メルマガ北海道人

HOME > 第33回

『『メルマガ北海道人』第33号 2007.08.23. ―「北海道人」、さよなら夏休み―
 夏休みが終わり、がっくりしている子どもたち、せいせいしているお母さんたち。夏休み前には、あんなにりっぱな計画票をつくったのに、毎年休み最後の日には宿題に追われている。こんなはずじゃぁなかったのに……。社会人になっても然り、「こんなはずじゃぁ」がたくさんあります。毎週配信しているメルマガ編集部は毎週夏休みの最終日をむかえているようなものです。アレレ、もう締め切り! アレレ、もう配信?! アレアレ??
 『メルマガ北海道人』第33号、さよなら夏休み的な配信です。

となりの北海道人 『私のお父さん』




■もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 「移動型」の田野城さんが一番長く住んでいるところ、それはなんと北海道でした。十勝の馬小屋を改造して住み始めた田野城さんを待ち受けていたものは! 馬小屋といえば、そこで生まれたという説のあるイエスや聖徳太子が思い浮かびます。馬小屋って特別な場所なのでしょうか。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 お手伝いの張さんの息子さんが大学に合格しました。しかし、張さんはなにやら浮かぬ顔のよう。中国の大学入試事情、就職事情は日本と比べてどうなのでしょうか。北京五輪まで1年を切り、人びとの関心も熱気もヒートアップ中の北京より、岩崎さんがお届けします。

連載【大竹正枝の『新・自然真営道』】

 「森林療法」シリーズのラストとなる今回は、北海道上川管内下川町の取り組みを紹介。下川町はなんと林野庁の「森林セラピー基地構想」以前に、森林セラピーの実践に取り組んでいました。「我々は森と共に生きていく」という言葉に感銘を受けた大竹女史が熱く語りかけます。

このページの先頭へ




□連載
【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 13

「諦めないで全力疾走」

 「移動型」の私にとって、一番長く定住している場所が、ここ北海道。
 ことの発端は、横浜山手の“港の見える丘公園”近くのマンションに住んでいた時のこと。当時の私は、創作活動に力を入れていました。その為のスタッフやメンバーがニューヨークに居たため、私もウエスト86丁目辺りのアパートメントを借りて現地での生活も同時に行っていました。
 ニューヨークから帰国したある日の事、自宅のテレビを点けると偶然作家の立松和平さんが知床に住んで活動されているという内容の番組が放送されていました。
 「こういう生活も面白いかも?」
 当時の私は、ニューヨークでの創作活動とは別に、横浜で海外留学のサポートもしていました。例えば、音楽相談など1日に100本近い留守電が入る毎日でした。音大生はもちろん、それ以外の学生や社会人まで、本当に様々な人達が新たな音楽環境を求め、私のところへやって来ました。
 この二つの生活はどちらも思い入れ深く満たされるものでしたが、その一方で都会の生活は練習場所の確保が難しく、自分の練習が自由にできないジレンマを持っていました。これは私だけでなく、多くの音楽家にとって、同じ事が言えるのではないでしょうか。若者が公園で練習する風景を目にするたび、「防音設備の整った住まいがもっとあれば良いのに……」と感じます。大きな音を出せる場所が少ない。これは音楽家にとってかなりの致命傷。
 「24時間好きな時に練習したい!!」
 「凄い! 知床のような所に行けば、きっと練習し放題なんだ!!」
 単純にそう思えた事と、ご縁があって北海道の十勝に移住を決めました。
 これまでの生活に終止符を打ち、北海道に越して来たのは真冬の2月。離農農家の跡地で、馬小屋を改造して住居にしました。
 実際十勝に来て一番驚いた事は、極寒の冬。平均マイナス20度は越えていたでしょう。樹氷も感動しましたが、なんと言っても一番は、早朝、我が家の庭でダイヤモンドダストに巡り会えた事! 寒さを忘れて魅入ってしまう美しさでした。
 また都会では信じられないかもしれませんが、ほとんど自宅には鍵をかけませんでした。勿論、車の鍵を掛け忘れたり庭に財布を落としていても大丈夫。庭を横切るのはせいぜいキタキツネやウサギそしてリスなのだから。屋根裏にコウモリが巣を作り、夏になると部屋をビュンビュンと飛び回る事件もありました。自宅前は街灯がないため、辺りは真っ暗。あまりの暗さと静寂でおばけが怖〜いと脅かしたいところですが、実際住み慣れてくると絶対にヒグマの方が怖い。このあたりの感覚も変わってきました。
 初めて迎えた秋。
 「向こうからやってくるのは、何だろう……」黒い集団が馬小屋めがけてやってくる。よく見るとこれ、何万匹かわからない程のてんとう虫の大群。越冬する場所を求め、我が家に押し寄せてきたのでした。隙間だらけの馬小屋だから、夜になると部屋の明かりをめがけて、容赦なく侵入してくるのです。彼らには本当に、毎年悩まされました。
 また吹雪の日の出来事。四駆の車で出発したのも束の間、自宅前5メートルの所で軽く遭難した事もありました。大きな吹きだまりができていて、そこにはまってしまい一歩も前に進みません。自動車から出て作業をするものの自分も雪に埋もれ、あまりの吹雪に前は見えないは息は出来ないはの危機的状態。思わず「死んじゃう!」と思いました。
 北海道の冬に吹雪きはつきものです。十勝に住んでいる間、恐らく毎年1回は、吹きだまりに自動車をはめては、近所の農家のトラクターに救助されていました。
 なので、この場をお借りしてひと言。
 十勝の農家の皆様、大変お世話になりました。
 初体験ばかりの北海道の暮らしでしたが、確かに毎日、好きなだけ練習は出来ました。
 自宅兼スタジオから良く外を眺めていましたが、目の前に広がる山脈や田園風景はまるでヨーロッパに来ているのかと錯覚するほど。荘厳なクラッシック音楽はそもそも、広大なヨーロッパ大陸で誕生しています。その理由が何となく十勝でわかりました。
 一方ジャズやロック、クラブ系の音楽は反対に都会の音楽です。人々の思いがグチャグチャに交差した中で生まれ、より一層複雑に成長していきます。ロンドンからブリテッシュロック、デトロイトからテクノ、大都市ロサンゼルスからはスムースジャズやロックが生まれ、ニューヨークではジャズやサルサ、ヒップホップが誕生して世界に発信されています。
 意志のある所に同士が集まり、さらに磨きをかけアートが生まれ栄える。
 じゃぁ意志の無い所には一体、何が生まれるのだろう?
 ……残念ながら、何も生まれないかも。
 という事は、私達も高い意志を常に持ち続けて暮らしてゆけばとても素敵な街ができると思いませんか?
 だから私は思うのです。
 どんな理由があったにせよ、諦めないで全力疾走して駆け抜けたいと!

写真:田野城寿男氏

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com

携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

このページの先頭へ




□連載
【岩崎稔の『大陸人の時間』】第16回

「厳しい競争社会」

 五輪まで1年を切り、北京では至る所で歓迎の式典や、テスト大会が行われている。中でも8月8日に天安門広場で行われた式典ではジャッキー・チェンやアンディー・ラウ、NBAバスケット選手のヤオ・ミンなどが参加して盛大に五輪開催1年前を祝ったらしい。「らしい」というのは、プレスパスの数に制限があったために中に入れなかった私は、交通規制の敷かれている天安門の東側まで行ったものの、式典の様子は何も見えなかったのだ。もちろん一目見てみようと考えるのは私だけではなく、数千人の市民が警備する警察とにらみ合い、押し合いへし合の騒動が式典の終わる頃まで続いていた。
 家に帰り北京五輪1年前の特集を見てみると、ちょうど天安門広場で100人の歌手がこの日のために作曲された「We are Ready」(私たちは準備できた)を大合唱していた。今後、色々な歌が発表されていくそうだが、1年前で「We are Ready」だと、五輪が近づくにつれ「We can’t stop」(私たちは止まらない!)や「We are late」(私たちは遅れる!)などが作曲されるのではと期待してしまう。
 一方、北京五輪まで1年を切り、いてもたってもいられず集まった群衆とは逆に、私のお手伝い張さんは大変冷ややかに1年後の五輪を祝う式典について述べた。
 「あんなにお金をかけて立派に祝っているけれど、私たちの生活とはほど遠い関係の無いものよ」
 わけも分からず浮かれている市民よりは冷静である。
 「北京市民の多くがボランティアで参加するって聞いたけど張さんは参加しないの?」
 「バカなことを言わないでよ、どこにそんな余裕があるの。今年は息子が何とか大学に受かったけど、その学費を払うために借金までしたのよ。毎月の家のローンもあるし、オリンピックに浮かれている余裕なんてあるわけないじゃないの。……私ももう少しきれいだったら、何かいい仕事があるかもしれないけど、もうこの歳じゃだめね」
 こういうことを張さんは真顔で言う。目の周りをぐるりと黒く縁取ったラインも微動だにしない。「いい仕事って、いったい何を考えているんだい!…」とつっこむ勇気はなく、聞かなかったことにした。
 「でも息子さん大学受かって、良かったじゃない!」
 「毎年学費だけで1万2千元(約18万円)、住居費や食費を入れたら2万元(約30万円)近くにまでなるのよ」

写真
北京五輪のマスコット達

 大学の敷居がますます低くなっている日本よりもずっと厳しい受験を勝ち抜いたとは言え、張さんの息子さんが合格した大学は第三希望であまりうれしい合格とはいえないようだ。最近中国では有名大学を卒業しても就職の保障はほとんど無く、就職浪人が増えている。ましてや第三希望まで落ちてしまうと、やはり大学には入れたが今度は就職の不安が付きまとうらしい。中国では大学生が通学することはほとんどなく、寮に入って、生活も勉強もキャンパスの中でする。
 「それに9月からは1ヶ月の軍隊の訓練に参加しなければならなくて、それもお金が取られるのよ。本当に困ったものよ」
 大学入学後、新入生は男女問わず入隊する。といっても武器を持つようなことはなく、歩き方や立ち方などの訓練にすぎない。以前は1ヶ月ぐらい入隊していたが、最近は2週間程度の服役で学校に戻ってくる。
 中国では、毎年7月に3日間ほどかけて、日本のセンター試験のような全国規模の試験が実施される。このテストの点数によって大学の合否が決まる。しかし、その選抜方法は公平とは言えない。都市の学生を優遇するように作られているのだ。例えば同じ大学を希望し試験の点数が同じ場合、その大学の所在地出身の学生を優先的に合格させる。つまり、北京の大学の場合、北京戸籍の受験生を優遇する。北京は有名大学が集中しているため、北京戸籍の学生は有名大学にも受かりやすい。もちろん全国から相当優秀な学生が有名学校を希望するため、受かりやすいといっても、それなりの力がないと箸にも棒にもかからないのだが。
 これだけ厳しい社会を勝ち抜いてくる中国のエリート学生が大挙して日本や世界各地で活躍する日が訪れるのもそう遠くはないような気がする。

終わり


写真:岩崎稔氏 いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。

*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

このページの先頭へ




□連載
【大竹正枝の『新・自然真営道』】第19回

「下川町、森林セラピー発信構想〜森林療法(3)」

写真
下川町エミュー牧場
 林野庁の「森林セラピー基地構想」計画を聞いたとき、私は格段驚くことはなかった。というのは、それよりも以前から“森林セラピー”を日本で実践しようと立ち上がった町の存在を知っていたからである。林野庁よりも先見の明を持っていたのは、北海道上川管内下川町だ。
 「我々は森と共に生きていく」とそう熱く語ってくれたのは、下川町在住の小日向昭さん(森林さーくる・森人類)である。そもそも小日向さんと知り合ったのは森林セラピーがキッカケだったのではなく、2001年に私が宿泊したB&B(ブレックファースト&ベッド=一宿一飯)を通じてであった。当時、私は農村と都市の関係について興味を持っていたので、エコツーリズムの一つであるB&Bに非常に関心を寄せていたのである。
 B&Bはイギリスやヨーロッパが発祥で、田舎に旅行をする際に農家や民家に泊めてもらう自然体験型のツーリズムの一つである。都市の人が週末、気軽に自然に触れられる良い機会になるほか、農家にとってはちょっとした収入となる。それをこの下川町ではすでに始めていたのだ。現在B&Bを実行する家庭は2軒だが、今後どんどん旅行者を受け入れる家庭を増やしてく計画だという。
 小日向さんと出会った2001年に、「我々は森と共に生きていく」という言葉を聞いたのだ。この言葉を聞いて読者のみなさんはどう感じられただろうか? 私は確固たる決意の表れと執念に似たようなものを感じた。下川町は土地の約80%が森林のため林業が産業の中心となっており、高齢化のため町の人口は減少の一途にある。そのような状況の中、町の活性化を図るのはそう容易なことではない。とかく我々は、レジャーランドとかダム建設などを推進して、すぐに活性化に結びつけようとしがちだ。しかし、小日向さんをはじめ下川町の人たちは、本当の意味での金脈をしっかりと理解しているのだと思う。林業を営みながら、同時に貴重な財産である森に付加価値をつけ、その価値を全国にアピールする。「素晴らしい」の一言につきる。
 下川町では、森林セラピーを体験しようと訪れた人々に森の知識を深めてもらい、枝打ちや森林散策などを体験してもらっている。さらに、もっと森林セラピーを具体化しようと、2004年には「森のセラピスト入門講座」を開講した。また、下川町には森林だけでなく、五味温泉という国内屈指の炭酸ガス含有率を誇る温泉もある。効能として、全身の血管を拡張させるなど女性の冷え性や糖尿病にも大きな効果が期待されるものだ。まさにクナイプ療法を実践するには好適な場所だ。この下川町で、ユニークなビジネスをはじめた人もいる。オーストラリアに生息するダチョウのような大きな鳥“エミュー”をご存知だろうか? この鳥の飼育を行い、卵を食用として販売しているのだという。
 このB&Bや森林セラピーなどのユニークなプロジェクトによって、町は少しずつ活気を見せている。今では、東京や大阪など道外からの来訪者も少なくないという。「森林セラピー基地構想」の1歩も2歩も先を歩んでいる下川町の人たちに私はエールを送りたい。

おおたけ・まさえ…1965年生まれ、千葉県出身。現在、北海道大学農学研究科に在籍。植物が人間に与える不思議なパワーに興味を持ち、主に園芸療法について研究するかたわら、ガーデニング、環境保全、そして地域・農村活性化など幅広く関心を持つ。

このページの先頭へ




■インフォメーション

9月9日迄の限定販売! 白いトウモロコシ「ピュアホワイト」

 ショッピングサイト「北海道物産店」では、生で食べられる白いトウモロコシ「ピュアホワイト」を期間限定で販売中です。もぎたて糖度はメロンよりも高く、まさに畑のスウィーツです。9月9日迄の限定販売です。ぜひお試しください。

http://bussanten.hokkaido-jin.jp/category/detail.aspx?m=detail&c=7&b=164

「新・自然真栄道」の大竹正枝さんから講演のお知らせです。

北海道大学農学部 園芸学教室100周年記念シンポジウム
園芸と健康・長寿社会 〜園芸作物の癒しパワーと機能性〜


日 時:平成19年8月31日(金) 13:00
場 所:北海道大学 法学部5番教室
座 長:大澤勝次(北海道大学名誉教授;(財)北海道農業企業化研究所)

【講演内容】
「園芸作物を活用した園芸活動の癒しパワー・元気パワーを考える」
秋田県立大学生物資源科学部 アグリビジネス学科 准教授
神田啓臣(S63卒)

「認知症や糖尿病改善の実践にみる園芸作業の癒しパワー」
北海道大学大学院 農学研究院 園芸学研究室 博士課程
大竹正枝

「地域の園芸作物を活用した‘スイーツさっぽろ’の取り組み」
札幌市 経済局農務部 農産担当課長 三部英二(S53卒)

「長寿社会の到来;園芸作物の多様な機能性を考える」
北海道大学大学院 農学研究院 園芸緑地学分野 准教授
鈴木 卓(S58卒)




■次号予告
 次号の配信日8月30日はハッピーサンシャインデー、太陽のような明るい笑顔の人のための日だそうです。太陽のような笑顔の人は誰だろうと考え、思い浮かんだのはアメリカの女優キャメロン・ディアスさん。なんと彼女の誕生日は8月30日でした。ちなみにこの日の由来は、8と30の語呂合わせとか……。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、「危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡」です。
 『メルマガ北海道人』第34号の配信は、8月30日(木)です。
 
※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
mailmag@prc.hokkaido-jin.jp

ポータルサイト『北海道人』
http://www.hokkaido-jin.jp/

※登録(または解除)は、こちら
http://www.hokkaido-jin.jp/mailmagazine/index.html

このページの先頭へ

バックナンバー

最新のメルマガ
第160回までのメルマガ
第140回までのメルマガ
第120回までのメルマガ
第100回までのメルマガ
第80回までのメルマガ
第60回までのメルマガ
第40回までのメルマガ
第20回までのメルマガ