メルマガ北海道人

HOME > 第145回

『メルマガ北海道人』第145号 2009.11.12.―「北海道人」、チャクチャク―

 チャクチャク、チャクチャク。そんな音が聞こえるわけではありませんが、あちこちで冬の準備が順序良くはかどっているのがわかります。山は色とりどりの錦絵からこげ茶の一色刷りに変わりつつあります。歩きづらいな、と感じて下を見ると、落ち葉が絨毯のように敷き詰められていました。錦絵が山を下りて、いまは足元の絨毯に場所を移したようです。さて人間はというと、厚手のコートにマフラー、ブーツと、すっかり冬の仕様で街を歩く人も多いようです。まとっている色に着目すると、カラフルだった夏に比べて黒が多いような……。チャクチャク、チャクチャク。目に映るものすべてがチャクチャクしているように皆さんも感じませんか?
 『メルマガ北海道人』第145号、メルマガも冬に向けてチャクチャク配信!

もくじ

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 北京に初雪が降ったのは11月1日。こんなに早い時期に降るのは22年ぶりだそうです。初雪の当日、岩崎さんは大連で開かれるフォーラムの取材に出張しなければならず、空港に向かいました。さて、今回は何事もなく取材ができたのでしょうか? 第72回は「初雪で出張大パニック」。何事かあったようです……。

連載【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】

 「ポップオペラ」というジャンルをご存知でしょうか? 今回橋場さんが紹介してくれるアーティストは、そのポップオペラの創設者、札幌出身のシンガー藤澤ノリマサさんです。ポップオペラはどのように生まれたのでしょう? 藤澤ノリマサさんのヒストリーとは? 札幌でのライブは1カ月後の12月12日・13日です!

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 仲間郁代さんが弾くシューマンの『ピアノ・ソナタ第3番へ短調』を聞きながら書いているという「濡れにぞ濡れし」第39回のタイトルは「たぶん、おそらく、そうだろうと思う」です。当てにならない記憶のこと、シューマンと妻・クラーラのこと、松本清張のことなどが、たぶん、おそらく、書かれていると思います……。

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第72回

初雪で出張大パニック

 まだ11月1日だというのに北京に初雪が降った。22年ぶりの早さだという。こんなに寒さが早く訪れたのは私が北京に住んでからはじめてのことだ。自宅は都市暖房と連結していて11月中旬にならないと部屋が暖かくならない。家に帰ると猫が凍え死んでるのではないかと心配だった。
 初雪の当日、不運なことに私は大連で開かれるフォーラムの取材に出張しなければならなかった。雪はじゃんじゃん降っていたが渋滞もなく空港へ到着した。一緒に取材に向かうH記者と合流して、スターバックスでコーヒーを飲む。
 「今日は大変な天候ですね」などと世間話をしながら電光掲示板で自分たちの飛行機が遅れていないことを確認して搭乗口へ向かった。
 私たちの搭乗口は風の吹き込む1階にあった。搭乗口に到着すると、凍えながら体を寄せ合って地べたに座る西洋人の旅行客を見た。
 「なんだか不吉な予感がしますね」
 そんなことをH記者と話しながら電光掲示板をふたたび眺める。搭乗する飛行機は午前11時50分発で変更の表示は出ていない。しかし、同じ搭乗口から出発するはずの8時台の搭乗はまだはじまっていない。
 「これは意外と遅れるかもしれませんね」
 H記者と話しながら1階の待合室で震えながら案内を待つ。
 午後1時、何の案内もないため、搭乗口カウンターに人が集まってきた。カウンターに立つ航空会社の係員は「私たちは何も分からない」の一点張りだ。私とH記者はあまりの寒さに2階の待合室へ移ることにした。
 午後3時、やっと大連行きの搭乗アナウンスが流れる。
 「これで無事大連に行けますね」とH記者とおもわず安堵の声を上げる。しかし、搭乗してから1時間が過ぎても飛行機はぴくりとも動かない。ここで慌ててもしょうがないと、私は機内で眠りについた。夢の中で飛行機が離陸したような気がして起きてみるとまだ北京だ。あれから1時間も経っていた。
 午後5時、機内にアナウンスが流れた。
 「私たちの飛行機は離陸までの順番待ちをしていて、いま44番目です」

上海

 あと44機が飛び立つのにどれくらい時間がかかるのだろうか。外を見ると機体の尾翼にはどっさり雪が載っている。今のままではとても飛び立てそうもない。
 午後8時、さすがにたまりかねた数名の旅行客が飛行機を降りたいと乗務員に抗議しはじめた。私の前に座る年配のインドネシア華僑のツアー客たちが立ち上がって何やら大声で歌いはじめた。旅の思い出には良いかもしれないが、うるさくて眠れない。
 午後9時、お腹のすいた旅行客たちが夕食を要求するが、大連までは北京から1時間の飛行時間しかないので食料はほとんど積んでいない。出されたのは饅頭が一つだけ。搭乗してから6時間、まるでハイジャックにでも遭っているような奇妙な気分だ。ふたたび窓の外を見る。すっかり雪はやんだようだが風はビュービュー吹いているらしい。
 午後11時、インドネシアのツアー客が怒り出した。
 「70歳過ぎた老人もいるのに、夕食も出さないで、私たちを殺す気か!」
 ごもっともである。その怒りが乗務員に通じたのか、カップラーメンが配られはじめた。私は昼から何も食べていなかったのでカップラーメンの汁まで飲みほす。機内で知り合った同じフォーラムに参加するパネラーの大学教授と秘書に「この飛行機は明日の午後まで離陸しないから降りましょう」と誘われる。彼らはVIPのため飛行機の下まで車が迎えに来ていた。
 午前0時、空港のVIP室へ通され、教授らとどうやって大連まで行くか作戦を練る。主催者の男性が、車を手配するのでそれで大連へ行かないかと教授に打診する。大連までは車で9時間。これから行けば午前9時にはじまるフォーラムには間に合う。教授はものすごく嫌そうだ。
 午前2時、教授らはフォーラム参加をあきらめ、我々も明日の便で再チャレンジすることにした。教授と秘書とH記者と私は車を相乗りして帰宅の途に就く。なんだか壮大な旅行に出ていた気がするが、なんのことはない自宅と空港を往復しただけだった。
 午前3時、自宅に到着し、インターネットでフライトを調べる。なんと7時発の大連行きが2枚ある。
 午前5時30分、H記者と空港で合流。何か温かいものが飲みたいがどこも開いていない。
 午前7時、ななんと飛行機は定刻通り大連へ向けて飛び立った。雪の日の出張はこりごりである。

終わり

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】 第26回

ヴォイスクロスオーヴァーが生み出した「ポップオペラ」という新境地

 「メルマガ北海道人」をご覧の皆さん、こんにちは。おかげさまで連載1年を迎えました。ありがとうございます! 今回も【SAPPORO MUSIC LETTER】では素敵なミュージシャンの魅力をお伝えしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 皆さんは今日本の音楽界で注目を浴びている新ジャンル「ポップオペラ」をご存知でしょうか? その名の通り「ポップス+オペラ=ポップオペラ」なのですが、その創設者が実は札幌出身のシンガーなのです。
 そのシンガーの名は藤澤ノリマサ。声楽家の父、うたの先生の母の間に生まれ、小さい頃から音楽が身近な存在だった彼は、親戚が集まるとみんなの前で歌い、町内のカラオケ大会でも常に上位入賞を果たしていました。
 藤澤さんに転機が訪れたのは高校時代。短期留学先のカナダで、音楽の授業を受けていたときのことです。音楽の先生がピアノでカナダ出身のスーパーディーヴァであるセリーヌ・ディオンの曲を弾き語りしはじめました。その時まで洋楽をほとんど聴いてこなかった藤澤さんにとってそれは十分すぎる衝撃でした。英語独特の語感とメロディライン……完全にセリーヌ・ディオンの魅力の虜となった藤澤さんはある曲を発見します。その曲はソプラノ歌手であるアンドレア・ボチェッリとセリーヌ・ディオンのデュエットナンバー『Prayer』でした。ポップスの発声法で歌い上げるセリーヌとオペラの発声法で歌い上げるアンドレアを聴いたときにふとあるアイディアが浮かびました。

 「この二つの歌い方を一人の人間が1曲の中でやったとしたら……」
 帰国後、クラシックの発声を訓練するために父親の母校でもある武蔵野音楽大学への進学を決意。無事合格した後もがっちりクラシックの発声を学びました。しかしながら音楽事務所のオーディションで求められるのはポップス……多くのオーディションを受けますが結果は出ません。そこで一か八か勝負に出た藤澤さんはクラシックの発声法で歌った曲をテープに録音し、音楽事務所に郵送しました。実はそのテープを気に入ってくれたのが現在所属している事務所で、ようやく「ポップオペラ」実現への道が開けたのです。
 曲というのは簡単に言うと「Aメロ・Bメロ・サビ」という構成でできているのですが、この「Aメロ・Bメロ」をポップスの発声法で、「サビ」をクラシックの発声法で歌うのが「ポップオペラ」ということになります。元々ポップスが大好きで、その後クラシックを学んだ藤澤さんだからこそできた技法「ポップオペラ」が日本の音楽界を席巻する日はそう遠くないでしょう。
 その藤澤さんの北海道での初ライブが来月12日(土)・13日(日)に開催されます。念願の地元でのライブということで、相当気合が入っているようです。「ポップオペラ」という新境地を切り開いたフロンティアスピリッツを是非とも体感してください!

【藤澤ノリマサ ライブ情報】
・「Premium Night」
 2009.12.12(土)
 札幌・道新ホール 開場17:00/開演17:30
 2009.12.13(日)
 札幌・道新ホール 開場13:30/開演14:00

 (HP)http://www.fujisawanorimasa.net/

著者近影

橋場了吾…1975年札幌市生まれ。1998年同志社大学卒業後、札幌テレビ放送入社。ラジオディレクターとして「日高晤郎ショー」「ライブスピカ」等を担当。2005年同社を退社。以後広告制作プロダクションなどを経て、2008年株式会社アールアンドアールを設立し、札幌発の音楽情報WEBマガジン「SAPPORO MUSIC NAKED」を立ち上げる。「音楽で北海道を元気にする」を信条に、札幌にやって来たミュージシャンの取材を続けている。

「SAPPORO MUSIC NAKED」:http://www.sapporo-mn.com/

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第39回

たぶん、おそらく、そうだろうと思う

 ときどきだが、脈絡もなくむかしのことを思い出すことがある。どういうことが契機となって脳味噌の中で「思い出す」という作用が発生するのか、私にはまったく分からない。「思い出す」ことはアトランダムでまとまりがない。思い出はあっちに飛び、こっちに飛び、やがて今日ただいまに戻ってくる。映画や芝居、コンサートホールなどでこの現象が私によく起こる。眼前で起こっている演奏や芝居を離れて、脳はまったく別の世界に行ってしまうのだ。
 あるとき、といっても、もう十数年以上もむかしのことなのだが、高校に入ったばかりの娘と映画を観た直後、いま観た映画のストーリーを思い出せないということが起こった。娘に「いまの映画はどんな筋だった?」と聞いたら、彼女は少しびっくりしたようだったが、あれこれ映画の筋を話してくれた。それでようやく私は思い出すことができた。脳は別世界に遊んでいたのだった。
 そんなわけだから、私の記憶は当てにならない。しかし、当てにならないということを前提にしては生きてはいけないので、だれもがその当てにならない記憶を頼りに生きているのである。
 危うい、と思う。言った言わないの争いはすべてここに起因するのではあるまいか。言った言わないならまだしも、思った思わなかった、感じた感じなかったの領域の話になると、なす術もない。争うことが無駄になる。
 そんな危うい記憶、記憶だけが頼りの関係で成り立っているのが人間の関係であり世間というものなのである。誤解の上に私たちは生きているとも言えるし、誤解をうまく利用して生きているのだとも言えるのだ。

博多('09.2月)

 この原稿は、仲間郁代さんが弾くシューマンの『ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調』を聴きながら書いている。知られるように、この曲は後にシューマンの妻となったピアニスト、クラーラ・ヴィークへのオマージュである。聴いていてクラーラのことなどなにも知らなくても、「そのようなもの」としてしか聞こえてこない。だからこの曲が私は好きなのだ。むかしの、いろいろなときへ、このシューマンは私を誘導していく。帰るところなんてない、と思いつづけてきた私に、何か帰るところがあるような気を起こさせてくれる。激しく生きることが運命だったシューマンのなかに、こういう感性があったのである。いや、こういう感性、つまり『ピアノ・ソナタ第3番』のような感性がなければ、身の破滅を賭して生きようとする運命など受け入れがたかったのだと言うべきか。
 20代のころ、私は夢中で松本清張を読んだことがある。清張原作の映画も随分観た。30歳のとき、浜田山のお宅に清張さんをお訪ねしたこともある。本当に短い会見だったが、私は松本清張と会話をしたのであり、清張体験をしたのだった。ついでに言えば、清張さんの『渡された場面』を名作のひとつと私は思っているし、『点と線』には眼からウロコの衝撃を受けた。もっとも、昭和史発掘シリーズには若干の批判もある。
 それはそれとして、テレビで放映されたビートたけしが刑事役の『点と線』を観た。妻を失った鳥飼刑事が事件の最終的な結末を知らぬまま博多に帰る夜汽車の中で、同僚刑事に語るひとことでドラマは終わる。原作はどうだったか調べはしないが、TVドラマの『点と線』は、とにかくそのひとことで終わる。
 「女ちゅうんは弱いけん、男に惚れて、惚れて、死んでいくんです」
 このひとこと、たぶん、そうだろうと私も思う。シューマンのクラーラへのオマージュを聴きながら、おそらく、そうだろう、と、私も思う。すべては誤解、危うい記憶を頼りにしての話なのだが。

■ポータルサイト『北海道人』更新情報

北海道人特集「となりの北海道人」
 医療法人 札幌道都病院 副院長 矢嶋知己さん

「国境なき医師団の派遣でナイジェリアへ」

2005年10月から国境なき医師団は、ナイジェリア・ポートハーコートのテメ病院で外科治療センターを運営して無料で患者の治療をしている。今年6月〜7月にかけてテメ病院で治療にあたった矢嶋知己医師にその活動について話をうかがった。

北海道人特集「となりの北海道人」vol.52

■編集部からのお知らせ

 先週配信した『メルマガ北海道人』の差出人メールアドレスが、ご登録いただいた受取人メールアドレスに書き換えられるという不具合が発生していました。
 原因はメール配信ソフトの設定によるもので、個人のメールアドレスが他者に知られたり、お使いの端末に影響を及ぼすことはございませんが、スパムメールとして認識されるなど不都合が生じた可能性があります。ご購読いただいている皆様にご迷惑をお掛けいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。

次号予告

 次号の配信は11月19日(木)、ボージョレヌーボーの解禁日です。2009年のぶどうは大変よい出来とのことで、期待が高まります。北海道にもたくさんのワイナリーがあります。そのうち世界中の人びとが「ホッカイドウヌーボー」の解禁日を待ちわびるようになるかも、と考えるとワクワクしてきます。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。
 お楽しみに!

※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
メルマガ執筆者へのメッセージもお待ちしております!
mailmag@prc.hokkaido-jin.jp

ポータルサイト『北海道人』
http://www.hokkaido-jin.jp/

※登録(または解除)は、こちら
http://www.hokkaido-jin.jp/mailmagazine/index.html

このページの先頭へ

バックナンバー

最新のメルマガ
第160回までのメルマガ
第140回までのメルマガ
第120回までのメルマガ
第100回までのメルマガ
第80回までのメルマガ
第60回までのメルマガ
第40回までのメルマガ
第20回までのメルマガ