類 セイヨウミツバチの雑種
・群数 3群でおよそ6万匹(2010年7月末現在)

 ひらかれた養蜂をめざし、市民からサポーターを募集。環境指標生物であるミツバチとのふれあいを通じて都市環境の見直し、子どもたちの環境教育や食育、はちみつを使った商品開発などを展開している。ワークショプをはじめとするこれらの活動を通じ、様々な世代や人的資源の交流づくりをすすめている。

なぜ札幌の都心部でミツバチなのか

▲さっぱちの中心人物、プロジェクトマネージャーの酒井さん。いつもニコニコ、この笑顔に人が集まってくる

 「札幌の街中でミツバチを飼おう!」と最初に言ったのは、サッポロ・ミツバチ・プロジェクト(以下さっぱち)事務局のプロジェクトマネジメントをしている酒井秀治(35)さんだ。きっかけは、道庁赤レンガ庁舎前にあるイチョウ並木とその周辺を整備して市民の憩いの場をつくるという計画が持ち上がり、そのコーディネイトを酒井さんが所属する株式会社ノーザンクロスが担当したことだった。
 憩いの場をつくるにあたり問題になったのは、道庁をねぐらにしているカラスの存在だった。数も多いのでふん害もひどく、何か対策はないかと調べているうちに、黒いものを攻撃する性質のあるミツバチが良い、という情報にたどり着いた。情報は、2006年から東京・銀座のビルの屋上で養蜂に取り組み、都市型養蜂のさきがけとして知られる銀座ミツバチプロジェクト(通称:銀ぱち)にあった。酒井さんがすぐに銀ぱちの代表・田中淳夫さんに連絡を取り、会って話をきくと、「銀座でやっていることはカラス対策のためだけじゃない。大人の楽しみなのであって、地域再生やまちづくりのためにミツバチを飼ってはどうか」とアドバイスを受けた。札幌でもなんとかミツバチを飼いたい、と酒井さんが思ったのは2009年。この年の11月に太陽北海道地域づくり財団の助成金に応募し、平成22年度(2010年)の助成対象に選ばれた。このあと押しもあって、いよいよさっぱちが動きだすことになった。

 

一からのスタートに養蜂の師匠、神様あらわる

▲太陽ビルの屋上に設置されたミツバチの巣箱。周りには野菜やハーブなどの家庭菜園もあり、好環境

 養蜂をはじめるにあたり、だれから指導を受けたら良いかを考えているときだった。新聞にさっぱちの記事が載るとすぐに、「父が養蜂をやっていた。養蜂をやっているところを見学させてもらえないだろうか」という問い合わせがきた。
 酒井さんが“神様がやってきた”と思ったというその人は、 長年佐賀県で養蜂に携わってきた城島常雄さん(86)。3年前、佐賀県から娘さんが住む北海道にやってきた。城島さんは「娘がボケ防止のためにやらせようと思った」と言うが、酒井さんは城島さんの養蜂への熱意に特別なものを感じたという。どうするか……すべてがこれからというときに、城島さんとの出会いがあった。

▲巣箱の入り口に群がるミツバチたち

 さっぱちへの参加を決めると、城島さんは佐賀にもどり、かつて使っていた養蜂道具を北海道に送った。足りないものは地元の養蜂仲間に頼んで調達してくれた。ミツバチも城島さんの知り合いである佐賀の養蜂家から取りよせた。養蜂業は素人がやるには難しい業種と言われている。素人が頼んでも、健康なミツバチが届くとは限らない。
 5月26日に佐賀を出発したミツバチは船に揺られ、4日後の5月30日に札幌へ到着。翌5月31日、太陽ビルの屋上に3つの巣箱が設置された。ふたを開けた巣箱からは、ミツバチたちが元気に札幌の空に飛びたった。

 

お父さんと呼び、養蜂を学ぶ日々

▲城島さん(写真左)が作業する様子をじっとみつめる酒井さん。プロの技術や知恵がひとつずつ伝えられる

 ビル屋上のミツバチガーデンでは、3群でおよそ6万匹(2010年7月末現在)のハチが活動している。
 「実際にミツバチたちを目の前にしたとき、ハチがどういう状態にあるかは、養蜂の本を読んでもわからない」
 酒井さんは、巣板の扱い方、はちみつのたまり具合、燻煙器の使い方、分蜂(巣別れ)を防ぐ方法など、城島さんが作業する姿を見ながら学んでいる。ある日の二人のやり取りはこんな内容だった。 「お父さん、この巣箱のハチだけいつも気が荒くて、蜜の量が他より少ないのはなんででしょう」
 「品種改良しましょう。気の荒いハチをカットして、おとなしく勤勉なハチだけを残しましょう」
 これは、おとなしくてよく働くハチのいる巣箱から女王蜂の幼虫をもってきて、気の荒い巣箱に入れて品種改良をする方法で、こんなプロの技を身近で経験している。

▲慣れた手つきで燻煙器を使い、ミツバチをおとなしくさせる。この日のミツバチのご機嫌は……

 城島さんのきびしいところは? という質問には、「一度自分の作業を見せた後に僕にやらせるのですが、だまって見ているだけで口出しをしないところでしょうか」と酒井さん。
 「歳だからいついなくなるかわからんでしょう。だからはやく憶えてほしい」
 これは一日も早く一人でできるようになってほしいという城島さんの親心なのだ。

 

さっぱちに集まる人たち~養蜂家を目指す中学生

▲養蜂家をめざす斉藤くん(写真左)と師匠となる城島さん。年齢差は71歳!

 取材した8月13日は「地元町内会子どもワークショプ」が開催される日だった。待ち合わせ場所にいち早く到着していたのは、市内の中学3年生・斉藤等くん(15)とお母さんだった。今日はどうして参加したの? と聞くと、「養蜂家になりたいんです」という答えが返ってきた。中学2年のときに読んだ『獣の奏者』(上橋菜穂子著)がきっかけで養蜂家になりたいと思ったという斉藤くん。この物語には蜂飼いが登場する。
 中学生が養蜂家と会い、直接指導が受けられるような機会はそうあるものではない。斉藤くんは、ワークショップに参加し、城島さんと直接交流することで、夢に向けて一歩一歩前進している。

▲さっぱちで養蜂を見学した中学生から届いた夏休みの自由研究のレポート。丁寧でわかりやすく、すばらしい出来。きっと100点にちがいない

 城島さんがこのプロジェクトに参加して一番うれしかったのは、養蜂家になりたいという斉藤くんがいることだそう。酒井さんも同様に、幼い世代が養蜂に興味を持ってくれることがうれしいと語る。夏休みの自由研究で養蜂をやりたいと、ワークショップに参加した中学生からは、完成したレポートのコピーと丁寧に書かれたお礼の手紙が酒井さんのもとに届いていた。

 

採蜜、ワークショップ、8月までのさっぱち

▲ワークショプに参加した子どもたちに話をするのは、さっぱち事務局の統括であり、株式会社ノーザンクロスが発行する季刊誌『カイ』の編集長である伊田行孝さん

 一般的に半径3~4km程度と言われているミツバチの活動範囲を、巣箱が設置してある太陽ビルの屋上を中心に考えてみると、さっぱちのミツバチが飛んでいくのは大通公園や北大植物園、創成川緑地や中島公園、円山公園あたりまでと考えられる。さっぱちのミツバチたちは、ニセアカシア、ライラック、ニレなど季節ごとに咲くさまざまな花から蜜を集めてきている。このように複数の花の蜜が混じったものを百花蜜といい、1種類の花のものを単花蜜という。6~7月には週に1度のペースで採蜜が行われ、1回の蜜量はおよそ20kg。花が少なくなった8月は2週間に1度となった。そのときどきにより色も香りもが違うのが百花蜜の楽しみである。さっぱちサポーターにはちみつを食べ比べてもらったところ、香りが強くさわやかな味という評価の7月7日のはちみつが、一番人気だったそうだ。

▲巣板を入れて、採蜜作業をする子どもたち。少し緊張の様子

 ワークショップは8月末までに3回開催され、採蜜体験や、屋上にある家庭菜園の世話、みつろうキャンドルや石けん作りなど、多岐にわたる内容で実施されている。北海道純馬油本舗とのコラボレーションで販売されるハチミツ入り石けんの表面には、ワークショップで子どもがデザインしたかわいらしいミツバチの刻印が入れられる。この他にも、町村農場のハチミツドーナツとソフトクリーム、LITTLE JUICE BARのいちごけずりやレモネードなどはちみつを使ったコラボ商品が続々登場している。

 

プロジェクトを振り返って

▲ワークショップで配られたミツバチとはちみつについての資料

 東京で7年、札幌で3年――建築を専門とし、まちづくりの仕事にたずさわって10年になるという酒井さんは、このミツバチのプロジェクトに対する想いをこう語る。
 「プロジェクトを進めると、いろんな人がいろんな意見を言ってきます。大変なことではありますが、それを聞いていたいし、何でも受け入れたいと思います。サポーターは募集人数に制限をもうけていたのですが、希望者は極力受け入れることにしました。 参加してくれる人は一所懸命に知恵やアイディアを出してくれるんです。ですから、だれでも参加しやすい、ゆるい雰囲気でどれだけやれるか……。僕以外の人がやればもっときっちりしたプロジェクトになると思います。でも僕はこのゆるくて、いろんなひとが出入りできる感じを保つことが大事だと思うんです。会社の仲間にも感謝しています。自分の仕事で忙しいのにほんとうによく手伝ってくれる……」
 さっぱちが産声を上げた春、酒井さんは「ハチは蜜を集めて、人も集めるんだ」という想いを語った。周囲からはクサイ言葉と冷やかされたそうだが、養蜂家の城島さんや養蜂家をめざす斉藤くんとの出会い、多くのさっぱちサポーター、協力企業など、ミツバチに集まってきた人が多数いる。酒井さんは、ミツバチを通じていろいろな人と出会えたことが、一番の財産だという。

 

はちみつカフェ、屋上ガーデン~これからのさっぱちについて

▲ビン詰めされたさっぱちの貴重なはちみつ。このはちみつがスイーツになったり、石けんになったりして、多くの人のもとへ届けられる

 さっぱちのミツバチが活動するのは9月末ころまでになりそうだ。この秋には、はちみつを使ったメニューを提供する期間限定の「はちみつカフェ」が予定されている。プロジェクト一年目にして盛りだくさんの内容という印象をうけるが、「まだまだやりたいことがある。やりたいことに身体がおいつかない」というのが酒井さんの心の内だ。
 蜜源となる屋上ガーデンを増やしたいと考えている酒井さんのところには、すでに複数のビルオーナーから、屋上ガーデンを作ってもいいよ、との申し出がきているそうだ。また、はちみつを販売して売り上げの一部を蜜源づくりに使う緑化基金、ミツバチの蜂針療法などなどアイディアは尽きない。やりたいことに身体がおいつかないということにもうなずける。
 取材の途中、さっぱちサポーターから酒井さんの携帯に連絡が入った。
 話は、「屋上ガーデンをすすめるためには、身動きのとれない酒井さんじゃなくて、ほかにだれか専任の担当者をたててください」という内容だった。サポーターがプロジェクトを自分のこととして考え、プロジェクトマネージャーであれ遠慮なく意見を言ってくる。まさにこれが、酒井さんが願っているさっぱちのありかたなのだと思う。


さっぱち日記やレポートなど、プロジェクトのことがよくわかる!
 「サッポロ・ミツバチ・プロジェクト」

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