きらきらひかるやさしい風に逢いたい 6

きらきらひかる やさしい 風に逢いたい


きっと、おもしろい冒険になるね。と少年ジミーが言った


その頃、父島はまだ閉鎖されたままで、一般の民間人の入島はゆるされていなかった。雑誌のレポーターとして写真を撮りにきたことは、あくまでも内密で、復興工事の道路穴掘り作業員として島にいた。
だいたい3日働いて、4日目の朝には、腹などが痛くなったと言って休む。
まわりに誰もいなくなった頃、こそこそカメラを抱えて出掛けた。
次の日はいっしょうけんめい穴を掘る。2日過ぎれば、すがすがしい日曜日がやってくる。
天気のいい青空の日曜日はウキウキした。

飯場(はんば)から、遠くの水平線を観ながら、ジャリ道を歩いて船着き場までいくと、マーケットがある。その向かいには白サンゴのクズが敷きつめられた小道が教会までつづいていて、そのまわりをかこむように芝生が広がっていた。
このあたりが父島のメインストリートとなっていた。
マーケットの裏手の小さなカフェでコーヒーをもらい、外のテーブルに腰掛けると、すぐ目の前が海だった。
少年たちが遊んでいた。そのなかにジミーもいた。



3日ほど前のことだった。
ひじきと豚の皮の炒め物をおかずに朝飯をすませた。肉ではなく皮の千切りってあまり聞いたことがないし、とにかくボソボソしてまずいのだ。食事係のおばさんをジーっとにらみつけても、とぼけた顔をする。飯場のめしはこんなのばかりだった。
飯場の窓から海が見える。すぐそばの海辺には何隻かの漁船が並んでいた。外に出た。波打ち際で、大工のかしらが釣り用のボートを洗っていた。
ロープを結わえたバケツで海水を汲み、それをボートにまきちらし、こびりついた汚れをタワシで落としていた。
「・・・いい天気ですね」
汗をぬぐいながら、かしらは顔をあげる。日焼けしてぎらぎらしているが、目のまわりの小皺が歳を感じさせた。
「おー お前か」
ボクは、ボートの舳先に手を掛けながら質問をした。
「かしらは 南島に行ったことあるんですか?」
「あるよ・・・どうしてだ」
「いや どんなところなのか気になってさ」
かしらはタバコに火をつけながら、ボートの椅子に座った。
鮫がうじゃうじゃいるけどな、深い藍の海水が美しい、しっとりしている、日本じゃないな、天国だな。と言いながら両手をひろげて、こんなのが釣れる天国だな。と、おおげさに、うれしそうに、話してくれる。ボクは南島に行きたがっているジミーたちのことを伝えた。するとかしらは、このボートを使えと言いながら船底をたたいた。驚いた。ボクのカラダは熱くなって、こっぱみじんに砕けそうになった。ほんとうに、南島に行けるんだ、と思った。ジミーの喜ぶ顔が、すぐに浮かんできた。



カフェを出て、少年たちの遊んでいる海辺に向かった。そして、大工のかしらの話を伝えた。大物の魚のことも言った。少年たちは飛び上がって喜ぶだろうと思っていたがその逆で、ボクの顔をジーっとみあげたままでいる。
ジミーなんか、すごく強い視線を投げかけてくる。
どーした、なんで、と不思議に思ったが、そーか、誰がボートの運転をするの、アンタ? ほんとうに大丈夫、てな不安な雰囲気がただよっていたのだ。
「お前たち・・・何を考えているんだ。うれしくないのか?」
ジミーが飴をのどにひっかけたみたいな、こころぼそい声で言った。
「うれしいけど・・・だけど」
「心配するな! オレは小型船舶の免許をもっているから、大丈夫だって」
ボクは説明した。そのへんの観光船の船長にもなれる免許なんだ、と話しをしたが、なんだか大人気なく、だれかの選挙演説のようで、しっくりしなかった。
少年たちは、知識やプライドなんかどうでもよくて、肌で感じる本能で、空気を読む。YESかNO、ただそれだけである。



それでも、少年たちは、ボクを信頼して喜んでいた。
「きっと、おもしろい冒険になるね」とジミーが歩きながら言う。
「そうだな、こんどの日曜日だ」

とは言ってみたが、ボクはこのあたりの海を知らない。
そのことがプレッシャーとなって、どこかで気になっていた。

 

つづく

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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