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『メルマガ北海道人』第77号 2008.7.3. ―「北海道人」、街中のばらが咲いた―

 ばら――これほど人目を惹く花もそうないのではないでしょうか。道端に、公園に、家の庭に咲き誇る色とりどりのばら。その優美さに魅せられてしまった人が世話人として、ばらのために働くのです。手間ひまと愛情をかけて育てられた花は美しさも格別。上品な香りに鼻をくすぐられれば、虫じゃなくてもふらふらと近づいていってしまいます。この時期、うっとりした目の人がいたら、ばらに魅了されている可能性があります。5.0くらいの視力で上空から街を眺めたら、それは気絶するほどの美しさでしょう。
 『メルマガ北海道人』第77号、静かにばらを眺めたい夕暮れに配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 街でゴミ箱をあさる老人たちを目にすることが多くなってきたという田野城さん。荒廃していた1980年ごろのマンハッタンを舞台にしたビデオを観て、「日本だっていつこうなるかわからない」と思ったそうです。マンハッタンはみごとに復活を遂げました! 日本の未来は、老人たちの未来はどうなる?

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 北京五輪の開催まであとわずか。連日、テレビで四川大地震の番組が放送されているためか、北京市内の盛り上がりは失速気味のよう。しかし、世界各国のメディアのカメラマンは続々と北京に集まりだしました。五輪・政治・文化などで世界から注目される中国の変化をカメラマンの仕事を通じて岩崎さんが伝えます。

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 今回のタイトルは「写真機携帯症患者の病状報告(1)」。この患者とは、ほかでもない編集長・和多田進自身のことです。写真機を携帯していないとすごく淋しくなってしまうというこの中毒症。なぜ和多田進はこの病にかかってしまったのでしょう? その感染源は……アラーキーこと荒木経惟さんのようなのです。

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 35

そうなんだよね、いつかは日本も……。

 街を歩いていると、コンビニエンスストアや公共施設でゴミ箱をあさる老人たちを目にすることが多くなってきました。こんな光景はかつてあまりみなかったと思います。彼らが自分の母親や父親だったら? と思うと辛く感じてしまうのは私だけではないでしょう。
 子どもがいたずら半分、遊び半分でゴミ箱をあさるように、好奇心旺盛、元気一杯な老人たちが何かを創造するのであるなら、それはそれで「なかなかやるじゃん」と手をたたいて応援する気持ちになるでしょう。しかし、何をするでもなく、デパートの休憩室や文化施設の椅子にただじっと座りつづけている老人たちの姿を見るのは心が痛みます。「いったいこの国はどうなって行くのだろう?」と。
 先日、天才ブルースギターリストと呼ばれた故ジミー・ヘンドリックスの懐かしいプロモーションビデオを観ました。舞台は1980年あたりのまだ荒廃していたメガシテイー・マンハッタン。スラム化して朽ち果てたビル。ライブペイントだらけで危険な匂いのする地下鉄。ポルノ街のタイムズスクエアー。そこには路頭に迷う浮浪者や老人たちの姿、学校にも通わずストリートにたむろする若者たちが生々しく映し出されていました。
「そうなんだよね……日本だっていつこうなるかわからない」
 かつてはマフィアやギャングがはびこる暗黒街であったニューヨーク・マンハッタン。暴動も凄かった。負のスパイラルへ突入すれば、そう簡単には抜け出られない……。人々が苦しみもがいていた姿を見る一方で、ゆるぎない意志を抱いてあきらめずに底辺から這い上がり、みごとに安全な街・観光の街・ビジネスの街へと変わってきた姿も見てきたから思うのです。
 本当に命をかけて数々の脅迫にも屈しないで信念を貫いてきた政治家が存在したということ。そして、政治と行政の強い連携があり、それを支持する市民の努力があったから成ったことなのだと。このパワーは本当に凄かったとやっぱり思うのです。生半可な気持ちではないところに、凄みを感じてしまうのです。
 戦後の経済成長をささえてきた日本の企業戦士たち。リタイアされて一老人になった今、この社会をどう感じますか? 理想としていた豊かな社会になったと感じていますか? いらなくなったらポイっと捨てる考え方の社会に怒りが沸き上がりませんか?
「ふざけんな、おまあえら!! だれのおかげで今があると思っているんだぁ〜!!」
 私はまずこのパワーが必要だと思います。と同時に、現在の社会の姿を観察すればするほど過去の価値観が「誤りであったのでは?」と思えてきます。これが常識だと思い込んで進んできた私たちの道には大きな誤りがあったのかもしれないのです。
 例えば、仕事以外で心底打ち込めるものを持てるような社会であるなら、あるいはそれを探し求めるにふさわしい環境や施設のサービスが存在していれば……。もしそうだったら、一文無しになろうとも楽しい人生を過ごせるのではないだろうか? と思うのです。私はそれが本当に成熟した豊かな社会の一面ではないかと思っています。ましてや熟年離婚が話題になっている近年、一家の大黒柱として家族を養うため、必死で休む間もなく働いてきて定年退職したら、「子供も独立したことだし、そろそろ私も自由な人生を」と妻に離婚を申したてられる始末……。これではまさに踏んだり蹴ったりです。
 ますます高年齢化していく日本。だれも老いるという自然の法則から逃れることはできません。だったら思いっきり楽しい人生をおくりたいと思いませんか?
 そのためにはまず、楽しめることを見つけないとね。

著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第38回

北京のカメラマンたち

 北京五輪の開催まで50日を切ったが、市内の盛り上がりは失速気味だ。連日、テレビでは四川大震災の特番が組まれているので、北京市民もそういった気分になれないのかもしれない。しかし、7月に入れば北京五輪一カ月前の特番などが一斉に始まり、五輪に向かって勢いづくだろう。
 世界各国のメディアのカメラマンも五輪に向けて北京に集まりだした。私が中国を訪れた10数年前は、海外の主要通信社でもカメラマンは1人しかいなかった。しかし、現在はカメラマンだけで6人も北京に駐在させている通信社もある。北京五輪が始まれば各社10人から20人もの応援部隊がやってくるだろうから現場はカメラマンで溢れる。
 ここ数年、北京ではメディアの数が増え続けている。北京五輪開催の影響も大きいが、政治、文化のあらゆる面で中国が世界中から注目されていることが要因だろう。それで在中国通信社のカメラマンの仕事も変わってきた。以前は“フューチャー”と呼ばれる街ネタの取材が多かったが、いまは記者会見や要人会談の取材が多くなった。
 数年前まで私は “ストリンガー”と呼ばれる持ち込みのカメラマンだった。“ストリンガー”とは、アメリカの公共バスにあった下車の意思を運転手に知らせるときに引っ張る針金のような線に由来するらしい。記者からそんな話を聞いたことがあるが、定かではない。ともあれ必要なときに呼ばれて必要な写真を撮ってくるのが“ストリンガー”の仕事である。
 9年前、自分の持っているカメラとレンズをすべて鞄に詰め、自信の作品を10数枚持ってアメリカの通信社の門をたたいた。当時、外国メディアは大使館街近くの外国人公寓にオフィスを構えていた。天井の高いオフィスだったが意外と狭く、写真部は一番奥の部屋を使っていた。

カシュガルのモスク

 鋭い目をしたチーフカメラマンのグレック・ベーカーは私の写真に淡々と目を通し、数枚の写真を褒めた後、「良い写真が撮れたら持ち込みにきてくれ」と言って忙しそうに自分の仕事に戻った。
 翌日から街をさまよい歩いては写真を持ち込んだが箸にも棒にもかからなかったようで、一枚も採用されなかった。私以外にも数人の“ストリンガー”がこの通信社に出入りしていて、その中の香港系カナダ人のケビン・リーは毎日のように写真が売れていた。最初は私を厄介な競争相手が現れたと思ったのだろう、なかなか話し掛けてこなかったが、毎日顔を合わせているうちにスキャナーの使い方やフォトショップの使い方を教えてくれるようになった。私よりも10は年上であろうケビンは、奥さんをカナダに残し、単身で中国にやって来ていた。当時、フィルムカメラで撮影していた我々は、毎日オフィス近くの現像所で顔を合わせた。でも、写真が売れるまでお互い多くを話さない。それでも、一日の仕事が終わると、一本50円程度のビールを飲みながら街角のバーで写真の話をすることがあった。
 私がそのアメリカの通信社に写真を持ち込むようになって一カ月が過ぎたころ、グレックの眼鏡にかなう写真がやっと撮れた。写真を撮っていて手応えも感じた。そのころ、北京市は五輪開催に立候補中で、街角に五輪のマークをかたどった面白い広告が溢れていた。ある日、街角で五輪をかたどった眼鏡をかけている子どもの広告を見かけた。その広告の前を歩く老人の写真を撮って持ち込むと、グレックは「これは面白い」と写真を買い取ってくれた。
 数日後の夜、グレックから電話がかかってきた。こんな時間に変だなと思いながら電話に出ると、「おまえの写真がニューズウィークに見開きで掲載されているぞ!」という。英語の不得意な私はなんのことかよく分からず、翌日、外国の雑誌が置かれているホテルにニューズウィークを捜しに行った。たしかに私が先日撮影した五輪のメガネをかけた子どもの広告の写真が見開きで使われていた。
 この一枚でこれまで写真が売れなかったことなど、すべてどうでもよくなってしまったのだった。何が嬉しかったかというと、先生のような存在のグレックが、自分のことのように喜んでくれたことが本当に嬉しかったのだ。

続く

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第5回

写真機携帯症患者の病状報告(1)

 もし、荒木経惟という写真家に出逢うことがなかったら、こんなにまで私は写真機を持ち歩くことがなかったと思う。とにかく、今日までのところ写真機はほとんど私の肉体の一部で、携帯していないとすごく淋しい。一種の中毒かもしれないとさえ思う。家に一台、車に二台のデジタルカメラを常に置いてある。持つのを忘れないように備えているのである。
 たまたまカメラを忘れて手持ちぶさたなときは、脳味噌で写真を撮る。これはデジタル写真機どころの騒ぎじゃない利点がある。無数に写真が撮れる。難点は、撮ったハシから忘れていって保存がきかないということだ。脳味噌で撮る写真は名作ばかりなのに、本当にもったいないことだと思う。口惜しい。地団駄踏む思いでもある。
 手元に写真機がなくてどうにも我慢ができず、使い捨てカメラを買い込んで急場をしのぐこともある。空腹に耐えかねて街路の夏みかんを失敬するようなのと似ているかもしれない。とにかく、ないよりはマシで、どんな写真機でも手元にあれば気持ちはかなり落ち着く。
 こんなふうに写真機携帯中毒症になって、いろいろなことが分かってきた。ひとつは、カメラを持つ前には、世間というか世の中というか、風景というか、情景というか、光景というか、そういうものをほとんど見ていなかったのだということが分かってきた。私は、人間というものもよく見ていなかったと思う。とくに、人間の顔の表情、というよりも「肉体の表情」というものを、ずっと見逃してきていた。見てはいたのに違いないけれど、結局は何も見てはいなかった、ような気がする。

小名木川貨物駅跡地('08.5月)

 それで、「写真を写す」ということは、事柄、世の中、人間をよく見ることだということが分かった。
 文を書くということも「見る」という点では同じである。でも、写真を撮るのと文を書くのでは同じ「見る」でも「見る」が違うのではないか。「視る」とか「観る」、「診る」「看る」と漢字を書き分け、「みる」ことの内容を表現することもあるけれど、文のための「見る」と、撮るための「見る」は漢字で書き分けられるような違いではない、と思う。
 文のための「見る」は、ほとんどある一点に集中する「見る」であり、撮るための「見る」は見たことの大方を捨て去るための「見る」であるような気がする。いや、こうも言えるだろう。文のための「見る」は「内から外へ」であり、撮るための「見る」は「外から内へ」じゃないのか、と。
 さらに、たとえて言うと、こういうことだ。
 いま、ある人の掌を文で書きたいとしよう。文を書きたい私の脳味噌(眼)は、まずある人の掌に集中する。五本の指、あるいは小指を欠いた四本の指、指の太さや長さ、手相などを見て、そこからこの「掌の意味」に私の思いが及んでいく。ところが、写真機で撮りたい掌は、どんな状況の下にある掌かが問題になる。どんな状況下にある掌か、それが写真機で掌を撮る場合の主たる問題、「見る」なのではないか。
 どちらも、つまるところ一瞬の脳の働きであるだろう

インフォメーション ポータルサイト「北海道人」更新情報

<WEB絵本・鯨森惣七さんの「コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅。」を更新しました!>

カンガルーBUSその5
 鯨森惣七さんが旅先で見て感じたことをイラストとエッセイで紹介します。ちょっとずつ歩きまわったりバスにのったりしながら、今回は小樽の花園・入船・奥沢をめぐります。タイムスリップしたような不思議な世界に迷い込みたい方はクジラをクリック!

コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅

次号予告

 次号の配信は7月10日、納豆の日です。ネットでナットウについて調べているうちに納豆学会のHPで「納豆占い」というものを見つけました。占ってみると、あなたは「干し納豆です」という結果が出ました。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。
 『メルマガ北海道人』第78号は7月10日(木)に配信します。

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