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『メルマガ北海道人』第65号 2008.4.10. ―「北海道人」、クロッカスの庭―

 先日までさびしげだった庭で、光を一身に集めて輝きだしたクロッカス。咲き始めは日当たりの良い庭で、黄色、紫、白の花がひとつまたひとつ。庭を眺めながら散歩をしていると鼻歌が出るくらい、日中はあたたかくなりました。クロッカスを探しながら歩きまわっているうちに、気がつけば見知らぬ場所にいたなんてこともありそうです。寄り道しながら、遠回りしながら帰りたい4月の北海道。
 『メルマガ北海道人』第65号、幸運の使者とも呼ばれるクロッカスにあやかって、幸運配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 最近、30代後半から50代の方々にサックスを指導する機会が増えているという田野城さんは、彼らの学ぶ姿に驚きと清々しさを感じると言います。音が外れても、リズムが合わなくても、楽譜が読めなくても大丈夫。いくつになってもわくわくドキドキ――音楽と人生を楽しむ極意伝承のLesson29。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 体験農家出張シリーズもいよいよ最終章です。延安についてから3日目の夜、ついに本格的な窟洞(ヤオトン)農家で一晩過ごすことになった岩崎さん。夜が更けて寝る準備を始めた頃、家の主人・王さんが村での暮らしについて話し始めます。満天の星の下で語られる中国農村の今昔話に、ふむふむ、ホホー。

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 29

燃えよ……おやじたち

 一生懸命……真剣に遊ぶ! これですよ、これ。だからわくわくドキドキするのです。
 最近、30代後半から50代の方たちにサックス指導をする機会がふえています。彼らは社会に出て、多くの人生経験を積んでこられた方たちばかりです。そんな彼らがいざサックスを持つと、それはもう凄いのです。1分1秒たりともロスはしないぞ! という真剣なまなざしに変わるのですから。そして必死に、夢中になってサックスを吹く♪ その姿に私は驚きと清々しさを感じます。
 そこまで必死に来るか!!
 (内心ニヤケて)では喜んで受けて立ちましょう……と。
 彼らみなに共通して言える事はピヒョ〜と音程が外れても、リズムが合わなくても、ときに楽譜が読めなくても、ひたすら精神を集中してサックスを吹きまくる。何ていうのかなぁ……まるで修行僧のようなのです。これぞまさしく魂の雄叫び! サックスの音に迫力がある。サックスのベルから火の玉がとんでくるような、生きているエネルギーのようなものを感じるのです。
 音楽の基本であるリズムや音程がいかに正確であっても、ただ綺麗にまとめただけでは音楽は伝わってこない。己の気持ちを音に込め、楽器を唸らせ、強烈に空気を振動させてこそ初めて聞き手の心に伝わってくる。私たちはパソコンやマシンではなく、ヒューマンだからこそ自由にそれができるのです。 
 私は音楽を指導していく中で、まず一人一人生徒の長所を見つけ出します。なぜか? それによって生徒の指導方法を変えていくからです。持って産まれた長所をとにかく伸ばすことが何よりも大切なのです。これは個性を伸ばすとも言えるでしょう。マニュアル化された指導を行ってしまえばマニュアル化された人間しか育ちません。音楽の指導において均一化というのはまったく邪道なのです。なぜなら人がみんな顔や眼の色、肌の色が違うように、色んな音を出す人がいていいのです。誰にも似ていないオリジナリテイ溢れる音楽を創造する楽しさ! これなのです! 
 私は演奏家でもあり指導もしていますが、実は大好きなサックスを辞めるよう、医者から宣告を受けたことがありました。今から約10年前、ニューヨークでのある出来事がきっかけでした。当時、私は全てアメリカ人スタッフの中、プロデューサー兼演奏者としてレコーデイングをしていました。残すところあとわずかという段階までやってきたとき、私の疲労もピークに達したのでしょう。うかつにも風邪をひいてしまいます。医者から風邪薬を処方してもらい、必ず全部飲みきるようにと説明を受けたのですが、半分まで飲むと、移動中にボトルごと無くしてしまったのです。日本での仕事が入っていたため、体調が優れないまま一時帰国したのを最後に、ドンという具合で肺炎を患ってしまったのでした。しかも2度もです。
 長期にわたる療養生活はそれまでの仕事をすべてストップさせてしまいました。こんな状態で社会復帰できるんだろうか? 私は自信もなく身も心も衰退しきったまま、ただ漠然と生活していたのでした。同時に健康を案じてか、医者からは転職を言い渡されます。
 大好きなサックスを、音楽を辞めなくてはならないのだろうか……。毎日熱にうなされ、もうろうとしながら考えていたものです。しかし、サックスを辞めてしまったら死んだも同然……ならばサックスを吹いて肺炎で死んだほうが本望だ! ようしサックスを吹こう! こうして病みあがりというよりむしろ、まだ静養が必要な身体を気力で奮い立たせ、サックスを吹き始めたのです。熱く燃えて生きよう! あの時そう決心した気持ちは今も変わりません。 
 30〜50代の方々をサックス指導する機会に恵まれた今、不思議と私は感じます。皆さん立場や環境の違いはあれ、私と似たような経験や想いをされているのではないだろうか?と。
 大切な人生……だからこそ、自分の人生を精一杯謳歌しようではありませんか!

  著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第32回

体験農家出張(6)

 延安に着いてから3日目の夜、やっと本格的な窟洞(ヤオトン)農家で一晩過ごすことになった。夜が更けて厄介になる王さんと寝る準備を始めた頃、王さんに村での暮らしについて聞いてみた。
 実は現在はほとんど農地に出ることがないと語り始めた。中国政府が1999年から始めた政策に「農地再生植林計画」というものがある。環境問題を考え、草木の枯れてしまった荒れた土地や、木々の育たない山の土地を政府は農民たちから引き受け、16年の年月をかけて植林をする。引き受けた土地の大きさに応じて毎年いくらかのお金を農民に払う。延安は荒れた土地が多く、特にここ数年、羊やヤギなどが高値で売れることから過度な放牧をし、山々の草木はほとんどなくなってしまった。王さんは村の近くに持っていた土地の使用権を国に渡し、今はそこから得る収入で生活しているという。もちろん野菜や果物、トウモロコシなどの穀物は育てているそうだが、自給自足できる程度なのでそこからの収入は一切ないそうだ。
 しかし、その「農地再生植林計画」による収入は年にわずか2000元(約3万円)。かなり厳しいのではないかと聞いてみると、
「私たち二人と父が暮らしていくには問題ないんだ。それにお金に困ったら出稼ぎしている息子たちが援助してくれる。何とかなる」
 と笑った。しかし、その収入も後半の8年は年間約1000元(1万5000円)と半額に減ってしまう。王さんが土地を政府に預けてから、間もなく8年が過ぎようとしていて、心の中では先行きを心配しているようだった。
 それでも王さんは昔の農村の生活との変化を強調した。
「今は農家の子供は学費がただなんだ。昔は大多数の農家の子供は小学校に行けず、家で農作業の手伝いをしていた。今はほとんどの子どもが学校に通っている。また最低生活保障金も毎年600元ずつ入る。もちろん車も欲しいし、大きな家にも住んでみたい。でもここで生まれ育ったんだ。外での生活など考えられないよ」
 ときっぱり言った。日本円にして年間3万円程度で暮らす王さん一家。格差については村から出ることがほとんどないためか、あまり感じてないようだった。そんな王さんの話を聞いて先日Zさんが私に語っていたことを思い出した。
「中国の格差問題は農民の生活よりも、農村から出稼ぎに行った労働者の問題を解決しなければいけない」

羊のしゃぶしゃぶ屋

 農家の生活は同じ国とは思えないほど非常に素朴だが、この巨大な格差に農民たちが実際に触れることは日常の中ではほとんどない。一方、現在1億人以上の出稼ぎ労働者を抱えていると言われている大都市では、小学校にすら進学できなかった若い出稼ぎ労働たちが一部の人間に搾取されながら、ぼろ雑巾のように働いている。高級マンションが立ち並び、高級車が行きかう都市部で、物価の激しい上昇の中、両親や家族に仕送りするために切り詰めて生活する出稼ぎ労働者たちの心の中に格差問題はどのように映っているのだろう。
 王さんと話をしているうちにすっかり夜が更け、オンドルで寝ることにした。王さんに寄り添うようにして私と記者は横になった。王さんは部屋の真ん中にバケツを置き、ここで用を足すようにと言ったが、まさかみんなが寝ている頭の上でするわけにはいかないと気が引けた。寝静まってから記者がむくっと起きたのがわかった。私も起きなくてはいけなくなったとき、どうしてもバケツにはできなかったので寒さをこらえて家の外に出た。星がこんなにたくさんあったのか――。私は久しぶりに夜空を見上げていた。すると部屋の明かりが灯り、戸口から何かが飛び出してきた。星影が照らしたのは、裸のまま物凄い剣幕で追いかけてきた王さんだった。てっきり私が逃げ出したと思ったらしい。部屋に戻ると記者が笑い転げていた。王さんも笑い、私も笑いながら窟洞の中で眠りについた。延安の出張が無駄ではなかったと改めて感じながら。

終わり

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

インフォメーション ポータルサイト「北海道人」更新情報

連載【となりの北海道人「私のお父さん」 第37回】

北海道出身、または現在北海道にお住まいの4人の方に、ご自分のお父さんについて語っていただくコーナーです。

今回の「私のお父さん」のタイトルはこちら↓
「とにかくエネルギッシュな父」
「僕と母の、父」
「分かってもらうことは諦めていました」
「不仲の理由は似すぎているせい?」

となりの北海道人「私のお父さん」第37回

<鯨森惣七さんの「コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅。」を更新しました!>

「ダンナ 春ですネ」「オヘヘ」その4
 鯨森惣七さんが旅先で、見て感じたことをイラストとエッセイで紹介します。ちょっとずつ歩きまわってたどり着いた場所は小樽の花園町です。懐かしい時代にタイムスリップしたい方は、クジラをクリック!

コレは、まちのゲー術だ。と叫びつつ、ちょっとずつ歩きまわる旅

次号予告

 クロッカスの次に咲く春の花は何でしょう。スイセンでしょうかヒアシンスでしょうか。チューリップはもう少し先になりそうな札幌ですが、バスの車内では幼い女の子がチューリップの歌を歌っていました。大人にも子どもにも等しく春は訪れているようです。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――黒島の日々」の3本です。
 『メルマガ北海道人』第66号は4月17日(木)に配信します。

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