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『メルマガ北海道人』第87号 2008.9.18.―「北海道人」、青空の底をめがけて―

 青空があまりにきれいなので、日に何度も空を見上げてしまうこのごろ。首の後ろが痛くなって、長い時間が経ったことに気がつくこともしばしばです。しかし、空を見ているとき、目の焦点はどこにあっているのでしょう。空の表面でしょうか底でしょうか。そもそも表面や底などあるのでしょうか。青空を見ながらこんなことを考えて、ときどき目の前を流れる雲を追いかける。ついには、両手を空にぐんと伸ばして青空の底めがけてダイブしたくなる秋の北海道。
 『メルマガ北海道人』第87号、ロケットエンジン搭載した気分で空をめがけて配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 先日行われた「札幌国際短編映画際」に国際審査員として招かれた田野城さんは、世界76カ国から応募された作品の中から最終選考に残った110本を2カ月かけて観たそうです。世界のクリエーターの作品や審査を通じて感じたことは「文化の種まき」の必要性。北の大地に文化の花を咲かせるにはどうしたらよいのでしょう。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 日本の政治の混乱ぶりは北京にも伝わっているようですが、島国日本の政治事情は大陸人には理解しかねるようです。さて、パラリンピック開催中の北京で中国の政治の空気に触れる機会があったという岩崎さん。厳重な警備の中、障害者芸術団の公演会場で岩崎さんが目撃したスゴイ人たちとは?

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 「写真携帯症患者の病状報告」シリーズ第6回では、3人の写真家、カルティエ=ブッソン、ウイリアム・クライン、エド・ファン・デル・エルスケンを通じて写真を考えます。「写真がやるべきことの基本はすべて終わっている」と語る編集長・和多田進。3人の写真家が写真で表現したこととは?

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 40

第三回札幌国際短編映画祭

 先日、6日間にわたって国際ショートフィルムフェステイバルが札幌で開催されました。関係者の親睦を深めるために連日パーティが開かれ、トレーニングジムにも通えなくなった私は、残念ながら少し太ってしまったみたいです。
 かつてアニメ映画の音楽を担当したことがあるとは言え、私は一度も専門的な映像技術を学んだことがなく、もちろん映画監督の経験や演技指導の経験などもありません。そう、完璧な素人なのです。そんな私ですが、この映画祭の国際審査員を引き受けることにしました。映画祭プロデューサーの久保さんは私に、映画における音楽の役割は50%あると言いました。たしかに、せまりくる怖いシーンには恐怖心をあおる不安定な音楽を、悲しいシーンには泣けるマイナーな音楽を、ハッピーエンドには安心感のある穏やかでメジャーな音楽をつけることでさらに人間の心が揺さぶられます。とはいえ、私が国際審査員を受けた最大の理由は何といっても「好奇心」からでした。そう、知らない世界に触れるわくわく感です。多くの短編映画をいちはやく体験でき、世界各地で活躍する監督や映画専門家である国際審査員たちに会えるわけでしょう。彼らがノミネート作品をいったいどのように判断するのか、直接話が訊けるなんて最高です。
 さて、この「札幌国際短編映画祭」は、3年間で世界96カ国から約6600本の作品が送られてきているそうです。これは、凄いことです。はっきり言って驚きです! しかもインターナショナルなフェスティバルが、ここ北の大地で行われていたとは。
 思えば世界最大級のジャズ祭と呼ばれるモントルー・ジャズ・フェステイバルの開催地もかつてはスイス・レマン湖畔にたたずむ小さな観光地でした。日本でも有名になったカンヌ映画祭だって、開催地カンヌはまずしい漁村だったのです。そう考えると、180万都市の札幌で世界的なイベントが育まれはじめていても何ら不思議はありませんし、北海道の特に札幌で暮らしている方たちの映画祭への関心度はどれくらいのものなのか、気になったりもしてきました。
 というわけで、開催2カ月前に、世界76カ国2336本の応募作品から最終審査に残った約110本の作品を見ることから審査員としての私の仕事がはじまりました。参考までに、私の記憶に残る映画といえば、やはりジャズ・ミュージシャンの心境、生き様を絶妙に描いた(う〜ん、皆さんにわかるかな〜この気持ち)マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デニーロ主演『New York New York』でしょうか……。

アワード・セレモニー

 短編映画は短い作品で約1分、長くても30分を切る程度です。だから、余分な贅肉がすべて削ぎ落とされています。ぎゅっと凝縮されていて、核心に一気にせまってきます。ドキュメンタリー作品などもあるので、世界の色々な国の文化や価値観を知る絶好のチャンスでもありました。これらの作品を観ていると、無限大のイメージが湧いてくるのです。
 今回審査員をして感じたことは、「文化の種まき」の必要性でした。内容のある文化イベントをいくら行っても、それに関心を持つ市民を育てていかなければ文化の花は開きません。そのために必要なのは、経験豊かでグローバルな視点を持った良識あるオピニオンリーダーたちの存在でしょう。言い方を変えれば、大海原に浮かべられた最新鋭の船舶であったとしても、搭乗者を安全確実に目的地へと運ぶ乗組員がいなければ、またその乗組員を明確に指揮できる船長がいなければ、搭乗者もろとも大海原を迷ったあげくに沈没して海のもくずとなりえるのです。すべてが船長(オピニオンリーダー)の腕にかかっているのです。
 生命活動を維持させることで手一杯にならず、幹の太い大きな木に成長させるにはどうすればよいのでしょうか?
 いつも私の文章を読んでくださっている方は既にお分かりですね。全ては教育にあるのです。識字率や記憶力を重視し、数字で子どもたちの優劣を判断し、ランクづけしていった制度があるため、それを意識づけられた子供たちは(大人も)基準から外れると、自らを「負け組」と決めつけてしまい、社会もチャンスを与えようとしない。
 これでは既存のものは素晴らしいと感じるが未知のものは理解することさえできない子ども(大人)たちがふえてしまう。結果、社会に文化芸術は根付きもしないし、育ちもしない。成熟した社会はどこへやら。
 その点、短編映画は既存の凝り固まった考えを気持ちよくパッコーンと崩してくれるクリエイターのアイデア、つまり世界の文化(価値観)がフィルムの中にきちんと入っています。我々オーディエンスは身近でお手軽にナマの異文化を知ることができるだけでなく、意識改革や新たな創造がはかれるのです。自分たちの暮らしにフィードバックできるのです。だからこそ、この「札幌国際短編映画祭」には、家族や友人を誘ってぜひ見に来てほしいし、若きクリエイターと意見交換できるイベントも無料で用意されているので、ちょっと勇気を持って彼らに声をかけてほしい。
 「私はあなたの作品がとても好きです」
 これくらい、英語で話せるでしょう。彼らもまた、あなたと札幌で会えることをとても楽しみにしているのです。

著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第43回

最高権力者

 北京に住んでいても日本の政治の混乱ぶりが伝わってくる今日このごろ。ただ、大陸人たちにはいったい何が起こっているのか“さっぱり”というのが本当のところだ。とにかく島国の中で完結している複雑な事情など、大陸人は理解しかねるのだろう。
 どの国の政治も複雑な事情がある。こちらの国も同じだ。日本とは全く違ったこちらの政治の空気をパラリンピック真最中の北京でほんの少しだが触れる機会があった。
 例のごとく撮影の依頼から話ははじまる。
 「障害者芸術団の団長を取材したんだけど、公演している写真がないので撮影してきてくれないか」
 五輪が終わってからあまり仕事がなく、写真の腕も干からびそうだったので是非是非と引き受けた。直接撮影申請してみたが公演は撮影できないと断られ、あきらめかけているところに外交部から取材の募集が届いた。こんな偶然もあるもんだと、当日指定の場所に車で向かった。
 目的の劇場は環状道路の道沿いにあるのだが、4車線ある環状道路が全て交通規制で止められ大渋滞になっている。
 「すでに五輪専用線としてVIP用に一車線開けてあるのに、どうして他の車線まで規制するんだ! いったいだれのための道路なんだ!!!」とドライバーが怒る。渋滞は劇場に近づくほど激しい。どうやらVIPが劇場に来るようだ。しかし、外交部からは何も聞いていない。
 何とか開演時間前にたどり着くと、ものすごいセキュリティーが待っていた。全ての荷物や機材をX線に通し、チケットと身分証明書を何度も確認する。私を待っていた外交部の女性がやって来て「この人は大丈夫です」と身元を証明してはじめて場内に入ることができた。

舞台の上の最高権力者たち

 場内に入るとすぐに警備員に囲まれ、チケットを見せる。私の席は前から5列目なのだが、そこに着くまでにさらに数人の警備員がチケットをチェックする。それで、やっと自分の席に。
 単に公演の撮影と考えてやって来たが、どうもおかしい。席に着くと私の隣にぴったりとSPが座った。前の席に国家リーダーばかりを撮影する知り合いのカメラマンがいる。
 「いったいだれが来るんだ?」と聞いてみると、「知らないの? 9人の常務委員全員来るのよ」と呆れた顔でこっちを見た。
 常務委員とは中国共産党中央政治局委員会が選出した事実上の最高権力者たちである。現在は胡錦濤国家主席や温家宝首相をふくめ9人いる。外交部は外国人記者である私には一切そのことは教えてくれなかった。招待はしておいて、だれが来るかは全くの秘密なのである。ものすごい情報統制だ。パラリンピックの成功をアピールするためだろうか、13億の頂点に立つ権力者たちが全員で障害者芸術団の公演を見に来るとは。
 公演が終了して会場の外に出ると、外には車が一台も走っていなかった。会場付近の道路は全て交通規制が敷かれていたようなのだ。重たい機材を抱えながら数十分歩いてようやくタクシーを見つけた。
 どこの国の政治であれ、国民の便利を第一に考えて欲しいものだ。

終わり

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第10回

写真機携帯症患者の病状報告(6)

 カルティエ=ブレッソンの『決定的瞬間』(1952年)は、写真好きなら忘れられない一冊だろう。ロバート・キャパの『ちょっとピンぼけ』と同等以上の知名度に違いない。
 『決定的瞬間』という日本訳の題は、たしかに写真の本質を言い当ててもいる。なにしろ、シャッターを押したどの瞬間だって「決定的瞬間」に違いなく、決定的でない瞬間なんてないのだから。余談だが、カメラを手にしている間中、のべつ幕無しにシャッターを切りつづけているようなアンポンタンもいないではない。デジタルカメラだから良いようなものの、銀塩カメラだったら破産は必常だし、およそ写真を仕事にすることはできない連中である。
 それはともかく、『決定的瞬間』の原題はフランス語で“Image à la sauvette”である。私なりの感じでいうと、「盗撮」となる。この言葉にはよからぬイメージがべったり貼り付いてしまって弱り果てるのだが、写真行為の本質はもちろん盗撮だ。まあ、「映像スリ」とか「スリ行為による映像」とかいう意味が本来なんだろう。英語版ではそれが“The Decisive Moment”という題にされた。相当の意訳で、意味合いは随分と異なる。日本語訳の『決定的瞬間』は写真雑誌に紹介された英語版からの訳であり、原題とは違っていた。ところが、私たち日本の読者は『決定的瞬間』という言葉にやられちまった。たぶん、この写真集はいまだに日本語版が出版されていないはずなのに『決定的瞬間』という言葉だけがひとり歩きして、日本社会的一般の流行語とさえなったのだった。

北海道帯広('08.4月)

 フランスでもアメリカでも、もちろん日本でも、カルティエ=ブレッソンの写真は決定的な意味をもった。写真は客観的事実であるというメッセージが『決定的瞬間』の意味だったのだから。
 しかし、それに異議をとなえる強烈な仕事がすぐさま現われた。ウィリアム・クラインの『ニューヨーク』(1956年)がそのひとつである。ブレ、ボケ、荒れ、の映像は、写真が客観的事実の表現であることの「嘘」を暴いた。結局のところクラインは、「私が写真だ!」ということを主張したのだったと思う。
 そして写真が客観的事実などでないことを証明したもうひとり『セーヌ左岸の恋』(1956年)のエド・ファン・デル・エルスケンだった。私はいまから十五、六年前にはじめて『セーヌ左岸の恋』を眼にしたのだったが、これを見た瞬間、ほとんど絶句したことを思い出す。大きな衝撃だった。それはエルスケンが創作したひとつの「物語」なのだった。退廃したパリの若者たちの世界を、彼は写真集として創作し、構成し、現実を表現しようとしたのである。
 この写真家三人の仕事をたどってみて、私はやはり写真がやるべきことの基本はすべて終わっていると思わざるを得ない。その後の私たちはいったい写真で何をなすべきか、それが問題だ。そういう眼で、荒木経惟さんや森山大道さんの仕事を私は遠く眺めている次第なのである。

※パソコンの環境によっては、本文「Image à la sauvette」の「a」につくアクセント符号(アクサングラーヴ)が見えない場合もあります。

次号予告

 次号の配信は9月の下旬です。全道各地では収穫祭や文化祭、スポーツ行事がめじろ押しです。食欲、芸術、スポーツ、メルマガの秋です。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。
 『メルマガ北海道人』第88号は9月25日(木)に配信します。

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