コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅。

SAPPORO SACURA MAP


札幌春・思いつのる櫻編


夕刻、空の止まった時間を、カフェの窓から観ている。
ゆったりとしている静けさに、春が秘めていた。そっかぁ、春ってこんな感じだったっけ、てなこと思った。北の冬は長くてつらいのだ。なんとなく春の感触を忘れてしまっている。ゆるい風が吹いて、足もとからふぁふぁと張りついてくるぬくもりで思い出すんだよね。
そして、いろんな出逢いをしてきた櫻のことも思い出す。
たとえばね、真っ暗なトンネルをぬけてみると、山の裾野にたつ大きな櫻がゆれて光っていたり。東京の荒川土手の櫻吹雪のなかを、手をつなげないもどかしさに、熱いため息をもらしたこと。それぞれが、素敵でゾクゾクすることばかりだった。
だからね、春は櫻に恋をしてしまうのよ。

「な、またキャベツよ今日も!」 「おーおおオー」 「それかよ」

以前は、庭に櫻の咲く一軒家で仕事をしていた。その古い家と櫻といっしょに歳を重ねていた。ツボミがはちきれそうになる頃、屋根に登る。櫻の枝先の下で寝そべるのだ。ひろがる陽だまりのなかで、どの枝より早く咲くことを知っているから、誰よりも早く櫻と遊べるのだ。それがたまらなく好きな時間だった。
何年か前に出逢ったヤツは、札幌のミュンヘン大橋の川沿いを散歩しててみつけた。
しなやかにたれさがる枝垂れ櫻だった。白い花弁が弱々しく、どこか清閑な感じがして、色っぽいのだ。ああ、この櫻、誰にも教えたくないなーてなこと思ったな。

「カァー」 「ほレ」

どうしょうもなく忘れることの無い、櫻がある。
阪神大震災。あの日の出来事はTVの画面を通して、見ているだけだった。なにもできないのである。悲しくて辛いものを感じるのだが、人は自分と関わりのないところで起きてしまったことに、ただ手を合わせてガンバレ、と祈るぐらいしかできない。
きらきら輝いていた夜景の神戸、それが一瞬にして消えてしまっていた。闇に閉ざされたままの不安な夜がつづく。日本中の気持ちが沈んだ。
まもなくして、ホテルオークラ神戸の窓から光があふれて、あかり文字が浮かんで輝いた。
「ファイト」……なんて凄い言葉だと思えた。
そんな光のメッセージが、闇の阪神を灯したのだ。どうしようもなく胸がはりさけそうで、涙がとまらなかった。
そしてその翌年、春の神戸を訪れたときだった。
「ほら なぁー」
「ほんまエエな。櫻はエエな」
電車内の声にひかれるように、反対の窓をのぞくと、すずしく流れる小川の土手に、白っぽく淡いソメイヨシノがたっぷりと咲いている。やさしく眩しく、春風に吹かれて光っていた。

プロフィール

鯨森惣七(くじらもり そうしち)

室蘭生まれ。東京八丈島でダイバーとして漁師と共に働く。のちにCM制作の職に就く。札幌でTOMATOMOONとサクラムーンを設立、プロデュースする。近作として、JR車内誌での「陽だまりがあれば地球人」、サッポロビールでの「ボクだって星の王子様」などのイラストエッセイ。現在、HTBテレビ「ハナタレナックス」の収録スタジオのデザインおよびオープニング映像・タイトルの企画制作を手掛けている。2010年5月に絵本「ぺ・リスボーの旅・ダラララー」を出版した。
cuzira@leo.interq.or.jp

<前へ | 新着順一覧 | 次へ

この記事を知らせる

ブックマークする