寿都(すっつ)発、3代目が山下の味を追求した「氷室本造り飯寿し」

文・写真/大藤紀美枝

飯寿(いず)しの樽、一つ一つに愛情を注ぐ

「私が数日留守にしただけで、うち(山下水産)の飯寿しは、“こじけ”てしまうんですよ」と、社長の山下邦雄さんは困り顔で話す。けれども、わが子について語るがごとく目尻が下がっている。「こじける」とは、「思うように育たない」「いじける」といった意味合いの北海道語である。
 飯寿しは北海道および東北地方の伝統的な発酵食品で、山下水産ではホッケや紅鮭など北の海の幸を、米、糀(こうじ)、ニンジン、ショウガなどを用いて杉樽に漬け込んで造る。コウジ菌をはじめとする微生物の働きが出来不出来を左右するから、温度管理や重しの加減に細心の注意が必要で、製造過程の最初から最後まで目が離せない。
 山下さんは氷温庫に収めた飯寿しの樽を日に3度は見て回り、すみずみまでチェックする。樽の内部から上がってくる“つゆ”は、熟(な)れ具合を伝える飯寿しの声のようなものだという。
 「こじけると、つゆが思うように上がらなかったり短期間で怒ったように熟れてしまったりして手に負えません。発酵に精通したスタッフが万全を期しても、うちのコウジ菌らは私の顔を見ないと安心しない。手がかかるけれど、かわいいものです」
 “山下さんちの微生物”は寂しがり屋で甘えん坊だが、根は相当の働き者らしく、「すべての樽がほぼ同じおいしさ」で、「いつ造ってもほぼ同じおいしさ」の実現に大きく貢献している。

佃煮も飯寿しもおいしい。そのひと言が何よりの成果

 後志管内寿都町の山下水産といえば、全国に名のとおった「生たきしらす」の老舗である。手間ひまかかる看板商品に加えて、手間ひまかかる飯寿しに力を入れたのは、「佃煮はおいしいけれど、飯寿しはそれほどでも…」と言われていたのを、「佃煮も飯寿しもおいしい」に変えたかったからである。
 「母に弟子入りした25年前、うちの飯寿しを検証したら原材料に問題がありました」
 新鮮な北の海の幸を三度三度食べて育ち、魚の本当の旨みを知っていると自負していた山下さんにとって、それは耐え難いことであり、山下水産3代目として克服しなければならない命題でもあった。
まずホッケを吟味した。寿都で飯寿しといえばホッケである。最もたくさんとれ、手に入りやすいからである。寿都近海でとれるホッケは魚の旨みを消さない程度に脂が乗っており、しかも網にからんだ魚外しなどに手間のかかる刺し網漁が今も行われている。
 「刺し網にかかったホッケは、逃れようとしてもがいた跡が残っていて見た目はよくない。しかし、身の締まりといい、旨みの濃さといい、釣ったものや定置網のものとはひと味違う」と言い切る山下さんは、“刺し網ホッケ”にこだわった。原材料選びに奔走すると同時に施設設備を一新し、製造技術の向上も図った。人材確保にも励んだ。
 「15年かかってやっと納得のいく飯寿しができました。佃煮は母にかなわないけれど、飯寿しは何とか超えたような気がします」
 「ほっけ飯寿し」「紅鮭飯寿し」「はたはた飯寿し」をはじめ、いずれの品目も苦労をいとわず食材の旨みをとことん引き出そうとする山下水産ならではの味わいである。

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山下水産の自信作2品。「ほっけ飯寿し(手前)」と「紅鮭飯寿し」

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本社と前浜は至近距離。冬空が飯寿し造りの最盛期到来を告げる

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切ったホッケを水にさらす作業。2日間、3時間ごとに水を取り替え、午前3時は今も山下社長が担当

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飯寿しを漬け込んで約20日、最後に樽を逆さ(左側)にして“つゆ”を搾る

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樽のふたを外し、飯寿しを包み込んだ天然の笹を開く瞬間は格別の思い

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