きらきらひかるやさしい風に逢いたい 5

きらきらひかる やさしい 風に逢いたい


少年は小鳥のように喜びはしゃいでいた。


ポンコツのスポーツカーを連絡船の船底におさめてから、デッキのベンチで脚を伸ばして、海を観ていた。
青森から津軽海峡をわたるのは2度目だった。
冷たくとぎすまされた北風がささるように吹き降りてくる。ジャンバーの裾がびらびら音を立ててまくれあがってくる。襟までチャックをあげても冷たさはしみてきた。

方向のさだまらない北風が海面のうねりをさらい、白波をつぎつぎと生みだして暴れまくっていた。遠くを走る漁船がぐりぐり振りまわされ、舳先が沈み込むほどもてあそばれていた。
こんな荒れ狂う海原を何度かケイケンしてきた。

小さな貨物船で南鳥島(マーカス島)に行ったときもそうだったが、小笠原諸島の父島から少年たちと沖の南島に向かったときは、もう駄目だと覚悟するほどだった。

小笠原諸島が日本に返還されたころ、ボクは父島にいた。
首からカメラをぶらさげて海洋雑誌のレポーターみたいなことをやっていた。



父島に到着した日、客船が着岸された岸壁でアメリカンタイプの自転車をじぐざくに乗り廻している少年たちがいた。
彼らは下船したボクらに向かって、ばかやろーお前ら帰れ! てな奇声をあげて走り去った。小石を投げつけてくる少年もいた。
彼らは欧米系島民の子供たちで、小笠原が返還されることを不満に思っていたのだ。

穏やかな陽ざしが静かにひろがる朝だった。
白いサンゴ砂と深いエメラルドブルーの海水がまじりあう波打ち際を裸足で歩いていた。やさしくゆったりした波が、足の甲でふたつにわかれていく。まだ気温があがる前だったから、冷たくて気持ちがよかった。
岸壁の上で自転車のハンドルをにぎったまま突っ立っている少年をみつけた。あの少年グループのひとりだった。
ボクは岸壁をみあげるように声をかけた。
少年は無視していた。
近づいて、そこで何してる? もう一度聞いてみた。
少年はボソッとしゃべった。
あんたここから飛べるかよ、と聞こえた。
おお、もちろん飛べるサ。
砂浜から岸壁の上まで2メートルちょっとの高さだった。これくらいなら簡単だと思った。バックから靴をだして、岸壁をのぼった。
彼はニタニタ含み笑いをしていた。
そして、岸壁の反対を指差して、あそこからこの自転車を走らせて、ここから海まで飛んでみろ。島の大人はみんな飛べるんだ。と言って彼はめちゃくちゃうれしそうに笑った。
自転車で飛ぶとは思ってもみなかった。どうやらボクは、少年の挑発にのせられてしまっていた。

ふくらはぎの筋肉を撫ぜながら、海までの距離を考えていた。できるだけ遠くに飛んだほうがすんなりいくだろうと思った。
ボクは自転車を押しながら距離をつくった。サドルに尻をあずけてペダルを漕いだ。ハンドルをしっかり握り直して、飛んだ。
後輪から着地させようとハンドルを手前に引く。あらら中途半端な着地。と思ったときにはカラダが空中で回転して、海中に沈んだ。
すぐに立ちあがったが、太ももあたりの深さのところまで飛んでしまったのだ。
ずぶ濡れになったボクをみて、彼は叫んでいた。すごい、すごい、ビックマン、ビックマンと言いながら両手の親指を立てて喜んでいた。なんだか照れくさいような気分でいっぱいだった。少年は11歳でジミーだと名のった。



ボクらは白いサンゴ砂のうえに並んで座った。
目の前には、着地を失敗した自転車が横たわったままだった。

ジミーは島のことをいろいろ話してくれた。父島全体が彼の天国のように聞こえてくる。
あの山の向こうの海中には、錆びついたまま沈んでいる戦闘機があって魚たちのベッドになっている。その海に流れ込む川には、大蛇のようなウナギがいて、夜はギラギラ光線をだしている。カエルなんか野球のベースぐらいでかいらしいのだ。どの話もすてきでわくわくしたが、この海岸のかなり沖では、イルカが飛び跳ねていて、ザトウクジラが背中をそらして立ちあがる海流の近くに、熱帯魚とサンゴに囲まれた無人島がある。そこには星空のように輝いているビーチがあるらしいのだ。
少年ジミーはチャンスがあるなら、その無人島の南島に行きたいんだと言いながら遠くの沖をみていた。ボクもこの島にそそられたのだ。


 

つづく

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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