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『メルマガ北海道人』第57号 2008.2.14. ―「北海道人」、ろうそくの灯があたためるもの―

 雪道をほのかに照らすろうそくの灯。昼間目に飛び込んできたいろいろな情報が闇に溶け込んで見えなくなります。ろうそくの灯を囲む人々の顔が輝いています。誰も彼もがやさしい表情に見えます。風が吹くとゆらゆらゆれる心細げな灯ですが、心の芯まで届いて、甘酒みたいにあったかい。いや、熱燗みたいにあったかい、ラーメンみたいにあったかい。
 『メルマガ北海道人』第57号、冬猫みたいにあったかく配信!

もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 「四十の手習い」ならぬ、「五十のチャレンジ」に萌えている、いえ、燃えている田野城さんは、学生時代のように毎日ワクワクしているらしいのです。さて、そのワクワクのもとは何でしょう。脳細胞の死滅や内臓脂肪と戦いながらもワクワク。戦いの先には何が待っているのでしょうか!

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 まずしい農家を取材するために、打ち合わせもままならぬ状態で列車に乗り込んでしまった岩崎さん。目的地までの車内で59歳になる案内人のZさんから、これまでの彼の人生について話を聞くことになります。天国から地獄へ、文化大革命に翻弄された一男性の物語に思わず息をのみます。

【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 25

チャレンジ

 「四十の手習い」という言葉をよく耳にしますが、私はただいま50歳からの再チャレンジに燃えています。人間歳をとると体力も気力も衰えると言われていますが、そんなことはない……と自分を叱咤激励し、毎日数万単位で脳の細胞が死んでいっているにもかかわらず、あえてその古ぼけた脳を活性化させて新たな発想を産み出そうと、日々の創作活動をおしみません。というわけで、最近の私はすっかり好奇心おう盛な大学生気分です。
 最近思うのですが、年齢を問わず多くの経験を積み重ねることは素晴らしいのですが、得てしてその経験が邪魔をしてしまう場合も多いのではないだろうか……と。たとえばプロ野球選手の場合、ピッチャーがベテランになればなるほどマウンドに立ち強打者をバッターボックスに迎え入れた瞬間、必ず脳裏に「ホームランを打たれるかもしれない……」と思うそうです。これなどはかつて投げたボールを見事ホームランにされた記憶(経験)が邪魔をしている大変わかりやすい例ではないでしょうか。
 「なぜか、す〜と真ん中にボールを投げてしまった」とホームランを打たれてしまったピッチャーのコメントをよく耳にします。逆に若いピッチャーは経験が少ない分だけ強打者に対してどんどん得意なボールを投げ込むことが出来るわけです。
 この心理的なものを克服するために経験豊富なピッチャーは打開策として、過去のデータを分析し「ここなら絶対に打たれない場所」を調べ上げ、それで勝負すると聞いたことがあります。つまり、新鮮なデータを取り入れてプラス思考に変え、さらに勝負をしかけているのです。それを考えると、日々の生活というのは野球をはじめとするスポーツと比較した場合、点数が表示されず勝敗がはっきりしないだけに自分のベストを出し尽くしていないのではないか……と思ったりするのです。あやふやなまま生きていくうちに、仕事も遊びもアバウトになってしまっている可能性はないでしょうか。
 音楽の話になりますが、私がサックスを勉強していた学生時代、とても大きくて綺麗な音を出すと大学の講師達から褒めてもらったものです。
 「音色は君の命である」と。
 綺麗な音、パワフルな音。思えばここしばらく忘れてしまっているではないか? 今の自分が吹くサックスの音色に個性があるだろうか? パワフルに鳴っているだろうか? 美しさや喜び、悲しさを秘めた綺麗な音を奏でているだろうか? すべてに疑問を持った私は、己の音楽改造計画に取りかかりました。サックスひとつを取っても満足できない自分がいる。私はすべてが中途半端に思えはじめました。感性なんてもってのほか!! (感性と言えば聞こえは良いですが、かなりいい加減なものだと思います)ならば満足できるようにするしかない! そう思ったのです。 もうひとつ忘れてならないのは、この新たな試みには肉体も切り離すことが出来ないということでした。音楽を奏でるためにはまず健康な体が必要です。一日中サックスを吹いても疲れない体にしなくては!
 かつて肺炎を患ったときに大好きな運動ができず、じわじわとこびりついた内蔵脂肪。メタボに加えて学生時代のサッカー、野球、バレーボールで痛めた間接や背骨、ギックリ腰まで持っている柔軟性が乏しい私の身体。毎日細胞を失っていく脳に負けず劣らず長年の間によけいなもがこびりついた身体を修復する必要があります。しかし残念ながら、これらは面白いほどに言うことを聞いてくれません。
「でもやるしかない!」
 私が師事したサックスの先生デイブ・リーブマンのコメントに「一年やりなさい」がありました。これは音色ひとつをとっても、フレーズひとつをとっても、毎日かかさず練習して、完成するまでには最低一年は必要である、という意味なのでした。当時の私はとてもじゃないけど待ってられない……が本音でしたが。 50歳を目前に控えた私ですが、不思議と意欲だけは学生の頃のようです。夢と希望にあふれていたあの時代に自分を置く。いいですね〜自分。やりたい事、やるべき事がはっきりわかっているということが、これほどやる気を高めてくれるとは。ワクワクする毎日です。おそらくこの新たなチャレンジをおこす気持ちそのものに新鮮さがあるのでしょう。
 私は今、この気迫を持って毎日を過ごすことほど楽しいものはないと感じています。

  著者近影

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com
携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第28回

体験農家出張(1)

 我々を乗せた列車が走り出すと、案内人のZさんは延安に着いてからの予定を話し始めた。
 「40年前、私は延安から北西に約90キロ離れた志丹県に住んでいたことがあります。その村に行けばいくらでも協力してくれる人がいるので、明日延安駅に着いたら、まずはそこまでいきましょう」
 Zさんはなぜその村にそんなにたくさんの知り合いがいるのだろうか。二段ベッドの下段に長身をはめ込むように腰掛けて、時折息を継ぐように暗闇に包まれた車窓の風景を眺めながらZさんは語った。
 「実は私の父は国務院で副総理の秘書をしていたので、小さい頃、中南海に住んでいたことがあるんです。よくプールで毛沢東主席を見かけました」
 中南海とは人民大会堂のすぐ斜め向かいにある中国政治の中枢で、代々共産党幹部や政府の役人の居住区としても使われてきた。一般人は決して出入りできない、警備の最も厳重な場所である。
 「父は天から地に落ちました。解放前に国民党に捕らわれた父は、無理やり共産党を否定する文書を書かされたのです。文革が始まり、その文書が再発見され、私たちは中南海を追い出され、路頭に迷いました。私たち一家はこの文書が無理やり書かされたものだったと政府に認めてもらった80年代まで、農民以下の暮らしをしていました」
 まさに天国から地獄に落ちてしまった一家の暮らしを思うとゾッとするが、さらにとどめを刺すように文革の波がこの一家を襲うのだった。

竃(かまど)

 今年59歳のZさんは、19歳で中国を大混乱に陥らせた文化大革命に巻き込まれた。当時、政府の政策により約1600万人が農村に送られた。14歳から20代前半の学生たちに開拓させることを「挿隊」といい、知識人や資本家、反政府思想、反共産党思想の人々の思想を改造すること、彼らに農地開拓させることを「上山下郷運動」といったと説明もしてくれた。ちなみに今年でこの政策が実施されてちょうど40年が経つ。
 文革が始まると、Zさんは兄弟二人と志丹県に開拓に行くことになった。そこには電気も水もガスも通っておらず、想像を絶する厳しい自然環境と労働が待っていた。まずは切り立った山に穴を掘り、窟同(ヤオトン)をつくって住居とした。そこから毎日荒れた農地を耕しに出かけ、日の出から日暮れまで農作業をしたという。
 「当時は肉なんか月に一度食べられるかどうかでした。19歳という人生で一番大切な時期を農村で過ごしたことは、私の人生にとても大きな影響を与えました」
 翌朝、ベッドから飛び起きて窓の外を眺めると、一面銀色の世界だった。延安に近づくにつれ雪はひどくなり、ちゃんと取材が出来るのか危ぶまれるほどになった。Zさんが携帯電話を駆使し、現地の友人に何度も連絡を取ったところ、延安から志丹県までの道路は雪のため封鎖されているらしいとのことだった。
 「雪ではしようがない。無理に行くのも危険だし、駅で待っている私の友人に宿を頼んでおいたので、とりあえず宿に行きましょう」
 こうなったらZさんについて行くしかない。プラットホームに降りた途端、冷たい空気が頬を刺した。改札を出るとZさんが携帯電話を鳴らして友人を探した。すると遠くから「公安」という文字の入ったコートをはおった人が手を振りながらこちらに歩いてきた。

続く

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

インフォメーション ポータルサイト「北海道人」更新情報

田野城寿男 <The 2nd Secret Duo Live>

『メルマガ北海道人』の執筆者としてお馴染みの、サックス奏者・田野城寿男さんのライブが行われます。今回はヨーロピアンテイスト漂うエレガントサウンドを皆さんにお聴かせするとのことです。

出 演 田野城寿男(サックス)・友成好宏(ピアノ)
日 時 2月29日(金)
    19:00(開場)、19:30(開演)
料 金 \4000(全席自由)
開 場 ミューズクラブ札幌 スタジオフィールズ
    札幌市中央区南10条西1丁目
問合せ ミューズクラブ札幌 TEL.011-512-5432
主 催 FMノースウェーブ
協 賛 ミューズクラブ札幌

 ※小学生以下のご入場はご遠慮願います

http://www.tanoshiro.com

次号予告

 次号の配信は2月下旬です。わかさぎ釣りに行かねば、スキーもしなければ、かまくらも作らねば、春になってしまう〜。
 次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、「危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡」です。
 『メルマガ北海道人』第58号は2月21日(木)に配信します。

※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
mailmag@prc.hokkaido-jin.jp

ポータルサイト『北海道人』
http://www.hokkaido-jin.jp/

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