口の中に広がる旨味。小樽のシェフが作る絶品スモークサーモン

〜熱を加えない冷燻法と機械を使わず一枚一枚包丁で切るこだわり〜

文・写真/杉本真沙彌

出会いとブランクが味を決めた

 小樽の花園町に「絶品のスモークサーモン」を出す洋食レストランがある。オーナーシェフ、村武三さんの名前がついた「レストラン 村」は地元の人たちで賑わう。
 小樽生まれの村さんは、地元の高校を卒業後、千葉工業大学に進学した。大手繊維メーカーから生産ラインを見る職種で内定をもらっていたが、第一次オイルショックと重なりその話はなくなってしまった。
 「就職の話がストップしたから、好きな仕事につけました」
 もともと料理することが好きだった村さんは、大学を卒業後、小樽に戻り「北海ホテル」に就職した。そこで一人の料理人、村田龍一氏と出会う。村田氏は、戦前の札幌グランドホテルの総料理長だった青木小太郎氏の弟子。青木氏は、天皇の料理番として知られるフランス料理研究家の秋山徳蔵氏の3番弟子である。料理人 村さんの源流はここにあった。
 「村田料理長はずいぶん私をかわいがってくれました。鍋は洗わなくてもいい、一つでも調理を覚えろと」
 「北海ホテル」で10年間の修行ののち、小樽の洋食レストラン「ダニーデン」で料理長を務める。10年後、自分の店を立ち上げようと店を辞め、その1ヵ月後に「レストラン 村」を開いた。
 村さんは店をオープンさせるまでの1ヵ月近く、洋食をいっさい口にしなかった。メニューのイメージをペンで書き、料理を作らない日々が続いた。そして、そろそろ本格的な準備を始めようと、久々に自分の料理を食べて驚いた。
 「今までこんなに重たい味だったのか……」
 同じ料理を食べているとだんだん舌がなじんでしまい味が分からなくなる、と村さんは言う。この1ヵ月は、村さんにとって自分の味を再確認する大切な時間となった。1ヵ月の舌やすみが、現在の村さんの味を作り、絶品スモークサーモンを生んだのだ。

熱を加えない冷燻法でじっくりと。刺身のような味わい

 「魚をいかにきれいにおろすかが味を左右するんです」
 サーモンはシェフが一本ずつ丁寧におろしている。ブランデーと白ワインをふりかけたあと、塩やハーブなどをふって味をつけ、一晩おく。ハーブなどをふき取り、裏返して同じように味をつけてもう一晩おき、冷蔵庫で乾燥させたあとに冷たい煙だけを流して燻製にする。これは熱を加えない「冷燻法」という手法だ。夏は燻製器の中に氷を入れて温度を調整する。これが刺身のような味わいの決め手となる。こうしてできあがったスモークサーモンは、一枚一枚丁寧にシェフによってスライスされる。
 「包丁で切ると厚みが調整できるし、一枚を大きく切れる。機械じゃ無理なんです」
 村さんはサーモンの感触を確かめるように丁寧に包丁を入れる。レストランで出されるスモークサーモンはもちろんだが、真空パック詰めのものも全て人の手で切られている。
 手間をかけて大事に作られたスモークサーモンは、つややかで肉厚、やわらかな食感と絶妙な塩加減、ほのかな桜チップの香りと脂の甘さが口のなかにふわっと広がる。食べた客は「やさしい味」と表現する。
 「一口目にインパクトがあるものは飽きてしまう。二口目からおいしくなるのが私の味です。そうすれば最後までおいしく食べられるんです」と村さんは自分の味をこう語る。
 この絶品スモークサーモンは地元の人だけでなく、大手百貨店のバイヤーたちからも注目を集めている。しかし、機械を使わないまったくの手作りのため、一度に作る量も限られる。全国各地の百貨店に並ぶのは難しい。
 やさしい味のスモークサーモン。人々に愛されるこの味わいは、機械ではなく村さんの手だからこそ生まれるのだ。

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オーナーシェフの村武三さん。レストランにはシェフの味と人柄にひかれて地元の人たちが集まる

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脂がのった自慢のスモークサーモン。一枚一枚丁寧に手際よくスライスされる

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白ワイン、ブランデー、塩、コショウ、ディールなどがサーモン本来の味を引立てる。大きくて厚切りなので一枚でもかなりのボリュームだ。このままで味わってほしい

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スモークサーモンに続いて人気が高い、タコのガーリックマリネ。タコは積丹や余市などで上がった歯ごたえの良い日本海産にこだわる。スライスオニオンや水菜などといっしょに

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