メルマガ北海道人

HOME > 第74回

『メルマガ北海道人』第74号 2008.6.12. ―「北海道人」、初夏の合図を聴いた―

 「暑いな……」と人間が感じるような朝、同じように温度を敏感に感じている生き物がいます。暑い日をより暑く演出するあの生き物……そう、セミです。エゾハルゼミでしょうか、20度を越えるような初夏に突然、鳴き始めます。毎日鳴き続けるのかと思いきや、涼しい日にはピタッと鳴くのをやめてしまいます。気分がのらないのでしょうか? 気難しい演奏家なのでしょうか? 
 ケケケケケとセミの声、輪唱するかのように、アツァツァツァーと人の声。運動会の早朝にあがる花火のような、初夏の合図をみなさんは聴きましたか?
 『メルマガ北海道人』第74号、セミに負けずに夏を先取りしてアツく配信!

もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 今回は、前回ひと休みしたチャンイン物語の続きです。大学3年生のチャンインは、同じ留学生寮にいた蘇さんという女の子に心を奪われました。しかし、思わぬところに恋敵が潜んでいました。それは、ルームメイトの日本人・門田くん。蘇さんをめぐる二人の攻防は? 三角関係の結末は?

連載【とろんのPAI通信】

 今や“タイの軽井沢”として知られるようになった桃源郷PAI。PAI盆地を囲む山々には滝や温泉があちこちに点在しています。7年間にいくつもの滝をチェックしてきたというとろんさんが、ついに「聖地」と呼べる滝を発見! 半月の朝、突如、衝動に駆られて訪れた聖地で愛妻はるかさんがとった行動とは?!

連載【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】

 今回は「島の選挙」について。国政選挙や県議選は他人事のような感じなのに、町議や町長選挙になると投票率が90パーセントを越えるという黒島。しかし、最近は黒島から議員は出ていないそうです。島内のあちこちに書かれた「きむぴちし・いるぴちし」という言葉から見えてくる黒島の今と昔。

【上林早苗の『上海日記』】 第34回

三角関係

 四川地震の影響で最近、友人と顔を合わせると誰からともなく「いま地震が起きたとしたら、どこに逃げるか」という話が出る。そうして気づくことは上海には想像以上に避難場所が少ない、ということだ。私も家族とこの機に緊急時の待ち合わせ場所を決めようとしたが、地図を広げたところで「ここはガラス片が降りそう」「あそこは隣が倒壊するかも」といった具合で、近所に安全そうなスペースは一つも見つからなかった。結局、「そのときは潔く死のう」という結論で家族会議は終わったのだけれど、果たしてそれでよかったのかどうか今でも疑問である。
 チャンインのその後を続けたい。
 大学3年生の時、留学生寮に蘇さんという女の子がいた。チャンインと同じように「陪住」の学生に選ばれ、イタリア人留学生と同居していた中文学科の2年生である。顔はうろ覚えだが、髪は三つ編み、それに長身だったと記憶している。物心ついたときからなぜか長身の女性に弱かったチャンインは、この蘇さんにすっかり心を奪われてしまった。
 人生初の恋敵は意外なところに現れる。チャンインのルームメイトで「日本の無産階級」を称する留学生・門田くんだ。アダルト雑誌に群がる学生たちを敬遠するかなりの硬派だが、ずいぶん前から6歳年下の蘇さんに心を寄せていたということだった。門田くんはチャンインをけん制した。
「ぼくが先に好きになったのだからね」
 もとより話の合わなかった二人は、恋か友情かの選択に悩むこともなく対立することになった。
 蘇さんに先制攻撃をしかけたのは門田くんのほうである。
「よければいっしょに図書館に行きませんか」
 蘇さんは断った。理由は「時間がないから」。チャンインは考える。何に誘えば彼女は乗ってくれるだろうか……。

愛国行進デモのそばで遊ぶ少女(南京路歩行者天国)

 ある日、留学生主催によるハロウィンパーティーが開かれることになった。これだ、と思ったチャンインはさっそく蘇さんにアタックする。結果はなんと「オーケー」。後でわかったことだが、彼女は本よりダンスが好きであった。
 パーティー当日、二人は仮面をつけて社交ダンスを踊った。チャンインはこの夜、味わった二つの感動をいまだに忘れられない。一つは蘇さんがキャンデーをくれた時、その包み紙をていねいにむいてから手渡してくれたこと。心づかいに胸を打たれたそうだ。もう一つはダンスタイムが終わってから口づけをしたこと……。まさかの快進撃である。その夜、寮に帰ったチャンインは門田くんとは一言も会話を交わさず、幸せな眠りについた。
 門田くんが口を開いたのは、あくる日の朝のことだ。
「きみは比較文学が好きだそうだね」
 チャンインは唐突な問いかけに一瞬、眉をひそめたが、すぐに思い出した。比較文学に興味があることは蘇さんに話したことがある。というよりも、彼女にしか話していない。つまり彼女が門田くんに話したということだ。門田くんの言いたいことは明らかだった。「ぼくも彼女と親しいんだよ」――。
 挑発されたことに頭にきたチャンインは蘇さんに問いただした。
「どうして比較文学の話をしたの」
 彼女は平然と答える。
「あらどうしていけないの。門田くんは留学生なんだから、よくしてあげなきゃダメなのよ」
 女心はよくわからない。しかし、少なくともチャンインは蘇さんに夢中だった。暗くなったら彼女の寝室の窓を見上げる。明かりがついたらりんごを部屋まで届ける。言葉を二言三言、交わす。ただそれだけで満足、幸せだった。
 しかし、三角関係の終わりは突然、やってくる。ライバル門田くんの帰国が急きょ決まったのだ。学費が払えなくなった、と彼は言った。
「将来、日本の中国大使館で仕事をしたい」
 そう話すと、連絡先を交換もせず去ってしまった。
 三角関係の破綻は思いがけず恋の終わりでもあったらしい。このころから蘇さんは急によそよそしくなり、やがてチャンインを避けるようになった。しかし、チャンインには嫌われる理由が思い当たらない。兆候もなかった。まるで頂上から谷底に突き落とされた気分である。これが女性の心はわからないとはじめて感じた出来事だった。
 ルームメイトを失ったチャンインは留学生寮を出なくてはいけなくなった。退去日当日、出口では厳しい荷物チェックがあった。外国産「精神有害物」の中国人学生寮流出を防ぐためらしい。チャンインは日本人にもらった『ペントハウス』一冊を魔法瓶にねじこんで通過した。蘇さんへの恋心もこの時、永遠に封印された。

かんばやし・さなえ・・・1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住8年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

【とろんのPAI通信】 第27回

半月の朝の衝動♪

ムーンビレッジでの最後の稲刈り(中央に太一と愛妻はるか) PHOTO BY 林あすか

 標高600メーターに在るPAIは、年に何度も洪水を起こしゆくPAI川に沿って展開している町で、この7年の間に「タイの軽井沢」としてタイ中に知られる町となった。そして、この桃源郷PAIの魅力が口から口へと伝わり、今や、世界を旅する人たちの間でPAIの名を囁く人たちが急増中。
 古都チェンマイからPAIまでは車で3、4時間で、60数年前、日本軍がビルマ侵攻のために山々を切り開いたカーブの多い山道を走り、最後に1000メーターの峠を越えて一気に下っていくと、突如と世界が広く開け、あ!!!っと田園風景が目に入ってくる。そこからPAIの盆地が始まり、北へ向かって20キロ位開け、東西に1000〜2000メーター級の山々が優しく迫ってくる。
 このPAIの町から北へ4キロ位の処に「ヴィエンヌア」という村が在り、この盆地で一番古い集落だといわれている。PAIの町は時代のうねりの中で、比較的新しく誕生した町で、今、その「タイの軽井沢」としての役割を全力で演じている只中だ。そういう時代のうねりの中、急変化してゆくPAIから一番古くって安定した集落「ヴィエンヌア」に移り住み始める旅人たちが増えてきた。旅人といっても、もう何年もPAIに住んでいたり、PAIをベースにして世界中をアチコチ出歩いている人たちのことだ。そしてボクも、愛妻はるかも太一も、その時代のうねりの中、その一番古い集落「ヴィエンヌア」から5キロ程山に入った処に、今、NEW MOON VILLAGE を作っているのだ。ヴィエンヌアの村は南北に細長く伸びていて、その入口と出口の処に、なにか祷りのこめられたような神々しい門が在り、その南門から村に入り、北に向かって門を出ると、ボクらの山に向かってゆく。
 このPAI盆地を囲む山々に入ってゆくと、滝や温泉がアチコチに点在していて、その中でも、山から80度の温泉が溢れ出て小川になっている森の中の温泉は、ボクらの聖地になっていて、週に一回は愛妻はるかと太一の3人でお参りし、石で囲んで砂を掘っただけの露天風呂に心ゆくまで入ってくる。そして、この7年間、ボクはいくつもの滝をチェックしてきたけど、ついに「ボクらの聖地」と呼べる滝を発見したのだ!!! 5月28日半月の朝の衝動♪ ボクらの新天地に流れる小川メ・ムアン(お国の川)を遡った処に在るまだ見ぬ滝ナムトック・フアチャン(象頭の滝)に、突如と行ってみたくなったのだ。
 ボクらの新天地からバイクで20分くらい川沿いの悪路を遡り、山道が川に阻まれた地点から歩き始める。愛妻はるかは12キロの太一を後ろにおんぶして、ボクは、水やふかし芋やみかんの入った荷物などのすべてを持ち、原生林の森の中を歩き続ける。何度も小川で道が切れては、それに繋がる滝への小道を見つけゆくのがゲームみたいで面白く、もうダメか!! とあきらめかけたりしながら2時間ほど経った頃、突如の水の轟音とともに、度を越した風景が目の前に出現したのだ。愛妻はるかとハネムーンで訪ねた、ヒマラヤ4000メーター地点に在るゴーモックの氷河から勢いよく吹き出るガンジス川の源泉風景を目にした時と全く同じ戦慄、身震い、ショック、アートなるエクスタシーを全細胞で感じてしまった。ボクが「くるくる三角山」と名づけた標高1700メーターの聖山(ドイ・チーチョン)、80度源泉から流れ出る森の中の小川の温泉、に続くボクらの「第3の聖地」を発見した瞬間だった。

収穫後のワラで遊ぶ子供たち(左から、なたね、まじゅ、みや) PHOTO BY 林あすか

 愛妻はるかはその度を越した風景を目にしたとたん、何かに取り憑かれたようにボクと太一を放っておいて、何者かが設置した危なっかしい一本の青竹の命竹を伝って、女忍者(くのいち)のように岩を斜めに降り、水しぶき渦巻く滝つぼに向かって身を投げ、気が狂ったように祈り全身を滝に打たれていた。岩の上から、太一の母が、ボクの愛妻が、聖なる滝と一体化してゆく「聖風景」を、残されたボクと太一はお互い不思議に黙って見とれるばかりで、ボクはそのバランスをとるように、持参した八本のお香と一本のローソクを岩の間に立て祈り火を点した。
 この滝へ至る山道は、昔から、滝に打たれに行く巡礼者の道だったという。今、その巡礼途上の道端にNEW MOON VILLAGE が出現し、なんだか、嬉しい物語への予感でいっぱいのこの頃なのだ。

   こんなボクを産み育ててくれ、今、岡山の施設でボクらの帰りをじっと待つ父母へ少しは想いを馳せている、親不孝者のとろんより

とろん・・・1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

ホームページ:http://amanakuni.net/toron/

【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】第8回

島の選挙

黒島での投票風景。島には普段居ない警官も派遣されるため、少しだけ緊張感はある

 6月8日は沖縄県議会議員選挙だった。黒島も含まれる八重山地区は定数分しか候補者がおらず、無投票となった。
 竹富町は、黒島をはじめ、西表島・小浜島・竹富島・鳩間島・新城島・波照間島などの島々にまたがり、開票までに時間がかかるということで、選挙は繰り上げ選挙となる。つまり、投票は日曜日ではなく土曜日に実施される。日曜日の即日開票に間に合わすために土曜日に投票され、翌日曜日には投票箱が船に揺られて開票所まで運ばれるということである。したがって、冒頭で述べた沖縄県議会議員選挙も、実施されれば竹富町は6月7日に投票だった。
 他の選挙区を気にしなくてよい町議会議員や町長選挙は日曜日に投票となり、各島から集まってきた投票箱を開けての開票作業は翌日の月曜日となる。国政選挙や県議選などは他人事のような感じであるが、町議や町長の選挙は一転してヒートアップし、黒島の投票率は90パーセントを超える。
 選挙は政策とか公約よりも、地縁血縁の広さが当選のカギを握る。とくに竹富町のように同じ町民であっても住んでいる島が違う場合は、各島間の対抗意識が強い。よって、各島から議員を出すことがバランスがよいとされている。
 ある選挙の選挙運動期間中に、私の勤める黒島研究所がテレビ局の取材を受けていた。取材班は夜間にしか現れない海中の生物をカメラで捉えるために来ていたのだが、その取材スタッフが深夜3時に宿から研究所へ向かっているところを、島民によって写真に撮られていた。研究所の職員を買収しに行くのではないかという疑いを抱いてのことらしかった。選挙とは無関係のテレビ取材のスタッフと知って、「フィルムが無駄になった」と文句を言っていたらしい。このような行動をする人は選挙の時だけ元気になる。その情熱を仕事に発揮してほしいと家族は願っていると思う。
 黒島の有権者の数からすれば、島から議員を1人出せる。しかし、選挙のたびに島が割れているから最近は黒島から議員が出ていない。これはこれで黒島の選択であり、意志表示であるのだからいいと私は思うのだが、「黒島から議員を」と、訴える島民は多い。ただし、発言に見合った行動は決してしない。
 みんなで話し合って候補者を擁立すれば済むだけの簡単なことなのだが、それが難しい。個人的な利害の対立や、親の世代からの恨みつらみなど、いろいろと根深い事情もあるようだ。また、島外に住む黒島出身者などが、自分の意見を「島の総意」などと言って、対外的に主張したりするものだから、まとまるはずがない。
 黒島には「きむぴしち・いるぴしち」という言葉がある。黒島の古謡などの歌詞にも登場する言葉で、島内では標語のようにあちらこちらに書かれている。この「きむぴしち・いるぴしち」は一致団結の精神を表現するもので、漢字で書くと「肝一つ・色一つ」となり、「心をひとつに」といった感じなのだと理解できる。
 この「きむぴしち・いるぴしち」という言葉が大切にされてきたのは、黒島住民が昔から対立し、一致団結が難しかったのであろうと容易に想像できる。その背景には島内の集落間の対抗意識もあると思われる。
 今月29日には小中学校の運動会が予定されている。学校というよりも、島全体の運動会という感じになるが、かつては集落対抗で、ヒートアップしすぎたという。現在は児童・生徒と島民全員がバランスを考えてチームに振り分けられて実施される。
 旧暦6月中に開催する豊年祭という行事が浜辺で実施される。今年は7月27日に予定されている。その豊年祭の中で、島内の集落対抗の船漕ぎ競争があり、祭会場も大いに沸く。普段は杖が無いと歩けないおばーも、このときばかりは杖を使わずに波打ち際にかけよって、自分の集落を熱心に応援する。その姿は、祭の本質のような気がしている。
 対立により行事が盛り上がって実施できることも、一つの「まとまり」であると評価すれば、このままでもいいような気がしている。

わかつき・もとき・・・1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。

インフォメーション ポータルサイト「北海道人」更新情報

北海道人特集「となりの北海道人」を更新しました

16歳の父と15歳の子、ともに老犬ホームで穏やかな日々
〜「私のお父さん」 in 北海道盲導犬協会〜

 人間の場合も、何歳で一線から退くか、その見極めが難しい。盲導犬の場合、引退は12歳と決められており、以後その個体に適した環境で悠々自適の毎日を送ることになる。
 2005年に“定年退職”したエール(雄)は、北海道盲導犬協会内の老犬ホームでシルバーライフをスタートさせたが、そこには意外な出会いが待ち構えていた。2007年に父リックが老犬ホームにやって来て、ともに過ごすことになったのである。
 北海道盲導犬協会ケネル/老犬ホーム運営チーム担当・指導部主任の辻恵子さんに16歳と15歳の老犬親子の歩みと日常を伺った。

つづきはこちらから
北海道人特集 「私のお父さん」in 北海道盲導犬協会

次号予告

 今年の夏至は、6月21日(土)です。次号のメルマガは夏至も間近、長い夕暮れに配信します。
 さて、次号のメルマガラインナップは、田野城寿男の「楽譜のいらない音楽授業」、岩崎稔の「大陸人の時間」、編集長・和多田進の「濡れにぞ濡れし」です。
 『メルマガ北海道人』第75号の配信は、6月19日(木)です。
 
※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
メルマガ執筆者へのメッセージもお待ちしております!
mailmag@prc.hokkaido-jin.jp

ポータルサイト『北海道人』
http://www.hokkaido-jin.jp/

※登録(または解除)は、こちら
http://www.hokkaido-jin.jp/mailmagazine/index.html

このページの先頭へ

バックナンバー

最新のメルマガ
第160回までのメルマガ
第140回までのメルマガ
第120回までのメルマガ
第100回までのメルマガ
第80回までのメルマガ
第60回までのメルマガ
第40回までのメルマガ
第20回までのメルマガ