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『メルマガ北海道人』第119号 2009.5.7.―「北海道人」、ゴールデンウィーーーーーーク―

 ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか? 「まだ終わってない」という方、そもそも「ない!」という方もいらっしゃることでしょう。ウィークの「ー」を休みの日数分入れてみると、ウィーークだったり、ウィーーーーーークだったり、なかには息継ぎなしでは言えない人もいたりして。好天に恵まれた期間中、道内の多くの地域で桜が開花し、行楽地は人びとでにぎわいました。札幌の桜の名所円山公園付近では、駐車場に入ろうとする車で道路が渋滞していました。高速道路は遠出をしようという車で混雑し、ETCレーンには長い列ができていたとか。寒い季節は遠い昔のことのよう。人も車も何もかもが一斉にワッーと活動しはじめた感じがするゴールデンウィーーーーーークです。
 『メルマガ北海道人』第119号、休みの楽しかった記憶を小出しに反すうしながらハイシーーーーーーーン!

もくじ

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 中国のある外国通信社で働くマレーシア人カメラマン、テ・エン・クーンさんが亡くなりました。岩崎さんとは同い歳、お互いに親近感を持っていたという彼の突然の悲報に驚きを隠せない岩崎さん。「大陸人の時間」第59回のタイトルは「残された写真が語ること」です。

連載【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】

 今回はDJのMAKAIさんが登場します。多くのヴォーカリストとのコラボレーションを手がけ、DJ、サウンドプロデューサーとしても引っ張りだこのMAKAIさんは、perfumeのプロデューサー・中田ヤスタカさんと並ぶ、「エレクトロ界の雄」と呼ばれています。そんな MAKAIさんが目指すハウスミュージックとは? ライブは5月9日です!

連載【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】

 写真は、絵画や彫刻には真似のできない芸当ができる。それは「とりあえずまったく意味の無い空間を切り取ることができる」ということである。そう語る編集長・和多田進は今回、写真の本質について展開していきます。目や脳味噌の仕事とは? 写真の仕事とはいったい?

【岩崎稔の『大陸人の時間』】第59回

残された写真が語ること

 先日、友だちの女性外国人カメラマンが、珍しく神妙な顔で私に話しかけてきた。それは某外国通信社で働くマレーシア人カメラマン、テ・エン・クーンが昨日亡くなったという話だった。
 昨年の今ごろは五輪を前に、「チベットの暴動」や「四川大地震」など大きな事件がつづき、現場でよく彼に出会った。長い間風邪をこじらしてガラガラ声になっていたクーンに「ひどい声だな、働き過ぎだよ」と話しかけると、「分かっているよ、風邪が治らないだけだ。でも今年は忙しいな」と苦笑いをしていた。
 8月に北京五輪がはじまり、現場で会った時はさらに顔色が悪かった。何だか苦しそうにも見えたが、顔を見合わすと相変わらず笑顔を見せた。
 北京五輪が終わって9月になり、やっとひと息付けるようになったころ、クーンが末期ガンに冒されていたことを知った。すでに彼はマレーシアに帰国していて、連絡も付かなくなっていた。他のカメラマンたちも連絡が付かず、みんな彼の安否を気遣っていた。
 クーンは私と同い歳、34歳でこの世を去った。私は嫁さんに会ったこともなかったし、2歳の子どもがいることも知らなかった。
 彼に出会ったのは二年半前、はじめての人民大会堂での取材日だった。北京をベースにしている通信社のカメラマンは、毎月中国を訪れる各国の首脳の会談や歓迎式典を取材する。毎回決まり切った場面を取材するのだが、はじめての人にとっては撮影位置や部屋の明るさ、式典の進行、どれも分からないことばかりだ。何も分からない私は他のカメラマンの後ろに付いていきカメラをかまえる。

人民大会堂

 「なんだ、お前は人民大会堂はじめてなのか。今日は二人も童貞がいる」とニュージーランド人カメラマンにからかわれ、私は苦笑いをした。そして、もう一人苦笑いしていたのがクーンだった。
 彼は北京に来る前にマレーシアでアメリカ通信社のストリンガーをしていた。ストリンガーとは自分で取材・撮影した写真を通信社に持ち込むカメラマンのことで、スタッフカメラマンの予備軍みたいなものだ。私も北京で同じことをしていたのでお互い親近感を持ち、よく現場でくだらない話をした。
 アジア人が外国通信社のスタッフカメラマンまで登り詰めるのは大変だ。語学力やニュースの知識、写真の腕も大切だが、何よりだれにも負けない執着心が必要だ。
 クーンは北京に来てから多くの写真を配信していた。彼がどれだけ歩き、街をさまよい、どんな人たちと話し、出会ったかは分からない。ただ配信された写真の量から、北京の仕事を楽しんでいたのだと思う。
 先日、インターネットで中国のニュース写真を見ていると、クーンの撮影した北京五輪のころの写真が掲載されていた。写真から、ファインダーを覗いている彼の顔が思い浮かぶ。そして、一枚の写真から多くの彼の面影を感じる。残された彼の写真が語ることは本当に多い。
 あまりにも早すぎる突然の悲報に驚き、言葉も見つからないが、彼の冥福を祈りたい。

終わり

著者近影

いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。
*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

【橋場了吾の『SAPPORO MUSIC LETTER』】 第13回

エレクトロとJ-POPを天秤に乗せたハウスミュージックワールド

 「メルマガ北海道人」をご覧の皆さん、こんにちは。今回も【SAPPORO MUSIC LETTER】では素敵なミュージシャンの魅力をお伝えしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 70年代後半から90年代前半まで日本はディスコブームに沸いていました。80年代の洋楽といえばダンスミュージック、と言っても過言ではないくらい日本でもレコードが売れていました。時代は流れ、90年代中盤にはディスコからクラブへと呼称が変わり、メインとなるサウンドもユーロビートやヒップホップ、ハウス、エレクトロというクラブミュージックへと変わっていきます。段々と難解になっていく音……しかし、その流れに警鐘を鳴らすDJがいます。それが今日ご紹介するMAKAIさんです。
 MAKAIさんは福岡県出身。最初はアパレル関係の仕事に就きたいとの思いで服飾の専門学校に入学、その後、服屋さんでアルバイトをはじめました。しかし、そのアルバイト先で聴いたUltra Nate(ボルチモア出身の女性シンガー)の「Free」という曲がMAKAIさんをDJの世界に引き込みました。それから10年、今はDJのみならずサウンドプロデューサーとしても大活躍中です。
 最近はクラブで曲をかけていればだれでも“DJ”を名乗ることができますが、MAKAIさんはしっかりと自分の腕を磨くことからはじめました。まずは楽器店に行って、ハウス用のセットを組んでもらって購入。その後はレコード店で「ハウス」と書かれているものを買いあさって、自分の好みを見つけていきました。それからは練習の日々です。DJの先輩にミックス(曲を繋ぐこと)のHow Toを教わり、まずは同じ曲をミックスすることからスタートしました。同じ曲であればテンポを変える必要がないので、タイミングさえあえばうまく繋がるのです。

 そのように練習を積んで福岡で主催イベントを開催していたMAKAIさんですが、上京すると状況が一変、福岡で通用したものが東京では通用しないという壁にぶつかります。そこでMAKAIさんが分析した結果、「東京ではDJだけでは生き残れない。オリジナル曲を持った“アーティスト”がDJプレイの中心にいる」ことに気づき、オリジナル曲を作りはじめました。その後は多くのヴォーカリストとのコラボレーションなど、DJ、サウンドプロデューサーとして全国のクラブから引っ張りだこで、perfumeのプロデューサー・中田ヤスタカさんと並ぶ、「エレクトロ界の雄」と呼ばれる存在となっています。
 しかし、MAKAIさんの最終目標はクラブではなくお茶の間に受け入れられることだそうです。
 「日本のハウスは独特で、演歌だったり歌謡曲だったりメロディありきのものなので、僕の中でもっとJ-POPの消化率を上げていかないといけないと思っています。先先を読んでいかないと、廃ってしまいそうな気がしていて、出しすぎじゃないの? と思われるくらいイメージを刷り込まないとダメかなと感じています」
 音が難解になることでアンダーグラウンドな人気を誇ってきたハウスに、J−POP的なキャッチーさ……すなわち「わかりやすさ」を加えることで、より多くの人にハウスに親しんでほしい。それがMAKAIさんの想いです。MAKAIさんは今宵もどこかで、エレクトロとJ-POPを天秤に乗せてハウスミュージックワールドを展開していることでしょう。

【MAKAI ライブ情報】
LEGENDツアー
2009.5.9(土)
sound lab mole(札幌市中央区南3西2/23:00〜)
(HP)http://usmusic.co.jp/portal/artist/makai/index.html

著者近影

橋場了吾…1975年札幌市生まれ。1998年同志社大学卒業後、札幌テレビ放送入社。ラジオディレクターとして「日高晤郎ショー」「ライブスピカ」等を担当。2005年同社を退社。以後広告制作プロダクションなどを経て、2008年株式会社アールアンドアールを設立し、札幌発の音楽情報WEBマガジン「SAPPORO MUSIC NAKED」を立ち上げる。「音楽で北海道を元気にする」を信条に、札幌にやって来たミュージシャンの取材を続けている。

「SAPPORO MUSIC NAKED」:http://www.sapporo-mn.com/

【和多田進の『濡れにぞ濡れし』】 第26回

写真機携帯症患者の病状報告(22)

 前回書いたように、写真はたしか目と脳味噌を遅滞なく働かせた結果生じた何事かではある。しかし、写真に特別のこと、絵画や彫刻なんかの芸術にまったく真似のできない芸当は、とりあえずまったく意味の無い空間を切り取ることができるということである。写真機を構えて自分の足先を撮影する(切り取る)ことにはたして意味があるだろうか。医療用でもない乳輪のクローズアップにどんな意味があるといえるだろう。……とにかく、シャッターを押せば、偶然だろうがなんだろうが意味の無い空間が写されてしまうのだ。そして、このことは案外「写真」というコトの本質なのではあるまいか。意味のない空間が写ってしまうということ、が……。
 それで思うのだが、コンピュータはよくものを覚える機械だと思う。どんな天才も及ばぬほど大量に正確な記憶を彼はする。そういうことが特別に得意な機械である。その点で人間はコンピュータに絶対かなわない。しかし、悲しいことにコンピュータは自ら忘れることができない馬鹿野郎なのである。人間が、「忘れろ!」と忘れさせてやらないかぎり、そのボタンを押してやらないかぎり、彼は忘れることができない。飛行機が自力でバックできないのと同様に、コンピュータは自力で忘れることができないのである。

東京・江東区大島('08.6月)

 ところが、さすがに人間は違う。なんでもかんでも忘れてしまう。覚えていようと頑張ってみても忘れてしまうのである。それも、コンピュータのように、これだけ忘れるとか全部忘れるとか、そういう規則正しい忘れ方ではない。もちろん他人に言われて忘れるわけでもない。自分でも制御できない忘れ方が人間の忘れ方なのである。人間はアトランダムにものごとを忘れる。これは偉大なひとつの才能だろうと私は考える。コンピュータを知る以前には、忘れることは悪だと思ってきたが、いまの私は考えが変わった。忘れることこそ人間の能力だと考えるようになったのである。
 それはそれとして、何に意味があり、何に意味が無いかはなかなか難しい問題である。しかし、人間の目がとらえた空間のすべてに意味があるわけではないことは確かだろう。それに意味があるか否かは人間の脳味噌が決めるのであって、目が決めるわけではない。目はただ、目を開けている間中、意味のない空間をとらえつづけているだけなのだ、と私は考える。風が柳の小枝を吹き上げていることは目が見ている(とらえている)。それを陰毛じゃないかと思うのは脳味噌の仕業である。目は、どこまでも空間をとらえるだけが仕事の臓器なのだ。
 写真機は、目である。写真機は写す空間の意味など考えることができない。押されたシャッターに導かれて、映像を記録すべく作動するだけである。それが写真機の仕事であって、それ以上のことを写真機に求めるのはできない。
 しかし、「写真」になるということは、その無意味に切り取られた空間が、写し手の脳と受け手(写真を見せられる人)の脳によって何事か意味づけられるということなのだ。その、いかにもあいまいな写し手と受け手の脳味噌同士の作用こそ「写真」を写真にしている元なのである。そして、写し手から受け手の脳味噌への伝達方法(形式)が(1)オリジナルプリント一枚、(2)写真展、(3)写真集という形になっているということではないのだろうか。

ポータルサイト『北海道人』連載 第2回更新しました!
和多田進のときどき北海道

次号予告

 次号の配信は5月14日(木)です。北海道で一番桜の開花が遅い地域、根室や釧路も満開になっているころかもしれませんね。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、若月元樹の「南の島から――沖縄県黒島の日々」です。
 お楽しみに!

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