きらきらひかるやさしい風に逢いたい 3

きらきらひかる やさしい 風に逢いたい


ふぁふぁと舞い降りる ボタン雪だった。


ズダダダーン ズザザザー。
いきなりの衝撃音だった。
沈黙に包まれていた海底をゆさぶり、シャンパン状の泡がうずまき、きらきら照らしていた陽光をさえぎるように黒い壁がゆっくりと落ちてくる。
作業をしていた相棒が、沈めていた腰を浮かして海面をみあげていた。何が起きているのか、いったいどうなるのか、解らないまま強い恐怖心でカラダが動かなくなった。
全身を細い針でちりちりと刺されているような痛みがかけめぐり、あと数秒で死に直面するだろうと言った予感でいっぱいになってくる。
ヘドロで土色ににごる海面が遠くに感じた。

突然だった。
足元の海流が湧きだつようにおおきくうずまいて、カラダごと持ちあげられ、台風に吹きあげられた麦藁帽子のようにくるくる飛ばされた。
抵抗することなどまったくできないほどの水圧だった。気がついた時、ふたりは海面に浮いていた。
水中メガネをはずした。すがすがしい秋風が顔をやさしくなぜまわす。何か雄大な運命に助けられたと思った。
海面をもてあそぶように手足を伸ばした。
ウロコ雲がぽつらぽつらと静かに流れていた。

右手の人差し指が痛いと思った。
病院で診てもらったら、複雑骨折でバラバラだった。海底で吹きとばされたとき何が起きたのか、よく覚えていない。
全治5ヶ月の診断だった。
それは致命的で、3週間後のエジプトの夢は消えた。



まもなくして、事件の真相が解ってきた。
150トンの鉄の扉。全長が30メートルほどで、ちょとしたビルの壁ぐらいはあった。その扉を空中で吊りあげたまま、海上で待機していた運搬船のワイヤーロープが、いきなり切れて落下してきたのだった。
扉の重圧が生みだした推進力で、ふたりは吹きとばされて助かった。
もし逆方向にとばされていたならば、まちがいなく下じきになっていた。その話を聞かされて、呆然とするしかなかった。
ショックだった。事件のことよりも地中海に行けなくなったことでイライラした。



いったいオレは東京で何がしたかったんだろうかと考えこんでしまった。
八丈島で漁師の絵を描こうとして、ちゃんと自分と向き合うことなく挫折した。それから子供の頃から好きだった映像の世界にとびこんだ。まもなくして合理化の時代が来た。素材の良いフイルムからビディオテープと変わりはじめた頃、こんなビディオなんかで立体の美しい映像は作れないとほざき、表現者をめざしていたチャンスをつぶした。
そして、20代ラストチャンスのエジプトの夢は運命にもてあそばれた。

右手に巻かれたホウタイをみていた。
ふと思い出したのが、ふぁふぁと舞い降りるボタン雪の風景だった。

その3日後、骨折した右手をハンドルに縛りつけて北に向かった。
北海道の海が観たかった。
生まれ育った、あの海のそばに行きたいと思った。
そんな思いで胸はいっぱいだった。



 

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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