メルマガ北海道人

HOME > 第63回

『メルマガ北海道人』第63号 2008.3.27. ―「北海道人」、春を探して―

 札幌では3月25日に積雪ナシとなり、翌26日には3月の10度越え連続記録を117年ぶりに更新したとか。現在、世界でもっとも高齢な方は114歳、日本人では113歳ですから、 117年前のあたたかな札幌の春を知る人は誰もいません。
 しかし、人間以外だと117歳を越えるご長寿がいます。居住地:北海道札幌市大通公園西6丁目、名前:ケヤキさん、推定樹齢:130年以上。117年前をご存知のケヤキさん、今年の春はどうですか?
 もう少したつと、どこもかしこも春だらけになります。春探しを楽しむなら、今のうち!
『メルマガ北海道人』第63号、あたたかい2008年の春に配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 今回の「楽譜のいらない音楽授業」は「無限のパワー……創造力」について。日常生活であたり前に使っている言葉が、実に不思議なものであると語る田野城教授。7000種もの言語が地球に存在すると言われ、それを人間が作り上げてきた……。言葉やジャズの起源から人間に秘められたパワーを探ります。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 体験農家出張シリーズ第5回目となる今回の「大陸人の時間」。宴会ずくめだった出張も3日目にしてついに取材にこぎつけました。山の岩肌にぽつんぽつん開けられた穴に暮らす窟洞(ヤオトン)農家を訪れた岩崎さん。出稼ぎの子どもたち、危険な暖房、不思議なテレビ……。窟洞農家の暮らしとはいったい?!

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 28

無限のパワー……創造力

 言葉というものは実に不思議なものです。日常生活において、あまりにも当たり前に使っている言葉ですが、私たち人間はこの言葉ひとつで一喜一憂します。
 現在、世界には約7000種の言語が存在しているとも言われています。言語は文化です。長い時間をかけて成長してきたに違いないでしょう。しかし、どうしてこれほどまでに様々な言語が地球上に存在するのでしょうか? ちょっと不思議です。同じホモ・サピエンスのはずなのに……。
 私は渡米した時、この言葉の壁で悩みました。英語がしゃべれない……などというレベルの話ではなく、もっと初歩的なことです。例えば、なぜ犬をドッグと言うんだろう? 病院がどうしてホスピタルなんだ!? みたいに。
 いったいだれがどうやって最初に決めたんだ? 「こんどみんなで遊びに行こう」と話すとき、ドイツ語、スペイン語だと全然違う言葉を使うじゃないか! しかし、何か決定的な理由があったからこそ、今ある言語を使っているはずだろう?
 ちょうどこの答えを探し求めていたときでした。当時、偶然にも同じアパートにハーバード大学院生で言語学のドクターが住んでいました。私たちは毎日エレベーター内で顔を合わせているうちに仲良くなり、私は彼にいろいろ質問してみました。彼は人類が、なぜ、どのようにして声を発するようになってきたのかを研究していました。骨格の発達や声帯から考えると、初期の発声は恐らく「Uuuaaarrr… (うぅぅぁぁぁ…)」だと言って、何度も再現してくれました。また、彼らが研究している“現在の言語に至るまでのもろもろのプロセス”を丁寧に説明してくれた記憶もあるのですが……残念ながら学術的な話は難しすぎて何一つ覚えていません。
 ジャズ音楽で比較してみましょう。ニューオリンズで誕生したジャズの起源は、アフリカに住む黒人たちが打楽器をもちいて独自のリズムをたたき出していた……それが現在のジャズへの進化とつながります。 音楽の歴史を学んできた僕には分かりますが、ほとんどの方は、何を言っているのかイメージがつかないかもしれません。ハーバード大学は面白いことを研究する凄いところだな〜と、ただただ関心したものでした。ならば己だけの言葉をつくっても面白いかも? と私は新しい単語をボンボンつくっては友人と遊んでいました。音楽で言うと即興演奏アドリブみたいなものかもしれません。
 話は少しそれますが、その当時、ちょっとした話題になっていた映画『オルタード・ステイツ』が上映されていました。ユタ州立大学からボストンにやって来た新しいルームメイトにすすめられて見に行きました。簡単に内容を説明すると、特殊な水槽に入り、プカプカと浮かんだ状態で薬物を使用、胎内に近い環境を作り出し、脳内にある過去の記憶よみがえらせ、現在から過去へ、そして現在から未来へとマインドトリップするという実話をモデルにした作品でした。どんなことにでも好奇心旺盛だった私は「大学でこんな事を研究しているのか!」と、とても驚きました。被験者が原始人の記憶にトリップしてしまう……。こうなると言語がどうのこうのなんてレベルじゃなく科学? いやある意味、超常現象かも! 超常現象を大学で研究? ……面白いではないか。と、どんどん興味が広がっていったものです。
 それにしてもアメリカの大学は、言語学にしてもマインドトリップにしても、はたまたジャズ音楽にしても実に幅広くバラエティーに富んだ分野を学問とし、研究しています。対象がメジャー、マイナーに関わらずです。この姿勢は謙虚に見習う必要があるのではないでしょうか。
 私たちは人類史上、言語をはじめとする幾多の文化を創造してきたのです。音楽や芸術を創造するエネルギーは枯れることなく無限であると感じずにはいれません。なぜなら私たちも間違いなく先人達のDNAを持っているのですから。そう思うと勇気が湧いてきませんか。
 無限のパワー……創造力、その素晴らしきものが私たちにあることを決して忘れないように生きたいです。

  著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第31回

体験農家出張(5)

 延安に着いて3日目の朝を迎えた。記者を迎えに昨日と同じ場所、Zさんが昔働いていた製鉄工場の近くのレストランに行った。車を出してくれたY局長の部下と話しをしていると、
「あそこの窟洞(ヤオトン)農家は全然農家と言えない」
 と頭から否定された。それならばどこか紹介してくれないかと頼んだところ、
「お安い御用だ。道を少し入れば、農家なんていくらでもある」
 とあっさり引き受けてくれた。今までの心配と苦労は一体なんだったのだろう……。
 Zさんは今朝もまた昔の友人と合流し、友人らと我々の車を追いかけてきている。久しぶりの再会と友人らの熱い歓迎が、Zさんに本来の仕事を忘れさせてしまったようだ。我々が到着すると、記者は目を潤ませて喜んでいるように見えた。昨晩はほとんど言葉の通じない家族らとテレビを見ながら白酒(中国ウォッカ)を飲んで過ごしたそうだ。一晩の間に5歳ぐらいの孫娘になつかれていた。
 我々は次なる農家を探しにY局長の部下の言葉を信じて出発した。30分もしないうちに、真っ白い雪で岩肌が覆われている山の中腹にぽつんぽつんと穴を空けたような窟洞農家が見えてきた。曲がりくねった細い道を登り始めた頃、
「これ以上は路面が凍っていて危険だから、この辺りの農家を見てみましょう」
 とY局長の部下が言ったので、車道から山の中腹にある窟洞農家まで歩いて上った。
 一体誰がやってきたのだろうという顔をして村人たちは遠巻きに我々を観察していたが、訪れる農家はどこも大変丁寧に突然の訪問を歓迎してくれた。どの農家にも広い庭があり、そこにはよくしつけられた犬がいた。たいていの農家には切り立った崖に窟洞が4つぐらいずつあった。
 最初に入った農家の王さんに
「ここに一泊させてくれませんか」
 と早速頼んでみた。王さんは二つ返事で
「大丈夫だ」
 と拍子抜けするほどあっけなく交渉が成立した。ZさんやY局長の部下は
「じゃ、明日迎えに来るから」
 とだけ言い残して、引き上げていった。

夜の前門

 そこは数十軒の窟洞農家から成る村だった。記者と私がお世話になることになった農家は王さん(60)とそのお父さん(83)、奥さんの党さんの3人で暮らしていた。少し離れた所に党さんの弟さんが娘と暮らしていた。
 窟洞は4つあった。一つが食料を貯蓄しておく倉庫として使われていて、収穫したトウモロコシや米などが貯蔵されていた。その隣の窟洞には王さんのお父さんが住んでいた。83歳の高齢で、部屋から出ることはほとんどなく、一日中テレビを見て過ごしていた。その隣が王さんの寝室兼居間で、近くにある石油の採掘所から出る天然ガスをゴムパイプで引いてきて居間の暖炉に突っ込んでいた。この危険極まりない暖房について王さんは
「部屋は一日中暖かいし、石炭より便利だ。何せ、ただだからね」
 と嬉しそうに語った。その隣の窟洞には大きな厨房があり、何十人分もの食事が作れそうな大きな釜があった。王さんには2人子供がいるのだが、みんな出稼ぎに行ってしまったという。村のほとんどの若者は出稼ぎに行き、年寄りが自給自足と少しの仕送りで暮らしているのが現状だと語った。春節(旧正月)休みにはみんな子供を連れて戻ってくるので、大きな厨房も年に一度は大活躍するそうだ。
 夕方、奥さんが食事の支度を始めた。農閑期は普通、一日二食だそうだ。夕食は、大根と羊の肉の煮物、トマトの卵炒め、小豆が入ったトウモロコシのお粥。昨日までの宴会の後だったので、素朴な味がとりわけおいしかった。ご飯を食べながらテレビを見ていたが、みんな真剣そのものだった。テレビの普及は村と外の世界を繋ぐ大きな役割を果たしていた。こんな山奥の農家に住んでいても、王さんは北京五輪の会場や、注目選手の名前をすらすらと口にした。
 不思議なことに、チャンネルが時々勝手に変わった。この中の誰がいじっているわけでもないのだが、誰かの意思によって変えられているのは確かだ。テレビ視聴の邪魔をしてはいけないと、王さんに問えずにいると、突然、ばちんとテレビが消えた。王さんがテレビから視線を外して言った。
「隣の窟洞の爺さんが寝たようだ」
 なんと、テレビはお父さんの部屋のテレビ画像がそのままこちらに映る仕組みになっていたのだ。画面は時代劇やドラマがくるくると変わっていたが、爺さんが選んでいたのか……、意外な趣味の広さに驚いた。

続く

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

インフォメーション ポータルサイト「北海道人」更新情報

連載【となりの北海道人「私のお父さん」第36回】

北海道出身、または現在北海道にお住まいの4人の方に、ご自分のお父さんについて語っていただくコーナーです。

今回の「私のお父さん」のタイトルはこちら↓
「温和な人柄の中に残る戦争体験」
「愛される父」
「仕事場で別な顔を知る」
「スポーツマンは、孫に夢中」

となりの北海道人「私のお父さん」第36回

次号予告

 次号の配信は4月、新年度の始まりです。心あらたに何か始めたくなります。何かって、何か……。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――黒島の日々」の3本です。
 『メルマガ北海道人』第64号は4月6日(木)に配信します。

※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
mailmag@prc.hokkaido-jin.jp

ポータルサイト『北海道人』
http://www.hokkaido-jin.jp/

※登録(または解除)は、こちら
http://www.hokkaido-jin.jp/mailmagazine/index.html

このページの先頭へ

バックナンバー

最新のメルマガ
第160回までのメルマガ
第140回までのメルマガ
第120回までのメルマガ
第100回までのメルマガ
第80回までのメルマガ
第60回までのメルマガ
第40回までのメルマガ
第20回までのメルマガ