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『メルマガ北海道人』第153号 2010.1.14.―「北海道人」、冬のニュースあれこれ―

 紋別市の北160キロの海上で流氷が観測されたというニュースが届きました。寒さが本格的になってきたんだな、と思いマフラーをギュッともうひと巻き。ワカサギ釣りが解禁になったという知らせにこころ踊らせながらも、ツルツル道路をひと足ひと足これまでより慎重に歩くようになりました。道内各地から届く冬の便りで、この冬の進捗具合を占う今日このごろです。皆さんの個人的な冬のニュースは何でしょう。町内で1メートルのつららが観測された、寒さのせいで1月の平均起床時刻が先月より7分ほど遅れている、大寒を前に夫の股引着用を解禁した! などなど、皆さんに当てはまるものはありましたか?
 『メルマガ北海道人』第153号、北海道の冬のニュースがどんどん積もって山のようになったころには冬のまつりがはじまるんですね、配信!

もくじ

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 40年ぶりの寒波に見舞われたという北京。宮崎県生まれの岩崎さんには絶えがたい寒さのようです。「大陸人の時間」第76回は、零下の北京で取材した中国の著名な活動家・劉暁波(リュウ・シャオボー)氏の判決公判と、帰省で降り立った成田空港で話を聞いた上海の人権活動家・馮正虎(フォン・チョンフー)氏のことについて。

連載【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】

 今回橋場さんが紹介してくれるアーティストは、昨年11月にメジャーデビューした札幌在住の4人組ロックバンドsleepy.ad(スリーピー)です。浮遊感のある独特のサウンドを創り出すsleepy.ad……彼らの北海道への思いとは? 札幌でのライブは1月30日です!

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 大学3年のとき、所属するゼミの担当教授・湯川和夫先生に声を掛けられ、はじめて大学の総長室なる場所に足を踏み入れたという編集長・和多田進は、そこで見た当時の総長であり哲学者・谷川徹三先生が強く印象に残っていると言います。第42回は「哲学者の風貌」です。

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第76回

中国の活動家たち

 北京は40年ぶりの寒波に見舞われ、今日1月11日は最低気温が零下14度、最高気温も零下6度しかない。宮崎で生まれた私には耐えがたい寒さだ。毎年のことなのだが特に冬になると、なぜ国土の広い中国で、わざわざ環境の厳しい北京を首都にしたのだろうと首をかしげてしまう。先日まで正月休みで神奈川県の実家に帰郷していたのだが、テレビの天気予報では最低気温6度で「今日は寒い一日になります、お気を付けください」とアナウンサーが街頭で中継していた。そんな日本から北京に戻ってくると、冬の厳しさがよけい骨身にしみる。
 昨年末、中国の署名な民主活動家、劉暁波(リュウ・シャオボー)氏の判決公判が北京市内の裁判所で行われた。この日も零下の中、強風が吹き寒い一日であった。劉暁波氏は民主化運動に参加し、1989年に天安門事件を経験、その後も中国共産党の天安門事件に対する対応を批判してきた。最近では共産党独裁体制の廃止などを呼び掛けた文書「〇八憲章」を起草したとして当局に逮捕された。
 判決公判当日、裁判所近くに開放されたメディア用の取材場所に向かう。欧米、香港、台湾などのメディアも駆けつけ、関心の高さがうかがわれる。裁判は午前9時ごろから行われるとみられ、私は8時ごろ現場に到着する。すでに警察車両が何台か裁判所の周りを取り囲み、海外メディアに対応するため、公安や中国国旗のバッジを胸に付けた私服警官らが現場の警備にあたっていた。零下の上に風が吹いているため、みんな雪だるまのように洋服を着こんでいる。私は下にはパッチとジーンズとスキーウエアーを、上には6枚の洋服を着こみ、万全の態勢で取材に臨んだが、それでも寒い。

北京牛街

 劉暁波氏の弁護士が裁判所に入る所を撮影する。写真データを送信しようとパソコンを開くが手がかじかんでうまく操作できない。それから11時ごろまで弁護士を待ったが現れない。アメリカの外交官が「刑は懲役11年、政治的権利はく奪2年の実刑判決」が言い渡されたようだと話す。その後、裁判所の職員が出てきて、弁護士はすでにほかの出口から帰ったと告げる。現場から次々とメディアが撤収して行き、冷たい風が裁判所前の道路を吹き抜ける。
 数日後、私は帰国のために成田空港へ降り立った。ここで是非会って話を聞いてみたい人がいた。上海の人権活動家、馮正虎(フォン・チョンフー)氏だ。彼は民主化活動や人権保護活動を日中で行ってきている。昨年6月から7度中国へ帰国を試みているが、当局に入国を拒否されつづけ、11月4日に送り返されてからは、抗議のため日本には入国せず、空港の入国審査所の脇で生活している。私が訪れた時にはすでに52日と滞在日数が手書きで紙に書かれていた。
 掲載された新聞のコピーや、彼の今までの経緯が書かれた資料の置かれた長椅子の横に馮氏は座っていた。次々と馮氏の携帯には電話がかかってくる。支援者から差し入れられたカップラーメンなどの食料も椅子の横に積まれている。馮氏に、先日私が取材した劉暁波氏の判決の結果について聞いてみる。
 「私たちのような活動家にとって、牢屋に入ることは、常に人生の一部分なんです。怖くはない。彼の訴えは裁判が行われたことで、世界から注目を浴びることができた。私は中国にすら帰国することがかなわない。ここで帰国できるまで頑張るつもりです」
 足早に入国手続きに向かう乗客たちの横で馮氏はそう語った。

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】 第30回

一日の終わりの安息を誘う“北方の落下傘部隊”

 「メルマガ北海道人」をご覧の皆さん、こんにちは。遅ればせながらあけましておめでとうございます。2010年も【SAPPORO MUSIC LETTER】では素敵なミュージシャンの魅力をお伝えしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 プロのミュージシャンを夢見て故郷を離れ、札幌で生活をしている若者はたくさんいます。その札幌で「一緒に音楽をやっていきたい」という仲間に出会い、バンドを結成し、日本の音楽シーンに飛び出していったミュージシャンたちも少なくありません。
 今日ご紹介する札幌在住の4人組ロックバンドsleepy.ab(「スリーピー」と読みます)は、結成から11年が経過した昨年11月にアルバム「paratroop」でメジャーデビューを果たしました。メンバーは根室出身のヴォーカル&ギター成山剛さん、函館出身のギター山内憲介さん、岩見沢出身のベース田中秀幸さん、恵庭出身のドラム津波秀樹さん。札幌の音楽の専門学校で出会った4人が、卒業後に結成したバンドがsleepy.abです。
 実は在学中はほとんど話をすることがなかった4人でしたが、「聴いている音楽がバラバラの4人が集まるのが面白いかなと思って」(成山さん)練習をはじめました。最初の2〜3年はオリジナル曲が1曲しかなかったので、その曲ばかりを練習していたそうですが、2006年にリリースしたアルバム「palette」に収録されている「メロディ」という曲が完成した時にsleepy.abとしての色を見い出せたといいます。

sleepy.abのヴォーカル成山剛さん

 「これまでになくメッセージ性を出せたんです。その時にちょっと心を開いてみようと思って。そうしたら(ライブで)お客さんも心を開いてくれて……。はじめて外を向いてみたら、こんなこと言えたんだ、という感覚がありましたね」(成山さん)
 それからは札幌だけでなく全国的に知名度を高め、ファンを増やしていき、昨年11月についにメジャーデビュー。「paratroop」……「落下傘部隊」という名のアルバムをリリースしました。
 sleepy.abの創り出す音楽の最大の特徴はその独特な浮遊感……聴いているだけで体が浮いてくるような感覚、そして、バンド名の通りいい意味で眠りを誘う、一日の終わりに聴きたくなる感覚……その両方が体感できるアルバム、それが「paratroop」です。
 また、メジャーデビュー後も札幌で生活している理由は「道外をツアーした時に『北海道っぽいね』って言われたのが嬉しかったんですよね。北海道で音楽を作って、その曲から空気感が出ているとすればそれは凄いことなのかなと思って」(成山さん)とのこと。
 前回ご紹介したDAISHI DANCEさんもそうでしたが、最近の北海道のミュージシャンは本当に「故郷愛」を大事にしてくれています。自分の生まれ育った土地で、自分の信念や想いを形にし、そこに住んでいる人に返していく……音楽版・地産地消ともいえる状況が出来上がりつつあります。
 私が【SAPPORO MUSIC NAKED】を立ち上げたのも、北海道の方々にもっともっと音楽の素晴らしさを伝えたい! というのがスタートでした。今回のsleepy.abのインタビューを通して、私も改めて初志貫徹の思いを強くしました。音楽は「素晴らしい出会い」という贈り物をくれることもあります。

【sleepy.ab ライブ情報】
・paratroop tour
 2010.1.30(土) 札幌・道新ホール 開場18:00 開演18:30

(HP)http://www.musicaallegra.com/sleepy/

著者近影

橋場了吾…1975年札幌市生まれ。1998年同志社大学卒業後、札幌テレビ放送入社。ラジオディレクターとして「日高晤郎ショー」「ライブスピカ」等を担当。2005年同社を退社。以後広告制作プロダクションなどを経て、2008年株式会社アールアンドアールを設立し、札幌発の音楽情報WEBマガジン「SAPPORO MUSIC NAKED」を立ち上げる。「音楽で北海道を元気にする」を信条に、札幌にやって来たミュージシャンの取材を続けている。

「SAPPORO MUSIC NAKED」:http://www.sapporo-mn.com/

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第42回

哲学者の風貌

 大学3年のときであった。私は社会思想史と称するゼミナールに所属していて、担当教授は湯川和夫先生だった。だから私は、通称「湯川ゼミ」の一員だったわけである。その湯川先生に声を掛けられて、大学の総長室なる場所に生まれてはじめて入室したことがあった。そのとき以外、総長室などというややこしい場所へは後にも先にも足を踏み入れたことはいちどもない。おそらく、あれが生涯にいちどの体験になるのだろうと思う。
 当時、谷川徹三先生が総長であった。詩人・谷川俊太郎の父君である。哲学者の風貌というものを絵に描くとこうなる、というような姿、形の先生であった。その総長室で谷川先生にご挨拶をし、それから2、30名の人間が大きなテーブルを囲んで座れる会議室に通された。外国からの客を囲んで、なにか歓迎の催しが行われたのである。各学部の学部長や教授連30名ばかりが列席した。どういうわけか学生は私ひとりであった。私がその場に連れ込まれた理由はいまも不明のままであるが、員数合わせということだったのだろう。
 ともかく、谷川徹三という哲学者に、私はそのときはじめて出会い、それきり間近に見るような機会はなかった。しかし、それがはじめて間近に見る哲学者だったので、いまも強い印象が残っているのである。おそらく、ソクラテスもあんなような風貌だったのではあるまいかと、いまも稚拙に思い込んでいる次第だ。バートランド・ラッセルはもちろん、湯川先生も哲学者の風貌であったし、古在由重先生もまた哲学者の風貌を備えていた。実にカッコよかったことを思い出す。

お茶の水橋('09.7月)

 ……ジェームス・ジョイスやマルセル・プルーストのような特殊な名前が日本の文学の世界では随分以前に、すでにきわめて一般的な名前になっております。こういうところに今日の日本の文化のある性格がよくあらわれております。
 しかしそうして新しいものを次から次へ追っかけながら、それがどれだけ本質的な影響として残るかというとそれは疑わしいので、日本の文学にはいまだに昔ながらの伝統が根強くはびこっています。次から次へと新奇を追っていくからそういうふうに昔ながらの伝統が今だに根強く残っているのか、そういう昔ながらの伝統が今だに根強く残っているから、いかなる影響も決定的とならないで結局いつまでも新奇を追うことになるのか、どちらが原因でどちらが結果であるかを私ははっきりきめられません。……(『日本人のこころ』所収、初出昭和12年9月日本評論)

 こう四十代前半の谷川徹三先生は外国人に向かって講演したのだった。昭和12年という年に注目してほしい。谷川先生は、別のところで「私は明治天皇を崇拝している」と述べるような哲学者ではあったのだけれど、その思想の柔軟によって、必ずしも軍国主義に傾斜せずにある「場所」を確保しつづけることに成功したのだった。ズルイと言えば言えないこともなかろうが、思想がもっている柔らかさが左右両方からの信頼につながっていたのではあるまいかと私は思う。先に引いた文には、谷川先生の時代に対するヒニクと、それを表現するときの弁証法と柔らかさがよく表われていると思うのだがどうだろう。
 谷川先生の文をなつかしく読みながら、私はいま自分の老いをも楽しんでいるのである。人間には考えつづける楽しみがあるということを。念のために言い添えれば、思いつづけることと、考えつづけることには幾分か以上の相違があるのである。

次号予告

 次号の配信は1月21日(木)です。一日前の20日が大寒ですので、寒さが一番厳しいころです。ちなみに一昨年の大寒は1月21日で、気象庁のデータによるとその日の札幌の平均気温は−6.4度、昨年は20日で−0.7度でした。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。
 お楽しみに!

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