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『メルマガ北海道人』第38号 2007.09.27. ―「北海道人」、すすきのに満月―
 二日前の十五夜の日、札幌あたりでは朝から雲が低く垂れ込め、雷鳴が、出勤する人々を驚かしていました。こんな天気じゃ月見は期待できないだろうな、と思っていたら雲間から満月にはちょっと足りない十五夜お月様が見え隠れ。月見まんじゅうも役割をまっとうすることができ、めでたしめでたし。
 二日後の今日、9月27日は満月です。すすきのに満月が浮かびます。鈴虫が鳴く薄野にも、ネオンが瞬くススキノにも。
 『メルマガ北海道人』第38号、17時24分の月の出ちょっと前に配信!

となりの北海道人『私のお父さん』




■もくじ

連載【上林早苗の『上海日記』】

 今回はプロレタリア文化大革命の頃からの話。上林さんが50歳以上の人を取材したとき、文革の話題になると表情が一瞬こわばり、声のトーンが落ちたといいます。文革の真っ只中に育ったチャンインの目には、大人たちの姿や革命の様子はどのように映ったのでしょうか! 彼の記憶をたどる「上海日記」第16回。

連載【とろんのPAI通信】

 49日間の祭り(実際は58日間)が終わった4日後、逃げるように桃源郷PAIを脱出したとろんさん一家。向かった先はもう一つの桃源郷、中国雲南省大理でした。旅の途中に9月11日を迎え、ニューヨークにそしてその日が誕生日の弟に思いをはせる、「とろんのPAI通信」第9回。

連載【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】

 編集長・和多田進が鈴木邦男さんにラブコール? 「鈴木さん! 一緒に逃避行しませんか?」とは、なんと今回の見出し。編集長、どうしたんですか。いつもとずいぶん調子が違いますよ。9月12日の安倍首相の辞意表明のせいですね! 今回はタイムリーな話題に寄り道です。

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□連載
【上林早苗の「上海日記」】第十六回

大人たちの奇行

写真
上海国際旅遊節(観光祭)のパレードを見学
する若者。セクシーな衣装の外国人モデルた
ちに歓声が上がっていた(淮海路)
 アメリカの公衆トイレで手を洗う人の割合が低下――つい最近、そんなインターネット記事を見た。なんでも男性に洗わない人が多いらしい。しかし、興味深いのはこれについてネットで繰り広げられる殿方同士の議論だ。
 「自分の手と蛇口のどちらが不潔か」
 「そもそも手は汚れたか否か」
 「どんな用の足し方なら手を洗わずにすむか」
 女の私には目からウロコの討論である。ちなみに夫をはじめとする中国人男性7人に手洗いアンケートを取ってみた。答えは全員「もちろん洗う」。ところが、「洗わない人を見かけるか」との質問にはこれまた一様に「よく見かける」。今後しばらく男子トイレの洗面台に注目したい。
 今回はプロレタリア文化大革命の話からである。通称「文革」は1966年に毛沢東らが発動し、毛沢東本人の死、四人組逮捕までの10年間、中国全土で繰り広げられた政治・思想闘争だ。知識人や一般人が「反革命分子」として迫害を受け、その死者数は1000万人とも2000万人とも言われている。
 雑誌の仕事をしていた頃、50歳以上の人を取材すると話がこの文革に流れ着くことがよくあった。ほとんどの人が一瞬、表情を硬くし、声のトーンを落としたのを覚えている。そこには私が外国人であることのへ抵抗感や、記事になることへの政治的な不安があったかもしれない。しかし、多くの人にとって文革が今なお触れられたくない思い出であることはまちがいないだろう。
 その文革がはじまった時、友人チャンインはまだ3歳だった。右も左もわからない幼児である。「革命」のまっただなかで彼はどのように育ったのか。小さな目にこの壮大な政治キャンペーンはどう映ったのか。引き続き彼の記憶をたどっていきたい。
 「毛主席はえらい人」
 幼いチャンインにもそんな認識だけはあった。家の客間の一番いいところに張られていたのは「宝像」、つまり毛沢東の肖像画だった。ホクロのついた口元、耳付近の髪が盛り上がって「パンダのようなシルエット」の頭、はちきれそうに膨らんだ人民服。ごく標準的な「宝像」である。そばにはこんな標語が貼られていた。
 「飲水思源(水を飲む時、その源を思え)」
 「翻身不忘共産党(解放されても共産党を忘れない)」
 「幸福不忘毛主席(幸せになっても毛主席を忘れない)」
 その毛主席の講話がラジオで発表されることがあった。いわゆる「最新指示」である。この日、人々は放送のはじまる夜8時までそれぞれの職場で待機。発表が終わると、その内容にかかわらず喜びのドラをかき鳴らし、一晩中「毛主席万歳」と叫びながら街を練り歩いた。
 ところが、「最新指示」の事前通知が職員によく伝わらない日があった。特に職場が遠い母は帰宅してから一報に接することが往々にしてあり、そのあわてぶりはチャンインを大いに不思議がらせた。
 「毛主席の講話が発表されるぞ」
 「最新指示だ!」
 夕食中だった母シューリャンさんはとたんに茶碗を放りだし、一目散に外へと駆けだす。チャンインは母の後ろ姿をぼう然と見送った。
 「せっかく帰ったのに、なんでまた行くんだろ……」
 謎はそれだけではない。講話発表後もなお大人たちが大げさに「最新指示だぞ」「毛主席のお言葉だぞ」と教えあうのも変だった。この日は全人民がラジオにかじりついているのだし、しかもこのお祭り騒ぎである。犬や猫だって知らぬわけにいかない。チャンインは皆の行動が可笑しくてしかたがなかった。
 母や大人たちを「奇行」に駆り立てたもの。それは結局のところ何だったのか。おそらく「恐怖」だろう。当時の社会で生きていくには革命への積極性をアピールするほか道はなかった。そこから外れた場合、先に何が待っているのか、誰もがよく知っていた。
 最近になってチャンインは母に聞いたことがある。
 「あの時、バカなことしてると自分で思わなかった?」
 シューリャンさんの答えはこうだ。
 「あれが普通。行かないほうがバカですよ」
 もし私なら、と考えてみる。やはり茶碗を放りだしたにちがいない。ちょうどあの時のシューリャンさんと同じように。

かんばやし・さなえ…1978年生まれ、奈良出身。京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住7年目。中国人の夫と姑との3人暮らし。

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□新連載
【とろんのPAI通信】 第9回

もうひとつの桃源郷、中国雲南省大理

写真
PAIでのベスト3ガールフレンドの一人、オー
 あのいまいましくってステキだった49日間のPAIでの祭り(実際には58日間)が終わったのが満月&月食の8月28日で、その強烈すぎるPAIのオーラを突き破り、逃げるように桃源郷PAIを出たのがその4日後の9月1日。
 そして今、もうひとつの桃源郷、中国雲南省の大理で文字どおり骨を休めているボクとはるかと一歳一ヶ月の太一君。満月に祭りが終わって2週間後の今日、9月11日は新月で日食。ボクらが右往左往してる間にも月は淡々と確実に自らの変化を示し、ボクらのイノチに作用してゆく。大理に着いた翌日から二日連続虹が出現し、5日目の新月の今朝、やっとPAIの磁場から解放されて、自分の全細胞が休まってゆくのを感じている。
 PAIは木と竹と葉っぱ文化の町。大理は木と石(大理石)文化の町でPAIよりも全体にスケールがデカイ。PAIは標高600メーター弱で2000メーター級の山々に囲まれ、川に貫かれた盆地の町。大理は標高2000メーターで町の西側には4122メーターの馬龍峰を筆頭に4000メーター級の山々が聳え立ち、東側には南北41キロ、東西3.5〜9キロの細長い淡水湖が構えている、峰々と湖に挟まれた町だ。お互い遠く離れた町なのに「桃源郷」として世界中から旅人がPAIと大理を往ったり来たりしているのだ。全く雰囲気が違うのに人々を惹きつけるその「引力」の共通性は何だろう?
 まず最初に思うのは町のロケーションが神聖で美しく快適で、イノチを育むのに最適だということ。丁度お寺や神社を建てるときに「場」を厳選してゆくのと同じ「祈りの作業」が町づくりの時に在ったのだろう。そして次に思うのは、そういう厳選された「場」で育まれた町の人たちから放たれるまろやかな「人の気」。そういう「場と人」から産まれた強烈なオーラのようなものが存在していて、ほかの町とは全く違う、交換不可能な雰囲気に包まれた町なのである。
 今日は9月11日。巨大都市ニューヨークの巨大ビルに飛行機がふたつ体当たりした日だ。桃源郷PAIや大理では決して起こりえない破壊的なハプニングが日常的に起き行く巨大都市。そしてある人たちにとっては「桃源郷」でもある巨大都市。破壊と創造の神、その善悪美醜上下左右を超えたイノチのしくみ。
 新月&日食の今日9月11日は、実はボクの弟の49歳の誕生日でもあり、これからメールでオメデトウ!! を打とうとおもっている。49という数字は日本では“死んで苦しむ”とか縁起の悪い数だけど、タイでは9がベストで次が4だからとてもラッキーな年なのだ。ボクの実母はボクが3歳の時に自殺していて、今の母はボクが6歳の頃やってきた継母。弟は、だから腹違いの子で、ボクより7つ年下。ボクが小学校に行く頃に産まれたので、よく面倒を見ていた。今ボクは56歳で初の子を育てていて、日々の強烈な赤ちゃんの“しょんべんくささ”が、その頃の弟のことを思い起こさせ、涙が出てくる程のなつかしさがこみ上げてくる。
写真
はるかが現れなかったら結婚してたかもしれない?
PAIの女友達、ブン
 ボクらは毎年、年末年始には日本に帰っていて、バンコクから東京に着いたらいつも弟の住む東京深大寺のアパートに居候させてもらっている。東京で個人タクシーをやっているので生活は安定していて、頼もしき49歳的存在。昨年末などはその個人タクシーで東京から岡山まで高速道路を使って帰省したのだから信じられないくらいのシアワセ。メーターを倒したらいくらかかるのだろう? お互い年を重ねてきて、生きる方向は違っていても、そして問題がいろいろあっても、少しでも助け合ったりお互いを認め合ったりしながら、その“涙が出るほどのなつかしさ”で繋がっていたらシアワセ、だな。
 そう! その“涙が出るほどのなつかしさ”なのだ!! 桃源郷PAIと大理が人々を惹きつけるその「引力」の共通点!!! なぜだかわからないけど、やたらに涙が出るほどなつかしい町。きっとこの二つの町にはボクらが奥深く忘れてしまった「なにか」を想起させる「引力」が秘められているのだろう。大理にはあと9泊して20日の半月の夜、チェンマイへ飛ぶ。そしてまたまたもうひとつの桃源郷へ。
   桃の大好きな岡山生まれのとろんより。

とろん…1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪を始める。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行し、今に至る。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社刊)があり、この3年間は『とろんのPAI通信』を(なまえのない新聞)に連載中。2001年、50歳のときにタイのPAIに流れ着き、MOON VILLAGEという村つくりを展開しながら、(くるくるPAIバンド)を率いPAIでライブ活動中。

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□連載
【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】 第21回

和多田進→鈴木邦男

鈴木さん! 一緒に逃避行しませんか?

鈴木邦男さま

前略

 今回、またしても話が横道に入り込むことを許して下さい。というのは、安倍晋三首相が突然辞意を表明(9月12日午前)し、なんだかワケの分からぬ日々がその後、今日(9月20日現在)までつづいているという事態をどう考えるべきかということを鈴木さんと話したかったからです。この往復書簡は、間が空いてゆっくりしていますから、考えを持続するには都合がいいのですけれど、今回のような急な事態が起こると、事態はどんどん進み、私たちのやりとりははるか後をゆくということになってしまいます。ジェット機のように現象と事態は進行し、私たちの討論は馬車のようにゆっくり進むというわけです。しかしまあ、私はそれがいいと考えています。考える手順と軌跡が刻印されるのは決して悪いことじゃないでしょう。
 私は安倍首相の辞意というものをインターネットのニュースで知りました。いや、私がインターネットのニュースを直接見たんじゃなく、見て驚いた人が昼食時の私にコピーで知らせてくれたんです。その文字を見て、私はしばし絶句しましたよ。事態をどのように判断してよいか分からなかったんです。なにしろ、首相は前々日(9月10日)に所信表明演説を行ったばかりなんですから。前代未聞、頭の具合いがおかしいんじゃないかとさえ思わないではおれませんでした。
 9月12日の夜10時過ぎ、知り合いの記者から札幌にいた私に電話が入りました。「安倍が、麻生に騙されたと言っている」というのが彼の電話の内容でした。その情報で私の頭の中はスッキリ整理がついたんです。安倍の突然の辞任の謎は、それで私にはなくなりました。

写真
道21・青森恐山(写真・WATADA)

 権力というものの脆弱ということに私は思い至ったわけです。強大に見える権力も、実は支えが在ってのことだということですね。「金の切れ目が縁の切れ目」というのが分りやすいでしょうか。とにかく、人は甘い蜜に群がるわけです。「裸の王様」の例もあります。「獅子身中の虫」ということも私は思い出します。とにかく、権力というのは「張子の虎」だけれども、周囲がそれを崇め奉るから成り立っているだけのことなんじゃないでしょうか。だれかが崇めることをやめ、だれかが奉ることをやめれば、無惨にも権力は崩壊します。ヒットラーがそうだった。小さいところでは、某大百貨店の場合がそうだった。某大鉄鋼会社の場合もそうでしたよね。
 みんな、自分の生活を賭けてないから権力の思いのままになる他ないのじゃないのか、というのが私の考えです。今回の安倍首相辞任をめぐる権力闘争は、実に古典的で、芝居としてもアホらしいのですが、国民はまたまた自民党を支持しはじめているようなんですね。9月23日には自民党の総裁が決まり、そこで「選出」された御仁がそのままほとんど自動的に日本国を代表する総理大臣になり、内閣の支持率も上る、テロ特措法も支持する国民が多くなる、っていうことになるんでしょうね。そう考えると、理性とは別に、私は鈴木さんに愚痴をこぼさずにはいられなくなるんですよ。一票一票が大切……なんていう理性をかなぐり捨てて、ええい、どうともなれ! ってな気持ちに。
 日本国憲法第22条2には、「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」とあります。なんだか、私は鈴木さんと国外へ逃避行したい気分になってきました。一緒に行きませんか? どこがいいって当てはないんですけど。男じゃ嫌ですか?
 私も実は、男と逃避行は嫌です。できるだけ女性と行きたい。と、まあ、こんなめちゃくちゃな今日は気分なんですよ。ごめんなさい。次回は、も少し、元にもどって書きます。残暑のおり、ご自愛のほど。私も自愛します。

不一

2007年(核時代62年)9月20日
和多田進拝

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■インフォメーション

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連載【となりの北海道人「私のお父さん」 第26回】
 北海道出身または現在北海道にお住まいの4人の方に、ご自分のお父さんについてお話しいただくコーナーです。ああ、お父さんと子どものつながりとは、なんと深くって、穏やかなのでしょう。

http://www.hokkaido-jin.jp/issue/dad/101.php?no=026




■次号予告
 ここ数日、目撃まばらな半そで人。次号が配信される頃には街から半そで人がいなくなっていると思われます。その代わりにマフラー人が増加するでしょう。しかし今のところ、それは綿マフラー人で毛マフラー人ではないでしょう。
 さて、次号のメルマガラインナップは、田野城寿男の「楽譜のいらない音楽授業」、岩崎稔の「大陸人の時間」、大竹正枝の「新・自然真営道」です。
 『メルマガ北海道人』第39号の配信は、10月4日(木)です。

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