メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第76号 2008.6.26.
 ―「北海道人」、昆虫ケースを抱えて―

 昆虫ケースを持った男の子たちを見かけるようになりました。男の子のそばにはたいていお父さんがいます。そして、男の子たちはみんなケースを抱えながら、跳ねるように道を歩いています。ケースの中には何が入っているのでしょうか。
 道を歩く子どもの声に耳をかたむけると、「お父さん、ダンゴムシはすぐ死んじゃったね」。ケースの底には黒くて小さな虫が数匹。ダンゴムシ……。幼い子どもの心をとらえるのは、クワガタやカブトムシだけではないのですね。思わずスキップしてしまうほど、心躍ることを最後に体験したのはいつのことでしょう。
 『メルマガ北海道人』第76号、等速直線運動中の丸くなったダンゴムシに心躍らせながら配信!

もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 蘇さんにフラレ、孤独な日々を送っていたチャンイン。ある日、ルームメイトの黄くんからチャンインに会いたがっている女性がいると聞かされました。その女性はなんと「ミス中文」の鄭さん! しかし、約束の日に現れた鄭さんは怪訝そう。なぜだ、黄くん! さて、この恋の行く末は?

連載【とろんのPAI通信】

 今回のタイトルは「ボクのゴールデンウィークス」です。6月11日にPAIを脱出したときから嘘のように気分が軽くなり、とろんさんのゴールデンウィークスが始まりました。この状態が介護生活をするまで続いてほしいと願う、シアワセ弛緩状態のとろんさんが描く今回のPAI通信はいつもとちょっと違うかも?

連載【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】

 今年の小中学校の運動会は6月29日に開催されます。といってもそれは、一般住民も参加する島全体の運動会です。そこでは競技のほかにも郷土芸能が披露されるそうです。沖縄全般でよく見られる「エイサー」、八重山に残る「アンガマー」。運動会を通じて若月さんが思うこと。

【上林早苗の『上海日記』】 第35回

黄くんの策略

 留学生寮を後にしたチャンインのその後である。大学3年生の後期を迎えたある日、ルームメイトの黄くんがこんなことを言い出した。
「2年の鄭さんを知っているか? 彼女がおまえに会いたいと言っている。気があるのかもしれないな」
 江蘇省出身の黄くんは高校時代、地元の県で成績トップだった秀才だ。腕っ節が強く、チャンインとはいっしょに武術サークルを創設した仲だった。彼の言う鄭さんとは中文科の後輩で、「ミス中文」の異名をとる才媛である。チャンインは1年前、新入生歓迎会のイベントで彼女とあいさつを交わしたことを思い出したが、単独で話をしたことはまだなかった。チャンインにしてみれば蘇さんにフラれて孤独な日々である。女性に会いたいと言われて断る理由などあるはずがない。
 待ちに待った約束の日、たしかに鄭さんは現れた。しかし、彼女は怪訝そうに言った。
「あなたに会いたいとは言った覚えはありませんが?」
 ハメられた、とチャンインは思った。きっと黄くんが遊び半分で仕掛けたイタズラにちがいない。しかし、である。ワナであろうがなかろうが、目の前にいるのは大きな目に軽くウェーブしたロングヘア、身長160センチ以上で声は低音のまさに自分好みの美女である。文学の話題こそ乗ってこないが、サバサバした性格でどこか理知的な雰囲気が漂っていた。チャンインは一瞬で恋に落ちてしまった。
 実をいうと、この一件には疑惑がある。25年後の同窓会で別の友人が明かしたところによると、黄くんはこのとき、決して遊びで二人を結びつけようとしたわけではなく、彼なりの目的があった、というのだ。
 当時、黄くんは鄭さんに恋焦がれていた。完全な片思いである。しかし、自分はしょせん田舎者、相手はマドンナ。彼女の姿を追うだけで精一杯だった。ところがある日、彼女には恋人はいないが男友だちが数多くいることに気づく。黄くんは落胆した。
「まさかこんな節操のない女性だったとは……」

地下道で演奏する人(人民広場)

 もちろんいまなら男性の友だちがいることで後ろ指を差されることはないだろう。しかし、キャンパス内で異性の交流がまだ珍しかった当時、それはごく一般的な反応だった。結局、一度も思いを伝えることなく恋は破れた。
 では、なぜ黄くんはウソまでついて二人を引き合わせたのだろうか。しかもチャンインに彼女の「問題」について忠告することなく、である。
 理由の一つとしてまず考えられるのが「チャンインに自分と同じ苦しみを味わってほしかったから」である。チャンインが鄭さんに夢中になれば、いつかは彼女の「本性」を知ることになる。そうすればこの痛みはもう自分だけのものではない――黄くんはそう考えたのではないか。あるいはもっと軽く「この程度の女なら何も知らないチャンインにくれてやろう」と思ったのかもしれない。
「いずれにしても黄はひどいヤツだよ」
 25年ぶりに会ったその友人は言った。
 ただ、かりに黄くんによる「計画」が存在したとしても、実際それはシナリオどおりに運ばなかったことになる。それどころか大失敗だ。なぜならチャンインが彼女に魅了されたのと同じく、彼女もまた次第にチャンインの何かにひかれ、二人はいつのまにか「中文科一の美男美女カップル」となってしまったからである。
 二人の関係が公認となったある日、一人の男子学生がチャンインの部屋を訪れたことがあった。どう見ても鄭さんファンの一人である。彼はチャンインに凄んだ。
「彼女を大事にできるのか? なんかあったら痛い目にあわせるぞ」
 突然のことにチャンインはひるんだ。とその瞬間、ルームメイトの一人が寝台からむっくりと起き上がり、男子学生をにらみ返した。黄くんだった。
「おまえのほうが気をつけるんだな!」
 同窓会の後、チャンインは冷静に分析した。黄くんがチャンインを犠牲にしようとしたこと、過激なファンからチャンインを守ろうとしてくれたこと、そのどちらの行為もおそらく彼の本心だったにちがいない、と。なぜなら大学時代、友情はいつもプライドやライバル心、嫉妬心と隣り合わせにあったからだ。だから親しい友人はいても、親友と呼べるような人は一人もいなかった、と言う。チャンインにとっての黄くん、また黄くんにとってのチャンインも「親しい友人」の一人に過ぎなかったのである。

かんばやし・さなえ・・・1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住8年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

【とろんのPAI通信】 第28回

ボクのゴールデンウィークス

ライブペインティング(2007年7月7日七夕、とろん&はるか結婚式にて。BY 神田サオリ http://www.saorian.com) PHOTO BY 林あすか

  明日、6月14日は、いよいよ東京だ。正確にいうと、6月11日にPAIを出たときからボクのゴールデンウィークスが始まった。なんだか、なぜだか知らないけど、PAIの町を出てチェンマイに向かう山道の登りの途中、アスファルトの山道が全面封鎖されていて、ボクら乗客はミニバスを一度降り、全ての荷物を担いで1キロくらい山道を登り歩き、車を乗り換えるハメになってしまった。その1キロの間、道はなぜだか大勢のタイ人で埋めつくされ、祭りのように出店が一杯あってポリスもうろついていて、まるでPAIの町を包むオーラの外皮を無理やり突き抜けていくみたいだった。よりによってボクらがPAIを出る日から、その道路全面封鎖の集いが始まり、3日間続くそうだ。
 1キロの山道を重いリュックを背負って歩き、PAIのオーラから脱出したとたん、嘘のようにボクの気分は軽くなって、そして、ボクのゴールデンウィークスが始まったのだ。PAIにいる間、ボクの愛しの茶色カバーの手帳には常に一杯の書き込みがあって、毎日毎日その愛しの手帳に書き込まれた「やるべきこと」をこなしてゆくばかりだったし、それでも追いつかなくって先にのばしたものもあるくらいだった。新しい本を描こうとするとき、なにかイヴェントを企画したとき、新しい大掛かりなことを始めるとき、ひとつの「想い」がボクの内から強く湧き出たときから、ボクの脳はひとりでに勝手に働き始め、次々とその「想い」を「形」にするまでの「やるべきこと」を思いつかせてしまい、それがとても覚えられない量なので、それをどんどん自動書記のように手帳に書いてゆくのだ。
 PAIにいる間は真っ黒に埋まった「やるべきこと」が、PAIのオーラから脱出したとたん、その「やるべきこと」が急減して、手帳も読みやすくなり、ボクの脳も静まってきた。おそらく、このいまのボクの脳の弛緩状態は、岡山での両親の介護生活が始まるまで続くと思うし、続いてほしいと思う。東京には6日間の滞在予定で、その間に3つのイヴェントに参加する。昨年の49日間の祭りに、わざわざ日本から自費でやって来てくれたアーティストたちのイヴェントだから、いかなきゃ。そのうちのひとつが神田サオリのライブペインティング(写真)で、ほかにも、知る人ぞ知るバンド「たま」で歌っていた人気者の“ちく”さんのライブにもいかなきゃ。

ムーンビレッジ最後のかまどの火(BY COCO ターボー) PHOTO BY 林あすか

 介護生活が始まるまでのボクのゴールデンウィークスの間、愛妻はるかと太一は故郷の新潟の長岡に戻って、のんびり家族とすごしてゆく。岡山での介護生活は、この先どの位続くのか誰もわからないし、そして、今回のように両親を3ヶ月も預かってくれる施設がタイミングよくあるとは限らないし、それでもボクらは年末にはまたPAIに戻ってヴィザの延長(一年)をしなきゃいけないし、まったく一瞬先は光だか闇だか光だか。そして、いつ住めるかわからないのにPAIではすでにボクらの新居が建設中で、いつ来れるかわからないのにPAIに戻ったら六角堂を再建しようと具体的に思ってるし、そういうPAIと岡山を交差してゆく中で、なにも確かなことがない中で、ボクの内からの強い「想い」だけは着実に湧き出てくるので大変だ。そして、ボクの愛しの茶色カバーの手帳も、延々と炎々とこの先も真っ黒に埋まってゆくのだろうか。
 だけど、いまは、ボクのゴールデンウィークス。強度の近視のボクは、メガネをはずすと、とたんに現実がピンボケになって、なんだか、身も心もスピード感のないピンボケ状態になり、現実との関わり意欲が淡白になってくるから不思議だ。岡山での介護生活が始まるまでのボクのゴールデンウィークスは、だから、メガネをはずしてピンボケ状態でいってみようかな、といま、本気で思ったりしている。今回の原稿は、だから、ちょっと、ピ、ン、ボ、ケ、気味かなあ???。

    いま、シアワセの弛緩状態のとろんより。

とろん・・・1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

ホームページ:http://amanakuni.net/toron/

【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】第9回

もうすぐ運動会

長い間隔の入場行進

 今年の小中学校の運動会は6月29日に開催される。小中学校の運動会というよりも島全体の運動会である。
 島全体の行事があるときはいつもそうだが、この日は黒島内の飲食店や店がすべて休みとなる。普段でさえ少ない商店や飲食店を探してレンタサイクルで島をぐるぐるまわる観光客。この日ばかりは、探してせっかく飲食店にたどりついても徒労に終わってしまうのである。
 運動会の1〜2週間前になると、学校から賞品寄贈をお願いする文書が各戸に届く。そして、住民らは運動会3日ぐらい前までに提供する賞品を学校に届ける。賞品は日用品が多い。ちなみにこれまで私が黒島の運動会でもらった賞品はティッシュペーパーや扇風機、お米などである。競技に参加するごとに参加賞として何かが配られる。
 一般住民の参加できる競技は多く、玉入れや綱引きには全島民が参加する。また、保育所や青年会、婦人会や壮年会など、島内各団体別の競技もある。小中学生あわせて20名ほどの小規模校では児童・生徒メインでやるとすぐに終わってしまううえ、出番が連続するために子どもたちの体力が持たない。入場行進では子どもたちが1人ずつじっくり紹介され、2〜30メートルの間隔で行進してくる。
 沖縄では田舎や離島の学校には校歌ダンスとか校歌体操というのがあり、それぞれの校歌に合わせた振り付けや体操が存在する。黒島の運動会のトリはリレーで、大トリが校歌ダンスとなる。島出身者はみんな踊ることができる。ひとつぐらいは郷土芸能が入るのだが、黒島では「鎌踊り」や「笠踊り」という島の芸能が踊られることが多い。沖縄全般を見ると運動会で「エイサー」をやる学校が多いようだ。「エイサー」を演じて得られる一体感や観客の評価がよほど心地よいのか、団体演技としての「エイサー」は定着しつつある。しかし、私は「エイサー」が郷土芸能として演じられることに少し抵抗がある。
 おととし、所用で石垣島に出かけた。運動会をしている小学校の前を通ったとき、「エイサー」をしているのが見えた。「ついに八重山でもエイサーが定着しつつあるのか」と思ったが、黒島でもかつて、運動会で「エイサー」をやったことがあるという。
 実は八重山には「エイサー」文化はない。「エイサー」は沖縄で祖先供養のために旧盆に踊られる盆踊りのようなもので、旧盆に踊ることに意味があった。ところが、近年ではイベントなどの余興としての出番が多い気がする。
 運動会でフォークダンスを踊ったりするのだから、八重山で「エイサー」ぐらい踊ってもいいではないかと思う反面、なんかしっくりこない。八重山には「アンガマー」という旧盆行事がしっかり残っているからなおさらである。
 黒島の「アンガマー」は、精霊に扮した青年たちが仏壇のある家々をまわって庭先で踊りを披露するものだ。これをやると、その家の先祖が喜ぶそうだ。私も何度か黒島で精霊に扮したことがある。その練習のとき、沖縄の三線(サンシン)を担当する青年が「旧盆と間違って先祖が来てしまうから、あまり早くからは練習できない」と言ったことを覚えている。人気のある「エイサー」に対して「アンガマー」の重みを感じた。そして、「アンガマー」が運動会で演じられることはあり得ないということを知った。
 その「アンガマー」があるのに、もともと八重山にはない「エイサー」が八重山の運動会で演じられる理由は教職員にある。地元に伝わる郷土芸能を継承して欲しいという思いから、授業時間を割いて地元にない「エイサー」を練習させているのである。約3年ごとに転勤する教職員に対し、「地域本来の伝統芸能を子どもたちに」と要望することは酷な話かも知れない。
 八重山の運動会を通して、私自身は黒島ではアウトプットよりもインプットを心掛けたいと思った。

わかつき・もとき・・・1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。

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「私の好きな店」File.No.03

「ワインと旬菜 ビストロ ヒロ」―フレンチ―

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「私の好きな店」File.No.03

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 次回の配信は7月です。涼しくても暑くても、誰がなんと言おうとナツです。忙しくなりそうな北海道のナツのはじまりです。
 さて、次号のメルマガラインナップは、田野城寿男の「楽譜のいらない音楽授業」、岩崎稔の「大陸人の時間」、編集長・和多田進の「濡れにぞ濡れし」です。
 『メルマガ北海道人』第77号の配信は、7月3日(木)です。
 
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