「にったさんちのトマト」じゃなきゃダメなんです

―美学をもって一途にトマトに取り組むひとびと―

文/楢戸ひかる 写真提供/浪花亭

家庭料理が人気メニューになった

 すすきのの「浪花亭」は、今年で創業43年になる。使い込まれたカウンターを前に、2代目店主の村井弘治さんはこんなことを語り始めた。
 「何十人何百人のトマト嫌いに“このサラダだったら食べられる”と言われました」と。この店いちばんの人気メニュー「トマトの三杯酢サラダ」のことである。
 野菜嫌いだった先代が体調を崩した際、おかみさんが考案したのが始まりで、最初は村井家の家庭料理だった。「これ、おいしいから、お店で出そう」となり、店のメニューに追加したというだけのことである。それが、あっという間に常連客が必ずオーダーする一品になり、今では酢の物がわりにすべてのコースに入る料理にまで成長した。
 「浪花亭」の三杯酢は、オリジナルブランドとして市販もされている。常連客から「お客さんに配りたいから200本分けてくれないか」と言われたのが、市販するそもそものキッカケだった。17年前の話である。
 「その当時は空ビンを買ってきて煮沸消毒し、一本ずつ手で詰めてました。ラベルはパソコンで自作したのを貼って」
 村井さんは懐かしく17年前を思い出す。

口当りやさしいトマトに感じる愛情

 「トマトの三杯酢サラダ」をひと口食べると、だれでもその食感の繊細さを実感するだろう。ビロードに触れた時に感じるようなあの肌ざわり、感触が口の中でも感じられるのだ。
 トマトを作っているのは北海道奈井江町の新田春雄さんだ。村井さんが新田さんの知人に紹介されたのが二人の出会いだった。村井さんは新田さんの畑に行って話をした。
 「新田さんは手広く別の事業をされていた方なんですが、トマトに魅せられて栽培に集中したいからと事業は全て息子さんに譲られたそうなんです」
 まるで“戦友”を語るように誇らしげに新田さんのことを話しする村井さんには、生産者に対する惜しみない尊敬の念と賞賛精神があるのである。
 村井さんは「この素晴らしいトマトの存在を世に広めたい」と考えた。それから5年の歳月をかけて出来上がったのが「のむトマト酢」だった。試作段階で他の生産者のトマトも使ってみた。しかし、「ザラザラして、新田さんの作ったトマトのしっとり感は出なかった。“にったさんちのトマト”じゃなきゃダメなんだ」と悟ったのだという。
 「のむトマト酢」を実際に飲んでみる。トマトと酢は酸味同士なのに、ツンというトンガりが一切ないのに気づく。新田さんが手塩にかけたトマトと村井さんの匠の技が、補いあい魅力を存分に引き出しあっているのだろう。研究心旺盛な二人の人間の出会いが作り出した“幸福”がここにあるように感じた。

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店の実力は、カウンターをみればおおよそ想像がつく。

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2代目店主の村井弘治さん。京都の料亭で修行を重ねた。

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ガラス製の高杯の器に鎮座するトマト。美しいその姿に感嘆。

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トマトジュースが苦手な人でも美味しく飲むことができるハズ

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