目指すは「一頭一家」、牛乳27本の宅配から始めた地産地消型酪農

文/小笠原 淳 写真提供/ノースプレインファーム

「なぜ酪農地帯でこんな牛乳飲まされるんだ?」

 小学2年生のとき―40余年前、牛乳だけの給食が始まった。
 「なんでこんなマズい牛乳、飲まされるんだ?」
 大黒宏さんの生まれ育った網走管内興部(おこっぺ)町は、そのころから酪農地帯だった。搾りたての味を知る子供たちがそこかしこにいる町で、「どうして地元の牛乳を出さないのか」―。
 実家は酪農業を営んでいる。牛乳の味には自信がある。田舎の牛飼いに生まれた人間として、興部の人たちに興部の味を提供したい。ひいては、道外にも故郷の魅力を伝えていきたい。「だったら、うまい牛乳を自分で売るしかない」と思った。
 思いが実ったのは、20年ほど前のことだった。

小さな農場、乳業処理業参入を果たす

 「大学卒業後、オーストラリアとニュージーランドをヒッチハイクで巡り、ある中小メーカーが地元の牛乳を宅配で売っているのを目の当たりにしたんです」と、大黒さんは30余年前を振り返る。帰国後、故郷でそれを実践したいと考えたが、実現までには7年間を費やすことになった。
 「農水省に、日本農業の生きる道は『地産地消』だと言っている人がいたんです。その人を町に招いて講演会を開いたら、道が関心を示してくれた」
 88年、オホーツクの小さな農場が乳業処理免許を取得した。「ノースプレインファーム」の誕生である。

「一頭一家」目指す牛飼い、故郷の酪農を想う

 小さな船出だった。
 27本の牛乳宅配から始めた事業は、すぐには軌道に乗らなかった。こつこつと「北海道らしい牛乳」「興部ならではの味」をつくり続け、2年目にはバター・チーズ製造に着手した。3年目には直営レストランを開店し、5年目に食肉加工場を稼動させた。20年の節目が近い今も、大黒さんは加工・販売業者であると同時に農業者としての姿勢を崩そうとしない。「目指す境地は『一頭一家』。牛1頭で1家族が喰っていくことです」と、酪農地帯のこれからに思いを馳せる。
 「農業は『循環型』であるべきなんです。よい土壌をつくり、その草を牛が食べて健康な牛になる。そんな牛からの乳・肉を現地で商品化し、販売し、現地で消費する。いろいろな産業との結びつきも生まれ、生涯教育につなげることもできる。そうやって、農村が持つ機能を回復させていきたいんです」
 人口4600人の町に建つレストランに、年間のべ4万人の観光客が足を運ぶ。経営する農場は、生産品の3割を道外に“輸出”している。北海道ブランド・興部ブランドの価値が高まれば、人も夢もさらに集まってくるだろう。酪農を手がけようという若者も増えてくる。「一頭一家」も、現実のものになる―。
 「田舎だけど、興部が大好きなんですよ」と、衒いなく言う。「ここに根を張って、ここからいろいろなものを発信していきたい」

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