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『メルマガ北海道人』第70号 2008.5.15. ―「北海道人」、めぐりめぐる―

 春なのに初夏かと思えるような暑い日もありましたが、ここしばらくは寒さが戻ってきています。早咲きの花々は冷蔵保存されました。花期が長くなり、この寒さを喜んでいる方もいらっしゃるのでは。
 季節はめぐって再び春になりましたが、去年とは様子が違います。「めぐる」を辞書で引くと、まわって再びもとに返る、輪廻するなどという意味が含まれています。春はまわって再びもとに返ったのでしょうか? 違う春なのに同じ春。同じなのに違う。春は本当に春なのでしょうか?
 めぐりめぐって去年とは違う『メルマガ北海道人』第70号、二度目の春を迎えて配信!

もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 今回の上海日記は、1984年にレーガン大統領夫妻が中国を訪れたときのこと。チャンインが在籍する復旦大学で大統領の講演が行われました。期待していた「民主主義」について触れられることはありませんでしたが、気になったのはアメリカ独立宣言を引用したくだりでした。自由にあこがれる1984年のチャンイン。

連載【とろんのPAI通信】

 昼間の気温が40度にも達する真夏が終わったPAI。季節の移り変わりとともに、ムーンビレッジの住人たちや、とろんさんの新たなる「物語」が始まろうとしています。日本へ旅立った人、PAIに戻ってきた人、子どもが生まれようとしている人。人生は物語――その真意は、とろんのPAI通信第25回で。

連載【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】

 今年のゴールデンウィーク中、黒島ではシュノーケリングで亡くなった方がいるそうです。沖縄では不幸なことが続いたりすると「うぐゎんぶすく」だと皆、口々に言い出します。そして、「うたき」ごとにいる「カミツカサ」が「願い」をします。意味が分かった方はかなりの沖縄通です! 詳しくは本文で!

【上林早苗の『上海日記』】 第32回

レーガン来訪

 1984年4月26日、レーガン大統領夫妻が中国を訪れた。1979年の米中国交樹立以来初の現役アメリカ大統領訪中である。大学3年生だったチャンインはその日を心待ちにしていた。日程に復旦大学での講演が組まれていたからである。大統領ってどんな人だろう。アメリカは民主主義国家というが、民主主義っていったい何物なのだろう――。そう期待に胸ふくらませていた。
 聴講できないとわかったのはまもなくのことである。上級生らの話によると数年前、海外要人が復旦を訪れて会場入りしようとしたときに学生が殺到し、後方にいた当時の中国外相・黄華(ホアン・ホア)が会場に入りそこねるという珍事があった。嘘か真か、そのとき外相はこう連呼したと伝えられる。
「私は黄華です! 外相です!」
 さらにはこの混乱で要人の帽子が多数消失し、これら失態によって大学は関係機関から厳しい注意を受けた。それからというもの著名人の講演には入場制限が設けられたというのである。結局、レーガン大統領来訪の当日、会場に入れるのは国際政治学科と外国語学科の学生だけとなり、中文科のチャンインは涙を飲むほかなかった。
 4月30日、午後3時半。チャンインは教室のスピーカーに耳を傾けていた。聴講できない学生のための校内同時放送である。
「すごい。これがアメリカ大統領の声だぞ・・・・・・」
 世界との距離が一気に縮まった気がした。『プレイボーイ』で鍛えた英語力もこの日は役に立たない。興奮のあまり内容どころではなかったからだ。
 講演内容をじっくりと吟味したのは後日、学内新聞にスピーチの全原稿が掲載されてからのことだ。話は古代中国への賛辞からはじまって米中の学術交流や未来展望、核戦争反対など多岐にわたっていた。ところが、どれだけ目を凝らしても期待していた言葉が見当たらない。「民主主義」や「人権」についての話がないのである。チャンインはがっかりした。
「中国の自由化はまだまだ先。だからアメリカ大統領も不用意にしゃべれないんだ」

夕暮れのポップコーン売り(普安路)

 実はこの3年前、中国では「苦恋事件」と呼ばれる騒動が起きていた。白樺(バイ・ホア)の映画脚本『苦恋』を映画化した『太陽和人(太陽と人)』のストーリーが批判を浴び、著者が自己批判を余儀なくされた政治事件である。
 作品のストーリーはこうだ。一人の画家が国民党の迫害を受けて渡米し、成功。新中国誕生をきっかけに帰国するが、政治運動のなかで迫害を受ける。最期は寒さと飢えのなか雪原にクエスチョンマークを描き、両手を太陽に向けて死んでいく。太陽が象徴するのはもちろん毛沢東だ。その後、文化大革命が終結すると、画家の一人娘は出国を決意。ひきとめようとする親せきに彼女はこう問いかける。糾弾の元凶となったセリフだ。
「あなたたちは祖国を愛しているけど、祖国はあなたたちを愛してくれているの?」
 『苦恋』は「精神汚染物」として批判され、チャンインもこれをテーマとした討論に参加した。ちょうど改革開放がスタートして文芸界も春到来かと思われていた矢先のことだっただけに、自由化への険しい道のりを感じずにいられなかったという。それだけにレーガン大統領の慎重さは理解できたが、やはり残念だった。
 ただ、大統領のスピーチに何一つ希望が見出せなかったわけではない。チャンインは演説後半のある段落に目を奪われた。それはアメリカ独立宣言を引用したくだりである。
「すべてのアメリカ人は心から信じています。人は生まれながらにして平等であり、創造主によって生命の権利、自由の権利、幸福を追求する権利が与えられている、と」
 チャンインは考えた。
「人は平等で、自由の権利が与えられている、ということはつまり――」
「この中国には自由が欠けている。暗にそう言っているんじゃないか?」
 もちろん大統領の真意はわからない。ただ、チャンインはそう理解したいほどに「自由」に強くあこがれていた。そして、それは彼一人だけではなく当時の学生に共通した感性であり、願望だったと言う。ちょうど北京で天安門事件が起きる5年前のことであった。
 ちなみに現在、中国の大学寮には赤い旗がずらりとはためいている。五星紅旗はいまやある種のトレンドだ。チャンインに聞いてみた。
「祖国を愛している? 祖国は愛してくれている?」
 答えはすぐに返ってきた。
「出国したら愛せる。国に貢献すれば愛してもらえる(お金をもらえる)」
 あくまで条件付の愛ということである。

かんばやし・さなえ・・・1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住8年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

【とろんのPAI通信】 第25回

季節の変わり目、良性妄想再発の日々

愛妻はるか&太一(右)&麻陽君(あすか&ひでさんの子)山の上のお寺ワットメーエンでの祈り PHOTO BY 林あすか

 「人は、なにしろ物語りたい生き物なのだ。物語を語りつづけ、作りつづけることが人間の人生ならば、私もそれに参加しなければなるまいと、いまは思う。これまでは、そんなことなど考えもせずに生きてきた。けれども、これからは違う。人生は物語だということを知ってしまったいまからは違う。と、思う。」(『Story A 天才アラーキーの撮影現場』 和多田進 著 新風舎文庫 刊 からの「横どり」)
 4月の昼間は気温が40度に達し、湿度も20%。その短い真夏も激しい雷雨と共に終わりを告げ、5月に入った今のPAIは、昼間も30度をこえることはめったになく、湿度も60%に達する緑緑潤潤なる季節がやってきた。3年前に史上最大規模の大洪水を起こしたPAI川。今、そのドラマティックなPAI川を正面間近に拝み、季節風にふかれながら原稿を描いている。前述した「横どり」文章の作者、和多田さんも2度目のPAI来訪時に泊まったことのある(PAI RIVER CORNER RESORT)の川沿いのレストランで氷をたっぷり入れたシンハビール(日本のキリンビール的存在)を飲みながら描き始めている。
 このアブナクてキモチイイ季節の変わり目の中で、ムーンビレッジ住人のひでさん&あすか&麻陽君(写真)も日本へ向けて旅立ち、新たなる「物語」への展開に突き動かされている。ボクらも両親の突如の痴呆化によって新たなる「物語」へと拍車がかかり、それに呼応感染するかのようにPAIに住むムーンビレッジ関係者たちの人生も、今、変わり目の季節。
 ムーンビレッジの石釜製作者、亡きたかしの元パートナーのあきも、新たなるパートナーとの間にあおちゃんが産まれ、今、沖縄への夢が膨らみ始め、日本人の夫を持つスペイン人のエヴァも夫を捨てて4人の子どもたちと共にインドへ旅立ち、ムーンビレッジの向かいで夢蝶(ゆめむし)、というゲストハウスを始めたタイ人のパートナーを持つオリジナル民族衣装作者のゆうも、ムーンビレッジの解体移築の中、そのバランスをとるようにPAI定住ゲストハウス拡大の方向に傾き、6年前、ボクの本『とろんのダイジョーぶ経典』に鼓舞されチェンマイ大学生のプーイというタイ人の若き娘と駆け落ちしたかとうさんも、今、PAIに戻ってきて「今月でお金がなくなる」といいながらも二人目の子どもが産まれ出ようとしている。
 ボクも和多田さんと同じで「これまでは、そんなことなど考えもせず生きてきた。」にも関わらず、無意識の内に「物語」を産み続け、そのドラマティックな自分の人生の「物語」を何故だか40年以上も日記に描きなぐり続け、節目節目に奇跡的に本になって「物語」を作品化してきている。そして「人生は物語だということを知ってしまったいまからは違う」と、ボクも今、強く思うのだ。この世に産まれ出た「物語」での自分に与えられた役割を(ことば)で演じ、人とは交換不可能な自分だけの(ねいろ)を放ち、人は見かけ、という究極の(ふんいき)をもって、女たらしのボクが、もし善悪美醜上下左右男女を越えた彼岸から(人間たらし)ができたらいいな、と想う。

太一(右)と麻陽君、おそろいの服(愛妻はるかの手作り) PHOTO BY 林あすか

 両親の介護生活を3ヶ月中断した今、ここPAIで刻々とムーンビレッジの解体移築作業が進んでいる。アーティストKEMさんは、PAIにやってくる旅人を巻き込みながら土壁の家作りを休みなく展開していて、新たなる「物語」NEW MOON VILLAGE の最先端に在り、続くボクらをインスパイヤーしてくれている。人はイノチを鼓舞し鼓舞されゆくことで「物語」が展開してゆき、結果的に人のイノチを鼓舞してしまう「物語」が産まれるのだと思う。だからこそ人は人間や自然や本類を求め、恋をし旅をし、この世の中に自分の魂を揺さぶり変え行く「物語」を探し求め続けてゆくのだろう。自分が壊れ変わり行くことを恐れる者には人の魂を揺さぶり変え行く「物語」は産み出せないし、人は見かけ、という究極の真理も理解し難いだろう。
 さて、残されたPAIライフもあと1ヶ月と少し。一寸先に何が起き、どんな旅人がやって来るか、ボクはいつでもどこでも、自分の魂を揺さぶり変え行く「物語」に飢えている。ボクにとっては、転がり変わり行くことが最大のエクスタシー!!!なのだから。

      120歳まで転がり変わり行こうとしているアホとろんより。

とろん・・・1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

ホームページ:http://amanakuni.net/toron/

【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】第6回

願い

昨年、仲本海岸で実施された“願い”

 今年のGW期間中、シュノーケリングをしていた男性観光客がおぼれて亡くなってしまった。去年、黒島では3人がシュノーケリング中におぼれて亡くなった。黒島の海が特に危険な海域というわけではない。気軽にサンゴや魚が見られるため、シュノーケリングをする観光客が多い。しかし、シュノーケルの取り扱いに不慣れだったり、体調不良や酒気帯びで海に入ってしまうことなどによって、不幸な事故が発生してしまうようである。
 島には消防署も警察も無い。このような事故が発生すると、島民で組織された消防団や青年らが駆けつけてヘリポートに搬送し、石垣島から飛んでくる海上保安庁のヘリに載せて対応する。島でのヘリの音は救急車のサイレンのようなものである。
 沖縄では不幸なことが続いたりすると「御願不足(うぐゎんぶすく)」だと皆、口ぐちに言いだす。「御願」とは字のとおり「願い」である。
 沖縄には「御嶽(うたき)」という神社のような聖地があり、黒島にも10ヵ所以上ある。黒島では「御嶽」を「わん」と呼ぶ。各御嶽ごとに儀礼を施行するカミツカサと呼ばれる女性が居る。島内で「願い」をするときは、そのカミツカサの女性に依頼する。具体的にどんな時に「願い」を依頼するかというと、地鎮祭や落成式などである。
 写真は昨年、相次ぐ観光客の水難事故がこれ以上発生しないようにと、実施された「水難防止の願い」である。島の公民館が主催して、実施したものである。白装束のカミツカサと公民館の役員が海に向かって「願い」を実施している。島民は全員が公民館員であり、公民館長をはじめ、役員は島の代表ということになる。公民館長は区長も兼務する。
 私の職場である黒島研究所でも昨年、屋外に水槽が完成したときに「願い」をやってもらった。その時にお願いしたカミツカサからは、研究所にはいろいろな霊がついていて大変だと聞かされた。さらに、私の背後には女性が憑いていると言われた。「その女性は美人ですか」と聞いたところ、「きれいさぁ」とのことだった。きれいな女性だったら憑いていてもいいかもなどと思いながらも、「願い」終了後に、「その女性は無事に天国に行くなり成仏するなりしましたかねぇ」と尋ねると、研究所近くの木を指差し、「あの木の上でニコニコ笑っているさ」との回答だった。どうやら霊を排除するのではなく、機嫌を取るという実に平和な作戦だと感じた。
 その「願い」からしばらくして、昔からの常連観光客が、研究所に入るなり、「雰囲気が変わった」と言ってきた。頻繁な模様替えのせいかと思ったが、「そういう意味ではない」らしい。「重たい空気がすごく軽くなった」という。「おはらいか何かやったのか」と聞くので、「水槽が完成した時にカミツカサを呼んで“願い”をしてもらった」と答えると納得していた。感受性の強い人は、いろいろと感じて忙しそうだ。
 このような「願い」を実施するにあたり、欠かせない生物がいる。砂浜にいるスナガニである。「願い」の最中に数匹のスナガニをパッと放つのである。スナガニたちは素早く消えてゆく。この「願い」の行事に、スナガニが必要な理由を聞くと、「カニは砂に穴を掘るし、水にも入る。願いが地の底水の底にまで届けるため」との説明を受けた。この発想は、二ライ・カナイなどと呼ばれる沖縄の神観念と関連がありそうだ。
 この「願い」に興味を持ち、同行して写真を撮ったり、質問ばかりしていたせいで、最近ではどこかで「願い」が実施される前に、研究所にスナガニの注文電話がかかってくるようになってしまった。どこかで「願い」が実施される前夜、私は砂浜でスナガニを追いかけている。   
 GWも終り、これから本格的な海のシーズンに入るが、私の今一番の「願い」は、これ以上、シュノーケルによる犠牲者が出ないことである。

わかつき・もとき・・・1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。

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「私の好きな店」File.No.02

第2回目は、File.No01・ジンギスカンの店「結び亭」店主の「私の好きな店」をご紹介します。サービスが受けられるうれしいクーポン付です。

File.No.02「艸菴(そうあん)」―そば―
「私の好きな店」File.No.02

次号予告

 次号の配信は5月22日です。ちょうど「さっぽろライラックまつり」が行われています。リラ冷えは来週まで続くのでしょうか? リラ冷えなら我慢できます。寒さもなんだか美しく感じてしまいます。
さて、次号のメルマガラインナップは、田野城寿男の「楽譜のいらない音楽授業」、岩崎稔の「大陸人の時間」、編集長・和多田進の「濡れにぞ濡れし」です。
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