きらきらひかるやさしい風に逢いたい 4

きらきらひかる やさしい 風に逢いたい


光って、こんなにも愛しいとは思わなかった


紅色とオレンジの深い色で染まった朝焼けの空を、突き刺すようにのびる東北自動車道を走っている。
口をへの字にしたまま、ラジオから流れるニュースや歌謡曲を聴きながら、だまりこんだ美術館の銅像のように固まっていた。トンネルを走るたびに、暗く寂しげな自分の顔が窓ガラスに写ったり、対向車のライトで消えたり、そんなことが淡々と続いていた。
北の古里までの長い時間、こんな沈んだ気分でのひとり旅ははじめてのことだった。

東京に来た頃の自分の姿を思い出していた。

18才だった。先輩のスーツを借りてシャキっとおしゃれして、地下鉄で都会人の集まる赤坂まで行ったんだけど、なんだか勝手に恥ずかしがってさ、六本木の交差点でユーターンして帰ってきた。誰もがオレをジロジロ見ている気がしてね、アホだったよな。
それから、驚いたのは先輩たちと湘南の海に行ったときのことだ。ビキニでね、麦藁帽子にサングラスのお姉さんたちがたくさんいてね、日活の映画そのものを観ているようで、熱くなったな。
その年の夏は千葉の勝浦の海の家で、客引きのアルバイトしちゃったんだわ。駅でお客さんをひろって連れて行くと、ひとり100円もらえた。
タラタラやっていてもしょうがないと思って、国道で大きな旗ふって観光バスを止めてね、説得してバスごと連れて行くんだわ。いやいやお前には参ったなーてなこと言われてさ、だいたい4000円ぐらいになるんだ。
それで、昼過ぎに駅前の銀行に持っていく。海野かつおってな通帳を作ってさ、ポケットから砂だらけの100円玉をごっそりカウンターにだすんだわ。窓口のお姉さんたちが手をたたいて笑ってたな。その海ではさ、ジョンってニックネームで、少しモテたよな、ハハハー。



そう言えばオレはいつもいつも生活に追われていたな。その頃の風潮で、大学を出ていないとリッパな会社には入れてもらえなくて、給料の安いところしか入れなくてさ、大学に対するコンプレックスもあったし、子供の頃なんかもっと悲惨な生活していたし、ズーっと気持ちが開放されたことがなかったんだ。

それでオレね、どうしてもやってみたいことがあってね。
暴走族みたいに深夜の街をブッとばしたら最高の気分になれそうな気がしてたんだよ。でも、バイクを買う余裕なんかなくて、すぐにはできなかった。
27才だったかな、追い詰められた状況があって、自分を見失ってしまってね、会社をやめてしまったんだけど頭のどこかにバイクのことがあったんだろうな。
もういい大人だよね、その大人が、高校生が乗っていた50CCのバイクを5000円で買って、自分で金色のペンキを塗ったくって、深夜の街を騒がすひとり暴走族だぞ、てな気分でさ、アパートからすぐ近くの阿佐ヶ谷駅のロータリーをゆっくり廻って駅前のカフェに入るのさ。それだけでけっこう楽しいのね、コーヒーが旨かったな。
驚いたのはオレより年上の普通のヒトたちが近寄ってきて、乗せろって言うんだよね。だから、後ろに乗せて夜の街をキンキラキーンのバイクだーって走ったんだよ。このヒトたちもオレと同じ思いをどこかに秘めて活きていたんだなぁーって感じたな。それで少し安心したよ。・・・・・馬鹿まるだしだったよな。でも、楽しかったなー。

てなこと考えていた。けっこう楽しいこともやってきたんだな、と思った。
いつの間にか夜になりかけていた。



向こうにみえていた山並みの上に鉛色の雲が覆いかぶさるように流れていた風景も、白波をたてて激しく流れていた河も、収穫を終えて黄色く枯れた畑も、光を失って闇の世界に呑みこまれていく。
都会のはなやかなネオンサインに慣れてしまっていたこのカラダは、静まりかえった闇の中を走ることに、多少動揺している。どんなにあがいても、どんなに不安がっても、闇の世界は深くなるばかりだった。ときどきすれ違う遠くの民家の灯りがふぁっと浮かびあがり、ほんの一瞬だけど、気持ちがほぐれることを知った。
そっかぁ、光ってこんなにも愛しいとは思わなかった。
月の光も、星の輝きも、ジッと観ているだけで見守られているような気がしてくる。それに近いのかもしれない、そう思えるだけで、肩の力がぬけた。

まもなくしてとんでもないことが起きはじめていることに気がついた。
闇の世界をカァーっと切りひらいてくれているヘッドライトの光が消えかけていた。またトラブルだった。
発電機が必要な電気を作ろうとしていないのだ。どんどん車の前が暗くなり、前方を走る大型トラックが灯す赤いバックランプだけを頼りに走った。
やっぱりな5万円のポンコツだもんな、こんなことも起きるよな。てなこと思ったが、ハンドルを握っている両腕は固まっていた。

トラックの後ろ3メートルを維持しながら、2時間近く走ってきた。このまま走りつづけることは無謀だと思った。いつ急ブレーキを踏まれるか判らないし、そんな危険な賭けはできなかった。次のインターンで降りることにした。秋田県の十和田だった。

静まりかえった荒地にポンコツのスポーツカーを停めた。朝の空が光で満ちるまでネブクロに抱かれて寝ることにした。


プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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