メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第23号 2007.06.14. ―「北海道人」、どこもかしこも花畑―
 桜の開花が日本中をにぎわせ、首を長くして開花宣言を待ちわびたあの季節はもう遠い昔です。今の北海道はどこもかしこも花だらけ。街路樹の下のたたみ半畳分の土地にさえ、近所の奥様方がせっせと花を植えたりしますから、もう街中が花畑です。アヤメ、ハマナシ、バラ、テッセン。この瞬間、この北の大地にいったいいくつの花が咲いているのでしょう。日本野鳥の会の皆様、花のカウントにぜひともご協力を。
 花の香りに程よく酔いながら、『メルマガ北海道人』を配信します。よろよろ。

となりの北海道人 『私のお父さん』




■もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 「音楽家のススメ」と題された今回の授業では、田野城さんが音楽家を目指す人にメッセージを送ります。「音楽」とは何か、「音楽」に大切なものは何か。音楽の本質に迫るLesson08には魂から雑音を消して、神経を研ぎ澄ませてお臨みください。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 岩崎さんが中国は福建省の武夷山で木目が美しいテーブルセットにひとめ惚れします。重くて高価なテーブルセットを衝動買いした岩崎さんは、現地の人たちにはどんな風に映ったのでしょう。久々に登場する強烈キャラ、お手伝いの張さんとのやり取りが、これまたぷぷぷです。

連載【大竹正枝の『新・自然真営道』】

 早くも連載14回目を迎える「新・自然真栄道」。近年、注目されている「園芸療法」について、その分野を専門とする大竹さんが語ります。人々の生活を豊かにしてくれる「園芸」の底力、植物に触れることにより発揮される人間の生きる力はスゴイんです。

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□連載
【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 08

「音楽家のススメ」

 私達音楽家は、常に実体のないもの……言い換えるなら目に見えない“真理”を追い求めている。
 さらに深い世界へ……。そうすると、面白い現象が起きる。一つの音に対して、それが嘘の音なのか、機械的に演奏している音なのか、あるいは感情を込めて演奏しているものなのかをいとも簡単に識別できてしまう。
 例えば、音程や音の長さが楽譜通りに合っていたとしても、それが「嘘」とわかる。
 私達の世界では通常これを、「無意味な音の羅列」と表現し、油断して演奏すると見抜かれてしまう。
 だから、音の響きや波動に対して、日頃から非常に敏感になっている。
 言ってみれば、音を単に耳で聴くのではなく、魂レベルで感じる「見えないもの」に意識を向けて聴く……ということ。  
 僕が学生の時に、ニューイングランド音楽院で当時サックス教授の世界最高峰と呼ばれていたジョー・アラッド(故人)のレッスンを受けていた。バッハの曲をしっかり練習していって、彼の前で演奏した。すると、10小節もしないうちに、止められた。その時の言葉をはっきり記憶している。
 「君は、何を考えて今、その曲を演奏しているんだ?」
 僕は面食らった。
 なぜなら、曲を反復練習して、スムーズに演奏しているつもりだったからだ。
 「それは楽譜通りじゃないか。君の気持ちは何一つ入っていない。私はヒサオの音楽が聴きたいんだ!」
 続けて、
 「音楽とは、喜びや悲しみを表現するものだ。まずそのハートが大切なんだ。その後に、技術がある。その逆は一切、あり得ない」
 オリジナリティーとは何も奇をてらったものではなく、いかに己の魂を作品に吹き込めるかなのである。
 高校・大学と慶応出身の弟子Y君がいた。
 彼は、よく僕のローディー(雑用係)を務めてくれた。僕がとある日本のジャズフェスティバルに参加した時の事。
 そのフェスティバルの取りを務めるジャズギタリストのマイク・スターンに彼は駆け寄って次の質問をしたらしい。
 「音楽を学ぶに当たって、一番大切なものはなんですか? テクニックですか?」と。
 すると彼は一言「ハートだ」と言ったという。
 私は学生時代ウッディー・ショーという今は亡き黒人トランぺッターが大好きだった。彼はとても個性的な音色とフレーズを奏で、誰も真似できない演奏をしていたからだ。……どうしても彼に会って考えを聞きたい!
 丁度、彼がデクスターゴードン(サックス)グループメンバーとして、ニューヨ−ク『ビレッジ・バンガード』に出演していたので、僕はボストンから楽屋まで駆けつけた。
 彼も一言、
 「音楽を勉強するなら世界中どこでもできるんだよ。だけどね、ニューヨークの環境や空気は、世界中でただここだけににしか存在しない。この環境がアートを産み出すんだ」
 彼の説得力のある言葉は、今もしっかり脳裏に焼き付いている。
 学生時代の私は、教授はもちろん仲間達皆から、大きくて力強い芯のある音を鳴らすというので有名だった。
 49歳の今、さらに音の力をパワーアップさせるために、現在、勇気を持って人体改造計画に取り組んでいる。
 「勇気を持って……」なんて大袈裟な言い方に聞こえるが、これは本音。なぜなら、私の体は正直いってまともではないから。
 子供の頃から、野球、サッカー、バレーボールとスポーツ少年だった。
 しかし、当時のスポーツ指導はテクニック重視のスポ根が主流。スポーツ医学を基にした体のケアの指導はほとんど受けなかった。その為、体のあちこちは怪我だらけ。それに加えて、重度のギックリ腰をボストンの大学時代に経験する。リハビリを重ねるが何度も傷めてしまい、大好きな運動を思うようにできなくなってしまう。いつ再びギックリ腰になるのか、その不安を抱えて生活する日々が始まった。経験された方なら良くわかるだろう。寝返り、お風呂、トイレ、全ての行為がまともにできない。床を這いずりながらお風呂に行っても、そこから浴槽に入れない。
 楽しんで運動ができなくなっただけでなく、それ以降、慢性的な筋肉の凝りにも悩まされ始めた。様々な治療を試してみるが、どうもしっくりこない。さらに追い討ちをかけて肺炎を患ってしまう。しかも最悪な事に、2度も。
 ドクターから
 「サックスを辞めて、職業を変えてください」
 と、いわゆるドクターストップを言い渡された。音楽活動に専念するため、1日中練習できる場所として北海道に移住した矢先の出来事だった。それが原因で、結局それから4年間程まともに楽器を吹けず、音楽業界から遠ざかってしまう。
 想像してください。
 当時、ニューヨークでのレコーディングが残されていた中で、この医師からのセリフ。
 正直言って私の胸中は「絶望」……この一言。
 1年間微熱が続いて、動けない生活が続いた。
 それでもサックスを手放さなかった。
 駄目だと言われておきながら、それでも諦めきれない自分がいた。
 体調が回復してきたのを見計らい、騙しだまし練習を再開し始める。しかし、絶頂期の自分の音を覚えているだけに、そのパワーがない事を逆に思い知らされた。色々試してみたが、あの音が戻って来る事はなかった。
 正直、諦めてしまう自分もいたのだが、「いやもう一度、楽器を鳴らしてみよう!」と、奮い立たせる別の自分もいた。
 このように何年も試行錯誤してようやく最近出会ったのが、ヨガとピラティス。時間を見つけて通い始めた。やり始めてすぐに思い出した事がある。
 「そうそう、これこれ!!」
 呼吸方法をはじめ、体の使い方、内蔵の筋肉の使い方、そして肺の使い方。
 先述した学生時代の恩師、ジョー・アラッドのレッスンも正にそこに重点が置かれていた。
 これらのトレーニングをきっちりすると、めちゃくちゃ良い音が出始めてきた。
 大きくて、力強くて、芯のある音。
 世の中、何が起こるかわからない!
 私は20歳になって初めて楽器を持った。確かに、幼少時代に英才教育を受けた子と比べると、技術的に遅れをとっている事は間違いない。
 でも、考えてみて欲しい。
 20歳の時に初めて楽器を持った私が、27歳で日本のキティレコードからデビューして、その5年後にはスイスのモントルージャズフェスティバルに出演している。
 要するに何が言いたいかというと、
 「他人と比較することはあまり意味がない」という事。
 「プロフェッショナルになるためには、どうしたら良いのですか」
 という質問を良く受ける。
 僕はこう答える。
 「簡単だよ。プロと宣言して、辞めない事だ」

写真:田野城寿男氏

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com

携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

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□連載
【岩崎稔の『大陸人の時間』】第11回

「黄金楠のテーブルセット」

 先日、福建省の武夷山に行った。武夷山は中国有数のお茶の産地で、岩茶という白亜紀から残る岩肌に自生したお茶が有名だ。まさに収穫期、お茶摘みに忙しい茶農家の人たちを取材させてもらった。
 中国の農民というと、ものすごく貧しいというイメージがあるが、実はそんな人たちばかりでもない。特に茶農家のオーナーはフランスのワイン農家のオーナーにも引けを取らないのでは、と思うほど裕福の人もいた。何軒かの茶農家を回ったが、どこの家にもお茶を飲むための低いテーブルと椅子が用意されており、人の出入りが多い農家では絶えず誰かがそこにいて、雑談をしながらお茶を飲んでいた。そのお茶を飲むためのテーブルであるが、日本の卓袱台を少し高くしたような高さだが、丸や四角に加工せず、切り株や根の形をそのまま生かして加工したものが多い。材料の木そのものが美しいので、決して荒々しくはない。木目が美しく、中には中国らしい竜や豚の彫刻をあしらったものもあった。何軒か農家を回る内にどうしても欲しくなり、現地の専門店で9000元(約14万円)の黄金楠という楠の木の一種で出来たテーブルと椅子のセットを買ってしまった。買う前まではガイド兼運転手の男性は、
 「そんなに重たいカメラの機材を抱えてかわいそうに」と哀れむ目で見ていたのに、この高額な買い物をした途端、彼は
 「社長、いい買い物をしましたね」
 と態度をがらりと変えた。私もいい物が買えたと喜び、この衝動買いについて微塵も後悔しなかった。別荘を買いたいと思ったほど武夷山が気に入ったので、せめてその地の木でできたテーブルを持ち帰りたいという気持ちもあった。

写真
公衆電話

 そして北京に戻った数日後、テーブルと椅子が届いているとの連絡を運送会社から受けた。運送会社が言うには、このテーブルは400キロ近くあり、男4〜5人でやっと動かせたとか。当日、マンションの一階に到着したテーブルは大の男5人でもなかなか動かない。このままでは怪我人が出るのではと不安を抱いたほどだ。みんなで引きずるようにしながら、何とか無事に私の部屋に収められた。
 「武夷山のテーブルが部屋に届いた! 何てすばらしい買い物をしたのだろう!」
 そこへすたすたと現れたお手伝いの張さん(第1回〜3回で紹介した)がテーブルを見るなり一言、
 「あなたはやっぱり頭がおかしいのよ」
 「いやいやいや、これは武夷山で買ったので、北京で買うよりずっと安く買えたんだ」
 「で、いくらで買ったの?」
 「9000元」
 「9000元?!」
 「この精神病者め!」
 と、いきなり散々なことを言う。しかし今に始まったことではないので気にならない。
 「これから希少価値が生じて儲かるかもしれない」
 そう言うと、張さんの思考回路が別の方向に激しく動き出した。
 「そうなの?! だったら、傷が付いてはいけないわ」
 とせっかくのテーブルをクロスで覆ってしまった。
 「もう一組買って、北京で高く転売しようか」
 主婦という立場のせいか、元々、張さんはお金に細かい。しかし、張さんの9000元に対する反応があまりにも大きかったので驚いた。
 ここ最近に始まったことではないが、中国では全てにおいて物価が上がり続けている。特に私のような外貨を人民元に両替しながら暮らしている者にとって、ここ数年の物価の上昇はより大きく感じる。もちろん中国の一般家庭にも影響が出ている。最近テレビでは昨年よりも豚肉や卵の価格が2倍近くまで上昇していると報道された。スーパーの映像には、冷凍の豚肉をしこたま買い込んだ人が
 「もう肉が食えなくなる」
 と切羽詰った表情で話す様子が映っていた。
 テレビを見ていていたたまれなくなり、翌日張さんに張さんの給料の値上げを切り出した。

 次回に続く


写真:岩崎稔氏 いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。

*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ:http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

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□連載
【大竹正枝の『新・自然真営道』】第14回

「園芸の新しい挑戦〜園芸療法(1)」

写真
楽しみの収穫

 年金問題に関するニュースやコムスンについての報道が日々取り沙汰され、何となく未来の老後に不安を感じている人も多いのではなかろうか。誰だって老後の生活を心配するのは当然だ。人間はいずれは老いていく。健康維持にいくら注意を払っていても、死ぬまで健康でいられる人はほとんどいない。そして、家庭の事情によって異なってくるだろうが、老健施設などで余生を暮らす人も少なくないだろう。想像してみただけで暗くなりそうだが、明るい話題もある。
 近年、注目されている「園芸療法」をご存知だろうか。その名の通り、園芸活動をすることが心身の機能回復につながるというもので、豊かな生活を送る手段の一つとして脚光を浴びている。
 「園芸療法」はアメリカが発祥の地で、精神障害をもつ患者に園芸活動を体験させたことが始まりである。その後、傷痍軍人のリハビリなどに、園芸作業が導入されるようになり、現在では、障害者のリハビリなど、作業療法の一環として位置づけされている。日本では1980年代後半ごろから“園芸療法”という言葉が、使われるようになってきた。しかし、日本の場合はアメリカで位置づけられているものと少し異なり、「園芸療法」はリハビリなどの「作業療法」であるというより、心身に障害を持つ人に行うといった広義の意味を含めている。
 園芸作業には、種まきといった軽い作業から土を掘り起こすなどの重労働があり、これがちょっとした運動になる。また、案外と頭を使うので、気分転換やストレス解消などにも役立ち、花や緑を眺めれば癒し効果が期待できる。それだけでなく、育てたり、育てた花をドライフラワーやポプリなどに活用したり、収穫した野菜を料理して味わうなど、じつに楽しみが何倍にもなるのが良いところだ。ヘルマン・ヘッセでさえ「庭仕事は瞑想である」と言うほど、園芸には不思議な魅力がある。

写真
種まきは頭を使う
 その園芸療法の効果を最大限に活用しているのが、老健施設だ。一般的に暗いイメージが持たれる高齢者の福祉施設だが、そのイメージを払拭させるために園芸活動が一役買われるわけである。
 施設は、ストレスの解消、気分転換、楽しみなどの精神的効果を期待している。「療法」という言葉から病気が治るものと連想しがちだが、それはあくまで「二次的な効果としてありえるかもしれない」という程度で、病気そのものを治療するというものではない。しかしながら、「花を植えようね」とか「芋を植えて食べようね」などと施設の入居者の方々に話しかけると、喜んで作業を行ってもらえるのは確かだ。ある人は、麻痺によって動かなくなった手を必死で使いながら上手に土をプランターに入れてくれる。また、気分にムラがあるという人が、1時間以上も集中して苗の移植作業を手伝ってくれた。そんな光景を側で見ていると、人間の生きる力の凄まじさを感じないではいられない。
 生産を目的としない新しい役割を担おうとする園芸は、高齢者福祉施設の暗いイメージを明るく刷新する。そして、その園芸は人間の秘めた可能性への新しい挑戦である。

おおたけ・まさえ…1965年生まれ、千葉県出身。現在、北海道大学農学研究科に在籍。植物が人間に与える不思議なパワーに興味を持ち、主に園芸療法について研究するかたわら、ガーデニング、環境保全、そして地域・農村活性化など幅広く関心を持つ。

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■次号予告
 今年の夏至は6月22日です。次号の配信は、夏至の前日になります。
日が長いこの季節、自然光の下でメルマガを読んではどうでしょう。健康的なメルマガ、老化防止メルマガ、脳みそが活性化するメルマガを目指します。
 次号のメルマガラインナップは、【上林早苗の『上海日記』】、【とろんのPAI通信】、【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】です。
 新連載も加わり、ますます読み応え十分、データの重さも十分な、次号『メルマガ北海道人』第24号の配信は、6月21日(木)です。
 
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