コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅。

HAKODATE MAP 09


函館編 9


ボクはいまロイヤルミルクティーと雑誌の両方に集中している。
「野生のピューマが獲物を狙いさだめるとき、静かに草のなかで身を沈めて、いつでも跳びかかろうとする緊迫した姿は美しい」雑誌の写真は、そんなふうに語っていた。
ニンゲンは野性の世界から、もっと学ぶことがいくらでもあって、ズーっと昔の人間は自然から深く学んだものだった。今、それが薄れてきて物事の本質から遠ざかってしまった。てなこと、雑誌のページから読みとれる。


ロイヤルミルクティーはどうなんだ。紅茶の深い香りを包み込むように、粘りのあるミルクがコクを作り、舌の奥でまろやかにひろがる感触が、ほしかった。ピューマのような野生の緊迫した、旨味は伝わってこなかった。てなことは書いていないけどさ。ミルクティー作ったヒトに、この雑誌みせたいよな。


さて、ここを出てどこに行こうかと考える。かなり昔だったけど、この近くのどこかの坂に、鯨を祭った神社があったことを思い出した。
注文のときに少し間を作った可愛らしいスタッフに、神社のことを聞いてみることにした。
「ちょっとおまちください」と、その子は奥のキッチンで聞いている。誰もが「そんなの知らねーよな?」てな顔をしている様子が伝わってくる。他のホールスタッフにも聞いてくれていた、そしてついに料金所のあの忘れちゃならない美しい娘さんにも聞いていた。
ボクはすでに立ちあがっていて、いつの間にか、その料金所の近くにいた。
あったような気がするけどさ、どこの坂なのか判らない、とふたりで話していた。
「あーそうなんですか、そうですか、ま、捜してみますよ」てなこと言って、ボクはふたりの会話のなかに、なぜか割り込んでいたのだ。何だろうねこのオヤジは、てなこと自分に少し思った。しょうがないな誰も判らないのか、しょうがないな、てな顔で階段を下りて、外に出たのだ。
忘れちゃならない美しい娘さんをチラっと振りかえって観た。娘さんもチラっと見ている視線を感じたのだ。まさにこれがピューマの緊迫なのだー。ゲへへへへ。

野生の親はこどもにたくましさを伝える ニンゲンの親はだらくのココロを伝えるのか

さてさて、ここから弁天末広通りを西に向かう。
そしてその鯨の神社を捜すことにした。
基坂・東坂・弥生坂・常盤坂・姿見坂・幸坂・千歳坂・船見坂・魚見坂のどこかにあるのは確かなのだが、ひとつひとつ覗きながら歩くのだ。ヒャーこりゃ大変なことになってきた。


そもそも鯨に興味をもちはじめたのは、20代のはじめ頃だった。
その頃はダイバーをしながらカメラを首から下げて、取材のようなことをしていた。まだまだセミプロであって、素人の撮った写真とレポートを雑誌社に売り込む、そんなきわどい生活をしていた。ある時、ニホンの最東端にある南鳥島に行く船のことを知った。観光気分で気楽に行けるような島ではなく、ほとんどのヒトに知られていない魅力があった。ただキツイ条件があった。気象観測用の水素ガスボンベを背負って運搬する作業員としての採用試験がある。
南鳥島には米国軍基地と小さな観測所しかない。海抜5メートル。歩いて30分たらずで一周できてしまうサンゴ礁の島。海辺には何千羽もの野生の黒アジサシが群がっている。誰も行ったことのない宝石の島だった。
500トンの黒い貨物船で太平洋の海原を旅することは、はじめての経験で、コウフンして眠れなかった。3日目の夜は、星がすぐそこまで降りてきて、この手のなかにつかめそうな光景に胸がいっぱいになった。
いままで知っている自然の世界とは、まるでちがっていた。観たことのない空の青さがひろがっていて、都会の匂いもスモッグのような現象も起きていない大気の風が、素肌になめらかにそそぎ体内に染みてくるのがハッキリと感じられた。手のとどかない空のなかの風は、こんなに新鮮で生きている実感を湧き立たせてくれるものなんだと知った。
なんのかざりっけもなくて、おだやかで、やさしくて、ひたすら青い海原も水平線のかなたで、空といっしょに輝いて観せてくれる。なんだろう、この目の前でゆらゆらと包み込んでくれる大きな自然の世界は、ニンゲンの知恵だけではとうていかなわない深い深い驚きは、なんだろう。
次々と不思議な思いが胸をふくらませて熱くした。


そんな時だった。貨物船の左舷に近づいてくる鯨を観ていた。ゆうぜんと泳いで船の横にならんでくる。力強い海のとどろきのように黒い活きたカタマリが、どこまでも静かに泳いでいる。信じられなかった。
ニンゲンに対する警戒心を、まったくみせようとしていないばかりか、生まれてまもない子供を連れて泳いでいた。そんなやさしい姿に感動するしかなかった。

mAKKOU SYACHI

この時の出逢いがキッカケで、鯨に興味を持ってしまった。いろいろと調べていくうちにおもしろいことが解った。18世紀の動物学者たちが、陸上の古い哺乳類の化石とにているところから、おそらく先祖は共通しているだろうと推論したのだ。
鯨の先祖は海に帰り、そこで生活をするようになった。陸に残った鯨は進化して象になったと言われている。鯨と象は親戚だと思った。陸での争いごとをさけるように、鯨は海に戻った。そんな鯨の気持ちに、ボクは感銘したのだ。
それ以来、鯨を意識して人生を過ごしてきている。鯨のようなやさしい気持ちで活きてみたいと思ったからだった。


観光ルートから離れてしまっている9個の坂たちには、のんびりとした少し悲しげな風がいすわっていて、静まりかえっていた。それでも何とも言えないような、遠い過去の美しさが埋め込まれている。そんな気がしてならなかった。
・・・・・捜しまわってみたが、鯨を祭った神社を発見することができなかった。帰る時間が迫ってきていた。入舟町からバスに乗った。後部座席に腰を埋めて、窓越しに鯨を捜した。

KAIBUTU CUZIRA 旧約聖書のなかにでてくるクジラはカイブツあつかいだった

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

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