メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第31号 2007.08.09. ―「北海道人」、北国の七夕も終わりて―
 北海道の七夕の日、夜空には雲がかかっていました。織姫と彦星のランデブーを確認することはできず、なんとなく七夕が終わってしまった感じがします。みなさんがお住まいの地域では、星空は見えましたか?
 星空は見えずとも、短冊に願い事を書いたり心の中で願い事をした、という方も多いのでは。「金持ちになりたい」「彼女が欲しい」「ビリーでやせたい」などなど。さて、幼いころはどんな願い事をしてたのでしょう。意外にも「世界が平和でありますように」なんて書いていたりして。
 『メルマガ北海道人』第31号、七夕過ぎてお盆モードで配信!

となりの北海道人 『私のお父さん』




■もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 海外に出かけると、日本から来たと話すと同時に広島生まれであると自己紹介するという田野城さん。広島は世界中の大都市に負けないほど良く知られていることがわかると言います。原爆が投下された特別な街ヒロシマについて、少年時代を回想しながら田野城教授が語ります。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 毎回岩崎さんは行く先々で驚くような出来事に遭遇します。しかし、今回の事件は岩崎さんの家の前というか玄関というか、そのあたりで起きました。長期の出張で疲れた岩崎さんを襲ったその事件とは! 警察も駆けつけてなんだか大ごとになっている様子です。悪いのは……?

連載【大竹正枝の『新・自然真営道』】

 前回に続き「森林療法」シリーズの第2回目です。国土の3分の2が森林でおおわれた日本。森林療法先進国ドイツのように、日本でも質の高い森林浴を楽しめたら! 近年、具体的な森の活用策として新たな試みが行われているそうです。コレを読んだら、森に出かけたくなります。

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□連載
【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 12

「夏が来れば思い出す」

 あの日の朝は、いつもと全く同じ、とてもよく晴れた夏の日だった。
 広島市民はいつもと変わらない生活を始めようとしていた。
 「ピカッ、ドン!」
 ほとんどの人が一体何の事か分からないまま、一瞬にして亡くなった。元気な子供も、学校に通う学生も働き盛りなお父さんも、洗濯をしていたお母さんも、病院に行こうとしていたおじいちゃんや庭の手入れをしていたおばあちゃんも皆、一瞬に。
 無差別にそして一斉に、自分の意志とは関係なく、まるで処刑がなされたようなものだ。
 私は海外に出かけると、日本から来たと話すと同時に、広島で生まれたと自己紹介する。するとよくわかる。広島が、世界中の大都市に勝るとも劣らない程よく知られている街だということを。その理由は、もちろん広島が原爆投下された街だから。
 第二次世界大戦の負の遺産。
 この被爆の街広島を、私が留学していた30年前のアメリカ市民もよく知っていた。中でも鮮明に記憶しているのは、リックというトランぺッターとのある出来事。
 彼は演奏仲間である私に、こう言った。
 「大変申し訳ない。あの爆弾を落としたのは、僕の意志ではないけれども、アメリカ市民の一個人として謝罪したいと思います」
 「自分の意志ではない」という表現が私の心に残ったのと同時に、素直に謝る彼の姿に「こいつは、凄い奴だ」とある種の驚きを感じた。というのも視点を変えれば彼のとった行動は、違いはあるにせよ「日本軍の真珠湾攻撃が間違いだった」と言って、日本人としてアメリカ市民に謝る事と同じだから。
 私は、権力のあるものに対して昔から抵抗してきたように思う。
 その一つが“義務教育”。小学校に入った私は、どうしても学校に行く意味を見出せなくて、大人達に問いただした事がある。でも残念ながら納得のいく説明を当時、大人達から得る事ができなかった。結果、“自分の生きる道をみつけよう”と一人でその答えを求めてさまよった。
親に黙って、広島平和記念公園の資料館や原爆ドームをよく見に行った。そこには世界から多くの外国人が訪れていた。髪や目そして肌の色が違う人々が、同じ場所に会する。
 様々な言語が飛び交う様子を目の当たりにした私は、「世界は広いんだなぁ〜」とまだ見ぬ世界に想いを馳せたりもした。
 また公園の横の川でよく魚釣りもしていた。これが以外に楽しかった。自分の求めている理由探しが毎日出来たのだから。学校の時間割に拘束されるのではなく、太陽や天候によって遊びの内容が変わっていく……自然との一体感を感じ、生きている実感が感じられた。
 こうして自ずと8歳の私は
 「人間は何故生かされているのだろう?」
 と真剣に考えるようになった。
 今考えてみると変わった子供だったと思う。
 原爆ドームの向かい側には、広島市民球場があった。街中至る所で多くの大人達が野球観戦に熱をあげているのを不思議に思った。
 「なぜ広島の皆は野球が好きなのかな?」
 そのうち近所の大人達からよく聴かされるようになって、その謎も解けた。
 「広島に原爆が投下され、多くの人が亡くなった。建物は崩壊し、まるで地獄のようだった。希望は全くなかった。そんな広島市民が生きる希望を見出そうとして、作られたのが広島東洋カープなんだよ。球団が誕生した時、お金がなかった。だから球場正面入り口には、酒樽が置かれた。この酒樽に、皆、投げ銭をして応援したんだよ」と。
 幼い私は、自分達の生活も苦しかったはずなのに、それでも球団を応援した広島市民の想いに熱いものを感じた。街中が応援する球団に、私も夢中になって応援した。
 でも実際、カープは本当に弱かった。毎年、最下位。こんな弱小チームが財政的にも恵まれている力の強い巨人に勝とうものならば、もう街中が大騒ぎした。広島市民にとっては、単なるスポーツ観戦では無かった。自分達の置かれた境遇をチームの姿に映していたのだ。
 私の反骨精神は、こうして広島で築かれた。
 その広島が今年、被爆62年を迎える。
 つい最近、広島市在住の10代の方からメールをいただいた。
今まで被爆についてあまり興味がなかったが、アメリカに留学する事が決まった時、原爆投下について皮肉にも興味を持ち始め、個人的に調べたという内容だった。
 彼のメールで私は改めて、気づかされた。
 30年前であれば大人達の誰もが当たり前の事として分け隔てなく子供達に語っていた悲惨な出来事が、21世紀の現代に至ってはそれが風化されているのだという事実を。
 「それではいけない! 忘れてはいけない!!」と私は言いたい。
日本人である以上、一度は必ず広島原爆ドームや資料館を直接訪れて欲しい。出来る事なら国の働きで、選挙権を取得する前の全ての若者に、良識ある社会人になるべく義務として被爆の悲惨さや核の脅威を知ってもらう機会を作って欲しいと私は強く感じる。
 もう二度と、同じ過ちを犯さないためにも。
 たった一発の原爆が、10数万人に及ぶ一般市民の命を消滅させた事実。生きながらえた人々も原爆の後遺症に苦しめられている現実。
 もし愛する人が、自分の意志とまったく関係なく外的なパワーで一瞬にして消えてしまったら、あなたはどう感じますか?
 是非、イメージしてみてください。
 私は海外に行って、多くの人と出会った。考え方や文化が異なり確かに難しい歴史問題もあるけれど、それでもこの地球上で共存していかなくてはいけないと感じた。
 その為に最も大切なものは物質ではなく心、つまり愛であるという想いは今も変わらない。

写真:田野城寿男氏

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com

携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

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□連載
【岩崎稔の『大陸人の時間』】第15回

「品質問題アリの家のドア」

 先月は海南島、モンゴル、最後に上海の南に位置する杭州へと立て続けに出張した。中国メディアの報道では、杭州は国内で一番すごしやすい街らしいが、空港に着くなり猛烈な熱気で、路面温度は45度を超えていたとか。暑さと出張疲れとのダブルパンチで軽い眩暈を我慢しながらなんとか宿泊先のホテルに着いた。中国を代表するジャン・イーモー映画監督のプロデュースした劇“印象西湖”の取材のためだ。
 西湖は杭州を代表する湖で、劇はその湖の上でこの地域にまつわる伝説や歴史を舞台化した内容。総勢300人の出演者がまるで湖の水面に立っているように見える。同監督の映画『ヒーロー』を髣髴とさせるほど壮観だが、客席から湖の舞台が少し遠い。交渉の末、劇終了後に湖の上の舞台で撮影させてくれることになった。長靴を履き、すくむ足で湖の中央まで行く。舞台監督の合図で数百人の出演者がわっと出てくるが、近すぎてとてもカメラに収まらない。照明や音声などのスタッフも合わせると総勢400人が私の撮影に注目している。中国の人海戦術にあらためて驚かされた。
 杭州の取材も終わり北京へもどると、連日の疲れが一気に重たく全身を襲い、とにかく一刻も早くベッドに潜り込みたかった。そこにピンポンと家のベルが鳴った。白タク段さんが頼んでいた現像済みフィルムを持ってきてくれたのだ。「ほんとに助かります」などと愛想よくお礼を言いながら、玄関の外で段さんを見送ったとき、家のドアが閉まった。ドアの閉まる「ドン!」という鈍い大きな音は、私の耳には実際以上に大きく重たく響いた。わかってはいるのだが、ドアにへばり付き「ああ、開かない」とつぶやいた。鍵はもっている。しかし家に入れなくなってしまったのだ。鍵を持っていても解決するわけではない。何しろ、私の家のドアは特別に「厳重」なのだ。

写真
文芸会

 中国製品の劣悪さが叫ばれているが、私の家のドアもその一例といえるだろうか、ノブが数年前に壊れて以来、鍵がないと家の中からも開かなくなってしまった。だから外出するときも鍵を開けなくてはいけない。もし家の中で鍵が見当たらなかったら、ドアを隔ててすぐの新聞受けにある朝刊すらも取れない。大雑把な私は普段、鍵穴に鍵を差し込んだままにしている。念のために言うと、中国人民すべてがこのようなドアのある家に住んでいるわけではない。
 ドアに鍵は二つあり、一つは家の中から刺さっているので外からスペアーキーを差し込めない。その場にいた白タク段さんに頼んで、専門に鍵を開けてくれる業者に連絡を取ってもらえたのは幸運なことだった。公園のベンチで業者を白タク段さんと待つことにした。もう少しで家のベッドに体をうずめるところだったのに……。彼らを待つ1時間、「蚊がいるね」「そうだね」とだけぽつりぽつりと言い合っていた。
 ようやく業者の人が二人組みでやってきた。日本ではこういう場合、一人で来るが、中国ではたいてい二人で来る。以前に洗濯機が壊れたときもそうだった。しかしその二人、警察が現場にいないと勝手に鍵は開けてはいけないのだという。さらに待つこと30分、派出所の警官がまた二人でやってきた。警官は根掘り葉掘り私の仕事について聞くと、怪しい感じは拭えないけれどとりあえずドアを開けてもいいということになり、鍵師たちが作業に取りかかかった。しかし、30分過ぎても開く気配はまったく無い。その場に貼りついて一部始終を見ていた警官は、
 「あきらめるか」
 とつぶやいた。もう少し待ってくれと頼み込んだ。警官はもっと忍耐強くあってほしいものだ。
 さらに待つこと30分、「ガチャン!」という音とともにドアが開いた。鉄の壁のようだった重いドアがゆるゆると動き、小さな隙間を作った。するとそばにいた警官が、まるで悪者のアジトに踏み込むように私の部屋へ突入した。部屋の壁に掛けてあるチベットの仏画を見るなり、
 「何だ、これは?」
 何か危険な宗教団体に入っているんじゃないのかという疑いがありありと顔にも言葉にも見て取れる。
 「それはチベットで買ったただの絵です」
 「まあいい。身分証明書とこの部屋の契約書を見せろ」
 と、わが物顔で勝手にソファーに腰を下ろした。私の身元を確認すると
 「クーラーが点けっぱなしじゃないか」
 と捨て台詞を残して警官二人は去っていった。
 段さんにお礼を言った。一人になって、何とか一件落着したと思って時刻を見ると、夜中の1時を回っていた。
 疲れて頭が全然回らなかったが、ふと疑問がわいた。
 あの警察はいったい何しに私の家に来たのだろう、来る必要はあったのか。


写真:岩崎稔氏 いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。

*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

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□連載
【大竹正枝の『新・自然真営道』】第18回

「日本でもクナイプ療法が実践される?!
 林野庁の試み〜森林療法(2)」

写真
森の癒し効果に期待が高まる
 前回、ドイツのクナイプ療法について触れたが、日本でも同様に質の高い森林浴を楽しめるとしたらこんな嬉しいことはない。じつは現在、新たな試みが日本で進行している。
 B.P.トーキン氏と神山恵三氏によるフィトンチッド効果や、その他の森林が人間に及ぼす科学的な研究報告の後押しによって、林野庁はすでに20年前に「森林浴」を提唱している。とは言うものの、森林が人間に及ぼす良い効果については認めてはいるが、具体的な森の活用策については手付かずのままだった。しかしながら、ここにきて大きな一歩を踏み出した。それが、林野庁、(社)国土緑化推進機構、(財)日本ウェルネス協会によって、平成17年度から推進されることとなった「森林セラピー基地構想」である。
 「森林セラピー基地」は二つの評価結果を基盤として森を総合的に評定し、認定が行われる。一つ目は、「脈拍数、交感神経活動、拡張期血圧などの生理的な数値を測定し、森自体が人間に及ぼす「心身の癒し効果」についての科学的な評価である。二つ目は、森林近郊の宿泊施設の整備状況、アクセス等の立地条件、そして将来構想などについての環境面からの評価である。平成17年の時点では、全国27ヶ所が認定候補地に挙げられており、毎年調査を進めて随時認定していくという。
 ここで森の効用についてちょっと説明したい。森には安らぎを得たり心身の緊張をほぐしたりといった保健休養機能があると一般的に言われているが、今まではこの機能についての数量化が難しいため、判りにくい部分であった。これまでは、“香り”や“景色”といった単一要素だけで実験の結果をだしていた。例えば、ヒノキの香りを被験者に嗅がせて、嗅がせる前と後の脳波や心拍数などを計測して、リラックス効果を調査するといったように。しかし、今回の「森林セラピー基地構想」では「都心(市街地)」と「森林内」における被験者の生理的・心理的状態についての調査が行われており、視覚、聴覚、嗅覚などの複合要素を加味した総合実験となっている。調査はかなり大掛かりなものだったはずだ。そして、「都心」に比べ、「森林内」の方がリラックス効果が高いという結果が出たのだから、誰でも森の保健休養機能について納得するだろう。
 すでに認定されている森林セラピー基地は、ブナの原生林が美しい山形県「白い森の国おくに ブナの森温身平」、町独自の“森林メディカルトレーナー”がいる長野県「信州・信濃町癒しの森」、オニヤンマや国蝶オオムラサキが観察できる宮崎県日之影町「自然の恵みが人を呼ぶ里」と、その他3ヵ所を合わせた計6ヵ所である。「高齢者や障害者が歩きやすい」、「温泉施設が隣接している」など、誰でも楽しくそして容易に利用できるというのが特徴として挙げられている。
 もう一つ欲を言えば、ドイツのようにその保養地の利用に保健が適用されることを願いたい。そうなれば、もっと我々は安価に、かつ容易に森の効用を享受することができる。ストレスが蔓延る社会現代だからこそ、癒し(セラピー)が必要なのだ。

おおたけ・まさえ…1965年生まれ、千葉県出身。現在、北海道大学農学研究科に在籍。植物が人間に与える不思議なパワーに興味を持ち、主に園芸療法について研究するかたわら、ガーデニング、環境保全、そして地域・農村活性化など幅広く関心を持つ。

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■インフォメーション

北海道人特集「となりの北海道人」が更新されました。

「私のお父さん in ばんえい十勝」
 今回は、139戦6勝の人気ばんえい馬「ばんえいリッキー」さんとそのお父さんについて、服部義幸調教師と大河原和雄騎手に伺いました。ばんえい馬は勇猛で力強いイメージがあります。しかし、このばんえいリッキーさんはちょっと違うようです。アイドルホースの人気の秘密は……。

http://www.hokkaido-jin.jp/issue/sp/046/sp_01.html

北海道スウィーツ15品を「北海道物産店」にアップしました。

 生キャラメル、十勝生クリーム入り濃厚プリン、ふらの雪どけチーズケーキ、トマトのレアチーズケーキなど全15品を北海道物産店にアップしました。話題の北海道スウィーツであま〜いひとときを。

http://bussanten.hokkaido-jin.jp/category/index.aspx?c=4




■次号予告
 次号を配信する頃は、お盆が過ぎ、海にはクラゲが出没しているかもしれません。北海道は夏休みも残りわずか、夏も残りわずかです。
 さて、次号のメルマガラインナップは、上林早苗の「上海日記」、「とろんのPAI通信」、「危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡」です。
 『メルマガ北海道人』第32号の配信は、8月16日(木)です。
 
※インターネットに接続するとメルマガ上の画像をご覧になれます。

メルマガに対するご意見・ご質問などはこちらまで
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ポータルサイト『北海道人』
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