メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』第19号 2007.05.17. ―「北海道人」、新緑に萌え〜―
 桜の開花に気をとられていたら、いつのまにか緑だらけになりました。街路樹のイチョウも、葉はまだ小さくてある意味見頃です。太い幹にひょこっと生えたワキ毛のようなイチョウの若葉。このアンバランスな感じに萌え〜です。
 春は萌え、人も萌え、メルマガ第19号も萌え。
 あちこち萌えだらけの北海道の春はスペシャルです。

となりの北海道人 『私のお父さん』




■もくじ

連載【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】

 それは田野城さんが20歳のときの話です。ボストンに留学して間もない頃、ある日本人の家庭に招待されました。そこで過ごした3日間は、30年経った今でも田野城さんにとって忘れられない記憶となっています。常識が通用しない世界、歴史、日本人の誇り……。静かなショックを受けるLesson 06。

連載【岩崎稔の『大陸人の時間』】

 不動産屋・黄さんは、90年代初頭の不動産事情を語るときに目が輝きます。ここ数年も、黄さん曰く「おもしろい」らしいのです。90年代後半に岩崎さんが見たアパートは「おもしろい」を超えて、アンビリーバボーです。そこには、ぎょっとするようなエレベーターガールがいました。ガールが……。

連載【大竹正枝の『新・自然真営道』】

 大竹さんが今回注目したのは、「屋上緑化」です。近頃は屋上の使い方も進化しているので、あれもこれもあります。そこには楽しみもあります。しかし、緑豊かな北海道で、屋上緑化は浸透するのでしょうか。いやいや北海道ならではのメリットがあるのです。知られざる屋上緑化の秘密が明かされます。

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□連載
【田野城寿男の『楽譜のいらない音楽授業』】 Lesson 06

「一期一会 −フィラデルフィアの夜−」

 日本の入学シーズンと言えば春。
 しかし最近になって秋の入学が日本の大学で浸透し始めています。
 このことから、経済のみならず教育の世界にもグロバリーゼーションの波が押寄せていると考えられるでしょう。
 「入学式といえば春」と、当たり前に思っていた私が、この自分の常識をあっさりくつがえされたのは、ボストンに留学した時でした。
 そう、秋に大学へ入学したからです。
 当時、日本の教育にどっぷり浸かっていた私は、日本の常識である春の入学式が通用しない世界がある事を知って驚きました。
 「世界にはいろんな常識が存在しているんだ!」
 ということは、今私たちの持っている常識が全く通用しない街や地域、そして国が常に存在しているということでもあります。
 私はその知らない世界を一つでも多く知る事が自分の人生をさらに豊かにしてくれると信じています。皆さんはいかがでしょうか?
 さて、秋に入学したボストンでの大学生活。私は初めて感謝祭を迎えました。日本では存在しない行事、感謝祭です。連休になり学校の寮もクローズとなります。アメリカの学生達にとってはほんのささやかな時間ですが、自宅に戻り、楽しく一家団欒のひと時を過ごします。ところがアメリカに来たばかりで行く当てのない私は、どうしよう? どこに行こうか? と、一人悩んでいました。すると幸運にも渡米する前、英会話でお世話になった方のご両親から連絡がありました。彼らは私の事情をまるで知っているかのように、一度も会った事のない私をフィラデルフィアの自宅に招待したいというではありませんか。私は内心、行く当てが見つかってほっとし、喜んで出かけました。今から思えば少し無謀な気がしますが……。
 一人でボストンから飛行機に乗り、フィラデルフィアへ向かう途中によぎった、「もし迎えにきてくれなかったら?」という一抹の不安も、真っ白なリンカーンコンチネンタルで出迎えてくれたお父さんと彼の息子の姿で吹き飛ばされました。
 あの3日間の滞在は今でも忘れられない私の宝となっています。それは、彼ら家族がアメリカで経験してきた貴重な生き様を知る機会であり、かつて一度も学校の授業で聞いた事のない、私の知らない歴史の時間となりました。
 一家の名前は「オオエ」。慶応義塾大学、津田塾大学出身のご両親は、移民としてロスアンゼルスで農場を営んでいた。努力が実り、地元ではかなりの規模の農地と財産を手に入れる事ができた。そんな矢先、第二次世界大戦へ巻き込まれてしまう。それまでに築き上げてきたすべての財産は没収された。そして、「日本人」として差別を受け、周りには何も無い砂漠の強制収容所に入れられた。与えられる食べ物も少なく、毎日厳しい労働に明け暮れた。そこで、多くの日本人が亡くなったという。また戦争が長引き、アメリカ兵の不足という理由で、今度は強制収容所から一転し、「アメリカ軍の外人部隊」として戦地へ駆り出された。
 オオエさんはこう言った。
 「私たちを支えたのは、日本人としての誇りだけだった」
 アメリカに忠誠を誓った移民らで編成された「外人部隊」はヨーロッパ戦線でドイツと戦った。非常に勇敢であったそうだ。
 「恐怖心で最前線から逃げるアメリカ兵が続出する中、最後まで逃げ出さずに前線で戦い続けたのが私達、外人部隊だった」
 と淡々と語る。そしてすこしの間をおいて、重い口調でこう言った。
 「ヨーロッパ戦線から沖縄へ出陣が決まった時は、本当に辛かった。それまで日本人としての誇りを心の支えに戦ってきた私たちが、日本人を相手に戦う事になるなんて……。私達外人部隊が日本兵に向けて銃を撃てるか? それだけは絶対にしたくない……。だから、早く降伏して欲しい!  早く戦争が終わって欲しい! ただそれだけを願った」
 私は、黙って聞くだけだった。オオエさんの複雑な心境に、私は言葉を失った。戦争を経験していない私達の想像を遥かに超える過酷でリアルな生き様に20歳の私はショックを隠しきれなかった。当時アメリカに住む日本人は、戦争という名のグローバリゼーションに翻弄されたのだ。
 「この事実を君たち日本の若者に伝えたかった、最後まで聞いてくれてありがとう。是非、日本に戻ったらこの話を伝えてください」
 オオエさんの話が終わる頃には、もう外は明るくなっていた。
当時、既にご高齢でいらっしゃったオオエさん。心臓が弱く常備薬のニトログリセリンを手に握りながら、夜通しかけて私に語ってくれた姿は、30年経った今も決して記憶が薄れる事はない。

写真:田野城寿男氏

たのしろ・ひさお…1958年広島市生まれ。サックス奏者。78年バークリー音楽院入学。在学中から精力的に活動し、帰国後の87年サリナ・ジョーンズの日本ツアーにソロ奏者として参加。91年「25周年記念」のモントルー・ジャズフェスティバルに出演。音楽家はもちろん、多彩なジャンルの表現者たちとのコラボレートを積極的に実践、近年は「音楽教育」の必要性を重視し、広い層の若者たちに個性的な指導を続けている。

ホームページ:http://www.tanoshiro.com

携帯サイト:http://www.tanoshiro.com/m/

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□連載
【岩崎稔の『大陸人の時間』】第09回

「黄さんの履歴」

 黄さんの結婚式は日本人、韓国人、中国人(朝鮮族、漢族)と国際色ある楽しい式だった。日本語・中国語・朝鮮語の3カ国語を使う人々が集まったにもかかわらず、通訳がなかったが、きっと朝鮮族の参加者は大体の内容を理解していたのだろう。というのは、次のような事情があるからである。
 北京市内の東南地区に「望京」という「コリアンタウン」がある。そこにはハングル語と中国語で書かれた看板のレストランや生活用品店が並び、主に朝鮮族や韓国人が暮らしている。ここ数年、韓国人の駐在員や留学生が増え続けているので、ビジネスチャンスも多く、中国語と韓国語を話す朝鮮族が活躍している。さらに朝鮮族は学校で第二外国語として日本語を専攻する人が多く、日本語が話せる人も珍しくはない。

写真
夜の天安門広場

 黄さんは18歳の時、一人で北京に上京してきた。黄さんの出身地の吉林省は、厳しい自然環境に加えて、隣接する北朝鮮経済の停滞もあり、中国の中でも決して裕福と呼べる都市ではない。多くの朝鮮族は中国の沿岸部や主要都市に出稼ぎに行くか、海外の韓国や日本へ出稼ぎに行く。
 黄さんは北京に来た当初、日本語を専門学校で学んでいたが、すぐに香港系列の不動産屋で働き始めた。90年代初頭の不動産事情を語る時、黄さんの目は生き生きと輝く。
 「あの頃はおもしろかったです」
 当時勤め始めた香港系の不動産屋は、外国人向けのマンションを紹介する会社だった。90年代後半まで、外国人が一般の中国人が住むアパートやマンションに住むことは基本的には禁じられていた。私は98年ごろから団地のような所に住み始めたが、今思えば、旧き良き北京の集合住宅の名残があるところだった。腕に赤い腕章をしたおばさん(町内会の役員のような人)がよく団地の入口に座り、人の往来を観察していた。外国人だけを監視していたわけではなく、逐一、住民の誰それがどんな人と交流があるかなどを監視していたようだ。また当時、比較的高層のアパートには、私の感覚ではぎょっとするエレベーターガールがいた。エレベーターの中に普段着のおばさんがいて、乗ってきた人をじろじろ見ながら、「何階?」と無愛想に聞いたものだった。おばさんはあたかもそこに暮らしているかのように、勝手に(?)本棚や小型テレビなどの私物らしき家具類を持ち込んでいた。椅子に腰掛け、上下するエレベーターに軽く揺られながら、編み物をしたり食事をしたりし、その合間にエレベーターガールの仕事をしているように見えた。
 外国人駐在員はこういったローカルな住宅ではなく、数少ない高級マンションに住まなければならなかった。家賃も現在なら3,000ドル程度だが、当時は6,000ドルぐらいしたという。黄さんの「おもしろい」という意味は、マンションを借りる外国人から多くの手数料を受け取れた、ということのようだ。中国では普通、借り手は仲介料を支払わず、貸し手(不動産の持ち主)のみが支払うのである。
 90年代の国営企業改革が始まるまで、国営企業に勤める人にとって住居は、勤務先(「単位」という)から配給されるものであった。現在のような売買できる不動産自体が少なかったので、不動産を個人資産と考える不動産業者も少なかった。90年代初めから働き始めた黄さんはまさに中国不動産業のパイオニアだったといえる。
 私が黄さんと出会ったのは2001年であった。当時は既に外国人も自由に住居を選べるようになっていた。そんな中、サービスの良い不動産屋があると紹介されて会ったのが彼だった。当時、黄さんは香港系の会社を既に辞め、自分で会社を作って仕事をしていた。まだ27歳と若かったが、熱心なサービスと巧みな語学で、日本人や韓国人の顧客を何人も抱えていた。
 だが意外にも黄さんは当時をこんな風に語った。
 「あの頃はだめでした。いくら働いてもお金が貯まらなかった」
 私のように安い賃貸アパートに住むお客がいくらいたところで、なかなか儲からなかったのだろう。
 「そうですか、ここ数年はどうですか?」
 と聞いてみた。
 黄さんの目にまた生き生きとした輝きが戻ってきた。
 「おもしろいですよ〜」

 次回に続く。

写真:岩崎稔氏 いわさき・みのる…写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。

*現在ANAの機内誌「翼の王国」で、作家の原口純子さんと「中国万事通」を連載中です。

ホームページ=http://www.minoruphoto.com/japanesemainpage.htm

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□連載
【大竹正枝の『新・自然真営道』】第12回

「屋上緑化」

写真
屋上緑化イメージ図

 先日、NHKのTV番組で、屋上緑化に関する特集を見た。ただ屋上に花や木を植えるというのではなく、都会のビルの屋上を畑に整備して、貸農園にしているというものだった。それだけなら今までにも例はあるが、最近の貸農園はちょっと違っていた。例えばJR大阪駅の貸農園では、鍬やジョウロなど畑仕事に必要な農具をすべて無料で貸してくれるという。そのため、利用者は帽子を持参するだけで、野菜作りを満喫することができる。また、栽培の技術指導もしてくれるというから、サービスは万全だ。貸農園を利用している夫婦は、「作業した後に駅前で買い物や食事も楽しむことができるので便利」と満足気に話していた。世田谷区のJR高架上に作られた屋上農園はもっと凄い。会員制となっていて、シャワーや豪華な休憩サロンのあるクラブハウスを利用できるようになっている。この屋上スペースを利用した貸農園は「家から近い」、「手ぶらで行ける」、「プチ交流」という点が特徴で、そういった点が団塊の世代層から圧倒的な支持を集めているという。
 屋上緑化の大きな狙いは、建物の温度上昇を防ぎ、ヒートアイランド現象を緩和することである。そのため、ヒートアイランド現象が深刻な東京などでは、新築及び増改築の建物に対して緑化が義務づけられており、その有効な方法として屋上緑化が脚光を浴びている。しかし、本来緑化が目的であったにもかかわらず、人々はそれに付随する二次的な効果(癒しやコミュニケーション形成の場)に大きく関心を寄せているようだ。先にあげた例でも、“楽しみ”が最優先となっている。
 このように屋上緑化は少しずつ広がりを見せているが、ここ北海道で屋上緑化が根付く可能性はあるのだろうか? ある造園家が、「周囲に豊かな緑があり、また北海道の一般住宅は庭が広いためにおそらく普及しないだろう」と話していたのを聞いたことがある。もっともな内容だが、本当に屋上緑化は北海道では普及しないのだろうか? いや、私はきちんと屋上緑化のメリットを伝えれば十分に可能性があると考えている。

写真
コンクリート面はもっと活用できる

 まず第1に、屋上緑化は暖房効果が期待できる。このことは案外知られていない。信州大学が長野県下の屋上で12月に行った温度比較データ(長野県・12月)によれば、コンクリートのままの区と屋上緑化仕様した区では後者の方が寒暖の気温差が非常に少ないことが分っている。例えば、外温が−5℃であっても、緑化仕様した建物の土表面では+1〜3℃を保っている。とすれば、建物内の空気の密閉効果が期待でき、結果として暖房代の節約につながると考えられる。
 また第2のメリットは、大阪や世田谷の例のように、わざわざ郊外に行かなくても手頃な貸農園や市民農園の利用が可能になることだ。札幌であれば、札幌駅前や大通付近のビルで屋上菜園が利用できたら仕事帰りに気軽に立ち寄れる。その他にも、安全な憩いの空間、建物の保護、都市景観の向上、防音効果など様々なメリットが挙げられる。
 これらのメリットを強調すれば、多くの人に関心をもってもらえると思うのだが、いかがなものだろうか?

おおたけ・まさえ…1965年生まれ、千葉県出身。現在、北海道大学農学研究科に在籍。植物が人間に与える不思議なパワーに興味を持ち、主に園芸療法について研究するかたわら、ガーデニング、環境保全、そして地域・農村活性化など幅広く関心を持つ。

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■インフォメーション

北海道人のHPが更新されました。

北海道人ゲームコーナーに新しいゲームが登場しました。
 「へいらっしゃい!」。今週、「只寿司」北海道店が開店しました。増毛産ぼたん海老、活ひらめ、戸井産マグロなどなど、北海道の旬のネタに舌鼓を打ちながら、ビールでほろ酔い気分になればもう最高です。制限時間内にあなたはどれだけ食べられるでしょう。ご来店をお待ちしております。

http://www.hokkaido-jin.jp/game/index.html




■次号予告
 ここ数回の緊迫したやりとりに、「かたずを呑んで見守っています」との声も聞こえる『危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡』第12回目は鈴木さんからの書簡です。友人チャンインの話を聞こうと思ったら、ひいじいちゃんの時代にまでさかのぼってしまった、今や大河ドラマのスケールと化した、上林早苗さんの『上海日記』は、早くも第7回目になります。
 次号『メルマガ北海道人』第20号は、5月24日(木)に配信します。
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