きらきらひかるやさしい風に逢いたい 2

きらきらひかる やさしい 風に逢いたい


金色にきらめく暗黒の海


国道5号線から、ハンドルを右にゆっくり切って、淡々とおいしげる背丈草のなかをきりさくように連なるわき道を走った。
その先には、海がある。
乾いた土煙をふりまくデコボコのわき道では、すれ違う車はまったくなく、静か過ぎるのが気になった。

 


30年前の早朝のことである。
ポンコツのスポーツカーで札幌に向かっていた。窓を擦りぬける秋風は、さすがに冷たかった。
5万円で買った中古の車は、白にちかい空色でふっくらとしたボディーラインが好きだった。エンジンだって昔のイタリアの戦闘機と同じだというこだわりも気にいっていたし、ぺダルを踏み込むたびにヴォロローンてな、唸り声がたまらなかった。
バッグに詰めた身のまわりのものとキャンプグッズ、それとレイ・チャールズの古いレコードとギターを後部座席に積んで、東京を出た。
レイ・チャールズのレコードは、高校の頃からそばに置いてあった。たましいを揺さぶるような沢山の名曲があるが、「愛さずにいられない」この曲を聴くたびに、空を見あげるようにピアノを叩きながら歌うレイ・チャールズと、雲から光が射してきて海原をキラキラと金色に染める風景が、ダブって浮かんでくるのだ。
なんだかさ、守り神のような存在だから、置いてはいけない、そんな気がしたのだ。

荷物をまとめて旅に出ると決めたのは、3日前のことだった。
ぎすぎすした生活から開放されたいと、以前から思いながら活きているところに、大きな事件が起きてしまった。

 


その頃、ボクは東京湾で潜る仕事をしていた。
最悪だったのは、ヘドロで泥まみれになった都会の海底では、3m先がまったく見えない闇夜のようで、自分がどこにいるのかも判らなくなってくる。毎日が洞窟探検でもしているような緊迫感で、ストレスがカラダを締めつけていた。
それでも、暗黒の海底のなかにほんのりと灯るひとつの希望がみえかくれしていた。
あと3週間もすれば、エジプトのスエズ運河での仕事に参加できることだった。

すぐそばにある地中海をわたると、エーゲ海の島々に囲まれたギリシャがある。すべてが白く光り、すべてが青くきらめく、まぶしくて雪の降らない遠い国。子供の頃に観ていたフランス映画で深く深く染み込んでいる。
行ってみたいと思っていた。あこがれがふくらんで夢のなかで、エーゲ海を泳いだりもした。
海辺からの坂道にぎっしりと白い家がたちならんでいて、山までつづく大きなカイダンのような街並みのどこかで、冷えきったグラスをにぎりしめて、ビールをのむ。
海を見下ろしながらね。美味いだろね。たまらないよね。
てな思いで、胸は熱くなっていたのだ。



事件が起きた日は久しぶりの秋晴れだった。強い陽光が海面をとおしてゆらゆらと静かに射し込んでいた。オレンジ色のメバルが、こちらを気にするように泳いでいる。ヘドロの海底で魚をみるのは、めったにないことだった。
めずらしい光景に目をやりながら、作業する手も止まりがちだった。

ズドーンと海面をたたきわる音が、海底をゆさぶり、竜巻のように隆起した水流が根こそぎかきまわした。海底を狂った突風が吹き荒れたようだった。

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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