メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第45号 2007.11.15. ―「北海道人」、なんかあったかいもの―

 「食後のお飲みものはなんになさいますか?」「コーヒーを」「ホットとアイスがございますが」「ホット!」「天丼セットのおそばは温かいものと冷たいものがありますが」「あったかい方で!」。
 冷たいものを選びづらくなりました。好き嫌いではなく、からだが温まるかどうかが選択の基準になりつつあります。求む! なんかあったかいもの。どうせなら、こころもからだも財布もぜ〜んぶあったまるなんかいいものはありませんか?
 『メルマガ北海道人』第45号、心だけはあたたまる内容で配信! ぶるっ。

 あっ、雪!

となりの北海道人 『私のお父さん』




■もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 野球、サッカー、バレーボール。子供の頃、スポーツ少年だった田野城さんが厳しい勝負の中で感じていた楽しみがありました。また、部活をする中では不快感があったといいます。子供の頃に感じたこの不快感を消してくれたのは偶然出会ったタイガーマスクでした。タ、タイガーの愛。必読デス!

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 いにしえから万里の長城などの大建造物を造り上げてきた中国。またまた岩崎さんが杭州でとんでもないものを目撃してしまいます。どこでもドアを使いましたか? 異次元ワールドに引き込まれましたか? いやいや、よく考えると日本でも似たようなものがあるような……。驚きのち納得の第22回。

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□連載
【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 19

美的センスが許さない!!

 いまの私の風貌からは誰も信じてくれませんが、大阪で過ごした小学時代、私はリトルリーグに在籍していたことがありました。当時の私は生意気にも3種類の変化球を投げていたので、ピッチャーとしてマウンドに立っていました。
 野球はチームで行うスポーツですが、子供の私には、なぜかピッチャーは孤独なポジションでチームプレーをしているという感じがしませんでした。もちろん、キャッチャーとのコミュニケーションはありましたが、ヒットを打たれてもフォアボールを出しても、ピッチャーの責任だから誰も助けてはくれない。デッドボールになるとこれまたややこしくなる。得点が入ろうものならチームは一気に白けムード。
 幼かった私が野球を通じて、「結局のところ自分の責任は自分でとるしかない……」と悟ったのもこのころでした。だからといって、決して野球が嫌ではありませんでした。逆に、とても楽しかったことも事実です。なぜならゲームの間中、たった一人で相手チームのバッター全員と勝負できたのですから。投げている間は、ずっと主人公でいられたのです。
 中学時代、私が通った学校は新設校だったので野球部がありませんでした。友人の強い勧めもあり、義理でほんの少しだけサッカー部に在籍したことがありました。当時はいまのようにJリーグも無く、サッカーはアマチュアのマイナースポーツでした。しかも当時はどこの学校も、サッカー部はなぜか不良の集まりでした。
 それを証明する決定的な出来事がありました。試合直前に先輩から教わったことが、なんと、「相手フォアード選手の足を思いっきり蹴り倒せ」でした。正直言って、この発言を私の美的センスが許さなかった。そして、自分には合わない……と思い、試合後すぐサッカー部を辞めてしまいました。
 その後、クラスに転校生がやってきました。“熊のプーさん”というあだ名で呼ばれた彼は勉強が全くできませんでした。しかし、正義感がとても強く優しい人物で、私たちは自然と仲良くなりました。そして、前の学校でバレーボール部のセッターだった彼と、かつてお遊びでバレーボールをかじったことのあった私は、気づけば一緒にバレーボール部を発足させることになっていました。
 これがとても面白かった。何が面白いかといえば、それまで経験してきた部活動が既存のものであったのに対し、今回は部員集めや顧問探しや練習場所確保まで、一から自分たちで作り上げなければならなかったからです。私は当時から企画制作ごとが好きだったのかもしれません。
 以前、仕事を終え函館から列車に乗ったときのことです。偶然にも格闘技家の佐山聡さんと同席になったことがありました。佐山さんといえば初代タイガーマスク。プロレスラーとして活躍していました。
 私が半信半疑で「佐山さんですか?」と訪ねると、とても礼儀正しく挨拶してくださいました。
 私はいかなる職種にも関係なく、一番大切なことは人が人を想う心、つまり「愛」であると信じていますので、好奇心で佐山さんに尋ねてみることにしました。
 「格闘技家にとって一番大切なことは何ですか?」
 すると彼は「愛です」と即答しました。
 「ただ試合に勝てば良い、というのは好きじゃない。なぜなら、相手がいるから自分の力を知ることができ、また教えてももらえるのだから。勝っても負けても、まず相手に感謝しなくてはならない……」とはっきりとした口調で語ったのが印象的でした。
 意気投合した私たちは、お互いに休むことなく熱く語り合いました。
 戦う相手に対して感謝の気持ちが無ければ単なる喧嘩です。格闘技は喧嘩ではなく、武士道の精神を土台にするスポーツであるという彼の言葉は、私が子供のころに感じていた不快感を正しく洗い流してくれました。
 感謝すること、人が人を想う心、すべてを包み込む愛が何よりも尊い……。舞台は違えども自分と同じ意識を佐山さんから感じ取り、私は心地よく列車を降りたのでした。

写真:田野城寿男氏

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com

携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

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□連載
【岩崎稔の『大陸人の時間』】第22回

杭州にパリ?

 北京では五輪景気も重なり、様々な巨大建築物が建設されている。来年から使用予定の空港「ターミナル3」や人民大会堂(国会議事堂に相当)に隣接して建てられた「国家大劇場」を取材する機会があった。空港は完成すればアジア最大級のターミナルになるだけのことはあり、壮観だった。もし迷子になってしまったら飛行機に乗れなくなってしまうかも……。劇場はガラス張りの卵を半分にしたような形の建物で、その周りを人工池が囲んでいる。故宮のすぐ近くにあるため、新聞には景観の悪化であると建設反対の声が載っていたが、完成した途端、観光客で賑わっている。卵の中に入るとさらに建物があり、一つ一つのタイルや壁がとても豪華だ。北京では巨大建物に圧倒されながら取材していたが、杭州でもっとすごいものを見てきてしまった。
 事の始まりは、ある出版社から杭州にある「偽パリ」取材を依頼する電話だった。以前にも登場したことのある杭州のタクシードライバー官さんに案内されながら、杭州郊外にある「偽パリ」とやらに向かった。こんなところに本当にそんなものがあるのかと疑いながら近づいたが、まず目に入ってきたものはまさにエッフェル塔である。偽エッフェル塔は本物の3分の1の大きさだが、それでも高さ30メートルはある。
 この偽パリ、実は開発途中の巨大住宅地で、ある不動産開発会社の社長の思い付きで計画されたらしい。驚いたことに、マンション・別荘・幼稚園・飲食街・商店・ホテル・公園などを備える一つの街で、10万人の人がここで暮らす計画だという。思いつきにしては膨大な計画だ。

写真
杭州のプチパリ

 建設が始まり7年の歳月が過ぎたがまだ建設途中で、偽エッフェル塔の下ではヘルメットを被った作業員達が行き来している。偽塔から一直線にシャンゼリゼ通りと名づけられた道が伸びているが、まだ店舗もまばらで、たった数件、中華料理屋や観光客向けの売店があるのみ。途中から有料の公園になっていて、100元(約1500円)のチケットを購入して入園する。入り口付近の長い階段を登り詰めるとその向こうには、プチフランス王国が広がっていた。ベルサイユ宮殿の中庭を真似た庭園から宮殿内にあるラトニア噴水、フランスの田舎町を再現した建物や教会などが、広大な敷地に建っている。しかし、園内を散策するのはフランスの王侯貴族ではなく、思い思いに振舞う中国人民。観光客と思しき親子、父さんは売店で購入したハリーポッターが被っていた魔女のような帽子を被り、子どもは背中に喋々の羽根を背負っている。本物そっくりの宮殿の噴水に、逆噴水のように小便をする子ども。世界文化遺産に何てことを。
 「こんなところに住みたいと思う人がいるの?」とドライバーの官さんに聞いてみた。
 「まだ生活環境が整っていないだけで、学校や病院ができたら住む人は大勢いるだろう」と意外な返事。
 私のように“偽物はいやだ”なぞという小さなこだわりは持たず、中国にいながらパリに住める、ベルサイユを庭にできると明るく楽しく考えるのだろうか。
 官さんにもっとすごいところがあるから見に行かないかと誘われ、市内の方へ車を飛ばすと、「水の都ベニス」が出現した。同じ地域にパリとベニスがあるのもすごいのに、その近くにはなぜかスフィンクスの形をした巨大ホテルまであった。その大きさに度肝を抜かれ、呆然としていると、スフィンクスのお腹からお揃いの帽子を被った観光客がゾロゾロ出てきて、記念写真を撮り始めた。
 古来より万里の長城や故宮など巨大な建物を建造してきた中国。その伝統は脈々と受け継がれ今日も止まること無く巨大な建物を建て続けている。この底なしのスケールに慣れ始めている私が時々怖くなる今日この頃だ。

写真:岩崎稔氏 いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。

*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

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『メルマガ北海道人』編集部より

 大竹正枝さんの「新・自然真営道」は前回で終了いたしました。自然や環境についての様々な問題、関心事について、大竹さんは最前線の研究現場から原稿を寄せてくださいました。メルマガ第3号から始まった全24回の連載、本当にありがとうございました。現在、ご自身が在籍する北海道大学での研究や論文の執筆にお忙しいとのこと。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

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■インフォメーション

ポータルサイト北海道人更新情報

北海道「食のサポーターが行く!」を更新しました。

 道内各地に眠る食材の発掘などを目的とした「食のブランド」発見交流会。第6回目は釧路支庁で開催されました。

釧路発「逸品料理」で観光客を誘致
〜調理師の知恵と心意気が生み出すご当地料理〜

 2007年度「食のブランド」発見交流会もいよいよ大詰めを迎え、本年度の最終回が釧路支庁で開催された。「魅力発見!食のブランドづくりinくしろ」と銘打った本会は食による観光客誘致を目的とし、和食・鮨・洋食・中華・麺・加工品という6つのジャンル別に地元食材を使った「逸品料理」が発表された。

つづきはこちらから
http://www.hokkaido-jin.jp/issue/food/06/

北海道物産店「逸品誕生秘話」を更新しました。

 今回『北海道人』が選んだこだわりの逸品は「レストラン 村のスモークサーモン」です。食通も絶賛するスモークサーモンの誕生秘話をご紹介します。

口の中に広がる旨味。小樽のシェフが作る絶品スモークサーモン
〜熱を加えない冷燻法と機械を使わず一枚一枚包丁で切るこだわり〜

 小樽の花園町に「絶品のスモークサーモン」を出す洋食レストランがある。オーナーシェフ、村武三さんの名前がついた「レストラン 村」は地元の人たちで賑わう。

つづきはこちらから
http://www.hokkaido-jin.jp/kodawari/smokesalmon/




■次号予告
 次号が配信される翌日は、暦の上では小雪(しょうせつ)です。本格的な冬の始まりとされていますが今年の札幌、北海道はどうでしょう。
 次号のメルマガラインナップは、北緯31度の上海から上林早苗の「上海日記」、北緯5〜21度のタイから「とろんのPAI通信」、現在の緯度は不明、神出鬼没の編集長・和多田進による「危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡」です。
 『メルマガ北海道人』第46号の配信は11月22日(木)です。
 
※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
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