古代米を使った、“懐かしい味”のするシフォンケーキ

文・写真/楢戸ひかる

田んぼの風景、米の作り手の想いを伝えたい

 米夢館の代表取締役、向真理子さんがマイカー通勤する道の両側は田んぼである。向さんは「稲に花が咲いた」と気がつけば車を止め、田んぼに入って稲穂を眺めることもあるという。
 「米は稲の実。稲は米を実らせるワラを作るために6ケ月の育成期間のうち4ケ月を費やします。だから稲を見ずに、できたお米の味だけを論じるのはナンセンスなんじゃないかと思うんです」と言うが、自身もかつては“商品としての米”しか見ていなかった。
 転機は平成6年、業界誌で見つけた赤米シンポジウムで農学博士 渡部忠世(京都大学名誉教授)と出会ったことである。師が率いる『アジア太平洋農耕文化の会』に入り、視察旅行でミャンマー、インドネシア、ベトナム、中国、スリランカなどの国々を回った。
 「少数民族が田んぼを耕す姿を見て、農業とは家族の命のために作物を育てることである」という原点を痛感したという。以来、“米を実らす稲という植物”に関心を抱くとともに、お米文化を伝え、日本のたんぼを次代に残したいと思うようになった。

赤米や黒米はお米に振り向いてもらう宣伝マン

 日本人にとってお米とは、空気や水と同じように「あって当たり前」の存在である。わざわざ関心は持ちづらい。
 平成6年に出席したお米のシンポジウムで向さんは古代米(黒米、赤米)のお料理を初めて食べた。ライスサラダ、鶏肉のミンチに赤米をまぶして蒸したもの・・と様々な調理法で出てきたそれを食べ、「お米って白だけじゃないの!? しかもこんなに色々なお料理に使えるんだ」と、目から鱗が落ちたという。
 赤米や黒米がたくさん売れるとは思っていない。だけど「お米に振り向いてもらう宣伝マンになってくれる!」と、早速小分けにしてお店で売り始めた。だが未知のものは抵抗があるのか全く売れない。「やはりお店で加工して、“家に帰ってすぐに食べられる”商品を開発しないと」と思った。
 商品開発の相談をしたのは北見の喫茶店、UNCLE HOUSEマスターの菅野孝一さんである。よけいなものをできるだけ使わない“引き算のものづくり”への信頼感があったからだ。
 「バターもミルクも使わないから米の風味が出しやすい」と、商品をシフォンケーキに絞り込んだ7月から試作を重ね、11月の商品化まで毎日2〜3時間、向さんはUNCLE HOUSEに通いつめた。
 菅野さんも、よく付き合ってくれたものである。
 「向さんはお米がなかったら死んでいるでしょ。その想いがビシビシ伝わってきたから、私も想い入れを持って応えたいと思った」
 こうしてできたシフォンケーキは、食べると米の風味がする。向さんと菅野さんがこだわった「米だからこの食感、この味だよね」という気持ちが伝わってくるようだ。そして初めて食べたのに、何だかぐっと大地に引き戻されるような懐かしい気持ちになった。DNAに刻まれた祖先の記憶が呼び起こされるからなのだろうか?

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膨張材は極力使わない。シフォンケーキのふくらみは卵白をしっかりとあわ立てることによって出す。

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米の粉は重いので小麦粉ほどふくらまない。フワフワ感を出すために1回に焼くのは3台まで。

米の粉は重いので小麦粉ほどふくらまない。フワフワ感を出すために1回に焼くのは3台まで。

UNCLE HOUSEの隅の席で毎日2〜3時間マスターと話し合いを重ねた

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UNCLE HOUSEマスターの菅野孝一さん「マスターがいなかったらこのシフォンケーキは世に出なかった」

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