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『メルマガ北海道人』第140号 2009.10.8.―「北海道人」、交響曲第3番「秋」―

 カサカサカサカサ。木の葉や草のこすれあう音が夏とはすいぶん変わりました。風がひゅるると吹けば、木々が揺れ、枝がしなり、山はオーケストラのようにいっせいに音を出します。夏には野外コンサートがたくさん行われましたが、秋も負けてはいません。風の合図で耳を傾ければ、野や山から交響曲第3番「秋」が聴こえるはずです。ちなみにこの曲はかなり長めで11月いっぱいは演奏がつづくでしょう。
 風の話をすれば、大型の台風18号が日本列島を北上している模様です。フォルテシモをメゾピアノに変えて穏やかに演奏してほしいものです。
 『メルマガ北海道人』第140号、交響曲第3番「秋」をBGMに読んでいただきたい、配信!

もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 中国で雑誌関係の仕事をしていると、しょっちゅう悩まされるのが「迷信」だそうです。日本とはちょっと扱いが違うようで、「迷信」を禁ずる法律もあるようです。中国での「迷信」とはいったい何なのでしょうか???

連載【とろんのPAI通信】

 「とろんのPAI通信」第60回は、「五人女の五年話」です。五人女とは愛妻はるかさんと仲のよい4人の女友だちのことです。はるかさんと4人の女性たちとの出会い、とろんさんとの出会い、そして五人女にとろんさんも絡まったその後についての話です。

連載【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】

 9月末からはじまったNHKの朝の連続テレビ小説は『ウェルかめ』で、若月さんの仕事の対象でもあるウミガメと関わりが深いそうです。メインロケ地は徳島県の美波町ですが、この夏には黒島でもロケが行われたとのことです。今回は黒島での『ウェルかめ』についてです。

【上林早苗の『上海日記』】 第67回

迷信ってなに?

 日本で迷信というと、霊柩車が通るときに親指を隠さないと親が早死にするとか、夜に爪を切ると親の死に目に会えないとか、秋に財布を買うとお金が入ってこなくなるといった、ほのぼのとしたおばあちゃんの言いつけの類を思い出してしまう。ところが、中国で雑誌関係の仕事をしていると、しょっちゅう悩まされるのが実はこの「迷信」だ。
 中華人民共和国広告法第7条6項は「迷信をふくむ内容を掲載してはならない」と規定している。中国の辞書によると、迷信とは「占いや巫女、風水などを信じること。または何事かを盲目的に信仰・崇拝すること」である。これまでの経験でいうと星座占いコーナーはセーフで、風水師の紹介はNG。取材をしようと話しかけた葬儀用品屋のおじさんには「俺たちが売ってるのはいわゆる迷信だよ」とやんわり警告されたし、つい最近では工商行政管理局から「広告中での観世音菩薩像の使用を迷信の流布と見なす」という通達が下りてきた。ありがたい観音さまを軽々しく扱ってはイカンというのならわかるのだけれど、よりによって「迷信」呼ばわりとは……。とにかく違和感を感じずにいられないのである。いったい中国の迷信とは何なのか。そもそも迷信の何がそんなにイケナイのだろうか。
 そこであらためて辞書をめくり、アレッと思った。日本語の「迷信」が「広く流布されているが、まったく科学的根拠がない知識」と定義されている一方で、中国語のそれは「占いや巫女、風水などを信じること。または何事かを盲目的に信仰・崇拝すること」、つまり「信じる」という動詞に重点が置かれている。そもそも日本語とは微妙にニュアンスが違うのだ。しかし、社会にいい影響を及ぼさないものを信じるなという理屈を是非を別にして理解したとしても、盲目的な信仰が禁じられる「何事か」とはこれまた何事のことなのだろう。やはりあいまいでよくわからない言葉である。

畑仕事に出る農夫たち(広西チワン族自治区融水県)

 そもそも中国で迷信の禁止が叫ばれるようになったのは1950年代のことだといわれる。数ある迷信撲滅キャンペーンのなかでも庶民に大きな影響を与えたのが中国の葬式文化を変えたといわれる「殯葬改革(ひんそうかいかく)」だ。上海でも土葬が火葬になり、一時は紙銭やろうそくが消えて花やろう細工の果物に姿を変えて、ドラなどの葬儀用楽器の使用も禁じられた。悪しき習慣を変えるにはまずは形から――。死者が旅立つための儀式はやがて生きている人のための必要最小限の追悼会にと変わっていった。
 しかし、こうした「迷信」がすべて失われたわけではないことは街を歩けばすぐわかる。今でも清明節前になると、玄関先で女性たちが紙銭を折っているし、前述の葬儀グッズ屋にはその派生商品ともいえる紙製のミニチュア「ベンツ」や「別荘」などまで売られている。アンケートをとってみると、「死後の世界を信じる」と答えた中国人の比率は日本人よりずっと高く、迷信といわれようが非科学的といわれようが、そう簡単に習慣をあらためないその姿勢は、なんだか頼もしくさえある。3年ほど前、裏通りを歩いていると、円陣になって紙銭を折る主婦グループに出くわした。私がカメラを向けると50代の女性が「撮らないで」と制止したが、私が外国人だと知ると彼女は警戒心を解き、声をひそめてこう言った。
 「唯物主義って知ってる? それなのよ、私たちの国は。でも、科学的なモノだけ信じてろというのはどうなのかしら。死後の世界を信じることがそんなに悪いことだとは思えないでしょう? こんなだから金とモノだけしか信じられないアホが増えるのは当然のことよね」
 そのときはネグリジェ姿のおばさんが唯物主義について熱弁をふるう姿にもっぱら心奪われていたのだけど、その後「迷信」にまつわる奇妙な決まりごとに悩まされるたびに彼女の言ったことを思い出している。科学的な根拠のない「迷信」がこれからもずっと信じるに値しないものだとは限らない。百歩譲って信じるに値しないものだとしても、それを責められる筋合いもない。信じようが疑おうが、その人の勝手なのである。そして、禁じられてもなお信じたい何かを持つ人を私は少しうらやましく思う。

かんばやし・さなえ・・・1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住9年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

【とろんのPAI通信】 第60回

五人女の五年話

 愛妻はるかは、新潟県長岡市で、教師をしていた夫婦の次女として産まれ、両親を徹底的に困らせながらすくすくと育ち、一時は矯正施設に入れられそうになったほどだ。そんな彼女も人並みに大学に入り、オランダ留学までして、東京の銀座にある大手の会社に6年間務め、両親も喜び安心していた。
 人がもって産まれた「種力」は摩訶不思議でオモシロク、その「種力」が強大であればあるほど、どんな時代に産まれ落ちても、どんな両親のもとに育っても、そのもって産まれた「種力」が疼き、自分の花を咲かそうとする。6年間黙々とOLをつづけた彼女も、その自分のもって産まれた「種力」に突き動かされ、「宿命」が疼きふくらみ、会社が終わるや否や逃げるように一目散に走って自分のアパートに戻るようになっていた。そして時は熟し、限界点に達し、会社を辞め、想いを込めて百日間世界一周の「ピースボート」に乗ったのだ。この彼女の運命の選択から、再び両親をさらに困らせる流れがはじまった。命を運ぶ運命船「ピースボート」が日本を離れ出る。
 四畳半くらいのSPACEに二段ベッドが二つの四人部屋。愛妻はるかの部屋には、「やすこ」「みっちゃん」「さしみ」がいて、「かつこ」は隣の部屋にいた。豪華客船世界一周百日間のTIME&SPACEトリップ。この異空間異次元トリップの中で「なかよしこよしの五人女」が誕生し、それぞれの命が運ばれ、5年の歳月が流れゆく。
 2004年の春にピースボートに乗船し、秋に新潟県長岡に戻ったとたん、中越大震災に遭遇した。家屋が全壊し、冬が迫る中、残された車庫での暮らしがはじまり、その寒さから逃げるようにタイにやってきて、11月の30日にたまたま必然、ボクと遭遇してしまうのだ。そして、2007年7月7日七夕にタイ北部の山の町、PAIの「ムーンビレッジ」で結婚式を挙げたのだけど、そんな遠い異国の地にこの五人女が勢ぞろいし、そのトップを切っての結婚式だった。船で出会ったころは隣の部屋の「かつこ」に恋人がいただけで、他の4人には恋人もいなかった。2番目に結婚したのは熊本市に住む「さしみ」だった。その時もその五人女は熊本に集まり、お互いの運命の流れを確認しあった。

母性9愛妻はるか(太一やの向かい、総社宮にて)

 そして、結婚3人目は北九州市の「みっちゃん」だった。彼女は2回PAIに来てくれ、岡山にも遊びに来てくれたことがあって、超忘れっぽいボクでも忘れられないほどのコミカル美人!!! この3人目の結婚式にも五人女が集まるわけだけど、今回はボクがしっかりと絡まりあっていて、岡山から北九州までの高速道路をボクが運転し、その1200CCの青い車の中には、愛妻はるかの他「さしみ」「かつこ」の3人女が一緒だった。「さしみ」は熊本から、「かつこ」は大阪から、わざわざ「太一や」に泊まりに来てくれたのだ。そして、3人女がボクの運転する車で北九州の「みっちゃん」の結婚式に向かい、残る「やすこ」は東京から飛行機で九州に飛び、小倉駅近くの「ワシントンホテル」で4人女となり、9月22日の結婚式で五人女が再び結集したのだ。
 そして、トップを切って結婚した愛妻はるかとボクの二人は『みっちゃんの夜明け』という曲を演奏して祝った。中国のひょうたん笛、タイのケーン(日本の笙に似ている)、尺八、ジャンべ(アフリカの太鼓)を駆使しての10分間の即興おとだま祝い。この5年の間に五人女のうち3人が目出度く結婚したのだけど、アーティストの「かつこ」には相変わらずの恋人がいてシアワセそうだし、そして残る「やすこ」は、まだ未婚で恋人もいないままだからこそ、これからの展開変化がみんなの楽しみでもある。
 この間の祭り参加(滋賀県)で9日間、今回の九州での結婚式で2日間家を空け、入院中の母の見舞いに行けなかった。そして、9月26〜27日に「れとろーど」という地元の祭り(岡山県総社市)があって、その準備をふくめて3日間行けなかったし、来る10月9日は愛妻はるかの33歳の大切な誕生日(彼女にとって3がベストナンバーなのだ)なので、「誕生日ツアー33」と称して東京3泊、京都2泊の5泊6日旅行を予定している。これが実現できたら5日間行けないことになる。年老いた寂しがりやの痴呆の父や、末期の癌でただ死を待つだけの入院中の母は一体どうなるのだろうか?? 次号の展開変化をオタノシミ。

     いつまでたっても親不孝者の、とろんより。

著者近影

とろん・・・1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

ホームページ:http://amanakuni.net/toron/

【若月元樹の『南の島から――沖縄県黒島の日々』】第41回

ウェルかめ

 9月末からはじまったNHKの朝ドラは『ウェルかめ』で、私の仕事の対象でもあるウミガメと関わりの深い内容となっている。『ウェルかめ』のメインロケ地は徳島県の美波町で、そこには大浜海岸というウミガメ産卵地があり、町立のウミガメ博物館もあるぐらいウミガメとの関わりの深い地域である。
 ウミガメとの関わりといえば、この黒島も、私の職場である黒島研究所が約35年前に八重山海中公園研究所として設立されて以来、ウミガメに関する調査がなされており、日本国内でも古くから関わりのある地域のひとつといっていいと思う。
 8月、そんな黒島に『ウェルかめ』のロケがやって来ることになった。ロケバスや機材車数台とともに約70名のロケ隊に黒島の住民は驚いていた。島のおばーによれば、映画『神々の深き欲望』で一部黒島ロケがあった時以来のにぎわいだったとのことであった。島のある婦人が子どものエキストラとして出演したと言っていたので40年ぐらい前の話である。当時は宿が1軒しかなく、スタッフたちは建物の軒先などでも寝たりしていたという。現在の黒島の宿数は8月にあらたに1軒オープンして9軒となっているので、今回のロケ隊は軒先で寝ずに済んだ。
 その映画の話を聞いてすぐ、近所の人が持っている『神々の深き欲望』のDVDを見せてもらった。一緒に見た生物大好き同僚が、映画のところどころでチラッと登場するトカゲやヘビに興奮していた。今では滅多に見ることのできない生物が惜しげもなく映っているからである。おそらくそっち方面で興奮できる人は少ないであろう。

急きょ屋内開催になった結願祭。窓ガラスの外から降り注ぐ太陽光が、ステージを照らす照明に勝り、ピンボケに苦しんだ

 『ウェルかめ』のロケを8月にするにあたり、春ごろから制作スタッフが相次いで下見に来て、私はその対応に追われていた。『ウェルかめ』のタイトル名が広まってから、多くの島民が「若月が付けたらしい」とデマを流したり、信じたりしていたので、それを否定してまわっていた。私は真面目な風貌とは裏腹に不真面目で、普段から駄洒落ばかり言っているので身から出た錆びのような感じではあったし、「ウェルカメー」と玄関であいさつすることがしばしばあったのも事実ではあった。しかし、朝ドラのタイトルを真似たと思われるのもしゃくなので現在は言わないようにしている。もちろん、NHKが私の真似をしたわけではない。
 さて、この黒島ロケであるが、役者はもちろん、スタッフさんたちも限られた時間の中でがんばっていた。ところが、タイトルが災いしたのか、台風までも歓迎してしまったようで、撮影日程は押して黒島滞在が急きょ1日伸びた。宿の延泊や航空券の変更などで大変そうであった。その苦心が報われるかどうかは10月26日から約1週間放送される黒島編を見てから結論が出るであろう。役者の演技や編集が台風のなかでの撮影をどううまくごまかしているかが見どころだと思っている。もちろん、黒島の風景がふんだんに映っているはずなので、そこも見どころだと思う。
 今年はこのロケを襲って以降、台風は接近していなかったが、10月に入って台風が接近してきた。以前この連載で紹介した結願祭(きつがんさい)が今年も10月4日に開催されたのであるが、準備に追われる役員たちは台風17号の進路予想図とにらめっこをしていた。石垣島に手配する折詰弁当などが定期船の欠航によってどうなるのかなど、コロコロ変わる台風予報に一喜一憂していた。早くから接近がわかるようになった気象予報技術の発達は各地でイベント担当者にストレスを増幅させているのかもしれない。結局のところ、東筋の結願祭は沢山の人が出る奉納舞踊の衣装を濡らさないためにということで、大事をとって会場を屋内へと移動させたらしい。「神様よりも衣装かよ」とツッコミを入れたいところではあるが……。
 皮肉にも台風は停滞を決め込み、会場の外では心配された雨ではなく、太陽の光がまぶしく降り注いでいた。

著者近影

わかつき・もとき・・・1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。

黒島研究所ホームページ:http://www.kuroshima.org/

次号予告

 次号の配信は10月15日(木)、助け合いの日であり、女人禁制破りの日であり、山口百恵さんが芸能界を正式引退した日だそうです。いろいろあります。
 さて、次号のメルマガラインナップは、岩崎稔の「大陸人の時間」、橋場了吾の「SAPPORO MUSIC LETTER」、編集長・和多田進の「濡れにぞ濡れし」です。お楽しみに!

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