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『メルマガ北海道人』第42号 2007.10.25. ―「北海道人」、曇天と秋の日本海―
 ザザー、ドドーン、ザザー。水着の若者や子どもたちで賑わった夏の浜辺。流行のポップスを聴きながら、ぼんやりと寝転んだり、たまに泳いだり。同じ浜辺が今ではどうでしょう。まるで別の場所のようです。人の姿はほとんど見えず、いるのはかもめだけ。白波が打ち寄せ風が吹きすさぶ晩秋の日本海に似合うのは流行のポップスではありません。演歌です。曇天の日本海の浜辺で歌いたい演歌、あなたは何を口ずさみますかぁ〜あ〜ぁ〜あ〜(こぶしをまわす感じで)。
 『メルマガ北海道人』第42号、日本海の荒波をバックに配信!

となりの北海道人『私のお父さん』




■もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 今回はチャンインが8歳の頃からの話です。父チョンカンさんはその経歴によって批判闘争会でつるし上げられ、次女は紅衛兵から脱退させられるなど政治的に不安な日々を送っていた一家に光明が差します。小学生のチャンインによる朗報。赤のネッカチーフとビニール製のバッジが意味するものは。

連載【とろんのPAI通信】

 10月11日の新月からの9日間、タイでは「ベジタリアン週間」なのだそうです。しかも無料で何度も菜食料理を食べられる、シアワセ期間。その期間にとろんさんの愛妻はるかさんの誕生日があったりで、今回はちょっとリッチなゲストハウスでお祝い。そして、「ルン キン ナーム」!

連載【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】

 前回、鈴木邦男さんが書いた、長老の「人間宣言」「最も強い人間は最も弱い」「人間は、いつまでたっても子供なんです」などなどの文言について、編集長・和多田進が異議を申し立てます。「一緒に逃避行しませんか」から風向きが一転? いや、また誘いの言葉もあり、詳しく読まなきゃわからない。

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□連載
【上林早苗の「上海日記」】第十八回

紅小兵といり卵

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黄浦江クルーズを楽しむ地方都市からの観光客(外灘)
 首都北京では10月15日から21日まで、5年に一度の中国共産党大会が行われている。国内最大ニュースサイト「新浪網」のコメント欄をのぞくと、連日のように発表される党方針について全国から計2万件もの感想が寄せられていた。
 「胡(錦涛)アニキ、かっこいいぞ!」
 「これからは人民が主人公。私たちへの主席の温かい言葉に感激しました」(社会主義民主路線について)
 「台湾独立を許すな。阿扁(陳水扁)を禁固刑に!」(反台湾独立路線について)
 見るとそんな調子のコメントが200件、300件と連なっている。が、どんなに目を凝らしてみても党への批判や異議申し立て、皮肉めいた発言は一つとして見当たらない。それもそのはず、記事に対するコメントはすべて「管理者」によって審査され、通過した分だけが掲載されるという検閲システムになっているからだ。
 さらにコメントを読んでいると、どこからか「(異常発見の)通報はこちらまで」だの「オリンピック開催に向けてネットマナーを守りましょう」だのとしゃべる「首都巡警」のマスコットが現れて画面上を横断。ある種のけん制なのだろうが、ユーザーからすると、うっとうしいことこの上ない。
 ちなみに私のコメント掲載率は四発二中だった。ボツとなったのは「中国人民の団結力はスゴい!」と「記者会見の増設は海外メディアに好評らしい」の二つ。「掲載の価値なし」と判断されたか、あるいは管理者のお気に召さなかったのらしい。それにしても、こうしたシステムのどこが「民主」なのだろうか。不勉強の私にはどうもイマイチよくわからないのだけど……。
 と、すっかり余談が長くなってしまったが、わが友人チャンインのその後に話を戻したい。
 1971年、チャンインは8歳を迎えて小学校に入学した。自宅近くにある長寿支路第一小学校である。授業は文革発動の1966年には「停課閙革命(授業をやめて革命をやる)」としてストップしていたが、後に毛沢東の指示で「復課閙革命(授業を再開して革命をやる)」に変更。チャンインの入学時には、ほぼ通常通りの授業が行われていた。
 1971年6月1日のことである。チャンインは学校から帰宅するなり母を呼び止め、着ていたジャンパーを勢いよく広げた。
 「見て見て、ほら!」
 彼が指差したのは赤いネッカチーフと横長のビニール製バッジ。バッジには赤地に黄文字でこう書いてあった。「紅小兵」――。
 紅小兵とは毛沢東指揮下の小学生組織のことである。中高生からなる紅衛兵の存在はよく知られているが、紅小兵はその予備軍と考えていい。どちらも出身階級や家庭背景が厳しく審査されることから、家族の一員がこれらの組織に選出されるということは一家にとって実に名誉なことだった。
 その紅小兵にチャンインはクラスでただ一人選ばれたのだった。理由は「学業成績が抜群にいいから」。チャンインは幼児の頃からすでに「活字中毒者」だった。字さえ印刷されていれば姉たちの本はもちろん、果物を包む新聞紙まで引きはがして読んだという。さらに物覚えもよかった。5歳の時にはラジオで聞きかじった革命現代京劇『智取威虎山』の一節を暗唱。夕食後に近所の人たちに請われ、即席独唱会を催すこともしょっちゅうだった。本人いわく「神童」だったらしい。
 ともかく、成績優秀の彼はこの日、紅小兵の学年代表として全校児童約1000人の前で決意書を朗読した。そして紅小兵の証であるネッカチーフとバッジを手に入れて帰宅したのである。
 この夜、末っ子の快挙に一家は沸いた。とりわけ喜んだのは父チョンカンさんである。息子が紅小兵に選ばれた。その意味するところは一家にはもはや政治的問題が存在しないということだ。かつてその経歴から批判闘争会でつるし上げられ、次女を紅衛兵から脱退させざるを得なかったチョンカンさんは、党の信頼を得たという安堵感から目に涙さえ浮かべていた。そして彼は当時貴重だった鶏卵を3個も取り出し、台所で鍋を振りはじめたのだという。チャンインの大好物、いり卵を作るためだった。
 齢8歳の子どもが一家六人の政治的地位を位置づけてしまう――私には想像もつかないことであり、どこか空恐ろしくもある。しかし、約40年前の中国では確かにそれが現実だったのである。

かんばやし・さなえ…1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住7年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

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□新連載
【とろんのPAI通信】 第11回

七色、水を食して虹と成る

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 巨大なタマリンドーの樹に架かっている
 MOON VILLAGE の看板
 今日10月11日は新月。雨季の終わりを告げる雷音響くこの頃、早朝4時におきてもまだ半袖で大丈夫だけど、そろそろ衣替えの用意をしなきゃ。
 タイではこの新月から半月までの9日間、「ベジタリアン週間」が続く。朝7時から夜7時までの間に町内にある観音様を祭っている中華系のお寺にいけば、タイの菜食料理が何回でも無料で食べられるのだ。だからボクは早朝の市場で買い物をしなくっていいし、愛妻はるかは朝も昼も夜も料理をしなくていい。お金はかからないし時間も一杯できるシアワセ週間なのだ。せっかくのこのシアワセ9日間にボクは密かに実行しようと決意してることが3つある。タバコをキッパリ止めること、酒を徐々に止めること、そして畑を一枚起こして次の満月(10月26日)に愛妻はるかと太一と3人で野菜や花の種を蒔くこと。
 愛妻はるかといえば、この10月9日で31歳の誕生日を迎えた。3年前に彼女と出会ってからこれで3回目の誕生日だ。1回目の誕生日にはガイドなしで2人でPAIの聖山「くるくる三角山」1700メーターに登頂しようとして失敗し、2回目の誕生日には産まれたての太一と3人で近くの温泉宿で静かな一夜を過ごし、そして今回はあと少しで歩き始める太一と3人で2泊3日のリッチな郊外家族旅行。
 ムーンビレッジに隣接して「パイナホーム」という手作りの土壁ゲストハウスがあって、パンちゃんとケロちゃんという30代後半の素敵なタイの女友達が自分たちで建物を作って運営している。その彼女らが町からチェンマイに向かって3キロくらい離れたところに新しいパイナホームを造ったのだ。やはり自分たちで7ヶ月かけて作った土壁のゲストハウスだけど、朝食つきで一泊800バーツ(日本円で2500円くらいだけど、日本の金銭感覚では2万円くらい)もする高級なところだ。古いほうは一泊250バーツ(800円くらい)で、それでもボクらには高い感じだから、今回は相当にリッチな2泊3日なのだ。
 はるかの誕生日の前日の8日にオープンして、そのお祝いの儀式に5人のお坊さんを呼んでお経を唱えてもらい、そのあと皆で飲んだり食ったりのパーティーがあったので、その日の夜と誕生日当日の夜の2泊をそこで過ごしたのだ。ボクらが一等最初の泊り客だから誕生日に相応しい新鮮な夜朝昼。そして誕生日当日の夕方、桃源郷PAIの東の山の上に巨大なダブルレインボーが出現し、3人でいつまでもいつまでも阿呆のようにその7色の巨大な2重の弧を眺めていた。中国雲南省の桃源郷大理の朝にドラマティックに出現した巨大な虹から数えて、ちょうど一ヵ月後の虹風景。49日間の祭りの最後に登った聖山「くるくる三角山」登頂後の夕方、あっ!!! と出現した虹から数えて3回目の虹だ。その3回目の虹を3人で見て家族旅行3日目の10月10日、ボクたちはそのリッチな土壁ゲストハウスをチェックアウトして近くに住む友人チャンのところに向かった。
写真
その看板の作者
(20年前にタイの島で出会ってPAIで再会した
魅惑のタイ人の女アーティストAOW)
 チャンは45歳くらいの日本人で、PAIには5年くらい独りで住んでいる。コーヒー園を作ろうとしている見るからに躁うつ病の男だ。この5年間に2度の躁状態があって、今、3度目の躁状態を迎えている。この49日間の祭りが始まる直前から躁状態に突入したらしくって、祭り期間中ほとんど毎日ムーンビレッジにやって来ては一杯10バーツ(30円くらい)のコーヒー屋をやってくれた。アラビカコーヒーというこの辺りのコーヒー豆を自宅で丁寧に焙煎して、パタパタと七輪でお湯を沸かしながらカリカリと音をたてて豆をひき、その香りを放たせていた。
 49日間の長い祭りが終わって一ヶ月以上経ってもその躁状態は衰えることなく続行し、一週間前にムーンビレッジに突如と現れ「10月10日の10時から自分のところでコーヒー収穫祭をやるから演奏してほしい」と、タイ語と日本語と英語でビッシリ描かれたチラシを何枚も置いていった。何年間も続いた一歩も外に出られないウツ存在が終わり、今、全く豹変して自信に満ちた表情、その巻き込み力、そして明日への展開力。
 愛妻はるかの誕生日の翌日、その彼の巻き込み力に巻き込まれるように収穫祭に行ってきた。炒りたてのコーヒーを何杯も飲んでると、田んぼを隔てたむかいの学校から細いあぜ道を様々な楽器を手にした40人くらいのかわいい小学生たちが一列に歩いてやってきて、最初の演奏が始まった。
 その始まりの純粋風景を目にしたとたん、ボクはひどく感動し「ああ!! この収穫祭は大成功だ」と直観できた。そしてそのボクの直観に応えるように、夕方、東の山の上にまたまた巨大なダブルレインボー!! 虹はタイ語で(ルン キン ナーム)で、直訳すると(七色が水を食べる)。ボクにとっては虹が出現すると何が起きても全てが(ダイジョ〜ぶ化)されてしまうから、虹は不思議な力の表出現象。
 さて、あしたも、朝7時から夜7時までの間にすくなくとも2回は無料ベジタリアン食にあずからなきゃ。七色、水を食して虹と成る。
    月と虹大好きとろんより。

とろん…1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

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□連載
【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】 第23回

和多田進→鈴木邦男

「弱い」「強い」にほとんど意味はない

鈴木邦男さま

前略
 鈴木さんが私の前便に「ビックリ」されたことに私は少々ビックリした次第です。「いつになく弱気」という評価にも、私が「何でも知ってい」るとか「達観している」という評価にもビックリしています。もっともビックリしたのは、私の前便が私の「人間宣言」だという鈴木さんの私に対する評価でありました。ホント、これには驚きました。
 そういう鈴木さんの私に対する評価が、一種の冗談、オチョクリとは無縁のものだとしたら、これはまた私自身の不明を恥じる他ないのですが、もし多少でも冗談やオチョクリの類、感情がそこにふくまれているのだとしたら、それは鈴木さんという人間の大切ななにかをオトシメることにつながるのではないかと老婆心ながら思ったりするのです。危険な文面と言わざるを得ないのではないかとも感じました。もちろん私は鈴木さんの前便をそのようには読みません。鈴木さんの言説をまっすぐに受け止めたいと存じます。
 鈴木さんの前便がどうして私をビックリさせたか、理由は明白です。鈴木さんとわたしの間柄は、お互いの前便を理解し合うほど親しくなく、近しくもないからじゃないか、と私は考えます。それからまた、あるいはお互いの人間観に大きな隔たりがあり、そこを理解し合えていないということもあるでしょう。それだから、そうであるはずだからこそ、私は鈴木さんにこの往復書簡を呼びかけたのでもありました。人間同士が理解し合うということの困難を、今回また改めて感じたのでした。それで、鈴木さんからの前便への感想を、忘れないうちにいくつかここにしたためておかなければならないことになりました。

写真
道23・帯広市駅前(写真・WATADA)

 これは私のクセでもあると言っていいのですが、たとえば鈴木さんが「人間は弱い。最も強い人間は最も弱い」というようなことを書かれると、ほとんど反射的に「鈴木さんの言う『弱い』とはどういうことか、『強い』とはどういうことか」というふうに私の気は回ってしまうのです。それで、「弱い」とか「強い」の定義は? なんていうふうに考えずにはおれなくなっちゃうんですね。鈴木さんはもちろんそんな厳密な意味でなく、ごく日常の言葉として「弱い」「強い」を遣っているんですが、私はそうはできないタチなんです。そこでお互いの理解に案外大きな齟齬が生じている可能性があるように思うのですが、どうでしょう。
 「人間はいつまでたっても子供なんです」というのにも「子供」の私は素直にそうとうなずけないでいます。これが、親しい床屋のオヤジサンとの世間話ででもあれば、心の中で「違うなー」と思いつつナマ返事でやり過ごすこともできるのですが、右翼の、それも理論家として知られる鈴木邦男の言葉としては、やはり物足りなさを感じてしまうんです。鈴木さんならも少し論理を重んじて対応してくれるハズだと思っちゃうんです。これは私の甘えでしょうか?
 改めて言うことでもありませんが、「弱い」とか「強い」とかは実用上は便利このうえない言葉ですけれども、相対的な感覚に過ぎないのではありませんか。「弱い」日もあれば「強い」日もある、ある人から見れば「弱い」し、ある人から見れば「強い」のであって、はっきり言えば「弱い」「強い」はまったくもって曖昧な概念じゃないかと思うのです。それで、私はいったい「強い」のでしょうか、はたまた「弱い」のでしょうか。鈴木さんは「弱い」のか「強い」のか、どうでしょう。そう問われたら、だれもが答えに窮するでしょうし、どちらと答えても「正解」なんですから。
 「人間は、いつまでたっても子供」だという鈴木説も、「強い」「弱い」と同じようなことじゃないかと私は思います。七〇歳になってオムツをしている人がいるのはもちろん「子供」だからではありません。それには別の理由があるわけですね。と、まあ、これは冗談、ヨタ話ですけれども、人間はいくつになっても「子供」のような要素を持っている、というのがより正確な認識だろうと私は思うんです。「子供」だって、安倍さんみたいに無責任じゃない「子供」がたくさんいます。それに、「子供」というのは何歳から何歳までの人間をいうのか。そういうことが「子供」みたいに気になる私のようなオトナもいるわけです。
 またしても閑話休題みたいなことを書いてしまいました。ゴメンナサイ。秋も深まり季節もいいのに、私は〆切の原稿に追われ続けています。11月に入ったら、私から連絡しますので食事でもしませんか。そうそう、井上ひさしさんの芝居『円生と志ん生』も東京公演がはじまります。よかったら一緒してもらえませんか。この件も改めて連絡します。とり急ぎ、お返事まで。

不一

2007年(核時代62年)10月21日
和多田進拝

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■インフォメーション

ポータルサイト北海道人更新情報

連載【となりの北海道人「私のお父さん」 第28回】
 北海道出身、または現在北海道にお住まいの4人の方に、ご自分のお父さんについて語っていただくコーナーです。今回もいろいろなお父さんの話で盛りだくさんです。「私のお父さん」は下記アドレスにアクセスしてお読みください。

http://www.hokkaido-jin.jp/issue/dad/101.php?no=028

コンサート情報

「札幌大学創立40周年記念ジャズコンサート『ism×love』=hope」
「藤女子大学クリスマスコンサート『教会音楽の伝統と今II』」


 『メルマガ北海道人』の執筆者としてもお馴染みの、田野城寿男さんが出演するコンサート情報をHPにアップしました。

・「札幌大学創立40周年記念ジャズコンサート『ism×love』=hope」
 札幌大学の客員教授でもある編集長・和多田進による講義「アートプロデュース論・」の受講生が授業の一環として企画したコンサートです。田野城寿男さんと廣樹輝一さんによるジャズ演奏をお楽しみください。

・「藤女子大学クリスマスコンサート『教会音楽の伝統と今II』
 オルガン奏者・大野敦子さんとサックス奏者・田野城寿男さんによって教会音楽が演奏されます。今回は大好評だった昨年のコンサートの第二弾です。

コンサートの詳細情報はこちらです
http://www.hokkaido-jin.jp/issue/event/




■次号予告
 次号が配信される11月1日には、日本シリーズの第5戦目が予定されています。5戦目があるのかないのか、そのとき北海道は熱く燃えているのかどうなのか、今から気になるところです。野球で興奮しても、メルマガは忘れずお読みください。
 次号のメルマガラインナップは、田野城寿男の「楽譜のいらない音楽授業」、岩崎稔の「大陸人の時間」、大竹正枝の「新・自然真営道」です。
 『メルマガ北海道人』第42号の配信は、11月1日(木)です。

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