1ぱいの蟹たりともハズレは出さない

―「職業」から「生き方」に昇華させた社長の生きざま―

文・写真/楢戸ひかる(商品写真提供/北海風おがわ)

心の奥底で一心に求めているのは人との出会いです

 水産加工会社「北海風おがわ」の社屋の目前は、オホーツク海だ。浜辺には昆布が打ち上げられ、空にはカモメが飛んでいる。そこには厳然とした自然界の営みがあり、人間もその一部に過ぎないと思わされる。海水浴で遊びに行く“ビーチ”でなく、“生活の場としての海”があった、そこには。
 代表の小川臣章さんは、13年前30代半ばで漁協を退職して会社を始めた。
 「今では設備も整ったけど、工場は古い倉庫を自分たちで改造してスタートしました。車は廃車をもらってきて色を塗って……。事務所は最初プレハブだったので、冬になったらファックスや電話が全部凍っちゃって大変でした」と、当時をふり返る。
 親から引き継いだ財産もなく、資本金は漁協の退職金300万円だけだった。
 「オレは天才でも才能があるわけでもないから、できることは人一倍努力するだけ。だから無我夢中で何かにとりつかれたみたいにやるしかなかった」という13年間だった。

 そんな生き方をしていて疲れ切ってしまうことはないのだろうか?
 「信念を手放さずにいると必ずいい出会いがある。それがオレの原動力。その出会いをするには、自分もそれだけのことをしなければならないと思っている。休んだ時から、出会いは終わり。人との出会いがなかったら、人生何も面白くないよ」
 小川さんが“手放さないでいること”とは、何なんだろう?
 「自分がきちんと納得できる商品を作って売る、それだけの話。 “売れるから” “注文があるから”と、商品をどっかからかき集めてきて売るんじゃダメなんだ」
  お客様に“おいしかったよ”と言ってもらった時、自分の商品だったら山びこのように“そうでしょ、おいしいでしょ。絶対に自信があったんですよ”と、声を大にして胸を張って言えるのが嬉しい。「商品が“借り物”だったらそれができないじゃない」とも。

蟹の甲羅にLV(ルイ・ヴィトン)と焼印を押したい

 「北海風おがわ」で扱う全ての蟹は、必ず小川社長の手の上を通過する。
 どれだけ時間がかかっても、どれだけ忙しくても、自分の目と手のひらの感触で全ての蟹のチェックをするのは、“ハズレ”を確実にハジクためである。よほどのお金持ちでもない限り、蟹はそれなりの覚悟をして買うものなのだと小川さんは言う。「家計は苦しいけれど、結婚記念日だから奮発しようか、なんて夫婦の会話がチラチラと頭に浮かぶんですよ」とも小川さんは言う。だから、たった1ぱいたりともハズレがあってはならないんだと思うのだ。
 そんな小川さんだが、蟹を選ぶ目に自信があるわけではない。
 「大量に選別をしていると、人間の感覚は麻痺をする。最初はいい精度で判断できるけど、それがだんだん狂ってくるんだね。迷った時は蟹の甲羅をはがす。そして身がしっかりと詰まっていたら“オレの目は間違えていなかった”ってホッとするの」 
 もちろん甲羅をはがした蟹は商品にはならない。でも、それはそれでいい。自分のものさしを計っているのだから。
 「ブランドって、すごいよなぁ。全ての商品が“確実”で、人を幸せな気持ちにできるんだもの」と言う小川さんは、自社の製品を“食のブランド”にしたいという想いが強い。
 「この頃、世で“ブランド”とされているものの創始者のことをよく考える。彼らも、ひとつひとつの商品に想いを込め、信用を積み重ねるところからスタートしたんだろうね。だからオレは甲羅に“ルイ・ヴィトン”って焼印を押せるくらいの気概で蟹を選んで、世の中に届け続けるよ」
 まるで自分に言いふくめるようにひとりごちた。

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遠くに見えるのは、流氷止め。冬場は浜辺のすぐ近くの海まで流氷で覆われる。

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流氷に傷つけられないよう陸あげした船。冬の間にメンテナンスをして流氷明け春一番の蟹漁に備える。

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小川さんと苦楽をともにした工場の中にて。ひとりの仕事人として、精悍さが漂う。

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思わず手にとってかぶりつきたくなる。カニ味噌もトロぉ〜りと美味しい。

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