メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第91号 2008.10.16.―「北海道人」、秋の音は―

 住宅街で、ある音をたびたび耳にするようになりました。「ああ、秋だなー」と思うその音は、“ポー”と“ボー”のちょうど真ん中ぐらいの音色です。それを聴いただけで、なんとも香ばしい匂いやほくほくした黄金色のボディまで想像させられてしいます。おそるべき力を持った(ポー+ボー)×1/2は、秋ならではの音! みなさんが秋を感じるのはどんな音ですか?
 『メルマガ北海道人』第91号、90号と92号のちょうど真ん中、黄金色のほくほくした読み物満載で配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 先日、田野城さんは十勝の芽室町で行われたイベントにゲストとして呼ばれたそうです。北海道に移住してからずーっといい続けてきたある企画が、そこで実現することになります。札幌や帯広でも実現できなかったその企画とはいったい!

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 ここ数年、中国国内の出張に頻繁に出かけていた岩崎さんが、地図で行ったことのある場所に印をつけてみたところ、1カ所だけ印のない省があったそうです。そうしたところに、取材の依頼が……行き先はなんと、行ったことのない内モンゴル、しかも温泉!

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 ジョン・ガンサーの「アフリカは三日で書ける」という言葉にならえば、「写真の才能は一本のフィルムで分かる」と言い得るのではないか――からはじまり、先日亡くなった俳優の緒方拳にまで話が及ぶ今回の「濡れにぞ濡れし」は濃い、濃すぎる内容ですが薄めずにお読みください!

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 42

できることからはじめよう♪

 先日、十勝・芽室町にて「LOVE EARTH LIVE2008〜私たちにできること、私たちから始めること♪」という環境をテーマにしたイベントが芽室青年会議所によって開催されました。おいおい、この手の話はもう聞き飽きたよ! と思われているあなた。ちょっと待って、私の話に少し付き合ってください。
 このイベントは「産業革命以来CO2が増えはじめ〜」とか、「地球温暖化が及ぼす〜」など、テレビのニュース番組で飽きるほど聞いているような内容のものではありません。音楽あり、ビデオ上映あり、トークありの2時間に及ぶショー……日本的にいえば地元のお祭りです。芽室の青年たちはこのイベントを通して、「まず自分のできることからはじめてみようよ!」というメッセージを地元のあらゆる世代の人たちに伝えました。このイベントは、「一緒に考え、共に地球上で暮らしていこう!」という想いで彼らがおこした初の試みなのです。
 そこに私がゲストで呼ばれたのですが、事前の打ち合わせの段階で大変興味を持ったことがありました。北海道……いや日本ではおそらくはじめての試みなんじゃないかなぁ。地元の小学生・中学生・高校生の吹奏楽団と社会人による合同ジャズ・ロックオーケストラの結成が企画されていたのです。
 「おぉ〜それは大賛成!」。というのも、世代や技術の垣根を越えた音楽や意識の交流の場が重要だと、北海道に移住してからずぅーっと私、言い続けてきたのですから。しかしそう思う一方で、「本当に実現するのだろうか?」とも感じました。かつて私が立案者として帯広や札幌でこの企画を進めたことがありましたが、残念ながらいずれも実現しませんでした。ですから、いくら学校側の理解があるとはいえ、「この手のワークショップを本当に喜んで賛同してくださるだろうか?」「実際に子どもたちは応募してくるのだろうか?」などなど、いくつもの不安が私の中でわき上がりました。
 ここで詳しい説明はしませんが、実は日本において吹奏楽とジャズとの間には目に見えない分厚くてとても固い壁が存在しているのです。いままでこの企画が実現しなかった大きな理由はそこにあったのです。
 でも、嬉しいですね。10年程の時間はかかりましたが、私と同じ意識を持った仲間たちが勇気を持って企画し、私に声をかけてきてくれたのですから。
 ふたを開けてみると、当初私が抱いていたいくつもの不安はものの見事にハズレました。イベントへ向けてのワークショップ(連続3日間!)会場へ出向くと、なんと嬉しいことにそこには20人もの小中高校生が集まっているではありませんか! なかには部活をはじめてまだ経験が半年たらずで、手に楽器を持つというより、まるで楽器に体を持たれているという感じの小学生たちも……。社会人からは地元で農業を営むドラマーや士幌町からファーマーズバンドのベーシストにも助っ人で参加していただき、幅広い世代で構成されたバンドが成立しました。
 さて、私がワークショップ初日に感じた最初の印象はというと……子どもたちはみんな表情が硬かったですね〜。“ガチガチ”と言ったほうが正解かもしれません。考えてみれば当たり前ですよね。ジャズバンドに参加したのもおそらく今回がはじめてで、しかもこれまで出会ったことのないモヒカンの髪型をした体の大きな男(私)が目の前に立っているわけですから。
 私の大切な役目は、このワークショップを通して彼ら全員にジャズの醍醐味を味わってもらうことでした。それは即興演奏やアドリブと呼ばれる、ソロで自由に演奏することです。楽譜に支配される音楽しか知らないであろう彼らに、何にも縛られず自分の思うがまま好きに演奏することの楽しさ!や自己表現することの素晴らしさを魂で感じとってほしかったのです。3日間にわたるワークショップで、彼らの表情、そして音色が、ずんずん変わっていったとき、私は大きな手応えを感じました。
 「これなら本番は大丈夫だ!!」
 ジャズ・ロックオーケストラのメンバーとして一人ひとりが、間違いなく自分の力で前進しはじめた瞬間でした。何よりもみんなでワイワイ音楽をつくっていくのは楽しいです♪ 世代を超えて音楽の仲間がいるってやっぱり素晴らしいです!
 こうした準備期間を経て、集大成である本番のトリを飾ったこのジャズ・ロックオーケストラ。彼らの演奏がどうだったのかも気になりますよね〜皆さん。
 見事に彼らはやってくれましたよ! 体からめいっぱい自分の音を出してくれました! 彼ら一人ひとりのアドリブ演奏に会場からわれんばかりの拍手の連発。まさしく観客とステージが一体となり、「いまの自分にできることからはじめよう……」をみんなが感じてくれた瞬間だったと思います。記憶に残る本当に素敵なお祭りとなりました。
 さて、長らくこのメルマガで語らせていただきました田野城の音楽授業は、次回を持ちまして最終回とさせていただきます。最後の授業も手を抜かずビシッと決めたいと思いますのでどうぞお楽しみに!

著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第45回

内モンゴル温泉旅行

 ここ数年、頻繁に中国国内の出張をしていたので、中国全省を走破したと思っていた。それで、大きな地図で今まで行った省に印を付けてつぶしてゆくと、内モンゴルにまだ行っていないことが分かった。外モンゴルのウランバートルに向かう国際列車には何度も乗ったことがあるので、内モンゴルを通過してはいたのだが、内モンゴルには降りたことがなかったのだ。そんなことを思っていると、偶然にも仕事がやって来た。内モンゴルのアルシャンに温泉の取材だった。
 同行する記者に頼りっきりの私は、アルシャンが何処かも考えず、指定された北京南苑空港に向かった。南苑空港は北京の南に位置し、軍と民間機が共用で使う大変小さい空港だ。安全検査に並ぶ列は10年前の北京に戻ってきたような感じで、人民服を着た爺さんや、無理やり横入りをするやたら鮮やかな赤い洋服を着た女性で結構にぎわっていた。
 とりあえずの行き先はウランホトで、そこからさらに車で4時間ほど北西に向かったモンゴル国境の近くが目的地アルシャンだった。
 アルシャンは中国語で阿爾山と書くから、てっきり山に登るのかと思ったが、モンゴル語では「ハロンアルシャン」と言い、「熱い聖泉」という意味だという。
 夕方アルシャンに着くと早速入浴だ。水着を持参するように言われていたので、ポケットに海水パンツを忍ばせ下見に向かった。観光客向けの「中国温泉博物館」には30種以上の温泉が湧き出ている。水着に着替えて片端から温泉に足を入れると、どれも冷たくて入れない。冷たくて肩まで浸かるのは不可能だ。
 奥まで行くと人だかりの温泉がある。さらにその奥にもいくつかの小さな温泉がある。しかし、電気も消えていて真っ暗で湯船には水すら入っていない。仕方がないので、とりあえず一番人だかりのしている温泉に入ってみた。標識に「40度、関節炎」と書かれていて少し温かい。しかし、日本の温泉になれている私には日なた水同然だ。風邪を引いてしまいそうなので早々に退却した。

毛沢東

 翌日、高台にあがってアルシャンの全貌を眺める。小さな街で、最近建てられたヨーロッパ式建造物がメインストリートに並び、山に囲まれている。街の真ん中に旧満州国時代に整備された駅がある。こんな所まで日本人はやって来ていたのかと驚かされる。アルシャンに来る途中にも旧日本軍が満州鉄道のトンネルを守るために建てた要塞があった。いくつもトーチカの穴があり、ロシア軍との激しい攻防が想像された。
 雪にも見舞われた取材は大苦戦だったが無事終了した。温泉にはもう入りたくなかったが、旧大和旅館の温泉があると聞いたので、どんな温泉なんだろうという好奇心に負けてまたポケットに海水パンツを忍ばせた。大和旅館は「京都将軍浴」という名前に変わっていた。建物そのものは当時そのままで、屋根のつくりに日本の面影を感じた。日本式温泉だから裸で入って下さいと言われ、地下にある温泉に恐る恐る全裸で行くと、物凄く体つきのいい中国人7〜8人がこっちを睨み付けた。「失礼します」と湯船に入ってみたが、やはりぬるい。
 浴槽は5畳ぐらいあるのだろうか。少し狭い。その狭い浴槽で中国人がお互いの顔を水につけながら頭を押さえつけ、どっちが耐えられるかというゲームをはじめた。日本の相撲取りのような体格の人もいて苦しむたびに水しぶきがこっちまで飛び散って来る。そのうち、体格のいい男が「俺と勝負をしないか」と一人ひとりに聞きはじめた。私は湯だったふりをして温泉を後にした。中国の温泉はぬるくて怖いのであった……。

終わり

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第12回

写真機携帯症患者の病状報告(8)

 「アフリカは三日で書ける」という名言は、私の記憶に間違いがなければジョン・ガンサーのものである。いわゆる「内幕」もので名を馳せた、あの人である。「アジアの内幕」とか「アメリカの内幕」「現代ロシアの内幕」というのもあったと思う。読んだ記憶はないが「死よ驕るなかれ」も彼の作だった。私の勝手な思い込みでいえば、ガンサーは日本でいえば大森実型のジャーナリストだったのではなかろうか。
 ともかく、そのガンサーは「アフリカは三日で書ける」と言った、はずと思う。それにならえば、「写真の才能は一本のフィルムで分かる」とも言い得るのではないか。写真ばかりでなく、文章の才能、踊りの才能、芸術、学術、スポーツ、万般の、つまり才能というものは、そんなに手間ヒマをかけずとも判明するものではないのか。
 念のために言っておけば、才能は手間ヒマかけずに分かるとしても、才能が開花するかどうかは才能が発見されて以降の問題にかかっている。潜在的に才能があったとしても、その才能が開花するかどうかは本人にも、もちろん他人にも分からない。
 10月5日に俳優の緒方拳が逝った。大きな俳優だったと思う。もちろん才能もあったはずだ。しかし、緒方拳が「上手い」俳優だったかどうかという点になると私には分からない。芝居の素人の私が言うのでは当てにならないが、おそらく彼は「上手い」俳優じゃなかっただろうと思う。たとえば、北海道出身の有名俳優Sさんのほうがずっと「上手い」俳優なのじゃないかと私は思うのである。しかし、緒方拳とSさんの二人が舞台なりスクリーンなりで対峙したとしたらどうだろう。間違いなく緒方がSさんを圧倒するだろう。これは、ほとんど私の確信に近い。どうしてそう思うのか――。

江東区進開橋('08.6月)

 それが問題である。たとえばここにAさんが撮った一枚の写真がある。そしてもう一枚、Bさんが撮った写真がある。どちらも、ほとんど同じ時間に、ほぼ同じ場所で撮った写真だ。しかし、その二枚には大きな違いがある。一枚は写真であり、他の一枚は写真ではない、という違いが。
 ややこしい話で申し訳ないが、ここまでくるともうひとつの大きな問題が介在する。写真と写真でないものとを見分ける「眼」ということだ。これは撮ったAさん、Bさん以上に大きな問題で、これを見分けるCさんの「眼」がなければ、二枚の写真はいずれも同等の写真ということになってしまうだろう。緒方拳とSさんの才能を見分ける「眼」もまた同じと言っていい。
 ともかく、こうした違いがなぜ生じるのかということを考えていく。すると、そこに人間の生命の問題が顕れてくるのである。早い話が、「その事柄」に賭ける生命のことを言いたい。全てを捨てて、「その事柄」に生命を賭けるということ、名誉でもなく、お金でもなく、家族も愛さえも、捨て去れる一切合財を捨てる覚悟、じゃなくて覚悟さえも捨て去った者だけがたどり着ける境地のようなものを私は想像する。
 緒方拳は、かなりのところまで捨てたんだろうと思う。しかし、山頭火風に言うと、緒方にもまだ「捨て切れない荷物のまえうしろ」を私は感じる。そうだとしても緒方はSさんの捨て方をなにがしか凌いでいたのじゃなかったか……。
 ブッダに「愛欲を捨ててただサイのツノのように歩め」という言葉があったはずだ。一枚の写真のためには、たぶんそれが必要なんだろう。私が「素人写真」と自称せざるを得ない所以は、言うまでもなくそこにあるのである。

次号予告

 次号の配信日は10月23日(木)です。ポータルサイト『北海道人』は、秋の装いになるかどうかはわかりませんが、リニューアルします。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。お楽しみに!!

※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

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