メルマガ北海道人

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『メルマガ北海道人』新創刊第05号 2006.01.08.
 ―「北海道人」っしょ(北海道弁)―


 ついこの間お正月だと思っていたらもうお正月になってしまいました。先の「お正月」は2006年のお正月を、後の「お正月」は2007年のお正月を指しています。というようなことを言っているうちに成人の日になってしまいました。「メルマガ北海道人」編集部も、そろそろ大人にならなくてはなりません。
 本年最初の配信でどこまで成人に近づけたか、あるいは遠ざかったか、読者の皆さんお一人おひとりが判定なさってください。結果は、それぞれの胸の奥にしまっておいてください。あまり奥にしまうと取り出しにくくなるので気をつけてください。


もくじ

連載「となりの北海道人」
 年齢性別出自出身のさまざまな、趣味趣向思想信条もいろいろな、身長体重体脂肪率5年生存率もばらばらの、9人の北海道人たちが語ります。「私のお父さん」第5弾!

連載「おわびの極意」
 実は意外と読者の多い(と思われる)好評連載。担当・山崎達之の苦労はといえば、日々の新聞の「おわび」「訂正」欄を眼を皿のようにして捜すことだけなのですが。

連載「新・自然真営道」
 21世紀の“女安藤昌益”大竹正枝さんが贈る、ここだけの話。正月早々ショッキングな警鐘で日本の農業に一石を投じます。なんと、日本は“タネなし”だった!?

連載「どうでもいい話」
 盗み聴きの王道をゆく連載、お正月を機に拡大版でお届けします。ただし、今回は盗み聴きではありません。大晦日のホームレスに密着したどうでもいい年越しの記録!

連載「NEWSぱくりんこZ」
 『北海道人』トップページ上部の一行ニュースは今年も健在。年の瀬にぱくりまくった無意味ニュースの数々をダイジェストでどうぞ。

連載「危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡」
 最もアブナイ連載、第3弾。鈴木邦男さんの「あいさつ」に答えた“長老”和多田進が、歳に似合わず過激な筆で咆哮します。「いじめ」を語ろうとしていた鈴木さんへの返書に、「いじめは存在しないと思う」って、それはちょっとどうなんでしょう…。

※「イッセー尾形の旅日記」はまもなく再開の予定です。しばしお待ちを!

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【となりの北海道人】第05回『私のお父さん』

037『跡を継ぐのなら、一度外の世界を見てこい』
=食品卸売業、北見市出身、北見市在住

―お父様が会社の創業者なんですか?
 そうです。昔の問屋なので土日もなく働いて、休みは毎月19日のみ。夏休みの19日は従業員の方々の家族も含めてキャンプに行きました。楽しい思い出ですね。父は部下の気持ちもわかる人で、他の会社から修業のために預かった若者が坊主頭だと「俺から上に話をしてあげるから、髪の毛をのばしてもいいんだよ」と言うような人でした。

 

―躾は厳しかったんですか。
 ご飯食べる時は正座。ご飯粒を残したりしたらうるさかったです。「“食”を扱う人間がご飯粒を大切にしないのはどうだ」と言われて。それは心に残っています。

 

―山室さん自身、“後継者である”という気持ちはいつからお持ちでしたか。
 小学生の時には文集に書いていました。父は「会社を守る」という意識が非常に強い人でしたので、中学生の時に呼ばれて「お前、跡を継ぐっていう気持ちは本気か?」と聞かれました。その時に「跡を継ぎたい」と答えたら、「ひとり息子で世間を知らないんだから、早めに一度は北見から出て行け」と言われ、高校から札幌に出てひとり暮らしを始めたんです。

(楢戸ひかる)


038『お母さんがドライヤーの時、お父さんと布団で待っている』
=保育園児、札幌市出身、札幌市在住

―お父さんのお話を聞かせて欲しいな。
 何の話をするの?

 

―何をして一緒に遊ぶかとかさ。
 お父さんと遊ばないもん。日曜日は、お父さん会社行くから遊べないの。でも、こないだ1回だけ日曜日と月曜日がお休みだった。何もしなかったけどね。あと夏に、桜台公園に自転車に乗って行った。

 

―お父さんとご飯を食べたり、一緒に寝たりすることはあるの。
 たまーにね、ご飯を食べる時もある。お父さんと一緒に寝ることもあるよ。お母さんがドライヤーをかけている時にね、お父さんと一緒に布団で待っている。あのね、お父さんね、「目つぶって待ってなさい」って言うの。

(楢戸ひかる)


039『黙っている二人だけれど…』
=中村よしあき建築研究所、岩見沢市出身、岩見沢市在住

―住宅を中心に設計活動をなさっていますが、共通する設計テーマは。
 1990年にゼネコンを退社し、どうせやるなら人に役立つことをやろうと、「人権と住環境」をキーワードに活動を開始しました。現在は、「住居はその人が生活するための器で、人権を保障する器である。社会単位では、さまざまな福祉の空間的支えであり、次世代への資産である」という認識で設計しています。

 

―建築を志したきっかけは。
 エンジニアに憧れ、広い意味でのデザインに興味があったので、建築に進んだのですが、保険の代理店だったおやじに対する反発もあったかもしれません。

 

―あえてお父さんと違う道を選んだということですか。
 ええ。僕は4人きょうだいの末っ子で長男。「よろこんで、つぐ」という意味の名前が嫌だったし、大人にあれこれ決められるのが嫌で反抗していました。でも、家庭を持ってからは休日ごとに家族で実家に行っています。たまたま今日は僕がカレーを作って両親と3人で食べるんです。おやじとの会話は今日もないんだろうけど、僕ら親子はそれで理解しあっているということかな(苦笑)。

(道産ヨネ)


040『家族にたくさん宝物を残してくれました』
=大学助手、カナダ・バンクーバー市出身、札幌市在住

―専門の現代韓国の政治はもちろん、英語、フランス語、日本語、韓国語と、語学も堪能ですが、どのようにして身につけたのですか。
 私が5歳のときに父の仕事(レスリング、ボクシングのコーチ)の関係で日本(札幌)からカナダに移住したので、カナダでの暮らしでマイナーな言語になってしまう日本語と韓国語を、両親が毎日時間を決めて教えてくれました。

 

―ご両親は教育熱心なのですね。
 特に父は、勉強はもちろん、しつけ、言葉づかい、お金の使い方などにも厳しかったです。厳格な面と楽しい面を併せ持ち、私と妹をウエート代わりに両腕にぶら下げるなどして遊んでくれましたし、うれしいことがあるとよくツイストを踊っていました。父は歌も好きで、家族で「のど自慢」もしましたよ。

 

―ほほ笑ましい情景が目に浮かびます。
 父は私が19歳のときに病気で亡くなったのですが、後々家族が苦労しないようにと、あらゆる備えをしておいてくれたところも父らしいなと思います。

(道産ヨネ)


041『“街なかに住む日常”を楽しんでいた父です』
=札幌中心部のまちづくりマン、札幌市出身、札幌市在住

―お父様の代から、札幌の中心街にご縁があるんですか?
 父は札幌市の人口が1万6千人の頃から都心部に住んでいたようです。時代でいえば、明治の終わりか大正からですね。

 

―どんな方だったんですか。
 27年前に亡くなりましたが、物静かな人でした。オシャレで床屋にしょっちゅう行って髪形を今でいう七三に分けていましたね。新しいものも好き。30年以上前、当時まだ珍しかった赤ワインを私が飲んでいるのを見かけるたびに、「一口くれ。どんな味がするのか試してみたいんだ」と言うんです。毎回、「やっぱり苦くてうまくないなぁ」と言うのにね。

 

―お父様は札幌中心部の変遷をどんな気持ちで眺めていたのでしょうか。
 自分の家の界隈が大きなビルになる様子を、とても興味深く見ていたようです。散歩がてら、それをプラプラ見て歩いてね。その帰り道、一杯飲みたくなったら居酒屋に寄って……。飲んだ後、歩いて家まで帰ってこられるのは街なかに住んでいるよさですよね。

(楢戸ひかる)


042『性格も顔立ちもそっくり』
=詩人、根室市出身、岩見沢市在住

―創作活動をはじめ、地域活動や文化活動にも励んでおられますが、お父さんの影響はありますか。
 DNAを感じますね。父は呉服店を経営する傍ら、お寺やPTAの役員、町議会議員などもやっていました。忙しさで自分をすり減らしても、人のお世話をするのが大好き。私は性格も顔立ちも父にそっくりで、父は分身のような私に期待をかける反面、大人びて小生意気だと思っていたきらいがあり、私は私で父を愛しているんだけれど、こうはなりたくないと否定的にとらえていました。

 

―今現在は、いかがですか。
 父は30年ほど前に亡くなったのですが、若いころにもらった父からの手紙を読み返すと、精一杯生き、娘に手紙を書きながら自分の有り様を確かめていたのがわかります。夫や子どもに恵まれ、自分の望むことがバランスよく追求できる時間を持つに至ったことを幸せに思うと同時に、読書をしたり物を書くなど、父が望んで叶わなかったことを共に実現しているようにも思います。

(道産ヨネ)


043『上京、40秒で認めてくれた』
=ライター、札幌市出身、東京都江東区在住

―札幌から上京して何年になりますか。
 ちょうど1年半ですね。親の脛を齧り、しゃぶり尽くしてしまって、もう脛が見当たらなくなったんで家を出ました。

 

―末っ子の長女だそうですが、家を出る時お父さんは何も言わなかった?
 出るって言った直後は「大丈夫なのか」って驚いてましたけど、40秒後には諦めてました。その何年か前、営業職からマスコミに転職するって言った時は説得に2分ぐらいかかったから、たぶん転職の方が衝撃だったんでしょう。

 

―東京で、お父さん代わりになってくれている人はいますか。
 職場の上司です。女性なんですけど、すごくお父さん的な頼り甲斐がある。どっしりとしてて、「あとは私がケツ持つから、思い切ってやんな!」って、背中叩いてくれるんです。たまに「お母さん」って呼んじゃう時もあって、向こうもうっかり「今お母さんが言ったのはさあ」なんて言ってきたりするから、もしかしたら両方引き受けてくれてるのかもしれませんけど。

(小笠原 淳)


044『父がドーナッツを作ってくれた時のワクワク感が私の原点』
=Coffe&Cake UNCLE HOUSEオーナー、網走管内小清水町出身、北見市在住

―お父様は、お料理をされる方だったんですか?
 全くしませんでした。小学校の1年の時、母が不在で父と私で留守番をしていた時のこと。父がりんご切ってくれたんですが、なぜか輪切りで。その時に「父は料理ができない人なんだ」と、しみじみと実感した思い出があります。

 

―お母さんの作ったお料理を黙々と食べているような方だったんですか。
 マズイ時は必ずダメ出しをしていました。ただ、自分が料理をしないから「しょっぱい」「甘い」などと表現が大雑把で。それで困っている母を見て「具体的なアドバイスをするためには、男も料理ができないとダメなんだな」というのを子ども心に感じていました。

 

―ただの一度も“お料理”に参加されなかったんですか。
 一度だけ、私が小学校3、4年生の頃、休みの日に母と一緒にドーナッツを作ってくれたことがあって。味は覚えていませんが、できあがったドーナッツにグラニュー糖がびっちりついている映像は今でも鮮明に覚えています。父と母がドーナッツを作っている姿を見た時のワクワク感、あれが自分が食べ物を作る仕事に携わっている原点です。

(楢戸ひかる)


045『家族との時間を大切にする人です』
=大学生、札幌市出身、札幌市在住

―少林寺拳法弐段だそうで。
 はい。格闘技に憧れて、大学の部活で少林寺拳法を始めました。最初は受け身ができなくて、家で父に特訓してもらいました。

 

―お父さんも少林寺拳法をなさるのですか。
 いいえ。父は中学校の体育教師で柔道がわかるので、受け身の基本を和室でみっちりと…。小さいときから運動で困ったことがあると父に聞き、逆上がりのコツも教えてもらいました。父が特に好きなスキーに関しては、教えてもらったというより、家族全員、スキー場に連れていかれたという感じです。

 

―家族全員で出掛けることが多いのですか。
 兄は本州に就職し私も社会人になるので、これからはわかりませんが、今まではキャンプや旅行、親戚のうちへも家族そろって行きました。父は叔父(母の弟)と気が合い、一緒にお酒を飲むのがすごく楽しいみたいです。父のお酒は楽しいお酒なのですが、酔ったときの“いびき”が唯一困りものです(笑)。

(道産ヨネ)


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【おわびの極意】12月11日〜12月17日

毎日新聞 12月12日 p.19 11版 朝刊
「訂正」
 4日「“もったいない”でいこう」の記事で、ポリ乳酸は石油原料のプラスチック(ナイロン、セロハン、PE、PPなど)のどれよりもCO2の排出量が少ない」とありますが、セロハンの原料はパルプでした。

毎日新聞 12月13日 p. 5 14版 朝刊
「おわび」
 12日朝刊「与党選挙協力に影」の記事で、「衛藤(晟一)氏側は『生長の家』などの宗教団体を中心に地元・大分で大量得票できれば、当選圏内に入る可能性があるとみている」との記述は事実ではありませんでした。おわびして訂正します。

読売新聞 12月14日 p. 34 14版 朝刊
「訂正」
 13日の「大手行ATM休みなし」の記事で、郵貯の日曜日の引き出しなどの手数料は無料でした。

北海道新聞 12月18日 p.16 16版 朝刊
「訂正」
 17日の「スピードスケート男子五千メートルを制した平子」の記事で「2位に4分半以上の差をつける圧巻のレース」とあるのは、「4秒以上」の誤りでした。おわびして訂正します。

北海道新聞 12月18日 p.18 16版 朝刊
「訂正」
 17日の全国中学校駅伝の記事で七飯大中山のタイムが「1分4秒26」とあるのは、「1時間4分26秒」の誤りでした。おわびして訂正します。

(山崎達之)

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【新・自然真営道】第03回

「まぼろしの玉ねぎ「札幌黄」とF1種」―ガーデニングの功罪 その3

札幌黄〜普通の玉ねぎより肉質が柔らかく、煮ると甘みがあるため、一度食べるとその魅力の虜になる

伝統野菜を守り続ける番人、大屋久(ひさし)さん

 遺伝子組換食品に異論を唱える人は多いですが、F1種について論議する人が少ないのは不思議なことです。もっともF1種が登場して30年以上も経ちますから、もう議論の余地がない、もしくはすでに当然のものと受け止めているのかもしれません。だってF1種は、食料不足の解消・多収量・生産管理の軽減を目的に作られたのですから。
 現在、F1の普及率は野菜100%、花80%です。各種苗会社が独自のF1の種(たね)を登録商標しており、それを生産農家が買って栽培します。F1種で栽培しない生産農家はいません。つまり、私たちの食料事情は種苗会社が握っていると言っても過言ではないのです。もし種苗会社が生産農家にF1種を売らなかったとしたら、またもしその苗にウィルスなどの病気がついていたらどうなるでしょう?食料供給は安定せず、1個500円のキャベツやトマトがスーパーで普通に売られることになるのです。
 F1種は「ハイブリッド」とも言われ、一代雑種を意味する交配種です。人工的に作出されたもので、「生育や品質に均一性がある」や「良質な作物ができる」といった特徴があります。我々の祖先が農耕民族となって以来、品種改良は行われてきました。しかし、F1種が、従来の品種改良と異なる事はあまり知られていないようです。
 F1種は、自然の状態で交雑しない品種同士を交雑して作られます。しかし、どうして自然状態で交雑しないものが出来るのでしょう? その答えは、人工授粉や細胞融合、また放射線を照射して突然変異体を作り、それを形質固定させるなどのバイオテクノロジー技術が用いられているからなのです。自然生態系の中では存在しない、そして人間の力なしでは存続できない不思議な種の実態を知ると、遺伝子組替食品と何ら変わらないような気になってきませんか?
 しかし、これに果敢に挑戦する人たちがいます。今なお自採取した種(在来種)を用いて、まぼろしの玉ねぎ「札幌黄」を栽培し続けている農家があるのです。札幌市白石区米里の大屋久さん(75歳)もその一人で、「札幌黄」を作り続けて45年になります。
 玉ねぎの種は、明治にアメリカから札幌に入りました。その種が長い年月をかけて自然交配を繰り返し、現在の「札幌黄」となったのです。「理想的な形をした母球を選び、その種子を翌年播く。農家ごとに母球の選別方法が異なるので、各農家で形がだんだん異なってくる。そして、年を重ねるごとに、その土地や環境にあった優良な種が残っていくことになる」と、大屋さんは話してくれました。しかし、在来種であるため、形にばらつきが出やすく、「規格選別に時間がかかる」ことや「規格外が多い」など、農家さん泣かせの玉ねぎでもあるのです。
 近年、種苗会社はこの「札幌黄」に注目し、「札幌黄」を親に品種改良をはじめています。「札幌黄」は本当に幻となってしまうのでしょうか。私は「もうこれ以上、人が関与しなくていい。そっとしておいて」と叫ばずにはいられません。すべて合理的に物事を進めようとする現代社会において、このような伝統を受け継ぐ農家が一戸でも残って欲しいと願うのです。

(大竹正枝)

※筆者紹介 おおたけ・まさえ…1965年生まれ、千葉県出身。現在、北海道大学農学研究科に在籍。植物が人間に与える不思議なパワーに興味を持ち、主に園芸療法について研究するかたわら、ガーデニング、環境保全、そして地域・農村活性化など幅広く関心を持つ。

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【どうでもいい話】第05回

010 『カウントダウン行事と初詣に行くホームレス』2006年12月31日深夜―07年1月1日未明、札幌市中央区

ホームレスの男性Sさん…40歳代半ば、路上歴7年、空知管内の産炭地出身

・31日午後11時10分、地下街ポールタウン

 「地下鉄のドニチカキップ(休日専用一日乗車券)、便利なんですよ。土曜日曜ね、ドニチカキップ拾って。や、落ちてないですよ。あの、券売機の横の、あの、使い終わったやつ入れる、あの、箱からね。うん、見つかったら怒られますけどね。それ使って、メトロ文庫(駅構内の小規模図書館)回って、本集めて。だいたい1冊10円とか、ひどい、安いけどね。だからやっぱし、いっぱい回って、いっぱい集めないとね。…あMさんいる。あそこあそこ。あの人はすごい。ホームレスじゃないよね。ホームレスじゃないのに、すっごい。…あっちの人は、ホームレス、だと思いますけど、見たことない」


・31日午後12時、大通公園

 「去年より、ずっとあったかい。帽子はこれ、ずっとこれ。…パチンコ屋、やっぱし、いっつもより早い。うん、閉まるの早い。あれ、組合かなんか、協定かなんかで、いっつもより早めたんだと思う。Gだけあやって。ほんとGだけだった。あそこも、最近厳しくなりましたよ。厳しいったってビルの、階段のとことかだけど。店ん中はね、黙ってテレビ観てたりしても文句は言われないけど、寝たら、起こされるから。すぐ起こされるから。Vも駄目。Vの休憩の椅子、ふわっふわしててね、寝るのにちょうどいんだけどね、やっぱし、すぐ起こされるから。飛んできますから。寝てても大丈夫なのはあれ、H。Hはロッカーもよかった。あの、パチンコ屋、ロッカーあれ、タダだから。だから朝んなったらみんなH行って、荷物詰めて。そう、そういうの増えたから、Hも一日しか置けないようにしたの。貼り紙やって、書いてますよ。だから今、毎朝競争。…ああ、ああ。おー。おー。ああ、今年もよろしくお願いします。はははは」


・1日午前0時25分ごろ、札幌市中央区の路上

 「18で札幌来た時、びっくりしてね。おふくろついてきて、あの、アパートの隣の人とかに挨拶、挨拶に回ったら、なんかすっごいへんな顔されてね。ああ、札幌って引越しの挨拶すんの、へんなことなんだって。実家でそんなことなかったからね。あの、40軒ぐらい入ってるアパートで、40軒みんな知り合いだから。誕生日とかね、家でなんもなくても、40軒まわたっらお菓子とかくれるんですよ。みんな、誕生日も知ってんの。どこのうちの子供、今日誕生日だねとか、全部知ってんの。あとあれ、札幌で初めて風呂屋行った時、うん、銭湯行った時、びっくりした。おばちゃん、『お金!』とか言うから。『なによ「お金」って』。風呂屋で金払ったことなんて、なかったからね。ぜんーぶタダ。風呂屋もタダ、映画もタダ、石炭使い放題。最高。札幌、ぜんーぶお金」


・1日午前1時15分、北海道神宮境内

 「あれ、あったんですよ、でかいの。火ぃ出て。あれ、火ぃ消すの優先だから。だからまだ、坑ん中に20人ぐらいいたのに、水、入れましたからね。消さないばないって。給料よくてもね、いつ死ぬかわからないんだから。同級生の親とか、けっこう死んでね。だから、おれ『炭坑でもいいべ』って思ってたけど、親父、『絶対やめれ』って。『危なくない仕事にせ』って。うん、親父は炭坑。ほんっと、親父もよくやってたなーと思って。あれ、一回入ったら、出てこれませんからね。めしも中で喰いますからね。して、禁煙でね。5時間も6時間も喫えないのに、親父ヘビースモーカーなのに、よくやってたなーって」


・1日午前1時25分、北海道神宮拝殿前

 「少ないですね。去年より全然少ない。早いから、進むの。やっぱし、年々減ってますね。…いちおう、用意しといたんで。10円10円。やあ、今年もまた、生きてけますようにって。はは。ありゃー。全っ然あれ、お札なーんも入ってないから。神様も大変。いやいやいや。だら銭(小銭)ばっかし」


・1日午前2時、札幌市中央区の路上

 「メトロ文庫、最近いいのないから。綺麗な本ないんですよ。たまーにね。たまーにね、すっごいの来る時ありますけどね。あの、なんたっけ、占い師みたくやってる人、宗教の人の。36冊で3800円んなった。宗教関係、高く買ってくれますよ。どっちでも、ブックオフでも、ゲオでも(ともに大手新古書店)。あの、池田大作とか、大川隆法とかのも、ふつうのより高く買ってくれますよ。あとあの、CDとか、DVDとかね。とくにアダルト。アダルトのセットなんて拾ったらもう、すごいですよ。おれもあれ、25枚まとめて、DVD拾って、すっごい額んなった。これから来る筈なんですけどね、春。引っ越し時期。学生とか、いっぱい投げる(捨てる)からね。アダルトも、自分で売ればいいのに、投げるからね。こっちはもう、ね。『はい、ありがとうございます』って」


・1日午前2時45分、JR札幌駅喫煙室

 「さ、ここ閉まったらまた歩いて。…あれはあれ、初詣列車のあれ、並んでんだね。あれ出たら閉まって、して5時過ぎまで開きませんから、駅。5時過んだら速攻で入って、地下のあそこであったまってー、10時から饅頭喰わないと。配ってますよ、毎年。だから、5時から、饅頭喰うまでは、寝れる。寝とかないと、商売なりませんから。歩けませんから。ははっ」

(小笠原 淳)

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【NEWSぱくりんこZ】第05回(2006年12月11日〜12月17日採取)

インドネシアで独自のイスラム金融が急成長中。預金をすると、利子の代わりにメッカ巡礼などの際の割安ツアーが提供されるといった各種特典がある。(『日本経済新聞』12月10日付朝刊)

和歌山県議や同県職員は「天野山カントリークラブ」でのプレー料金を「学割」と呼んだ。「学割を使った県職員は1000人を下らない」と証言する関係者も。(『朝日新聞』12月12日付朝刊)

ドーハでは出稼ぎ目的の新米運転手が急増中。行き先を告げると、「おれ、道が分からないから」と言って乗車拒否されることも。(『毎日新聞』12月12日付朝刊)

米バージニア州で06年8月、現職の共和党上院議員ジョージ・アレン氏がビデオ撮影中の民主党陣営のボランティア学生(20)=インド系=に「ようこそマカカ」と発言。「YouTube」に配信され、11月初めまでに27万回閲覧された。(『毎日新聞』12月12日付朝刊)

ドーハ・アジア大会第11日(12月11日)、陸上女子200mでガサラ(バーレーン)が優勝。白いベールにタイツ、長袖のシャツ、その上からユニホームを着用。空気抵抗を感じさせない走りだった。(『朝日新聞』12月12日付夕刊)

世界最高齢者のエリザベス・ボルデンさんが12月11日、死去。今年8月の116歳の誕生日時点で、ひ孫の子の子の子が75人いたと言う。(『朝日新聞』12月12日付夕刊)

12月12日の塩崎恭久官房長官の記者会見。「『センシティブ』について適当な意味はないんですか?」との記者の質問に、「うーん。何て言うんだろうねぇ」。(『毎日新聞』12月13日付朝刊)

「今夜、私は全米の皆さんに伝えたいことがあります」と米民主党(イリノイ州)のバラク・オバマ上院議員(45)。「ベアーズを最後まで応援するぜ、ベイビー。ハハハ」。(『朝日新聞』12月13日付夕刊)

京都地裁で12月13日、「Winny」を開発した元東大大学院助手(36)に有罪判決。判決直後から「2ちゃんねる」に投稿が殺到。「包丁を作った人も有罪か」「開発者が死すともソフトは死なず!」と、有罪判決を疑問視する意見が続出。(『読売新聞』12月13日付夕刊)

「80数年元気でいて、45秒で死ぬ。ヨーロッパでは、これが理想の人生『ピンピンコロリ』だそうです」とフレディ松川さん。(『北海道新聞』12月14日付朝刊)

12月12日に行われたピノチェト元大統領の葬儀で、軍政期に暗殺された元陸軍司令官の孫が棺に唾を吐きかけて逮捕された。「何か仕返しをできる最後の機会だった」と述べたという。(『朝日新聞』12月14日付夕刊)

アジア大会の馬術競技に参加していたカザフスタンチームは、陸路で母国に帰ることに。「帰りは行きと比べて4000kmしかないし、楽だよ」とセルゲイ・ブイケビッチ同国馬術連盟副会長(43)。(『毎日新聞』12月16日付朝刊)

ブータンのジグメ・シンゲ・ワンチュク国王(51)が12月14日に退位、長男に王位を譲った。新王はジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク元皇太子(26)。(『日本経済新聞』12月17日付朝刊)

(山崎達之)

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【危機の時代に―鈴木邦男・和多田進 10年目の往復書簡】第03回


道・3(石川県輪島)(写真・WATADA)

和多田進→鈴木邦男

「『いじめ』は存在しないと思うのですが」

 拝復

 「長老」ですか。どう受け止めてよいものか、とまどいます。駄ジャレ好きの私の頭には、「嘲弄」なんていう言葉も浮かんでこないわけではありませんが、ここは素直に年寄りへの尊称と受けとめることにいたしましょう。しかし、鈴木さんの方が2、3歳ばかり年長なのに、なんとも面はゆいばかりです。
 それはともかく、『論座』で鈴木さんが日教組の委員長と対談されたことは新聞広告で知っていました。でも、読みはしませんでした。特別の意志を持って読まなかったのではなくて、なんとなく読まずにいるうちに時が過ぎてしまったというだけの話です。ですから、その対談の内容についてふれることはできません。でも、日教組も大変だろうな、ということだけは分かります。
 戦後日本の労働運動の「最後の砦」とも言い得る自治労と日教組が、いま集中砲火にさらされているのですから。鉄道も電話も郵便も「民営化」され、それと同時に労働組合も“解体”されたわけですから、体制側の意図は十分過ぎるほどよく理解できます。あと残っているのは、弱体化したとはいえ自治労と日教組だけです。「官公労」という言葉が懐かしいほどですが、戦後日本の労働運動を支えてきたのはその「官公労」でした。つまり、「親方日の丸」が労働運動を支えてきたわけで、民主主義の血肉化以前の問題として、日本労働運動の構造的弱点がさらけ出されて今日に至っているのだと私は思います。
 これは平和運動でも同じです。沖縄知事選の結果は最初から私に予測可能のことでした。太田昌秀氏が国会議員のバッジをつけたその瞬間、今日への道は拓かれたと思います。太田氏は国会議員などというつまらぬ仕事につくのではなく、個人として、沖縄ばかりでなく、日本と世界の平和のためのシンボルの役を担える数少ない人間のひとりだったのです。けれども、彼にはその意味が理解できませんでした。私は御本人にそのことをかなりしつこく進言したのでしたけれど…。
 まあ、それはそれとして、私たちの日本はぬきさしならぬところに来ていると思います。既成の概念では「全体主義」とでも言うべきなんでしょうか。そういう段階に来ています。安倍政権になった今度の国会を見て下さい。教育基本法、防衛庁から防衛省への昇格にともなう海外派兵の「合法化」、国民投票法などはその象徴的な現象です。国家の枠組が根本から変更されていくのに、それがほとんど無抵抗のまま現実化されていっているのです。憲法は現実承認のために「改正」されるという段取りなんでしょう。安倍政権は、自民党が何十年来やりたくてできなかった「党是」を、発足2、3カ月でやってのけている恐るべき政権なんじゃないでしょうか。
 いま私は、深夜、ひとりでそんなことを考えつつ日を送っています。もう若くはない「長老」に、いったい何ができるのだろうか、と。それで、鈴木さんの手紙にあった「いじめ」の問題に関して私の考えていることを先回りして少しだけ述べておきたいと思います。
 私は、「いじめ」の問題というものは存在しないと考えています。在るのは「人間の尊厳」の問題です。人間の尊厳というのが犯されているということじゃないのか。そう考えると、これは「子供の問題」ではなくなります。オトナの問題、つまり「人間全体」に関する尊厳の問題になるのではないでしょうか。
 だから、「いじめ」という言葉を遣って「いじめ」を議論するかぎり、問題の根本、本質は見えなくなります。「いじめ」という言葉で議論することをやめなくてはなりません。
 『論座』の1月号(2007年)に赤木智弘さんという31歳のフリーターが「『丸山真男』をひっぱたきたい」という文章を書いています。これは是非お読み下さい。ある種の思考の典型がこの人の文章に表れているのです。
 《…私のような経済弱者は、窮状から脱し、社会的な地位を得て、家族を養い、一人前の人間としての尊厳を得られる可能性のある社会を求めているのだ。それはとても現実的な、そして人間として当然の欲求だろう。
 そのために、戦争という手段を用いなければならないのは、非常に残念なことではあるが、そうした手段を望まなければならないほどに、社会の格差は大きく、かつ揺るぎないものになっているのだ。
 戦争は悲惨だ。
 しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でもなんでもなく、むしろチャンスとなる。
 もちろん、戦時においては前線は銃後を問わず、死と隣り合わせではあるものの、それは国民のほぼすべてが同様である。国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態と、一部の弱者だけが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者にとって望ましいかなど、考えるまでもない。
 持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱くが、持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持たざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性が存在しない格差社会においては、もはや戦争はタブーではない。それどころか、反戦平和というスローガンこそが、我々を一生貧困の中に押しとどめる「持つ者」の傲慢であると受け止められるのである》
 さて、この赤木氏のこの理屈に、私たちはどう応えられるのか。ここには「弱者」の「傲慢」も見えるように思うのですが、こういう理屈に対しても私たちは真剣に応じなければならぬのではないかと思うのです。
 次回、鈴木さんが書かれるはずの「いじめ」のことは、右のようなことも合わせて考慮して下さるようお願いいたします。実りある対話を続けたく。

早々

鈴木邦男さま
2006年(核時代61年)12月25日
和多田進拝

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